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そしてまた、この地へ  作者: 朱殷


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胡乱の樹海4


 それは翌日、お昼前。人通りの多さは予想通りで、街に繋がる舗装された道にはぽつぽつと人がいた。


 小さな集落ではあるものの旅の一行にしては些か多過ぎる人数で、見世物のような注目を浴びる。

 こそこそと同行者と話す者、一瞥して興味を失くす者、それに引き攣った笑みを返す者。

 さもありなん。異様な緊張感を纏っているのだから。


「やっぱり――」


 分かれるべきだったよね、と誰かが呟く。


 全員で一斉に動くのは、それが戦闘を考えるのならば良いのかもしれないが、そうでない以上誰でも愚策とわかるものだった。街に入る前から注目を浴び過ぎている。


 それを無理に押し通したのがノクサスだった。若人のくせしてやけに発言力と弁が立って、年寄りを丸め込んでしまった。皆が一度は納得したものにケチを付けられず、付ける意味も見出せず今に至る。


 いざとなれば切れば良いかと、ノクターナに怒られる様子をありありと思い浮かべつつ、俺はノクターナの隣を歩く。


「ね、ルドルフ」


「ん?」


「肩貸してよ」


 歩くのが疲れたのかと思ったのだが違うようだ。しゃがむよう指図され、その通りにすれば両足に頭を挟まれる。肩車をご所望らしい。


 あまり身長に自身はないのだが、落とさないよう細心の注意を払いゆっくりと立ち上がる。


「どうだ?」


 気になるものは見えたのか問えば、少々くぐもった声で返された。


「案の定作戦は失敗。お出迎えだよ」


 一行の進む先、邪魔な頭を数個越えて見えてくる場所。入口を少し逸れて通行の妨げにならないよう立って、目が合うノクターナに微笑みかける。


「一網打尽とは恐れ入りました、だって」


「何人?」


「ナナが一人。隠れてたらわからないけど――」


 大人数なら説得もし易かったのだが、仕方ない。無理にでも押し通そう。


 時間はあるし、時間は掛けたい。傷心はさせたくない。けれど無限に使える訳でもない。

 どれだけ法に重きを置いているのかわからない街で、ある程度大きな組織に歯向かうのは避けるべきだ。年単位の浪費のリスクは高過ぎる。


「ノクターナ」


「ナナには悪いけど、いつでも準備はできてるよ」


 指示があればいつでも、と杖を握るノクターナに、俺は。


「切ろう」


「――え?いや、必要な暴力もあるって知ってるよ、僕は。でも殺しは違うと思う、の」


「違う、そっちじゃない」


 切るの意味も方向も間違っている。


 誰が殺しなんてさせるものか。もし必要があれば俺が、ノクターナの知らないところでこっそりと。――今は関係のないことだ。


「見捨てよう、皆を。いや、胡乱の樹海に住まう人ならざる化け物を」


 と。


◇◆◇


「大所帯ですね、旅一座か何かですか?」


 白々しく、一行を止めたナナはメモを取る仕草をしながらいう。

 先程からしきりにアイコンタクトを取ろうとしてくるのだが、生憎意味が全く伝わらない。取り敢えずは無視を決め込んで、ノクターナの状態改善に専念する。ノクサスとナナ、どちらに異変を感じ取られても困るのだ。


「――まあ、似たようなもんです」 


 俺も本懐じゃないとか、彼らは罪人じゃないんだから法が守ってくれるだとか、嘘にならない範囲でノクターナに話しかける。どんな言葉を投げ掛けられるのかとビクビクしていたのだが、返答は殊の外あっさりしたものだった。


「僕は別に良いよ、君がそう言うのなら」


「――ありがとう」


 含みのある表現だが追及して悪い方向に転ぶのを恐れて、俺はそれまでにする。


「皆さん、ここに居ては他の人の邪魔になるので、少し別へ移動しても大丈夫ですか?」


「――行きましょうか」


 そうして一行は街に入ることには成功した。


 邪魔になるからという割に、化け物と呼ぶ割に、街中を遊覧するように歩かされて少し。訝しむ多くの視線に晒されていれば、一際大きくて豪華な建物に到着した。


「ここは周辺でも類を見ない観光スポットになっている教会です。さ、中へどうぞ」


 さすがに違和感があったのか人々の間でざわめきが起こる。かと思えばノクサスが無遠慮に戸を叩いて、全員が操られたように入室する。


「旅一座にはそれ相応の舞台を用意しませんと」


 広い、広い教会。真正面の祭壇に向かって長椅子がいくつも置かれ、ステンドガラスには変な絵が描かれている。観客は一人としておらず広さをもて余し、目に入るもの一つ一つに興味を示す様は田舎者さながらであった。


 全員が入れば扉は自動的に閉まり、薄暗くなった部屋にライトが灯る。


「ねえ――」


 落ち着きのない一行から目を逸らしていると、ノクターナが肩を叩いた。反対の手で杖を握っていて、その先一つの長椅子に向けられている。


 今にも長椅子をぶち壊しそうな雰囲気だが、それが特別他と違うようには見えない。


「着席下さい。お二方に危害を加えるつもりはない」


 低い男性の声がして、するとテレポートでもしてきたように人が現れる。


 ――魔法か。


 さも初めから居たかのような振る舞いをする男。いや、恐らくその通りだ。俺が気付いていなかっただけで。

 一度強く意識してみれば、教会内には同じように四隅に座る者たちが居た。堂々と座り、堂々と目を光らせているのだがそれに気付く様子の者は一人もいない。自動に思えた扉もこいつらの仕業だったのか。


「着席下さい」


 男はもう一度座るよういって、俺たちはそれに従う。


「これが報酬だ。確認しろ」


「――いや、いい」


 渡された鞄はずっしりと重くて、石でも入っているのではという程だ。


 協会とかいう組織は信用していないが、ここで確認する気にもなれなかった。もし本当に石が入っているのならそれでも良いと思う。


「受け取ったらどっか行け。罪悪感とかほざくのなら外に出ても良い。お前の知るべきことじゃあない」


「――」


「だがそうじゃないなら留まることをおすすめする。こっからが面白いんだ」


 男は不敵に笑って、虫を払うように俺たちを離れさせる。


 化け物を嵌めて捕まえるのがこいつらの娯楽ということか。馬鹿らしい。

 ノクターナには気付かれぬよう最大限の悪態を付いて教会を出る。ドアノブに力を込めれば、後方で金属同士がぶつかり合ったような甲高い音が鳴る。


「やっぱ見てけよ兄弟。手足とさよならしたくなきゃな」


 男の杖は俺をしっかりと狙っていて、ノクターナの魔法とかち合ったのだろう氷の残骸が足元に落ちていた。


「ルドルフ、僕は怒ってるんだよ。君にも、そしてこの街にもね」


「それはすまん。だが完全に同意する」


 受け取ったばかりの重い鞄は隣へ投げて、慣れ親しんだ拳銃を手に取る。セーフティを外し照準はムカつく面の男へ。人に向けるのは久々だが腕が落ちていないことを祈ろう。


 俺が準備を終えるのを待っていたようなタイミングで射出された氷柱に弾を被せて相殺。間髪入れずに撃った二発目は事前に用意していたのだろう結界に阻まれる。


「それが兄弟の得物か?いくら自分に自信があるからって舐めプは良くないぜ」


「それを言うなお前らもだろ」


 こいつ以外にもあと三人この教会には居るのだが、まるて気付いていないかのように微動だにしない。そのおかげでなんとかなっている部分もあるのだが、ナナが非戦闘員な以上二対一なのは舐めプ以外の何でもない。


 氷柱を銃弾で砕き銃弾を結界で防ぐ。邪魔な部外者を巻き込まぬよう位置を調節しリロードの隙はノクターナの援護で事なきを得る。


 魔法と拳銃を比べれば魔法が圧倒的に優る。手数も火力も上でリロードの必要もない。毎回命がけで撃ち落とさなければならないのに向こうは事前に結界を張るだけで事足る。唯一拳銃に軍配が上がるのはラグがないこと。


 至近距離なら即着の銃弾とは違い魔法は発動にコンマ数秒のラグがある。手練れになればなるほど短くなるラグ。瞬きさえ許されないラグ。

 大丈夫。ノクターナと違いこいつのラグは、見える。


「ノクターナ」


「――テレポート」


 別名瞬間移動。視界内のどこにでも行ける魔法。


 逃げる――のではない。詰めるのだ。

 視界が歪み隙になるのを避けるため瞬きを合わせる。


 一瞬の暗転、先は長椅子から身体を取り出す男の背後だ。拳銃を分かり易いよう後頭部に突き付け、分かり易いように脅す。


「さっきのでわかってるだろ。お前のよりこれしか早い」


 脅しにはこれが一番楽だ。こいつが妙な動きをすれば俺が引き金を引かずともノクターナの援護は間に合うだろうが、魔法とは違い自分しか早いかもと考えさせずに済む。


「負けた。初めに言ったろ、危害を加えるつもりはないって」


 男は杖を手放して両手を頭の横へ持ってくる。杖がなくとも手を向けなくともある程度の魔法は使えるので無意味な気がするが、服従の証とでも思っておこう。


「それじゃ、なんで僕たちに攻撃したの?」


「それも言ったろ。これからすることを見て貰うため。金も込みで口止めってやつ」


 聞いていた金額より重かったのはそのせいか。あまり良い気分ではない。


「それ、お仲間に聞こえて大丈夫なやつ?」


「いいや。でも嬢ちゃんのおかげで気付かれちゃいないんでな。――隠蔽と援護を同時にこなすとか人外だぜ」


 そういわれてようやく頭が冷え辺りに思考が及んで、結構ドンパチしたのにノクサスたちが何のアクションも起こしていないことに気付く。

 ナナが正面で何かを喋り、皆はそれを読み取れない表情で聞いて。俺たちをいないものとして扱っていた。


「ああ、今から解くのは止めてくれ。こっから先は、お前らの知らないことだ」


 そういうと、男は邪魔だと告げるように手を振った。


「もう止めないから、金持ってさっさと行け」


 拳銃を片し鞄を拾って扉に力を込める。背後を警戒していたのだが殊の外軽くて簡単に開く。教会を出れば扉は俺たちを拒絶するように閉まり、怪訝な視線に晒された。


 教会に付属する庭園は一般公開されており、教会内に入ることは叶わないものの間近で眺めることができるようになっている。

 今日が特別なのか日常なのか多くの人が集まっていて、それだけにどう見ても旅人な俺たちが出てきたのがおかしく映ったのだろう。


「――」


 庭園近くのベンチに座る。


 ナナの依頼を受け、化け物と蔑まれる者たちに寝返り、見捨て、協会と事を構え、それもなかったことになった。臨機応変と呼べば聞こえは良いが、中途半端に動きすぎて今どちらに付いているのかさえ曖昧になってしまった。


 どう立ち回るべきなのかわからない。格好が悪すぎる。


 全てを有耶無耶にして街を出るべきだろうか。今からでも中に戻って仲裁を謀ってみようか。考えは浮かんでも妙案だとは思えなくて、俺は頭を抱える。


「ルドルフ」


「うん?」


「僕はこれで良いと思ってるよ。初めの依頼通り。彼の言うように僕たちは何も知らないんだ。知らなければ気に掛けることもできないよね」


 それは本音か気遣いか。どちらにせよ都合の良い言葉は深く沈み込んで、現実との狭間に黒いカーテンを掛けた。


 俺は顔を上げてノクターナと目を合わせる。至近距離で見る彼女はやっぱり可愛くて、余裕の生まれた懐が躍る。

 俺たちは旅人。楽しいことで記憶をいっぱいにして、楽しくないことはいずれ忘れ去る。少なくとも俺たちはそういう旅をしているのだ。


「建国祭楽しもっか」


 日が沈ずむまでのあと数時間、何をして潰そうか。金を気にしなくて良いなんて何年ぶりだろう。


 買い食いする内容に思考をシフトチェンジしたときのこと。ノクターナとのやり取りを灰燼に帰すような銃声が、耳をつんざいた。


「っ――」


 出所は?わからない。突然降って湧いたように聞こえたのだ。俺たち二人以外に音に気付いたような者はいなくて、変わらず談笑が続けられている。


「僕らにだけ聞こえるよう細工したんだ。小癪な――」


 方向はわからずとも想像はできる。ほとんど離れていなくて良かったと安堵する。


 教会の扉は施錠されていてびくともしない。ノクターナに破壊を頼めばきっと大事になる。

 多少時間は掛かるが俺は専用のツールを取り出してピッキングを始める。


「ルドルフって多才だよね」


「昔にちょっと経験がな」


 それ以降は銃声が耳に届けられることはなく、俺は余計に気を揉む。

 久々の解錠は焦りもあってか時間を食われて、落ち着きのないノクターナを待たせる羽目になる。


 汗が一滴落ちる。喧騒は鍵穴をつつく小さな音に紛れた。

 五分ほど所要して少しの手応え。俺は拳銃を構えて静かに開ける。


「ああ、あんたがたですか。戻って来て頂けると思ってたんです」


「ルドルフさんにノクターナさんじゃないですか!見て下さいよこれ、お二方のおかげですよ」


 二人は違う言葉で歓迎して、けれど重々しい雰囲気は確かに存在していた。

 俺は後に続いて入ってくるノクターナの視界を手で覆い隠す。


「ルドルフ、離して」


「――」


「離して」


 覆い隠すなら鼻も摘むべきだったと後悔する。きっともう手遅れだ。

 ノクターナは力の入っていない俺の手を退かす。


 倒れる一つの人影、薄く広がる赤黒い池。振った炭酸ジュースのように噴き出た絵の具が壁にべっとりとこびりつく。漂う鉄の臭いが惨状を知らせる。


「ルドルフ、手当を」


 ノクターナが倒れる人影に近付き、留まるところを知らない流れを堰き止めようとする。


「早く!」


「――無理だよ。即死してる」


 怪我の具合なんて見なくてもわかる。頭を撃ち抜かれて生きているはずがない。


「ノクターナさんは優しいんですね。化け物にも手を差し伸べるなんて」


 理解できないという具合に、ナナは微笑みかけた。狂っている。

 俺は牽制の意味も込めてナナに拳銃を向ける。


「実は優しかったんですね、あんたって」


 意外だという具合に、ノクサスは拳銃の上に手を置き銃口を下げさせる。理解できない。今はお前の味方を――。


「ナナっていいましたか。あんたに聞きたいことがあるんです」


「――私は化け物に興味ないんですけど」


 まあ見てて下さいと俺にいって、ノクサスは拳銃から手を離す。立ち尽くす俺にノクサスは、小さく縮こまるノクターナを俺に引き渡した。


「まあそう言わないで下さいよ」


 死体も観客も今この瞬間は存在しなくて、ノクサスとナナ二人にだけスポットライトが当たっていた。


「あんたの立場は知りませんが、化け物と呼ばれても人間です。勝手に殺して大丈夫なんです?」


「――ええ」


「本当に?」


「――何が言いたいんですか」


 一歩、一歩。ノクサスとナナの間にあった距離が短くなっていく。


「いえいえ。見たところ、まあ、無法地帯ってな訳でもなさそうじゃないですか。条件とかないのかなと思いまして」


「――」


 一歩、一歩。観客には動きはおろか呼吸さえ許されない。


「――良いでしょう、教えてあげます。殺して良い訳ないじゃないですか。司法舐めてます?」


「でもあんたがたは殺しました。さっき、銃で」


「化け物は知らないかもですけどね、裁判は人がやるんです。魔法でも機械でもない。化け物を殺したところで重罪にはならないんですよ」


 一歩、一歩。二人の距離は縮まって、奇妙にも間には温和な空気が流れる。


「じゃあ全員は殺せませんね。裁判しないとなんですから」


「だから何だって言うんですか。――それ以上近付かないで下さい。話聞いてました?殺しますよ」


「最後くらい答えて下さいよ」


「初めから何人か生きかすつもりでした。それが――」


 一歩、一歩。ノクサスは両者が手を伸ばせば触れ合える距離まで来て、ナナの瞳をじっと見て、立ち止まる。


「それが聞けて本当に良かったです」


 くるんと演舞のターンのように振り返って、ナナ以外の全ての人を視界に収めて、笑った。


 瞬間。爆ぜる、爆ぜる、爆ぜる。理解が及ばぬ間に、誰もが反応できぬ間に、爆ぜる。


 初めはノクサスから見て右端の者からだった。首から先が消滅して果汁が飛び散る。力尽きて地面に突っ伏す前に右端から順々に死んでいった。

 頭が消えた。胸が裂けた。四肢が千切れた。原因は何であれ皆一様に、化け物とばれた者が肉塊に変わっていく。


 ただ一人、ノクサスを除いて。


「あはははははははは」


 ノクサスはただ独り笑う。化け物がノクサス独りになってなお、独りになってからこそ、笑う。


「あはははははは、腹筋が――腹が痛い――あははは」


 ノクサスは腹を抱えて笑う。堪えきれず壁を叩いて、時々盛り返えして笑う。


「さあ――捕ま――捕まえて下さい。もう化け物はいない――ですよ」


 ノクサスは肩を震わせながら両手を差し出す。


「父さん母さん、これで数ヶ月もすれば貴方たちを化け物呼ばわりする者は消えていきますよ」


 空を見上げて、ハッピーエンドみたいな面してノクサスが連に手錠が掛かる。


 意味がわからない。人を殺して何故そんな顔ができる?その言葉の真意は?わからない。

 でも、わからなくて良い。わかりたくもない。化け物のこともこの街のことも、何もかも。


「――化け物が」


「あははは」


 それ以降化け物の噂はめっきり消え、胡乱の樹海は新たな観光スポットとなったのだが、それがルドルフたちの耳に入ることは一度たりともなかった。

 


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