出立2
三日後。
最近は吹雪いてもすぐ止むようになり、足元の分厚い積雪を残すのみとなった。月明りに照らされる青白い雪。こんな時間ともなれば老若男女一様に布団で暖かくしている頃だろう。
出歩くのは愚か者だけ。泥棒すらこの千載一遇を逃す。
「ね、ルドルフ。知ってる?」
「それで頷ける奴はどこにもいないと思う」
「僕とリリーがちょっとした対決をしてること」
「リリーから聞いた。少しだけな」
対決の内容は様々だった。じゃんけん、魔法、料理、クイズ。ルドルフもよく巻き込まれた。
細々としたものならば対決と呼んで良いのか怪しいものもあったから、ルドルフが把握しているほかにも対決は行われていたのだろう。喧嘩でなくて良かったと心から思う。
「ルドルフの取り合いでね、リリーが出て行って欲しくないって言うから」
「それで受けたのか」
「うん」
「せめて相談は欲しかったな。まあ良けど」
「うん?違うよ。対決の勝ち負けは関係ない。多分、納得する理由を求めてただけだと思う。僕もね」
それほどにまでルドルフの存在がリリーにとって大きかったとは。想像できないな。
「僕はね、僕もね、君と一緒に居たかったんだ。一人旅は不安で、やっぱり寂しいから」
「そっか」
「……何か反応薄くない?小恥ずかしいんだけど」
それ以外どう反応すれば良いと言うんだ。
「ま、良いけど。僕は君がそんなやつだって知ってるからね」
多分、夜のせいだ。平静を保とうとするけれど、表に出ていないか不安になるくらい、脳内がうるさいのは。夜風よ、どうかこの興奮を冷ましてくれ。
「それで、対決はどっちが勝ったんだ」
「ちゃんとは数えてないけど僕だよ。今のところはね」
「つまり完全勝利ってことか」
「そうかな?――そうかもね」
今のところ。そうは言うが、次がないのなら勝ち越しに終わる。そして俺たちが再開することはないのだ。
二人は愚か者だから。
「ルドルフ、質問がある」
「どうした?」
「――あんまり聞き難いことなんだけどね」
「だったら聞かければ良い」
「それは、だめ」
ノクターナは一度大きく深呼吸をする。冷たい空気を過度に取り込んだせいで盛大にせき込む。
それは好奇心と言うより、避けては通れない義務のようだった。
「ルドルフは、僕と一緒に来て後悔してない?あの家が良かったって思ってない?」
もし肯定してのならノクターナはどんな反応を見せるのだろうか。気になったけれど試すのは止めた。
もし対決がルドルフの行動を縛るもので、リリーが圧勝していたとしても、俺はノクターナと共に行ことを願っただろう。
もしノクターナが嫌だと言っても、何とかメリットを提示したり、卑怯と罵られるような手を使ったりしてでも、俺はノクターナと共に行くことを願っただろう。
「俺はノクターナと旅がしたいって思ってる。もちろん、首を横に振られない限りだが」
全てを曝け出すのは得意じゃない。
ノクターナは満足げに微笑んだ。何かを見透かされているように思えてならない。
「――実は偽の身分の話、不確実なんだ」
「それ今言うの?」
「ああ。俺は卑怯な人間なんだ」
ノクターナの微笑みが一層深くなる。
「――うん、ずっと前から僕は知ってる」
それは俺が卑怯なことか、それとも。
俺の持っているノクターナを城に帰す唯一の手段が、失敗すれば良いのになんて思ってしまう。
「城に帰ったら、僕たちどうなるのかな」
「さあな」
ただの国民として生きることならできるだろうが、ノクターナはそれを望まない。だったらルドルフも望まない。
城の門を叩いたとき、即ち己の命に王手をかけることになる。ノクターナはせいぜい幽閉くらいで済みそうだが、ルドルフの命はそこまで重くない。
そのことにノクターナはいつ気づくのだろうか。叶うなら最後の最後まで。
「ね、ルドルフ。僕らこれで良かったのかな?」
「ああ。何も間違ってなどいないさ」
家族に餞別は置いてきた。忘れ物は第二の故郷だけ。だから回収に行かないと。
さて、次はどんな景色に会いに行こうか。




