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そしてまた、この地へ  作者: 朱殷


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妹と突然の


 時刻は昼過ぎ、曇天。分厚い雲に覆われた空の下、大勢の人々はそれぞれの目的を持って交差していた。

 俯く者、笑う者。一つとして同じ表情はなく、ただ休日らしい賑わいを見せる。


 最中、少しぎこちなくそれっぽさを演じる者が三人。俺とノクターナ、そしてニクである。


 お願いがあります。そういって頼まれたのはこうして街を練り歩くことだった。周りに合わせて時折空を見遣って、普通ってどんなのだったかと考えながら。


「これに意味なんてあると思う?」


「さあな。ないことはないだろうが」


 それは公務に関わることらしく守秘義務とやらがあって、詳細は何も教えてくれなかった。それとなく聞いてもだめ、単刀直入聞いてもだめ。察する材料すら与えてくれやしない。少々ケチではなかろうか。


 当の二人はどこかに行ってしまったし、俺たちはお願いを遂行することしかできない。


「ルドルフ、お守り、変」


 ニクが指差すのは俺たちが出発する少し前、リリーに手渡されたものだ。振っても音が鳴らない鈴の付いた安っぽいやつ。いつの間に用意したのやら。


「そのお守り、何かの魔法が付与されてるみたい。分解してみないと、僕にはどんな魔法なのかわからないけど――」

 

「やめておいた方が良いだろうな」


「うん。僕もそう思う」


 もし分解でもしたら後が怖そうだ。

 

 リリーからは肌身離さず持っておけといわれたので服の内ポケットに入れておく。ここなら落としてしまうこともないだろう。


 お守りの効果については一旦無視して、リリーのお願いの方に集中しよう。何かを伝えようとしているのかもしれないし。


 リリーのお願いはいくつかにわかれていて、一つ目が街を練り歩くこと。次は――。


「大通りから一つ横に入った道の、適当な出店で焼き鳥を人数分買うこと。何かの暗号か?」


「人数分だから三つで良いんだよね」


 大通りには人も店も多かったが、一つとはいえ逸れると一気に少なくなる。喧騒が遠からず聞こえることもあって、寂しささえ感じられるくらいだ。


「すみません、焼き鳥三つ下さい。僕はももで――」


「かわで」


「かわ!」


「了解。ちょっと待ってねー」


 すぐ近くから漂ってきた香りを頼りに店を選び注文する。頼み終わってから気付いたのだが、これはリリーたちの分も買っておけという意味だったのではなかろうか。


 鶏肉の焼ける音と揮発したタレの匂いでお腹が空いてくる。窓から中を見れば焼いているその様子が見えて、その奥は他のお客さんでそこそこ賑わっているようだった。


「はい、どーぞ」


 そう長く待つことなく焼き鳥を手渡される。焼きたてらしいゆげが昇って、素人ながら良い焼き加減だと思う。


「そうだ、そこのお嬢ちゃん。風船は要らないかい?」


「ふうせん?」


「そう、風船。お客さんが忘れていったみたいで、取りに来ないだろうしうちには要らないからさ。どう?」


「お姉ちゃん、貰っていい?」


「欲しかったらね」


「いる!」


「了解。奥にあるから、ちょっと待ってねー」


 そんな微笑ましい光景を見ながら焼き鳥を一口。うん、美味しい。


 風船なんてイベント事以外で見たことがない。それも大概はすぐ捨てられるものだし、珍しいこともあるもんだと思いながら、帰ってくるのを待った。


 最後の一口はノクターナと交換したのだが、どっちも結構いける。


「おまたせー」


「良い人、ありがと!」


「どーいたしまして。あ、ゴミは貰うよ」


 微妙にタレの付着した串を返す。


 長い糸で繋がれた風船は殊の外高くまで浮遊して、ニクが振った腕に合わせて動く。風船は何らかのイベントで配られたもののようで、ロゴらしきものが描かれていた。


「ミッション、完了?」


「意味はわからないけどね」


 そして三つ目、次で最後のお願いだ。例に漏れず次のもちゃんと意図が読めない。


「通りの空き家を左折すること。空き家なんてある?」


 ボロくて蜘蛛の巣が張っていて、そんなわかりやすい空き家は見当たらない。仕方ない、探すとするか。


 多分、何か謎解きでもしているような気分で、楽しんていたのだと思う。だからこんな意味のわからないお願いにも乗り気で、だから該当する家が見つかったときは少し嬉しかった。


 空き家の角を左に曲がる。両側を壁に挟まれたそこは狭く薄暗く、三人も並べば溝に足を踏み外しそうだった。


「ルドルフ、お姉ちゃん」


「ん?どうしたの?」


「明日も、いっしょ、焼き鳥、食べたい」


「うーん、どうだろ。明日はまた馬車の上かも」


 道の先には別の通りがあるようだが、微妙な長さの道には光が届き切っていない。


 にゃーんと、塀の上で猫が鳴く。溝を流れる水を小さい何かが泳ぐ。


「それはリリーたちに聞かなきゃ決められないけど、家でなら焼き鳥くらいいくらでも食べられるさ」


 そんな道の中心あたり、一番暗いところ。裏口へと続く三段ほどの階段に腰掛けた少年がいた。


 少年は俺たちを一瞥すると、ふと用件を思い出したかのように立ち上がる。


 嫌な予感がした。


 前しか見ていなかった俺たちに少年は指を動かす。


 瞬間。俺たちの意識はいとも容易く刈り取られたのだった。


◇◆◇


 何がおこったのかもわからぬまま、微睡んだ意識は外界の変化に気付くことなく、ベッドの上でただ深い呼吸を繰り返していた。


「兄さん――」


 そんな呟きに返事はない。部屋にいるのは三人だけ。


 ソファで同じように寝ているノクターナと、ベッド上で壁を背にもたれかかって座るリリーだけ。そこは随分と静かな空間だった。


「おはようございます。兄さん、ノクターナさん。訳がわからないとは思いますが驚かないで聞いて下さい。――兄さんたちは私に嵌められました」


 二人が起きないと知って予行練習でもするようにリリーは語る。


 はじまりはリリーとルドルフが再会する数日前のこと。特殊警察に所属し帝国最強と謳われるリリーは、しかしとある事件から上層部に疎まれていることもあって、危険で面倒な案件が回ってきた。


「それが悪魔憑きたちの一揆を阻止することだったのです」


 巷で噂程度に流れていた、実行されれば被害は多少では済まないだろう一揆。


 ただの噂で物的証拠はなく、けれど保護という名目で監視化に置けという任務。その任務の最中にこの街を訪れ、偶然ルドルフの影を見つけたのだ。


 見つけたのがルドルフだけならば良かったのだが、その隣にはニクがいた。悪魔憑きだからといってニクだけを保護しても意味はない。それに悪魔憑き一人一人は把握できても集会場所の特定には至っていなかった。


 リリーはニクたちを囮にすることにした。


 街を歩かせニクの存在を認知させ、接触を試みれば一網打尽にするという計画。


「焼き鳥屋さんに悪魔憑きが働いていることはわかっていました。あの路地でいつも屯している悪魔憑きがいることはわかっていました」


 風船を目印に使うのは予想外だったけれど。


 そして計画は成った。


 今頃、その計画に引っ掛かった悪魔憑きのほとんどは保護されているだろう。勿論ニクも例外ではない。


「ごめんなさい」


 ルドルフとノクターナには悪いことをしたと、リリーは一人謝る。


 これは任務であり仕事だ。そのためなら謝ってはならないとされているけれど、謝らずにはいられない。だって嫌われたくないから。多分無理なのだろうけど。


 そんな複雑な気持ちの中で、言い訳のように湧き上がってくるものがあった。


「私は兄さんに計画が気付かれれば、ニクさんは見逃すつもりでした」


 杜撰な計画だった。罠に気付くだけの時間もきっかけも与えてしまっていた。けれどルドルフは、リリーが肉親だから既知の仲だからといって疑いもせず、結果ニクと別れることになった。


 だから自業自得なのだと。


 ――なんという暴論なのだろう。嫌になる。


「兄さん。兄さんが家を出てからどんな生活を送ってきたのかは知りませんが、兄さんは甘くなりました」


 そう、妹ぶってみる。


 これで予行練習という名の言い訳タイムは終わり。あとは本人に伝えるしかない。


 どう思われるだろうか、非難されるだろうか。


 だとしてもどうか嫌われませんように。それが全てだ。そう願う。


「すー、はー」


 リリーは覚悟を決めるように一度、ルドルフの寝息とタイミングを合わせて深呼吸する。リリーの頭に蔓延っていた悩みは一瞬だけ雲散霧消して、また戻ってくる。その一瞬で十分だった。


 リリーはルドルフの内ポケットに手を入れて、今朝渡したばかりのお守りを取り出す。それは計画の要、魔法による影響を拒絶する体質というか呪いというかを弱めるもの。


 不要になったお守りは風船のように弾けて塵はゴミ箱に流れていく。


 ルドルフはこれで十分、ノクターナもそろそろ自前でなんとかする頃だろう。


 しばらく、そう長くない内に、二人は小さく唸りながら目を覚ます。


「おはようごさいます。兄さん、ノクターナさん」


「おはよう――?」


「おはよう――あれ、リリーさん?リリーさんがどうしてここに?」


「それは後で説明します。その前に、兄さんとノクターナさんには説明しなきゃいけないことがあります」


 一拍、呼吸する。


 二人の視線は一度リリーを見て、当然のようにニクの姿を探していた。


「兄さんたちは私に嵌められました」


 冷静に、そうでなくてはならない。どんな言葉が返ってこようと反論してはならない。ただ予行練習の通りに。


「――リリーさん。ルドルフが言いに難そうだから僕が言わせてもらうね。どうして嘘を吐くの?」


「信じられないかもしれませんが、嘘ではないのです」


「だったら、どうしてそんなにつらそうな顔をするの?」


 何故だろうか。独りでに瞳は潤んで、大粒の涙が頬を伝っていた。


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