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朝に食べる夕飯、しょうもない魔法



 時刻、朝。城の主が目覚めるより少し前くらい。俺は使用人のために造られた食事スペースへと向かっていた。用があるのは食事スペースではなく併設されたキッチンなのだが。


「お、ルドルフじゃねえか。奇遇だな」


 無駄に良いがたいをした男が俺に手を振り近付いてくる。

 彼はグレイ。同室の馴染みで、先に行ったと思っていたのだが出会すとは。グレイを一言で表すならイケメン。欠点はいびきが煩いこと。


「一緒に食おうぜ」


 どうやら俺を待っていたらしい。俺は頷きキッチンへ行くのを諦める。


 まだ朝早いというのに、食堂は元気だった。

 朝食の匂いが漂い、誰かの腹の虫が鳴る。それを聞いた誰かが笑って、粗暴な誰かが煩いと机を叩く。一瞬の静寂が訪れて、また誰かの腹の虫が鳴る。特筆すべき点のない日常の風景だ。


「今週はどうだ?」


「例に漏れず」


 使用人の共通の話題といえば大概が仕事のことで、俺とグレイの間柄もその大概に当てはまる。特に週初めは仕事の割り振りについてが多い。


 俺たちは端の方の席を選び座る。切れかけた電球が一度点滅した。


「大変だな、ルドルフも」


 俺の嫌がらせらしき仕事内容についてだが、それはグレイも知っている。

 仕事内容を割り振るのはメイド長の仕事だ。使用人はそれに従って働く。普通、それらは個々の能力や難度の偏りがないよう作られるのだが、それを実感できたのは他人のを覗き見た時だけだ。


 かと言って接し方を見るにメイド長に嫌われている訳ではなさそうでその取り巻き、通称出会したくない一人や二人のせいなのではと思っている。

 こうして文句を言える奴が居る以上、気の所為ということにしている。


「あら、珍しいわねルドルフ。今日もキッチンへ行くのかと思ってたわ」


 噂をすれば何とやら。彼女が出会したくない奴一人目。名前は知らない。


「そう言うな、アリス。俺が一緒にどうだって誘ったんだ」


「そう――ならごゆるりと」


 奴はプライドが高く俺を見下している節があって、苦手なタイプだ。苦手だと思えば思うほど言動の全てが嫌に思えて、より苦手になっていく。別に解消しなくても良いが。


 奴はグレイが威嚇をすると、残念そうに去っていった。イケメン恐るべし。奴は二つ三つ離れた席に座って時折俺を睨む。


「助かる」


「いや、俺が誘ったんだ。気にしないでくれ」


 聞こえかねない距離で愚痴を言う訳にもいかず、中身のない世間話を駄弁っているとキッチンの見習いが料理を運んでくれる。


 料理とは言っても俺たちは使用人の中でも下っ端。大体は昨日の夕食、上の人たちが食べたメニューで提供される。主よりも先に使用人が食事を取ってはならないという面倒なマナーが関係しているらしく、正確には今俺たちが食べているのは夕食だ。


 食事は遅くしても仕事は遅くできない。画期的というか頓智というか。


 今日のメニューはパスタらしい。お皿の上に無造作に盛られたそれを胃に放り込んでいく。女皇陛下やこの側仕え、上級使用人たちが食べているものよりは何段も劣るらしいが、食べ慣れさえしまえばどれも美味しく食べられる。


 じーーっ


 気の所為だろうか、視線を感じる。名前の知らない女から寄せられる敵意だらけの視線ではなく、何かを訴えるような視線。少し前に感じたことのあるような視線。嫌な予感がする。


「グレイ、ごめん。急用思い出した」


「あ、ああ――」


 残っていたパスタを急いで平らげ、俺は食堂を後にした。視線の主は「あっ――」と残念そうな声を零し落胆。それまでルドルフが座っていた席に腰を降ろす。


「味薄いね。20点」


「辛口だな、お嬢さん」


「味薄いんだって」


◇◆◇


 ある月の週初め、お昼時。芝生を背に俺は寝転がっていた。太陽の眩しさに目を瞑り、太陽が雲に隠れると目を開ける。暖かい風が服の隙間を通って熱気を飛ばす。


「今日はお昼遅いんだ」


 そんな俺をノクターナが不思議そうに覗き込む。俺は身体を起こして背中に付いているだろう芝生を払う。

 あれからと言うもの、こうしてノクターナが現れることも珍しくなくなっていた。何度か話す内に慣れたのか変な緊張もなくなって――なくして良いものなのかはわからないが――俺は偶にあるこの時を楽しみにしていた。不定期に一人が独りでなくなるのは嬉しい。


 俺はいささか軽い弁当を手に取る。態々食堂に行くのが面倒で特別に作ってもらっているのだ。


「使用人が普段何を食べているのか知るのも僕の仕事だと思うの」


「…………」


 弁当を開けてみれば、それは八割ほど消失していた。俺は何故かノクターナの手にあるカトラリーを奪い、残された二割を口に運ぶ。


 ノクターナは魔法を使える。魔法を使えば気付かれずにこんなことまでできてしまうのか。確かに、気持ち良くなって目を瞑っていた俺も悪いかもしれない。眠ってしまっていた可能性もある。――いや、俺悪くないだろ。


「魔法は使ってないから」


 何の言い訳にもなっていない。


 ジト目でノクターナを見ていれば、とっくに弁当は空っぽになっていた。夕食まで我慢できるだろうか。いや、諦めて食堂に行くべきか?


「仕方ないな君は」


「こっちの台詞だ」


「僕のあげるよ。――半分だけ」


 そう言うとノクターナは何処に隠していたのやら、両手サイズの包を取り出す。


「ほんとは僕のおやつになるはずだったんだから」


 クッキー、マカロン、シフォンケーキ。一口大の甘いものが無造作に入っていた。ノクターナの顔色を伺いつつ数が一番多いのに手を伸ばせば、いつものクッキーよりずっと甘くて美味しい。頬が緩む。


「僕のおやつだからね」


 そんな俺を見てか、ノクターナは僕のと強調しつつ勝ち誇ったように笑う。


 一度食べればもう忘れられないくらいには美味しい。明日から毎日昼はここで、無警戒に弁当を放置していようかと考えるくらいには。


 腹が膨らむかと言われればそうでもないが、少なくとも心は満たされていく。


「そういえば、覚えてる?前に僕が魔法を見せてあげるって言ったこと」


 魔法――。


 それがどういうものなのか何となく知ってはいる。素質あるものが魔力というエネルギーをなんやかんやして、特殊な効果を得るというもの。魔法で可能な範囲というのは研究されきっていないが、上限は存在しているだろうというのが最もポピュラーな説だ。

 尤も、もし上限がないのなら我々が生きてはいないだろうという逆説的なものに過ぎないが。


「体験してみたいとは思はない?」


 興味がないといえば嘘になる。子どもっぽいと思われたくなくて瞳が輝くのを抑えるので精一杯だ。無意識に首が縦に動く。


 そうすればまだ記憶に新しいかくれんぼの時のように、ノクターナは俺に向けてに手をかざす。


 これまた同じように手を振り回したり、近付けたり遠ざけたり、首を捻ったり。意気揚々としていた割に、それは正常な様子とは思えなかった。

 むむむと唸るノクターナに、魔法というものが座学を除き知らない俺が口出せることはなく、ちょこまかと動くノクターナの仕草を眺める。


「うーん――」


 何度か溢れる言葉から情報を得ようとしたのだが、苦戦しているということ以外はさっぱりだ。


 そのまま何度か同じことを繰り返して、諦めたのか短い杖を取り出す。一部の木には魔法の発動を補助する役割があって、杖の形を取るのはあくまで装飾なんだそう。


 その杖の先、尖った方を俺は額に押し付けられる。案外力が込められていて、先が細いこともあり少し痛い。 


「あの――?」


「これでよし」


 何がよしなのか全く理解できない。だんだんと、杖を押し付ける強さが上がっている気がする。


「自分の名前は?」


「ルドルフ」


「じゃあ僕の名前は?」


「ノクターナ。――それより魔法は」


 額をぐりぐりされる。痛い。魔法と言うより物理攻撃を食らっている気分だ。


「魔法に興味はある?」


「ある、あるから早く魔法を――」


「よし、しゅーりょー」


 ようやく、額から杖が離される。ヒリヒリする額を軽く擦る。よかった、凹んではいなくて。


「それで、どんな魔法を?」


「少しだけ正直になる魔法」


「――しょうもな」


「あれ、魔法はもう解いたはずなんだけどな――」

 

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