初雪と不老不死の呪い3
「妾はショールじゃ。子どもではないからの」
「はいはい。あ、僕はノクターナ。こっちはルドルフね」
「ああ、よろしく」
ショールはしきりに子どもでないと繰り返した。
それは大人っぽく見られたい子どもにしか見えず、ノクターナは口では頷くものの微笑ましくショールを眺める。
「それで、何故ぬしらはこんなところにおるのじゃ?」
「それはショールちゃんも同じだけどね」
「ショールちゃん――。こほん、妾のことはどうでも良い。今はぬしらの話をしておるのじゃ」
疲れるからといって、明かりの一つになった暗い洞穴に声が反響する。
小っ恥ずかしいということを覗けば隠し立てする必要もなく、村に着いてからの経緯を話す。
村に来たら異常気象に見舞われたこと、この先の街に用事があること、道中で豪雪に合ったこと。
説明する途中でショールについてのことも尋ねたのだが、話すつもりはないらしくはぐらかされた。
「それは――何と言うか申し訳ないのじゃ」
「申し訳ないって、どういうことなんだ?」
脈略なく謝り、気不味そうに頬を掻き言い淀むショール。
「その、言い難いのじゃが――実はあの雪は妾のせいなんじゃ」
「――は?」
意味がわからなかった。
説明を求めてノクターナを見遣っても、不可能だと首を振るばかりだ。
嘘であればどれだけ良かったことか。待ってみても冗談だとはいってくれず、ショールは目を伏せて時折俺たちの様子を伺う。
まるで怒られたくない子どものように。
「天候を操るなんて、それこそ一流の魔法使いが数人集まって局所的にするくらいしか」
「近隣の街には警告を出しておいたのじゃ!最近はめっきり入らなくなっとったからの。ぬしらが偵察に引っ掛かって驚いて、急いで探しに来たのじゃ――」
だから許してといわんばかりに、後半になるにつれ声量が落ちていった。
許すも何も、怒ってなどいない。雪が人為的であれ自然的であれ、雪が強まるのを予期できなかったこちらが悪いのだ。
そんなに萎縮されては逆に俺が申し訳なくなってくる。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ、ショールちゃん。それよりもここから出ることを考えないと」
探しに来たのならその当てがあるはずだ。
「それに関しては任せてほしいのじゃ」
ショールはない胸を叩き、ポケットから小さなぬいぐるみを取り出した。
ぬいぐるみは随分と古い物のようで、綺麗にはされているが所々に綻びが目立つ。
「ぬいぐるみ?かわいいね。お母さんから貰ったのかな、それともお父さん?」
「両方じゃが、それは今大事でない。黒い方のぬしも持っておるじゃろう」
「黒い方?僕はノクターナだけど」
「――ぬしよ、この娘を何とかせんか」
あははと、何もいわず愛想笑いだけしておく。巻き込まれても面倒だし、外から見ていたくなる空気感が流れていた。
「ノクターナも持っておるじゃろ」
「ぬいぐるみを?確かに僕もぬいぐるみは好きだけど、全部城に置いてきちゃったきりなんだよね」
「まあ見ればわかるじゃろ。ほれ、もっと近う寄るのじゃ」
いつの間にか地面に描かれた小さな円の中に俺たちも入る。ショールはぬいぐるみを胸の前でぎゅっと包み、瞼を下ろした。
すると白い円は僅かに光を帯び、カウントするように一定のリズムで点滅を初めた。
「ぬしらも目を瞑るのじゃ」
ノクターナは素直に従うのだが、ふと妙な考えが頭をよぎった。夢のせいかショールに影響を受けたのか、俺は子どもの頃のように笑った。
「もし瞑らなかったらどうなるんだ?」
「――好きにすると良い」
呆れられながらも許可を得たことだし、俺は瞬きもしないように瞼を指で強引に開く。
ちかちかと点滅する円は徐々にその間隔を狭めていって、ついには点滅か点灯かの区別がつかなくなる。
瞬間、世界は変貌した。
暗くて石や土の香りが充満していた洞穴は消え失せ、代わりにどこまでも続く青空が現れる。
真っ白で少し先も見通せなかった雪は止んで、今朝のような一面の銀世界が広がる。
そして――
「ようこそ、妾の国へ。なのじゃ」
旧文明を彷彿とさせる石造りの建物の数々。多少の高所では端を見ることも叶わない広さ。それに反して人の気配を一切感じさせない不気味な静けさがそこにはあった。
因みに、目を開けたまま転移魔法を使うとちょっと酔うらしい。
「転移魔法――。つまり、そのぬいぐるみは杖の代わり?」
「左様。杖の本質は材木じゃからの。このぬいぐるみの内部にも杖と同じ木が使われておるのじゃ」
そういって、ショールはぬいぐるみをポケットに片した。
いったいここは何処なのだろうか。元いた場所からそう遠はないのだろうが、それにしては様相が変わり過ぎている。
まるで時間が舞い戻ったような。
このような場所のことなど聞いたこともなければ地図で見た記憶もない。
――いや、あるにはある。
昔、原因不明こ疫病がとある小国を襲い、一週間わ待たずして全滅した。幸いその疫病は高い致死性のおかげで他国では大々的に流行らず、パンデミックとまでは至らなかった。
そうして滅亡した不幸や国は地図から消され、疫病を恐れた他国によりどの国の領土になることもなく現存しているという。
「ありえない話だ」
これは二百年も前のことだ。もし信じるのならショールは原因不明の疫病を生き残った、超ご長寿さんということになる。それはどれだけの確率だろうか。
魔法のこと言動のことを鑑みても、偶々この場所を見つけた子どもがふざけていると考えた方が現実的だ。
「――妾は子どもでないぞ」
再三聞いたその言葉が、あり得ないと一蹴した考えを肯定しているように思えた。
◇◆◇
まるで歩き慣れた道のように、入り組んだ道を迷うことなくショールは進む。
外から見た通りだというべきか、街中には人陰どころか野良猫の一匹も暮らしていなかった。随分と前に放棄されたのだろう。
不安になるほどの無音。空気が滞ったように重く、風の流れも感じられない。
長年放置されてきただろう家屋も一切の綻びはなく、適当に覗いた家も家主が外出しているだけのように思えた。まるで時間が止まってしまったように。
そんな国を俺たちは王宮の屋上から見下ろす。
ノクターナ曰く、雪の国は外部との関わりを断絶されているらしい。国をぐるっと囲む雪雲によって。
国を少しでも離れればその先は豪雪が吹き荒れ、結界のように国を守る。偶然見つけるのは至難の業だろう。
反面、雪の国に入ってさえしまえば結晶一つ振らず青空が広がる。十中八九魔法だろうがにわかに信じ難いものだ。
「ぬしらよ。黄昏れるのはそのくらいにして妾を手伝うのじゃ」
エプロン姿のショールが俺たちを呼ぶ。思えば、夕食の準備をしていたような気がする。そのために態々開放されていない屋上にまで上ってきたのだ。
「手伝えったって、ほとんど終わってるじゃねえか」
「わかってないのう、みんなで焼くから良いのじゃ」
俺たちはぶつ切りの肉が刺さった串を二つずつ受け取る。ノクターナが偶々狩った獣を、ショールが捌いたらしい。真っ赤な肉からは血が滴っていて、もしや生食できるのではという鮮度だ。
焚き火に肉を傾け、直に座って焼けるのを待つ。分厚く切られているだけに結構な時間がかかる。野菜のようなすぐに焼けるものもなく、少し寂しい口を果実で誤魔化した。
「ショールちゃん、今日はありがとね。君が来てくれなかったら僕たちあそこで野垂れ死んでたかも」
伝え忘れていた感謝を冗談めかしていう。割とあり得る状況で笑えない。
「いや、あれは――さっきも言ったようにあの雪は妾のせいなのじゃ。感謝されるようなことではない」
「うん、さっきも聞いた。それどういう意味?普通の人にできることじゃないんだけど」
「実は、なのじゃ。――魔力切れで死のうと思ったのじゃ。何年経っても魔力切れなんか訪れんかったがの」
「それって――」
「ほれ、肉が焼けてきたのじゃ。お肉は少し赤いくらいが一番美味なのじゃぞ」
魔力切れでの自殺、魔力にならない。頭がこんがらがる内容に意識を割いていればはぐらかされてしまった。
あまり話したくなさそうで話を戻すこともできず、まだ赤みの残る肉に齧り付いた。
一口噛む度に肉汁が出てきてかなり美味しい。美味しいが、俺はもう少し焼いた方が好みだ。
串のもう一本を火元に近付けて、俺は捌かれた肉の塊を見た。まだまだ量はありそうだ。
「そうだ、知っておるかの。その獣、実は絶滅危惧種なのじゃ。大変美味なのじゃ。妾も見るのは五十年ぶりじゃ」
「それ食べて大丈夫なの――?ちょっと待って、五十年?今五十年て言った?僕の聞き間違いじゃないよね?」
「大丈夫なのじゃ、ぬしらが密告しない限り気付かれん。安心するとよい」
「そっちはどうでも良いの。ショールちゃん今何歳?ご両親は?」
どうでも良くはないと思うのだが。
ノクターナはショールの顔すぐそばまで寄って尋ねる。鼻息がかかるような距離だ。ノクターナはショールのすべすべの肌を引っ張って、わけがわからず首を傾げた。
「齢などもう数えておらん。両親は二百年も前国と一緒に死んでったのじゃ」
ショールはあっけらかんと告げる。
「危険に巻き込んでしまったのも何かの縁じゃ。後で話す。ほれ、まずは食事に集中するが良い」
それから、三人の前から肉がなくなるまでショールが口を開くことはなかった。無言で肉を頬張る音だけが聞こえる。
ショールを見遣れば気不味そうにしているのではなく、ただ無邪気に食事を楽しんでいた。
それが逆に恐ろしい。何故この状況でその顔ができるのか。少なくとも、彼女が幼子でないことは確実だった。
「久々に誰かと飯を囲んだ。実に楽しいものじゃ」
ごちそうさま、と三人が手を合わせ、ようやくこの空間に会話が戻る。
「早速本題に入ろうかの。――ルドルフ、ノクターナ。妾を殺してはくれぬか」




