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そしてまた、この地へ  作者: 朱殷


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フェスティバルフェスティバル1


「どうしましょうお姉さま。寒気がしてきましたわ」


「とっととずらかりましょう妹ちゃん」


「僕たちの勝ちだね」


 二人は勝ちを確信した。


 …………。


 まずは断っておこう。これはフィクションである。


◇◆◇


 とある小さな村で英雄と称えられた少年は、近くの王城へと出稼ぎに来ていた。それは城にしては規模の小さいものだったが、田舎出身でそれらしい大きな建造物を見たことがなかった彼は大きな畏怖を抱いたのだそう。


 少年はまだ若く気が小さかった。しかしガタイの良さが彼の本質を隠してしまって初対面でそれを見抜ける者は城にはいなかった。

 いくらか年上の人も彼には下手に出る。大人として見なされる。回される仕事は、少なくとも少年のような年代の子供からは敬遠されるような内容だった。

 重たいゴミを遠くの焼却所へ運ぶのは得意だったが、彼の性格もあって夜一人での作業はおしなべて苦手だった。


 周りの期待に反することはできず、その仕事を受け入れる。もしも年相応の見た目をしていればこんな仕事が回って来ることもなかったのだろうか。少年は自分のガタイが嫌いだった。


 そんな少年には心細い夜を乗り越える秘密兵器があった。城へやって来る前に村から持って来たお気に入りの人形だ。人形を抱きしめて一緒に眠れば、心細さに震えることもなくなる。少年の心の支えだ。


 けれど少年は、このままではいけないと思っていた。


 一人出稼ぎに来ていることからわかるように、少年は若いとは言え、人口の少ない故郷の村においては既に成人だ。少年の思う大人はもっと毅然としている。少年も早くそうなりたかった。


 それに少年は、いつ周りに人形のことがばれてしまうのかと気が気でなかった。いじられるかもしれない。気を遣われるかもしれない。夜の怖さとは別に、しだいにそんな不安が少年の心に渦巻いていった。人形を抱きしめても、不安は減るどころかもっと肥大化する。


 ある日少年は決意した。


「この人形を捨てよう」


 心の支えとの決別を。


 少年の思惑通り、ごみ捨ての仕事は回って来た。足元が見えなくなるほど大きな灰色のゴミ袋。外から中身は見え難く、近くに人影はない。少年は人形をこっそりとゴミに紛れ込ませた。


 燃え行くゴミ袋を見届ける。これで良いはずだ。その日の夜は不安から解放されてぐっすりと眠れたそう。


 おかしくなったのは翌日からだ。


 少年が目を覚ますと、枕元には燃やしたはずの人形が座っていた。


 人形が少年のものだと知っている誰かが、気づいて取り出してくれたのだろうか。人形に燃えた痕跡は少しもない。

 昨日の記憶は夢か何かの間違いで、実は捨ててなどいないのだろうか。人形からは仄かに生ごみと同じ臭いがした。


「おい新入り、仕事の時間だぞ」


「うん。今行く!」


 そんなはずない。気のせいだ。少年は制服に着替えると、いつの間にか人形のことは頭から抜け落ちていた。


 数日後。またゴミ捨ての仕事が回って来た少年は、思い出したように人形をゴミに混ぜた。当初の目的などとっくに忘れて、ただただ人形を処分したかった。


 来る日も来る日も。少年は人形を焼却所に運んだ。人形は少しづつ臭くなっていくだけで、何度繰り返しても翌朝には枕元に座っていた。


 ゴミ袋が完全に灰になるまで見届けたこともあった。人形だけを焼却所に入れたこともあった。別の人が運ぶゴミ袋に隠して捨てさせたり、モグラが掘った穴へ埋めたりしたこともあった。


 どうあがいても、結果は変わらず終いだった。人形は枕元に座っていた。


 少年は怖くて耐え切れなくなって、良くしてくれる先輩に相談したことがあった。


「そうか、それは大変だったな」


 先輩は優しかった。信じがたい事柄のはずなのに、関わりたくない事柄のはずなのに、先輩は疑わずに聞いてくれた。それだけで少年の心は救われたような気がした。


「わかった。その人形は当分俺が預かっておいてやろう」


 どころか、先輩はそんな提案をしてくれた。先輩のことが心配になったけれど、無意味なのではとも思ったけれど、少年はありがとうございますと言った。


 訪れた夜は静かなものだった。運ぶゴミ袋はいくらか軽く、一人で暗いところの作業も怖くなくなった。世界が広く軽いものに見えた。

 それとなく先輩に話を聞いてみても、おかしな点は何もないと言う。


 安心した。怪奇現象の原因はまだわかっていないけれど、少なくとも人形のことは忘れられる。先輩に心の底から感謝した。


 早朝。今日は王族の誰かの誕生日があって、少年のような下っ端ですら忙しくなる。


 コンコンコン。仕事仲間が少年を起こしに来た。


「はーい」


 しかし、同僚の姿は少年の目に入らなかった。


「私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」


◇◆◇


 ときに、旅は珍しい光景を俺たちに見せてくれる。


「商才を見せつけろ――?」


「力自慢大会……」


 その国ではことあるごとにイベントを開催しているようだった。と言うか、イベントを行うために別のイベントが考案されているようで、その様には狂気すら感じられる。


 その熱量とは正反対にイベントを継続させることには興味がないようで、ポスターや幟、懸垂幕のほとんどには初開催と謳われていた。でかでかと。こんなにイベントがある中でそれは効果ないだろうに。


 そんな熱に浮かされた賑やかな人々が集まるなか、湿っぽい空気を醸し出す場所があった。


「ああ、いらっしゃい。参加は、自由だよ」


 やる気のなさそうな受け付けが俺たちを一瞥してそう言った。


「冬こそ怪談選手権――?参加者はいなさそうだけど」


 何とも季節外れな。


「ほら、吊り橋効果ってあるだろ?そんな感じに、寒さで背筋が震えたのを、恐怖による悪寒だと勘違いして、怪談が盛り上がるかなって。これでも初回は大好評だったんだから。ほら」


 そう言って差し出されたポスターには覇気のない文字で第二回と書かれていて、どうにもそれが原因のように思えた。初開催のイベントのなかにポツンと二度目があったらどうしても霞む。


 いや、霞まないだろ。むしろ気になるだろ。


 それがこのザマなのは何と言うか、それ以外の理由があるのかもしれないけれど、感覚が麻痺した人々の恐ろしさと言うものを感じる。


「行こう、ルドルフ。戦いのもならなそうだからね」


 格好つけなくてもその通りだ。


「一応、参加者はいる。二組だけだけど」


「僕たちは暇じゃないの」


「ああ。祭り定番の焼きそばをまだ食べてないからな」


 熱に浮かされているのは人々だけではなかったらしい。


「優勝者には金一封を用意している」


 参加者二組、金一封。


 その場を去ろうとしていた四本の脚が固まる。


「ね、ルドルフ」


 一国のお姫様ともあろう方が金一封に反応を示さないで欲しい。かく言うルドルフも瞳を輝かせているのだが。


「あ、選手が、来た」


「聞きました?お姉さま。とっておきの怪談は用意していらっしゃる?」


「もちろんよ妹ちゃん。ここで軍資金を得てこのイベントを遊びつくしましょ」


 お姉さまの反対が妹ちゃんなのかと言う突っ込みは別にして。


 その妙に距離が近い二人は、ルドルフたちが何度も目にしたことがある人物だった。


 …………。


 一度目はとある屋台でのこと。


「肉まん二つ下さい」


「ごめんよ嬢ちゃん。さっき売り切れたばかりなんだ」


 二度目はとある屋台でのこと。


「仕方ないな、じゃあから揚げ串二つ」


「ごめんよ、それもさっきの双子ので最後だ。そんなに食べられるのかって聞いたんだが、おいしそうに頬張ってくれてな――」


「そんなこと聞いてません」


 三度目はとある屋台でのこと。


「まあまあ、ノクターナも飽きらめろ。そんなこともある」


「そうだね、うん。…………ちなみに何なら残ってる?ちょっと怒っちゃったし、お詫びに何か買ってくよ」


「今あるのは、おじさんのスマイル――かな?」


 …………。


 負けられない戦いがそこにはあった。


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