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そしてまた、この地へ  作者: 朱殷


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魔法使いの矜持3


 コンコンコン


 有意義と言えば有意義な会話を今しばらく続けていると、それまでは静かだった廊下の方が騒めきだした。


「どうぞ、鍵は開いていますよ」


「ルドルフ!」


 許可を貰うや否や、まるで押し込まれるようにして扉は開かれる。


 「良かった、無事で。にしても僕を放ってどこかに行っちゃうなんてひどいと思わない?」


 「それは、ごめん」


 怒っているように振る舞っているがその実安堵が勝っているようで、ノクターナは小さく頬を綻ばせた。


 あの時一言告げられないほど急いではいなかったのだが、実際早く来て正解だった。間に合ったかと言われれば全くそうでなくても急ぐねきだったのは事実で、謝ってはいるがもし次があったら同じことをするのだろう。


「まあ良いや。僕の方はきっちり終わらせてきたけどそっちはどう?僕を放っておいただけの収穫はあった?」


 ノクターナはそう言いながら隣へと座る。


 物言いには少々棘が残っているがそれくらいは甘んじて受け入れよう。


「収穫ならあった。帰りながらでも話そう。だが、まだ一個大きな仕事が残ってるんだ」


「仕事?」


 彼とはもう少し喋っていても良かったのだが、ノクターナが合流したことだしタイミングとしては丁度良いだろう。


 俺たちが立ち上がると彼は、新しいコーヒーを淹れようとしていた手を止め見送ってくれようとする。


 俺が今回得た収穫は副次的なもので、主題はまた別にある。不審者の件は勘違い――治安維持には役立ったかもしれない――だとわかったことだし、部外者なりにできることをしておかなくては。


 名残惜しそうな彼に手を振って廊下に出ると、掌で口を覆い無言で喚く大勢の大人たちの姿があった。


「えっと、ノクターナ?」


 正直言って気持ち悪い。


「ルドルフを追いかけてこの学校に入ったら不法侵入だって追い掛け回されて、だから少し黙って貰ったの」


「…………」


 てへぺろといった具合で、ノクターナはそう言う。


 はあ、何と言うべきか。こんなところで魔法の便利さを再確認したくなかった。


「ちゃんと解除してあげなさい。可哀そうだ」


 えー、とノクターナは不満げ。


 大人たちは一斉に瞳を輝かせ、崇めるような目つきで俺を見る。うわあ、何かやだ。


「もちろん俺たちがこの学校を離れてからな」


 そう言えば、警告音のおかげで有耶無耶になっていたが、俺も不法侵入真っ只中なことを思い出した。しかも女子トイレ侵入のおまけ付き。


 俺たちは大人たちと目が合ってしまわないようにスルー。背中におぞましい視線が突き刺さっているが、罵詈雑言の思念が飛んで来ているような気がするが、どれも俺たちの知らないことだ。


 しばらくの間校内を迷いながら彷徨って、その少女を見つけたのはしばらく待たせてからだった。場所は一般開放されている図書室。考えてみればここ以外あり得ないように思う。

 ジャージ姿の少女は俺たちの来訪に気づいていないらしく、端っこに座って本を読んでいた。


「ごめん、待たせた」


「大丈夫今来たと、こ?」


 決まり文句を言いながら顔を上げた少女は、はっとして今しがた読んでいた本で顔を隠してしまう。小さな本では隠しきれなくてはみ出た耳が、驚きで赤く染まっているのが見えた。


「それ、何の本を読んでるの?」


「恥ずかしいから、ひみつ」


 そうは言うが、その表紙は本屋さんで見た記憶がある。確か最近人気の恋愛小説だったか。恋愛小説を読んでいると思われたくないのは、まあそういうお年頃とやらなのだろう。


「お、お二人は本を読みに来たの?それとも、私に――?」


「そうじゃん、迷ってばっかりで忘れるところだった。任務はぼ、く、が、解決したから。明日からは安心して」


「任務?」


「本も気にはなるけど、それよりも。――俺たちに、俺にして欲しいことはある?」


 得意げなノクターナは一旦放置して、俺はあえて具体的な言葉を出さないように問う。きっとノクターナであれ広められたくないだろうから、広めるべきでないから。


 一拍。はいかいいえにしては長く、考えるべきことを網羅するには短すぎる時間。


 何か知らない事情があるのだろうとノクターナも黙って、図書室らしい空気が流れる。


「……私は、大丈夫。勇気を貰った、から」


「そっか」


 少女の出した結論はノーだった。ならば俺は何も言うべきではない。


 今日の出来事で多少手を出しにくくはなっただろうが、それで終わるかはわからない。

 勇気を貰ったと言うが、それがいつまで続くかはわからない。


 少女の言葉が見栄かそうでないか、俺には判別できない。

 もし心のどこかでまだ助けを欲していても、俺では気づいてあげられない。


 けれど俺は何もするべきではない。


「じゃ、またな」


「またね」


「はい、いつか」


 たとえ次会うことがなかったとしても。


◇◆◇


「先輩、無事ですか」


「何ともありません。にしても大所帯ですね」


「先輩のことを話したら、ついて行きたいって人がいっぱいで、いつの間にかこうなってました」


 もとから静かではなかったが、地下室の雰囲気はぶち壊され騒然としていた。


 話を聞くかぎり興味本位でやって来たような人たちでも仕事以外を優先する者はおらず、一部余剰であぶれた人を除き皆粛々と作業を行っている。


「先輩、老婆の姿が見えないんですけど、もしかして殺しちゃいました?」


「逃がしてしまいました」


 私を何だと思っているのか。


 彼女はあり得ないとでも言いたそうな表情を浮かべて、それをすぐに片づける。


「探しましょうか?」


「いいえ。態々痕跡を残すような真似はしていないでしょう」


 魔法は万能なように見えるが、ないものを探し当てることはできない。彼女の魔法だって痕跡があってこそのものだ。


 コンパス型の杖と数秒にらめっこして、それを諦める。


 諦めが良いのは美点だ。何の痕跡っも残さないのは難しく小細工の時間を与えたように思えるだろうが、彼女はそれを指摘しない。連れて来たのが別の人なら面倒だっただろうと思う。


「それよりも試して欲しいことがあります。魔法の検査キットは持って来ていますか」


「直ちに」


 魔法の検査キットとはそのまま、魔法が使えるかどうかを判別するものだ。


 残念ながら確実ではなく陽性で使えない者陰性で使える者両方存在するが、それは一定以上の素質を計測するものだ。あとは努力次第でしかない。


「持って来ました」


 使い方は簡単なもので、それを後輩に試させる。


 老婆は彼らを捕まえられないと言った。何事もなければ子供に陽性反応が出て、子は専用の施設へ、親は捕らえられるはずだ。だがそうはならないのだろう。

 でなければ老婆の目的がわからなくなってしまう。


「先輩、見てください。一応親の方も試しましたが、二人ともマイナスです」


 やっぱり。


 考察は間違っていない。老婆は、老爺はこれを職にしてお金を稼いでいる。だから何だと言う話ではあるが。


「一応保護の名目で本部へ連れて行ってください。聴取ともう一度調べます」


「了解です」


「それと、この場を任せても良いですか。私は、――少し疲れました」


「お疲れ様です。良いお年を」


「――だと良いですね。良いお年を」


 平和であれば次に会うのは年が明けてからだ。リリーたちは微笑み合った。


 翌年。聞いた話によると、調べてもあやしいばかりで証拠はなく、聴取も万事問題なく、彼らはしばらくして解放されたらしい。


 煮え切らない。煮え切らないが、これでおしまいだ。


 リリーは悶々とした何かを抱えながら、一人帰路を辿る。


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