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そしてまた、この地へ  作者: 朱殷


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パラレル探偵事務所1


 星、大陸、国家、街。


 全ての星に名前が付けられていないように、全ての大陸がまだ発見されていないように、道端の砂場を名付けられないように。

 砂漠や雪山にまで人の息吹が感じられる現在だが、大陸の土地全てが何処かの国に属しているわけではない。


 例えば、国と国とを繋ぐ交易路。様々な物資や人が行き交うが、それの所有権を主張したり関所を設置してはならない。

 例えば、資源に乏しい大地。付近の国が利用することはあっても、個人が暮らしていることはあっても、国が認めることは多くない。


 大体の場合より厄介な問題を呼び込むからだ。


 国々の地図と自らの足跡を見比べればわかることだが、存外そのような場所は少なくない。そして点在していて一か所に固まっていなことに気づくだろう。


 ルドルフたちが向かっている北の大地には例外があった。


 まとまった土地、十分な資源。決して過ごし易い気候ではないものの、大陸の一割を超える人口を抱えるエリア。神なき世界、カオスシティ、その呼び名は無数にある。


 故郷である帝国を除いて、ルドルフが一番長く暮らしていたのがそのエリアだ。


「早く終わらせよう。心臓が腐る」


 長居するつもりは毛頭なかった。


◇◆◇


 存続できるかは別として、建国は簡単にできる。何処の所有地でもない場所に線を引いて、国名を宣言すればそこはもう新しい国だ。

 このエリアが神なき世界と呼ばれているのはその宣言を行った者が今も昔もいなかったからだ。つまり王やそれに準ずる存在がない。


 故に法律がない。法律がなければ犯罪もなく、警察や裁判所は必要ない。文字通り混沌としたエリアだ。


 まあ、とは言っても。膨大な人口と土地を所有し続けられるのは、事実上統治している組織があるからで。


「きれい――」


 ノクターナは街並みを見上げ呟く。


 スラム街や無法都市のようなイメージとは程遠く、息を呑むような景観が広がっていた。


 丁寧に塗装された家屋、高いビル。道は馬車と歩行者で分けられていて、硝子に反射された太陽は眩暈がするほど。すれ違う人々の表情は充実感に溢れている。よもや有象無象の国よりも、と勘違いしてしまう。


「ノクターナ。ノクターナは、この場所も観光したいって思うか?」


「もちろん。僕たちは今までもそうしてきたでしょ。それがどうかしたの?」


「いや、何でもない。――忘れてくれ」


 無意味なことを尋ねてしまうくらいには、この場所に良い思い出がなかった。


 そんなルドルフの心境を知ってか知らずか、ノクターナは少し興奮したような声色で言う。


「ルドルフ、あれ見てよ。単眼の梟が僕たちを見てる」


 ベランダの柵の上、梟にしては大きな身体と頭の中心についた一つの大きな瞳。おおよそ生物として不自然な存在が、何の不自然もなくそこに佇んでいた。


 あのような生物には心当たりがある。所有者の手がかりはないかとじっと眺めていると、それを不快に思ったらしい梟は何処かへ飛び去ってしまった。


「あ――」


 残念そうな声を出されると何か悪いことをしたような気分になってくる。


「あれがここの治安維持係みたいなものだ」


「ふーん。かわいいね」


 かわいい――?


「ちょうど詳しい人を知ってる。会いに行ってみるか?」


 ルドルフは小さい頃カオスシティに流れ着いたのだから、生きていくにあたって頼った人が何人かいる。


 詳しいのはその中の一人、一番初めに出会った命の恩人でもある。こんな最悪な場所でも、考えれば考えるほど嫌な奴の顔ばかり思い出すこの場所でも、彼らだけは良い人だったと言える。


 せっかく、戻るつりのなかった場所へ戻って来たんだ。挨拶くらいしておきたい。


「……うん、良いね。行こ」


 ノクターナは含みのある笑みを浮かべて頷いた。


 無意識に辿っていた道は、行くと決心した目的地と偶然重なる。吸い込むまれるように風の案内に従う。


 すっかり様変わりしてしまった街並みを、しかしその看板は使い回しているようだった。


「パラレル探偵事務所」


 看板以外すっかり見覚えがなくなってしまった扉を、叩く。


 待つこと三秒ほど。扉の奥でガチャリと音が鳴って、彼らはルドルフたちを招き入れる。はずだった。


「只今、オ取込ミ中。マタ後日オ越シ下サイ」


 少々聞き取りづらい声で門前払いされた。再び鍵がかけられる。


「何、今の――?」


「さあな」


 もう一度扉を叩いてみる。待つこと三秒ほど。


「只今、オ取込ミ中。マタ後日オ越シ下サイ」


 そうプログラムされているように、それは同じ言葉を繰り返した。


「えっと、僕たちこの先に用があるんだけど――」


「誰モ通スナト、仰セ使ッテイマス」


 それは感情の見えない瞳で俺たちをまるで品定めするように見たあと、何を思ったのか深く頷いた。


「デスガ、吾輩ハヒ弱ナノデ、魔法使イニハ敵ワズ、通シテシマウカモシレマセン」


 職務怠慢である。


「随分人間らしいウサギちゃんだね……」


「ペットは飼い主に似ってよく言うだろ」


 果たして人間の子供くらいの大きさをしたウサギが、ペットに含まれるかは疑問だが。


 杖で脅すような茶番をする必要もなくそれは脇に除ける。俺たちが靴を脱いで上がるのを見届けたあと、何事もなかったように鍵を閉めた。


 外にはパラレル探偵事務所と看板を出してはいるが、一軒家のような優れた内装はしていない。だから玄関を通って扉を一つ開けてしまえば、もうプライバシーを守るものは残っていない。


 カランコロンと雰囲気に合わない鈴の音が鳴って、来客含め彼らは一斉にこちらを睨んだ。


「……えっと、……ただいま?」


 何と声をかけるべきか考えていなかったことを後悔する。


「……ちょっと、追手が来たのかと思って吃驚したじゃない!?」


「安心して下さい。うちみたいな弱小探偵を頼ってるなんて、真っ先には思いませんって」


「思イマセン、思イマセン」


「――確かにそうね」


「ちょっとはフォローしてくれても良くない?」


 目薬に手を伸ばしているのはパラレル探偵事務所唯一の探偵かつ唯一の人間、パラレル。その言動もあって若く見えるが、実は中年に差し掛かっている。


 パラレルの自虐に同意を示したのは、これまた昔からいる人形。カオスシティ以外では見られない魔法で動かされている。先のウサギもこの魔法によって動かされた彼の作品だろう。恐らくは単眼の梟も。


 追手を恐れている女性はパラレル探偵事務所の来客なのだろう。かなり上等そうな服を身に纏い、さらさらの金髪をなびかせている。


「あの、部外者がいると話しづらいんだけど――」


「それもそうだな。じゃあ俺たちは外で待っておくから。ノクターナ」


「うん、わかった。またね。それとごめんね、お邪魔しちゃって」


 ルドルフがパラレル探偵事務所にいたのはそう長い期間ではなかったが、人形弄りが大半で探偵仕事をしているところを見たことがなかった。あまり依頼が入ってこないのだろう。

 だから興味はあったけれど、それ以上に邪魔になりたくないのだ。


 そう思って踵を返すと、顔の見えなくなったパラレルから焦ったような声が届いた。


「ちょっと、勝手に帰さないでくださいよ!一日に二組も来客があるなんて奇跡みたいなことなんですから。ささ、廊下にも椅子はありますし、お茶菓子も持って行かせますから。ね?」


 来客。


 確かに俺たちは客で違いないのだが、その言動には、ルドルフが思っていたのとは別の意味が込められていた。


 まあ、言われてみればそれほどおかしな話でもない。短い時間だった。長い年月が経った。挨拶もせずに出て行った。うん。何もおかしくなんてない。当然の出来事だ。


「ルドルフ――」


 多分、俺を覚えていますかなんて質問は、怖くて俺にはできなかった。


「もともと、帰るつもりはない」


 だから、余計なことは言わないで欲しかったな。


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