偽物の魔法使い2
リリーは魔法使いである。そして魔法使いとは、そうでない者より優れているとされる。
これまでの経験然り今の職然り、そのことに異を唱えることはない。しかし、世間一般で思われているほど絶対的な差ではないとも考えていた。
魔法使い一人は二丁の拳銃に敵わない。戦うための魔法を学ばなかった者は一般の戦士に敵わない。
リリーは、彼女こそ帝国最強だと唱えられることもある人物だ。それでも足りない部分があると思わされることは少なくない。
応援が駆けつけて逃がした二人の捜索に出発できたのは、室内が静まり返ってから十分ほどした後のことだった。
「嬉しいです、先輩が私なんかを頼りにしてくれるだなんて」
現在は駆けつけてくれた後輩のうち一人を連れて、街中を歩いているところだ。
「ルルスは鼻が利きますから。頼りにしてます」
「はい!」
リリーの得意分野は戦闘と少しばかりの方略のみ。その点彼女は人探し、もとい索敵に適している。報告書を見るかぎり戦闘はからっきしのようだが、頼もしい限りである。
ルルスは特殊な形状の杖を片手に時折立ち止まって「うーん」だとか「えっと……」だとか唸りながら二人の痕跡を探る。その間手持ち無沙汰なリリーはここに居ないはずのルドルフの影を探す。勿論見つかるはずもない。
偶にというか結構な頻度で市民に訝しみの視線を投げかけられるのからは目をつむっておく。
「その変わった杖は新しく買ったんです?前見たときにはもっとこうスタンダードな――いえ十分奇抜でしたけれど」
「いえ、コレクションにあったコンパス型の杖です。いいでしょう?早く見つかりそうな気がして」
「私にはこのシンプルなのが一番です」
「変わったって言いますけど、今時先輩のほうが珍しいですよ。古臭い杖一本でけだなんて。……あ、いえ、先輩を否定しているわけではありませんよ――」
ルルスは少しばかり慌てた様子で早口になる。それをかわいいと思ってしまって自然と笑みがこぼれる。
「古臭いですか――そうかもしれません。でもこれはプレゼントにともらったものですから」
「そ、それは良いですね、貰い物。私も一本持ってます。誰からもらったものなんです?よっぽど大切な人からの贈り物なんでしょう?」
「……わからない」
「――え?」
なぜだろうか。誕生日にプレゼントされた光景はありありと思い浮かぶのに、その相手の顔が一切思い出せなかった。
「いえ、気にしないでください。それより、捜索のほうはまだですか」
「それに関してはもう見つけてあります」
コンパスの針の赤――実際は北でない――が差す方向。
そこは古ぼけた小さな書店だった。客の出入りは少なく、多くの場合見向きもされない書店。どこにでもあるような、リリーも訪れたことがある場所。
魔法がとけて独りでに逃げたとは考え難い以上匿われていると考えるのが妥当だ。少し残念である。
「一応貴女は下がっておいてくださいね」
ギギギ――!
扉の軋む音に顔をしかめて、そこは殺伐とした空気感が広がっていた。
「いらっしゃい。あら、久しぶりね」
殺伐と言っても、そういった行為が行われているのではない。店内に漂う風、雰囲気、微細な表情の変化、服のしわ、自身の心境、心臓の音。その他諸々明確に知覚できていないことを含め、それらが所謂勘として伝えてくる。間違いではないと。
「お久しぶりです。何か面白いものは仕入れましたか」
「ええ。お眼鏡に適うかはわからないけど。何か希望はある?」
ほっとしたのが見て取れた。
「本以外も置いていましたよね。杖はありますか。魔法使い用の」
「杖――?気のせいじゃなければ、こだわってなかったかしら」
「少し、感化されまして」
一歩下がったところで会釈するルルスを横目に見遣る。
「そう、良いことね。大人にならなくちゃ。あなたも、もちろん私も」
「確かに、そうかもしれませんね」
老婆は振り返ってカウンター隣の棚をガサゴソと漁る。
静かだ。
以前来たときには老婆ともう一人、夫と思しきお喋り好きの老爺がいた。彼はずいぶんな好々爺だったが、今日は居ないのか裏へ引っ込んでいるのか。
「先輩」
ルルスが小声で背中を突っついた。
「なんだか怪しくないように見えません?少し心配になってきました」
「そうだと良いんですけど」
「まったく良くありませんよ!私の魔法の信頼度が下がるじゃないですか」
的中率九十八パーセントなのに、とすごいことを呟いてくれる。
少しして、老婆の手には二箱あった。
老婆は箱を丁寧に開いて説明してくれる。高級な材料をしようしているだとか著名な方の作品だとか。杖を買い替える経験のなかったリリーに良し悪しは分からなかったけれど、ルルスの瞳は輝いていた。
「どちらにしましょう?」
「両方ください」
「どうも」
「……先輩、太っ腹ですね、二本も買うだなんて。――あ、もしかして私へのプレゼントだったりします?えへへ、感謝の印だなんてそんなあ」
「安心してください。贈り物ですけど、貴女宛てではありませんから」
ルルスは聞いていないようだ。
丁寧に包装された杖をルルスに持たせる。荷物持ちだ。
両手が老婆から死角になったタイミングでリリーは杖を握る。会計が終わってしまったし、ボロを出しそうにないからだ。買い物も済んでしまえばこの店に未練はない。
「もうひとつ、訪ねたいことがあるんですけれど」
「――ええ、なにかしら」
多分、声色の変化を読み取られたのだろう。
「最近、もっと言えば今日、面白いものを仕入れませんでしたか。例えば親子、とか」
「あら、ただの間抜けかと思っていたのに。匿ってるわ。つい数分前にね」
悪びれもせず隠そうともせず老婆は言う。
「彼らを匿うのは罪になります。分かっていますね。案内してもらえますか」
「ええもちろん。来なさい」
老婆は店を閉め、従業員用の扉の先を進む。生活感のあるリビングやキッチンを通り過ぎて、薄暗い地下室への階段を下る。
冷たい石の道中は、あえて光度を下げたようなランプにのみ照らされ怪しさを演出され、反面寒波に耐えるよう設計された服では汗ばんで感覚を狂わされる。
「少し雑談をしましょう。リリー・グリモワール」
振り返ることなく、先頭を歩く老婆は言う。
二本の杖が心臓をねらっていると感じられるはずなのに、何の不穏もないように。
「興味ありません」
「そう言わないで、あなたにも関係があることよ。……二人の親子と、ルドルフ・グリモワールについて」
「…………」
それは、知られていてはならないはずのことだった。
「先輩――」
「止まりなさい」
「先輩――?」
「ルルス、命令です。今すぐ引き返して、あの家で待っているはずの彼と、できればもう何人かを連れてきてください」
「どうして……了解しました」
コツコツと、わざと足音が響くようにしてルルスは遠ざかっていく。
彼女は賢い。すぐにでも戻ってきて、タイミングを見計らってくれるだろう。
「良い判断ね」
「黙って」
コツコツコツ。
ルルスの足音が聞こえなくなって尚、老婆は人払いのためだけの札だったように振る舞う。
「ここよ。この先にあなたの探し人は居る。尤も、あなたにはどうこう出来ないけれど」
階段の下、一部屋に満たないスペース。
不穏な気配と嫌な空気。くぐもった声と揺らめく炎。
「まさか――」
「そうね。あれは十年ほど前のことだったかしら」
リリーの身体が動いたのを見て老婆は語る。
察するに、そしてほぼ確実に。この先では儀式が行われている。
声は聞こえない、内容は分からない。けれどこんな場所で行われる儀式が尋常であるはずがない。止めなければならない。そう思う。
それなのに、老婆の語り口は妙に際立って聞こえて、興味がわいて、衝撃があって、釘付けになって、身体が動かなくなって。
目前で儀式は進みながら、世界は切り替わる。




