フェスティバルフェスティバル3
ところ変わって、住宅街。
彼らにしか見えないイベント出禁の烙印が押されているのか、イベントのイの字でもある場所には顔を出すことも叶わず、ただの参加者にさえ冷ややかな目で見られるようになった。勿論カフェも速攻で追い出された。
そんな状態だから不貞腐れているとこんなところまで来てしまった。
当たり前だが観光客らしい人はぱたりと見なくなって、すれ違う人は皆居を構えているようだった。買い物途中だったり散歩をしていたり。しかしイベントが開催されていないのかと言えば、全く別問題のようだ。
道端、家の庭、果てはホームレスまで。客が一人もいないにも関わらず、皆が皆一様に看板などを出してイベントを宣伝していた。しかもほとんど全てのイベントの賞金には一定以上の額が提示されている。明らかにそんなお金持っていないだろうホームレスでさえだ。つくづくおかしな国である。
入り組んだ道を気が向くまま時折行き止まりにぶつかりながら歩いていると、川沿いに大きな公園があるのに気づく。
昨今はほぼ景観と化している公園には珍しく、多くはないにしろ人が集まっていた。
「ね、行ってみようよ。ちょっと消化不良だからさ」
ノクターナはそう言って俺の手を引く。
「あ、いらっしゃい。お兄さん方も見てく?」
人だかりの内の一人、スタッフさんらしき人がルドルフたちを手招きしていた。
「もしかしてお兄さんたちって他所の人?ここへは何しに?」
「ああ、旅の途中だ」
「偶然立ち寄ったんだよね。ここでは何をしているの?」
「うん?――ああ、フリーマーケットさ。結構面白い物も売ってるよ。見てくと良い」
スタッフさんはノクターナの方を向き直って答えた。
「あ、でも僕たちイベントには参加しちゃだめって言われたんだった。折角だけど、ごめんね」
「いやいや、大丈夫大丈夫。警官もこんなとこまで来やしないって」
「じゃ、お言葉に甘えて」
――あれに反したら捕まるのか?早くこの国を離れるべきかもしれない。
公園にはいくつかのブルーシートが広げられ、それぞれの店主が並べた商品を売っている。
もう使わなくなったお下がり、ブランド物の中古品。少し珍しい商品を探せば、家庭料理のお裾分けや金貸し、おっさんが座っているだけの場所まで。やりたい放題好き放題だ。
「あれは大丈夫なのか?」
「うん。何ってったってフリーマーケットだからね」
にしても自由すぎではないだろうか。
「お兄さんたちも出店してみる?旅人なら、各地での冒険譚とか結構売れると思うよ」
「いいや、遠慮しておく」
「残念。気が変わったら何時でも言ってよね」
俺は適当に頷く。
気が向くことはないだろう。この旅は言って聞かせるためのものではないのだから。
「僕は面白そうだと思ったけどね」
…………。
「もし一番売り上げを出せたら、賞金が出るんだけどなー」
……もう一度言おう。この旅は言って聞かせるためのものではないのだから。
とは言え、フリーマーケットを見て回る権利まで捨てたわけだはない。持ち場に戻っていくスタッフさんから目を離すと、人だかりが偏っていることに気づく。
古着のようなありふれたもの、自伝のような誰得商品の前は当然のように空いている。反対に古本や芸がここでは人気のようだった。
「ね、ルドルフ。あそこ気にならない?」
ノクターナの視線の先は、何を売っているのかここからではわからないくらい、繁盛している場所があった。そして商品を大まかに説明するポスターには、おおよそフリーマーケットにあってはならない文字が綴られていた。
「新品未使用……」
それなら普通に買いに行けよ、と。
俺たちはある程度人が捌けるのを待ってからその店を覗く。
「あっ」
「あっ」
「あっ」
上からどこかで見たことのある妹、どこかで見たことのある姉、ノクターナだ。
「何してんだ」
驚きのあまり親しいみたいになってしまった。
「宿敵よお姉さま。一発殴ろうかしら」
「だめよ妹ちゃん。一発ずつにしましょう」
物騒なことを言ってくれる。
「あの、俺たち何かしたか?身に覚えがないんだけど」
「この男無自覚よお姉さま」
「許せないわ妹ちゃん。罪の重さを教えてあげましょう」
ルドルフ側としては怨念ある立場だが、その逆は記憶にない。そう答えると姉妹が語ったのは、八つ当たりとしか思えない内容だった。
二度も賞金を得るチャンスを邪魔されただとか、怪談のせいで数日の間不眠に悩まされただとか、邪魔しておいて一度も賞金を得ていないだとか。理不尽すぎではないだろうか。
「でも残念だったねお姉さま」
「そうね残念だわ妹ちゃん。何せ今回は私たちの圧勝のようだもの」
「三日前から店を構えて且つあの繁盛ぶり。負けるビジョンが見えないのお姉さま」
「反面あなたたちは今日来たばかり。負ける方が難しいわ妹ちゃん」
見たところこのイベントが終了するまではまだ日数がある。張り合ってスタッフさんに気が変わったと伝えても良かったのだが、ノクターナの悪い微笑みに乗っかるとしよう。
「ちょっと珍しいものちょっと代金を上乗せしたら財布の紐が緩くなった皆様に結構売れると言う高等テクニックよお姉さま」
「私たちはこれを転売と名付けたわ妹ちゃん」
「……ご高説どうもありがとう。盛り上がってるところ悪いんだけど」
「僕たちは今回参加しないよ。見に来ただけ」
「え?」
「え?」
勝手に勘違いして勝利宣言した姉妹。一気に耳が赤く染まる。
「それと、さすがにフリーマーケットで転売はどうかと思う」
「だからスタッフさんに伝えておくよ。賞金、貰えると良いね」
固まってしまった二人をそのままに、二人は踵を返す。
結局、今回のイベントで賞金は一円たりとも得られなかった。満足がいくまで楽しめたかと言とそうでもない。ただ、それでも。
ルドルフとノクターナは、完全勝利を確信した。
◇◆◇
「あ、それは大丈夫だよ。何てったってフリーマーケットだからね」
嬉々として通報を行った二人に、スタッフが言ったのはそんな言葉だった。
「運営側としても盛り上がってくれた方が嬉しい。それに何より、誰もが認める勝者が一組は居た方が全員がまちまちより断然有難いんだよね。クレームの数が全く違う」
はあ。
理解はできるが、何でこんなのが運営をやってるんだろう。やはりこの国の人は皆イベント狂いで、おかしな人以外居ないのかもしれない。
「うーん、この対応のせいでクレーム入れられても面倒だし――あ、そうだ。代わりと言っては何だけど、お兄さんたちに一個面白いこと教えてあげる」
「面白いこと?」
「うん。お兄さんたち旅人だから多分知らないでしょ。何でこの国がイベント事ばっかりやってるのか」
確かに興味はある。
国民全員がイベント狂いなのだと結論付けてはいたが、それで片づけるのは違和感が残る。ノクターナも気になっていたようで、俺は無言でその続きを催促する。
「この国のトップ、王様が随分な馬鹿者でね」
自虐するときのように笑って、勿体を付けながら語る。
「この国は歴史が浅くて伝統行事とか何にもなかった。そこで王様はこう言った。――この国がより盛り上がっていくために、新しいイベントを考案して開催した者には補助金を与えるって」




