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そしてまた、この地へ  作者: 朱殷


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魔法使いの矜持2


「つまり呪いとは、感情の高まりによって上振れた魔法の塊だと言い換えることができるんです」


 ラボ、連行された先。


 ルドルフを席に着かせたあと、彼は諸々の説明をすっ飛ばしてそう言った。


「えっと――?」


 「ああ、すみません。コーヒーで良いですか」


 怒られるか尋問されるか、少なくとも歓迎されることはないだろうと思っていたルドルフだったが、それだけに拍子抜けだ。


 彼は質問の答えを聞かぬままインスタントのコーヒーを作り差し出す。


「初めて見ましたよ呪いにかかってる人。それで、何で呪われたんです?」


「さあ、俺にはさっぱり」


「わからないってことですか」


「ああ」


「そんなはずないでしょう。例えば誰かに物凄く恨まれたりとかその近くにいたとか。いいや、とてつもない鈍感な可能性も……」


 失礼な物言いだ。


「まあ一先ず、呪いについておさらいしておきましょう」


 呪いと言う呼び名は昔、超自然的なものとして考えられていた名残だ。


 ある程度の科学技術とある程度の魔法技術が発展していた頃、既存の理論で説明出来なかった現象。それが呪いだ。例外はあれど多くの場合、戦争や飢饉といった負の事象に付随して起こったため、神罰だとか悪魔の仕業だと考えられていた。


 それから時代が進み、呪いは儀式によって再現可能であると発見された。同時に神や悪魔といった存在は眉唾だと考えられるようになった。呪いは人員と贄を消費して行う魔法の延長線上にあるものだと扱われるようになり、次第に呪いという言葉は使われなくなっていった。


 さらに時代は進み、呪いの不確実性と危険性から儀式は禁止された。呪いの存在こそは記されつつも、具体的な儀式の方法は闇に葬られた。手法が失われた今、呪われる人は激減したものの俄然存在し、故に恐れられその呼び名が再度使われることとなった。


「呪いは儀式などしなくても再現できるのではないかと言うのが僕の研究テーマでして、仮説の一つが、呪いとは感情の高まりによって上振れた魔法の塊である、なんです。テーマがテーマなだけに検証もできず、仮説の域を出ないんですけど」


「…………」


「とまあそんなわけでして、何かわかることはありませんか。仮説に沿うような内容だと嬉しいんですけど――、ああ、別に沿ってなくても良ですよ。例えば呪われた時期とか」


 彼は生粋の研究者らしい。


「申し訳ないけれど、何も覚えていないんだ」


 彼の熱意に押されて、そして単純な興味から割と真剣に考えてみたのだが、手掛かりになれそうなことは何も見つからなかった。不自然なほどに。


 そうですか、と彼はわかりやすく落胆し、乾いた喉を癒すようにコーヒーを流し込む。


「一つ訪ねたいことがあるんだが」


「はい、何でしょう?」


「呪いを解く方法はないのか?もしくは一瞬でも解除できたら便利なんだが」


「解呪方法ですか――」


 彼は手の甲を顎に当てて唸る。


 魔法は便利だ。たとえ一瞬でも使えたなら助かる場面はうんと増える。それにこの先向かう場所、折り返し地点は危険な場所だ。拳銃だけでは心もとない。


「僕の研究は専ら呪うばかりでその逆は範囲外なんです。ですが、考えるだけならできますよ」


 そして彼はゆっくりと、言うべきか迷いながら口を開く。


◇◆◇


 老婆の語りが止まってリリーがはっとしたとき、儀式は終わりを迎えていた。


 発光していた陣はその役目を終えたかのように、微かなものへと変化していく。中心で儀式を行っていたはずの老爺はすでに姿をくらまし、代わりに親子がぐったりと倒れていた。


「言っておくけど、彼らを捕らえることはできないわ。私のこともね」


 そんなことをのたまう老婆に魔法で縄をかけ、リリーは駆け寄る。


 心臓に手を置く。鼓動している。死んだように倒れているが呼吸はある。一先ずは安心だ。


 見るに、莫大な体力を消耗して倒れたと考えるのが妥当だ。目は瞑っているものの呼吸は乱れ肩は揺れ動き、びっしょりとした汗が張り付いている。


「彼らに何をしたんですか」


 いいや、訪ねなくてもわかっている。答え合わせは先んじてされたばかりだ。


 呪い。老婆たちはこの親子を呪ったのだ。


「聞かなくてもわかるでしょう」


 そうだ。だが証拠集めのためにも言質は取っておきたい。


 しかしわからないこともある。呪いは禁忌だ。事件性の実証が難しく適応されたことはないが、その刑罰は計り知れない。呪いをかけた者も自ら望んでかけられた者も。

 そのリスクを負うだけの利点がどこにある?ましてやリリー・グリモワールの前でなんて。


「答えてあげても良いわよ。どうせ私を捕まえられないんだし」


「いいえ、傲慢は人を滅ぼします。一度は貴女方にしてやられましたが、二度も同じ轍は踏みませんから」


「そうかしら。踏み固められて揺れが少なくて結構良いものよ」


 リリーは杖を構え、念のため二人にも縄をかけ老婆を狙う。


 殺すつもりはない。怪我を負わせる必要もないかもしれない。


 これは脅しだ。当たるギリギリをねらうか、魔法を使わせ消耗させるか。それだけで十分だ。傲慢でも何でもなく、事実としてリリーは最強なのだから。


「一つ言っておきましょう」


「命乞いですか」


「いいえ。命はおろか血を流す心配すらしていないわ」


「…………」


「そうね、無言は肯定と受け取りましょう。――考えてもみなさい。もしも私が捕まったら、これまで私たちが呪った人と依頼者のリストを提出するわ」


 それはリリーの杖なんかよりずっと、脅しとして効力を持つものだった。


 リストの提出がなされたとき、ほとんどの人にとって捜査が楽になるメリットの塊のようなものだが、グリモワール家にとってはその限りではない。


 仮にだ。推測でしかないが仮に老婆の語りが本当だった場合、リストにはルドルフの名前がある。それ自体は問題ないが大変なのは依頼者のリストでそこにお母様の名前があれば、グリモワール家は潰えることになる。

 禁忌に手を出したこと、王の命令に反したこと、その情報を盗み出したこと。どれか一つを取っても失脚するには十分すぎる。


「どうする?早く決めないと、あなたのお仲間が来てしまうわ」


 呪いは禁忌だ。リストの作成は尻尾を掴まれるリスクになり得る。


 本当にあるかはわからない。嘘を言っている可能性だってある。


 けれど一度危惧してしまったら、リリーにはその選択肢を取ることはできなかった。


「賢明な判断ね」


 リリーは杖を下す。老婆につけた縄を解く。


「先輩!大丈夫ですか!」


「時間ね」


 元気いっぱいな後輩の声と共に階段を駆け下りる音がする。察するに結構な人数を引き連れているようだ。


「因みにリストは本当にあるから。今後捕まるようなことがあったら、たとえあなたが関係していなくても提出することにするわ」


 たぶん、そのときは来ないだろう。老婆は聡い。二度とこんなリスクは犯さないだろうし、今回リスクを取った理由だって不明だ。

 ただ、もしも。もしもあの話をリリーにするためだったのなら。


「最後に一つ、聞かせて下さい」


「何?簡単なことなら答えてあげる」


「呪いを解く方法はありますか」


◇◆◇


「何度も言うように、呪いとは感情の高まりによって上振れた魔法の塊であると僕は考えています。だからそれに当てはめるなら、例えばより強い感情によって上振れた魔法、つまり呪いを呪いで上書きすることができたなら、あるいは」


 そう、まるで遥か遠くを見るような、希望的観測も含めて彼はそう言った。


◇◆◇


「呪いは儀式と贄を必要とする、言わば魔法の上位互換よ。絶対に解けないし魔法でどうにかなる話じゃない。少なくとも私は知らないわ」


 そう、まるで諦めきったように、振り返ることもなく老婆はそう言った。


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