騎士団
とある日の城内。それは何時になく落ち着きを失っていた。パニックと言うよりかは浮き立っているに近いだろうか。その浮き立ち具合と言えば祭りの夜のよう。
祭りの夜のようと表現したが、別に今日がその日でもなければ前後夜祭の類いでもない。太陽はぎらりと照っていて財布の紐を緩くする甘い屋台の香りもしない。
時間に追われているように、けれど集中し切れていない様子で彼ら彼女らは働く。
使用人然り、ノクターナ然り。そして騒ぎの原因と言える存在、騎士団然り。本日の午後、騎士団が女皇陛下、つまりノクターナの母君に謁見するというイベントがあるのだ。
当人が緊張するのは勿論のこと、使用人たちは美男美女を探して目の保養にしようと企んでいる。
そんな日の午前中。城の一室、限られた人以外立ち入ることの許されていない部屋で頭を抱える存在があった。
ノクターナの母君、父君、姉君、そして執事の四人だ。
「あーもう、面倒臭いったらありゃしない」
女王は机にペンを投げつける。普段のお淑やかさは何処へやら、これが素である。
けれどペンを投げつけるのも頷ける状況にあることも事実だった。
騎士団遠征の準備と資金調整。大々的に行う謁見の演説。配下に任せている部分も多くあるがやはり最終決定は女王がやる他ない。日付に余裕がないことも相まって女王は目を回す。
「こらこら、少なくとも君だけはそう言っちゃだめな立場でしょ」
「いいじゃない。他の誰も居ないんだから」
王配が女王を嗜める。
この王配も王配でぶっ飛んだ人間で、仕事に追われる女王を見ていられなくなって民主制に賛成すると公言している。残念と言うべきか幸いと言うべきか、革命の気配はなく今日も女王と共に目を回す。
そんな時、ガシャンと大きな物音がして、廊下を数人が駆けた。
別室に居るノクターナが逃げ出そうとして罠が作動したのだ。彼女は今、嫌だ嫌だと言いながら今日のスピーチを頭に叩き込んでいる。
「お母様、やっぱり私が――」
「だめ。あれはノクターナに任せたの」
代わりにと名乗り出るのはノクターナの姉君、ノア。可哀想だと思いつつ、ノアは開けた口を閉じる。
こうしてノクターナを別室に留めているのは何もスピーチのためだけではない。勿論嫌がらせのためでもない。ノクターナには、そして国民には話せない機密について話すためだ。
隣国の動きがおかしい。そんな噂はまことしやかに囁かれているが、それは一般大衆の中でしかない。国の上層部において、それはかなり現実味を帯びた問題として浮上していた。戦争だ。
今回の大々的な謁見も、遠征のための誤魔化してはいるが実際は他国に軍を見せて圧力をかけるため。尻込みすることを願った、けれど火を付けることになるかもしれない諸刃の剣。
「何とかならないのでしょうか?」
「わからない。でも、何とかしてみせるわ」
女王は強く掌を握り込む。全員の顔つきが変わって、雰囲気が重くなる。
戦争を回避する手札はいくつも切った。戦争になった時に切る手札も用意してある。それでもどうなるかなんて話はわからない。
ノクターナには聞かせられない話だ。女王の座を継ぐことのないノクターナには。
「もし、もし避けられなかったとして勝ち目はあるのですか?」
「どうしてこんな小さい国が一世紀間侵略されなかったと思う?」
政治手腕もあったろう。運も勿論あったろう。けれどそれ以上に地理的要因が大きい。
大国の領土に匹敵する大きさの樹海の、その一部を領土に持つこの国は樹海の恩恵を大いに受けてきた。
資源としての樹海、自然防壁としての樹海。そして何より、魔力を育む農園としての樹海。
全ての植物、人間を含む多くの動物は生まれつき極少量の魔力を持つ。死んで朽ちるとき魔力は空気中に放出され、濃度が濃くなるとより多くの魔力を持った個体が産まれ易くなる。
魔物の増加の凶暴化と言う弊害はあれど恩恵も大きく、この国には多くの魔法使いが産まれた。魔法使いの力は凄まじく一騎当千は何のその。最近は科学の発展により落ち着いてはきたものの未だその強さは健在だ。
「でもそれに甘んじることはできない。だろ?」
「ああ」
「――」
何事にも、もしもと言う言葉がある。
女王らは一層真剣な顔で考えた。とある悪巧みについて、時間の許す限り。
◇◆◇
謁見の数時間前。騎士団の主要メンバーは既に到着していた。事情を知り部下にどう説明しようかと気が重い彼ら彼女らは、しかしそれを悟られぬよう自然に振る舞う。
「お久しぶりです、ルドルフさん。堂々とサボりですか?」
使用人たちはちらちらと騎士団に視線を送りつつ働く中、芝生の上で俺は寝転がっていた。
話しかけてきたのは確か騎士団副団長のリナだったか。ノクターナに失礼のないようと言われたのを思い出し、俺は足を振り子のように使い、身体を起こして相対する。
「俺は仕事が早いので」
他の人がいつも以上にやる気で、するべきことがないだけである。
「ルドルフさんは今日何をするのかご存知です?」
「うん?女皇陛下に謁見するんだろ。しかも大規模に」
お陰様で煩いんだと言外に文句を込めて。副団長が接触してきたおかげで視線が俺に向く。落ち着かない。
副団長は周りに視線を寄越して観客に微笑む。微笑みにやられたのか同性異性変わりなく視線を外す。流石、慣れた手付きだ。
「その理由ですよ私が聞きたいのは」
口を俺の耳元に近付け、他には聞こえない声量で言う。
「遠征だろ。他に何かあるのか?」
「――そうですか。わかりました、気にしないで下さい」
副団長は詮索するなと言いたそうに声量を戻して距離を取る。意味がわからなかったが面倒事に態々首突っ込む趣味はないので従う。
「まあ、頑張って下さい」
「そちらこそ――?」
頭にハテナを浮かべた俺をそのままに副団長は去った。
そろそろここも邪魔になるだろうか。俺は立ち上がったついでに移動する。人が来なさそうで、そして庭園で行われる謁見がよく見える位置へ。