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そしてまた、この地へ  作者: 朱殷


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前哨3


 時刻はお昼を目前に。辺りはぼんやりとした陽気につつまれて、昼食を求めた者たちが徘徊する頃。ルドルフとノクターナは導かれるようにして彷徨っていた。


 今朝作ったばかりの予定はとっくに諦めたのだ。たったの一日くらいで何かが変わることもない。


 空を見上げると南の方に分厚い雲があって、今夜は荒れるのだろうか。であれば、その選択も悪くないのかもしれない。ふと襲った突風にノクターナの髪が揺れる。


「ルドルフも食べる?」


 しゃらしゃらとした包み紙を解く音に視線を落とすと、漂うのはお腹を空かせる香り。


 道中に魅されて買ってしまった肉まんだ。食べ歩きにはまた違った趣がある。


 ひとつ手渡されて、食む。柔らかく甘い生地と、濃い味付けの餡。いっぱいに入った餡が零れそうになって、空気と一緒に吸い込む。味覚の一部は香りが担っていると聞くが、それも納得のいく話だ。肉まんと口を橋のように繋いでいるスジを嚙み千切る。おいしい。


 口内に残った油分を水で洗い流す。具材がなくなっても残る風味は、それすらも心地良いものへと変貌させる。


 手元に集中していれば、俺たちはそういう性質らしく、静かな場所へと誘われていた。人通りは徐々に減り、家屋の代わりに自然が増える。雑草に紛れた野花とつぼみ、小鳥の独唱、木々がささやく。


 夜中はまだ冷え込むけれど日中はもう、春が近付いていることを如実に感じさせられた。


 ほどなくして、とある公園に辿り着く。人気のない、しかしそこそこの広さを有する公園だ。


「ちょっとだけ、あそこで休憩しよ」


 ノクターナが肉まんを両手に言う。脚は目的を得た。


 公園には池があって、餌やり禁止の看板がひとつ、鯉が泳いでいる。池の中心には小島が浮かび、対岸からは橋が伸びる。

 池を囲むようにして道が整備されており、時間が時間ならペットの散歩をさせている人影もありそうなものだったが、残念ながら今は朝夕どちらでもない。


 道の邪魔にならない場所へ無造作に置かれた、木製のベンチに腰掛ける。疲れるほどの距離は歩いていなかったが、やはり座れると落ち着く。遠くの方を見遣って、考えごとをした。

 それは自称探偵のこと。しかし実を結ぶことはないらしい。


 いつの間にか肉まんも残り一口くらいになっていた頃。ギ、ギ――とブランコの揺れる音がして、無人だと思われた公園に人がいたことを知った。


 ギ、ギ――。まるで放心状態でいるように、音は断続的で短く。ブランコを遊具としてではなく、吊るされたベンチとして扱っている。


 行列を見れば並びたくなるように、何もしなくても人は人を惹き付ける力があるらしい。数人がブランコの周りに集まる。


 おそらく同年代であろう子供たち。あまり盗み見るべきではないとわかっているけれど、目を離せない理由があった。


「ね、ルドルフ。実は僕って、同世代の友達がほとんどいなかったの」


「まあ、想像はできる」


「でしょ?関わる機会がなかったのが一番大きいんだけど、欲しくてもいなかったの。よく話していたのは騎士団とか、大人ばかり」


「…………」


「皆良い人だよ。でも何かがちょっと違う。だから初めて友達ができたときは嬉しくてさ。――それとは別に、友達ってものに僕はあまり詳しくないんだけど」


「ああ」


「あれは普通じゃないよね」


 俺たちの視線が交差する場所は、ブランコ。子供たちが集まった場所。


 この距離からでは生憎、話す内容までは聞き取れない。だから戯れているだけかもしれない。けれど少なくとも、ノクターナの目にはいじめられているように映った。ルドルフは長い瞬きをした。


「決して」


 二人は手元に残っていた肉まんを胃に収めて、お節介を焼くことにした。


「や、君たち。今は巷じゃそんな遊びが流行ってるの?」


「――誰」


「僕たちはしがない旅人だよ。旅人だから、変わった出来事には首を突っ込みたくなるの」


 珍妙な理論に笑ってしまいそうになるが、効果はあったらしい。彼らの中心人物らしき子が「行くぞ」と吐き捨てるように言って、取り巻きを連れて踵を返す。


「あれ、どこ行くのさ。僕たちは交ぜてくれないの?」


 なんてわざとらしく追撃するノクターナを他所に、俺はブランコを揺らす男の子に向き直る。


 俯いて、拳をぎゅっと握って。幸い怪我らしきものは見当たらず、暴力は振るわれていない様子。


「君も大変だな。ハンカチはいるか?」


「――いらない」


「そうか、それは良い。男が泣いて良いのは好きな女の子の前でだけって相場が決まってるんだ」


 自分で言っておきながら、少し恥ずかしくなる。


「因みに一応訊いておくけど、余計なお世話だったりはしないよな?」


 相手方の反応を見るに間違いである可能性は低いけれど、もしもという可能性がある。それに若くして趣向が偏った子供だとしたら、それは出方を考えないと。


「――困る」


「それはどうして?」


「――次がもっとエスカレートするから」


「それは俺たちが関わらなくても、同じことだろうな」


 多分、本音から言っているわけではないのだろう。見知らぬ人に、しかも一見ふざけたような方法で助けられたとあっては、幼い彼のプライドも傷付く。


 何か方法はないかとノクターナを見れば、「大盤振る舞いしてあげる」と微笑んだ。


 男の子に見えるように杖を取り出し、離れ行く人影に向ける。そしてしばし勿体ぶって、一言。


「知ってる?嫌な人はこうやって成敗するの」


 偶然にも都合良く、近くには池があった。池の水が丸く集まって、重力がなくなってしまったように浮かぶ。藻を数本絡ませて、運の悪い鯉はいないようだ。


 少量とは名ばかりの水が空中を移動する。男の子の視線は不思議な現象に釘付け、過去の記憶が蘇って少し面白い。水の塊は目標の真上で留まる。誰も気付かない。


「少量の水を操る魔法」


 ぱっと塊は弾けて、長時間続けば簡単に人を殺せてしまいそうな雨が彼らを襲う。押し潰されて、誰かは転んで、小汚い藻をアクセサリーのように身に着ける。


「その魔法を、そんな風に使わないで欲しかったな」


「本来の使い方がこっちだよ。あれは特例」


 特例だとしても、それは一番好きな魔法だから。けれどきっと、ノクターナはそれを知らない。


 「あははははっ――」


 男の子はお腹を抱えて、笑った。遠くで喚いている人もいるけれど、笑い声に掻き消されて誰の耳にも届かない。

 息が切れて、項垂れて蹲るほど笑っていた。逆に心配になるくらい、笑っていた。


 しばらく笑って、気付くとルドルフたち三人以外が視界のどこからも消えていた。


「――ありがとう」


「どういたしまして」


 ノクターナは満足げにはにかんで、一緒にブランコを漕いでいた。


◇◆◇


 「クソッ――」


 ここ数日は雨に降られていなかったのに、夕立に遭ったように全身を濡らした少年たちは、その苛立ちを足元の小石にぶつけた。カラカラと数回地面をはねて、しかし水で重くなった服では思うように力を籠められず、止まる。イライラの発散のつもりがより少年を憤らせる。

 服をどれだけ絞っても、滴る水は終わるところを知らない。びっしょりと身体に引っ付いて気持ち悪く、風が吹こうものなら、くしゅんと盛大なくしゃみを響かせた。


 木陰で休んでいた猫の視線が冷たく感じる。どうして俺がこんな無様を晒さなければいけないんだ。全部あいつが、ルイスが悪いんだ。あいつが、片親のくせに裕福で満足です、みたいな顔をするから悪いんだ。魔法使いなんか味方につけやがって、どうせ金で雇ったに違いない。


 三人組の内一人、中央を横柄に歩く少年ゴーアは振り返るって、追従する二人に向けて大きく息を吸い込んだ。


「お前ら、ついてこい!まずはあのクソ魔法使いからだ」


 暴力的なゴーアに友人はいなかったが、従順な僕ならいた。それがこの二人だ。以前まではもう少し多かったのだが、親に怒られたとか軟弱な理由で疎遠になっている。彼らの名前は――。


 いや、何だったか。覚えていない。覚える必要もないのだと頷く。所詮は僕、手足でしかないのだ。トップたる俺にとって、末端の名前など些細な問題ですらない。


 普段なら「やってやりましょう兄貴」なんて言って、ゴーアが鼻をむずむずさせながら完璧な計画を伝えてやるところだが、今日の僕たちは歯切れが悪かった。「あ」とか「いや」とか、女々しくもじもじしている。

 それが鬱陶しくて睨み付けてやれば、しかし声が上ずって余計に女々しくなるだけで望んだ効果は得られなかった。仕方ない……とゴーアは再び声を張り上げて、活を入れる。


「おいお前ら!あのクソ魔法使いとルイスの野郎にコケにされたままで良いのか!この軟弱者め!」


「いやでも、相手は魔法使いだぜ。兄貴、おとなしく一人になるところを待った方が賢明だ」


 なるほど僕たちは魔法使いにビビっているのだとゴーアは理解する。

 僕の言うことにも一理あるのかもしれない。しかしそれはあの魔法使いに敗北を認めるのと同義だ。それでいて魔法使いがいなくなったからと言ってルイスをいじめるのは、何と愚かしい行為か。


 男たるもの勝ち逃げを許してはならない。男たるもの敗北を認めてはならない。


「お前らそれでも男か?ルイスの野郎が気に入らないんだろ?」


「ルイス……」


 ぽつりと不満げに、僕の一人がその名前を呟いた。


「ルイスルイスって何度も言けどよ兄貴。兄貴はルイスの名前は何度も呼ぶのに、俺たちの名前は一度たりとも呼んでやくれない。そもそも兄貴は俺たちの名前を覚えているのか?」


「は?」


 ゴーアは狼狽えた。図星だったから。


 僕たちは互いを名前で呼び合っていたから、聞いたことはあるはずだ。だけど興味がなかったし、覚えなくて良いと思っていた。

 ゴーアは記憶を遡ってみるけれど、それらしい言葉は見当たらない。それどころか僕たちが何を喋っていたのかさえ記憶していない。


「別に兄貴の意見に反対してる訳じゃない。確かに恐ろしいが、あのクソ魔法使いに一杯食わせたいのは同じだ」


 独り言のように僕は言う。


 女々しくしていた僕は水を得た魚のようにゴーアを追い詰める。しかしそこに楽しさはなく、瞳には寂しさばかりが滲んでいる。

 反対にゴーアの歯切れが悪くなって、これではどちらが僕なのかわからない。それでも形勢を逆転させるような一言は思い浮かばなくて、ぼそぼそとした言葉しか出てこない。


「俺は言えるせ、ゴーア」


「考えてみれば前にアベルたちが抜けたときも、兄貴は引き留めなかったよな、アベル、引き留められるのを待ってたのに」


 僕たちの言葉が鋭い刃のように突き刺さる。


 アベル、思い出した。そんな男もいた。先月僕たちを数人連れてゴーアのもとを離れていった裏切者だ。

 名前を聞けば、それにまつわるエピソードの一部が蘇る。確か、引き際を間違え小煩い頑固じじいに怒られそうになったとき、自分を囮にして逃がしてくれたのだ。

 僕としては百点満点の行動で褒め称えたのだが、どういう訳かそれからというものゴーアよりアベルの言うことに従う奴が出てきた。


 そんなアベルが引き留められるのを待っていた?あり得ない。冗談だろう。どうせ僕を引き抜くために吐いた嘘に決まっている。


「なあ、兄貴。いや、ゴーア。どうなんだ?」


 僕は返答を求めている。

 嫌な汗がたらりと頬を伝う。なぜトップたる俺が、僕に追い詰められなければならないのだ。


 アベルの名前を聞いて、ひとつ思い出した名前がある。二人のどちらかが発していた言葉だ。

 それが僕のどちらを差す名前なのかはわからないが、そんなの言い方ひとつで誤魔化せる。わからないのがどちらか判明すれば、きっとすぐにでも思い出せるはず。


「ガナッシュ」


 ゴーアは二人の目を交互に見て、自信があるように振る舞った。


「ゴーア、それは――」


 息を呑む。それがどっちかなんて尋ねずに、ただ頷けばそれで良いのだ。

 しかしながら、それすら高望みであったことをゴーアは知らされた。


「それは、先週俺の家で母ちゃんが振る舞ってくれたお菓子の名前だ。確かに珍しいよ。珍しいけど、お菓子だ。ゴーアにとって、俺たちはちょっと珍しいだけのお菓子にも負けるような存在だったんだな」


 どうやら、ゴーアには求心者の才能がなかったらしい。それと、ギャンブルの才能も。


 待って、違うんだと弁解する間もなく、僕は悲しげに笑っていた。


「ゴーア、俺たちも抜けるよ。あのクソ魔法使いのことは任せた。頑張ってくれ。ゴーアなら一人でもできるさ。じゃあな。また遊ぼうな。次は学校で」


 踵を返して、ゴーアが向かおうとしていたのとは別の方角へ去っていく。

 ゴーアには、何もできない。


 ここで声を大にして叫ぶことができていれば、きっとアベルは去っていなかったのだろう。ここで彼らの名前を呼ぶことができたのなら、彼らは未だゴーアの傍にいたのだろう。三人だけにはなっていなかったのだろう。

 しかしゴーアの口からは、掠れた音しか出てくれない。しょうもないプライドが邪魔をして、ゴーアは俯くことしかできない。俺なら一人でもできるのだと、証明すればまた僕は増えるのだと、僕なんて減ったら増やすだけの存在なのだと。


 そうして、ゴーアは独りになった。


 足元の小石を蹴る。先程よりも力を込めたはずが足は空を切って、ごみ箱をカーンと滑稽に鳴らすだけ。足の指先が痛む。痛みは小さな雫となる。


「クソッ――」


 再び吐いた悪態は、しかし誰の耳にも残らず虚空に消えるだけだった。


 ゴーアはしばらく、当てもなく歩いていた。喪失に駆られたのではない。折角考えた完璧な作戦が、一から考え直しになったからだ。それと、今はかつての僕たちに会いたくなかった。

 だから、無意識に足を運んだのは一度も立ち入ったことのない、そして人気の少ない場所であった。太陽はしっかりと出ているのに何処か陰気臭く、長居すれば全身にカビが生えそうだ。

 自認せずとも落ち込んでいたゴーアは心地良いと思ってしまう。


 どうせなら冒険してみようなんて気が立って、その陰気臭い場所を練り歩いた。カビが生えたのなら、いっそのこと面白がられて新しい僕が見つかるやもしれない。


 不思議な引力に惹かれるように、ゴーアが歩いていると、おおよそ子供の目に入ってはいけないような取引の現場に出くわした。

 風が吹けば今にも壊れてしまいそうな倉庫の隣、一組の男女がこそこそと話し合っている。目を細めれば、二者の間では金銭のやり取りがあるようだった。

 しかも、その額というものが尋常ではない。裕福ではない家庭に生まれたゴーアには見たこともないような、両親が給料日に持ち帰ってくる封筒を重ね合わせたものよりもずっと分厚い札束だった。


 ゴーアは物陰に隠れて息を潜めて、その取引を観察する。


「――――」


「――――」


 ゴーアの隠れた物陰からでは二人の会話を盗み聞くこのができない。読唇術なんて学んでいるはずもないゴーアは、苦々しくその光景を眺めていた。


 興味はある。せめて少しくらい声が聞こえる距離まで近付きたい。しかし見栄を張るべき僕を失ったゴーアは冷静だった。

 ゴーアは今となっては零人だけれど少なくとも僕を従えることのできた、最低限カリスマを有する人物だ。あの取引が公にできない、怪しいものであることは容易に想像ができる。そして目撃者をどうするのかも、想像できた。

 故に、ゴーアはその場で潜伏に努める。


「――――」


 数分の対談のあと、合意に辿り着けたらしい二人は握手をして別々の方向に別れた。


 ――まずいっ――


 女性の方がゴーアの隠れた物陰へ向かってきた。


 見つかる。そう思ってゴーアは即座に、近くにあった木に登って隠れる。

 突然の重みに木は揺れて葉を散らす。ゴーアは息をひそめて、猫の鳴き声はどうだったかと記憶を探る。


 しかしながらその機会は訪れなかった。

 幸いにも、取引が上手くいって浮足立っているらしい。一瞬振り返っただけで頭上を見上げることはなく、やや笑みを浮かべたままに離れていく。

 ゴーアは溜めていた息を吐き出した。ほっとした。もし見付かったら、どうなっていたか。


 ゴーアは胸を撫で下ろすのだがそれよりも。


「あの女、ルイスの野郎の母親じゃねえか?聞くところによると宿屋を経営してるっていう――」


 確信はないが、ルイスの野郎と一緒に歩いているのを見た覚えがある。そしてよくよく考えれば、輪郭に面影があるような。


「まあどうでもいいか」


 今最も気にするべきなのはクソ魔法使いのことだ。どうやって一泡吹かせるかを考えなくては。俺一人でやるか、それとも臨時の僕を見つけるか。

 第二に取引内容の確認と、やっぱり僕の確保。一人ではできる作戦にも限りがある。できれば僕は裏切らず従順で、名前なんて細かいことを気にしない奴が良い。


 ゴーアはひょいっと身軽に木から飛び降りて、辺りを警戒しながら取引現場へと向かう。


 コツコツと足音が聞こえてよもや戻ってきたのではと振り返ったのだけれど、どうやらそれは自分の足音だったらしい。野良猫一匹おらず、もちろん木に登っている様子もない。

 自分の足音がわからなくなるくらい、ゴーアは警戒していた。俗っぽく言えば、ビビっていた。


 今だけは、僕たちがいなくて良かった。


「いや、今だけはって何だよ」


 そんな言い方は僕がいなくなって悲しんでいるみたいじゃないか。女々しい。


 セルフツッコミをかましながらゴーアが取引現場に立つと、どうにもそこは謀にぴったりのようだった。

 どこからでも視線が通る開けた場所のようで、それはこちらからも人に気付きやすいことを意味する。身を隠せそうな場所は少なく、あったとしても少々離れており、小声で話せば聞こえない距離だ。壁に密着するように立てば片方が倉庫の壁であり、手元を隠すのに役立つ。

 現場を見られても通りだから偶然知り合いに会ったとでも言えば簡単に誤魔化せるし、最悪証拠品は壊れた硝子窓へ投げてしまえばわからない。


 多分、一回だけじゃない。何度もここで取引が行われているはずだ。であれば、何の?


 ゴーアは同世代の子供とくらべて、こういった知恵比べのようなことが得意だった。そして少し体格が良くて高慢ちき。だからゴーアはトップだった。


 名探偵の真似事のように視線を落とすと、倉庫の壁の近く生えっぱなしの雑草の中にキラリと輝く何かを見付けた。


 ゴーアはそれを拾い上げ、掲げるようにして太陽の前に出す。


「これは、エアガン――?」


 片手で持てるようなリボルバー型の。


 エアガンとは銃を模したもので、精々大型の蜘蛛を殺せる程度の威力の弱い弾を撃てる玩具だ。以前僕だった奴の家で見かけて試し撃ちした記憶がある。威力の確認はそのときにした。

 そのときに撃った銃はもっと大型でしっかりとしていた。銃床があってスコープで狙いがつけられて、これよりずっと恰好良かった。でもこの拳銃よりもずっと軽い銃だった。


 拾い上げた拳銃は重りでも入っているのかというくらいずっしりと重く、そしてエアガンとは違ったリアリティがある。


 もしかして本物――。


「いやいや、そんなわけ」


 銃器の取り扱いについては少し前に学校で学んだので覚えている。

 他の地域では規制が緩い場合もあるが、この国の王様は銃に敏感で射撃はおろか持ち歩くことさえ重罪になるらしい。数年前にはその法律を知らなかった旅人が護身用の銃を持ち込んで、一年分の給料が飛ぶような罰金と銃の没収、そして国外追放とされたと先生は言っていた。


 そんな銃が、こんな場所に落ちているはずがない。

 しかしどうして、偽物である理由を探そうとすればするほど、重厚感がリアリティが増していくのか。


「これは確認。そう、確認するだけ――」


 もし本物だったら危ないから。そう自分に言い聞かせたゴーアは、見様見真似で拳銃の弾倉を横に弾き出してみる。偽物なら空っぽなだけ、それで良い。本物だったら、そのときの対処法は考えぬまま。


 そしてゴーアは、本日何度目かの息を吐いた。


「いち、に、さん――」


 学校で教えてもらったのと同じような弾が三発、その弾倉には収まっていた。


 これは本物の拳銃。その実感が今になって湧いてくる。

 本来なら警察に届けるか、そうでなくても見なかったことにしてこの場に捨てておくのが賢明な判断だ。しかしながら、ゴーアは少し興奮していた。

 ゴーアのもとに僕が一人でも残っていたのなら、僕がゴーアの決断を止めただろう。僕がたくさん残っていたのなら、危険な橋は渡れないと、そして正しいことをするのは認められると警察に届け出ていただろう。


 運悪く、ゴーアは独りだった。


 ゴーアは思う。クソ魔法使いは二人組だった、それにルイスの野郎を含めれば丁度三人。銃弾も三発だ。

 殺すつもりはない。足でも撃って、血を流させて、逃げられなくして。俺はすごいんだってところを未来の僕に見せ付けて尊敬されるなら、過去の僕に見せ付けて抜けたことを後悔させられたのなら、それで。


 この国の王は銃に敏感だった。銃が身近にない社会を作り上げた。少しだけ詰めが甘く、人々は銃の危険性を忘れかけていた。

 言うなればゴーアは、そんな社会の被害者なのかもしれない。


 ゴーアは拳銃を服の中に忍ばせて、来た道を辿った。その瞳は至って正気であった。


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