胡乱の樹海1
少し短めです。
見渡す限りの緑と青。代わり映えしないが飽きることもないであろう道を俺たちは歩いていた。
前回街を出てから休憩を挟みつつ数時間、予定通りにいけば野宿の心配はないはずだ。――予定通りにいけば。
こうも目印になるものがないと、方向が合っているのか不安になってくる。現在地を知ろうにもそんな便利な道具はなくて、太陽の場所を頼りに、半ば祈るような気持ちでいた。
そんな頃のことであろうか。道ですらなかった平原に分かれ道が現れ、ちょうど標識が建てられていたのは。
「左そこそこ、平和な街」
「右、胡乱の樹海?」
最近建てられたような真新しい木の看板。方角以外の情報は何もなくて本当にそれで良いのかと怪しむ。でもまあ騙す理由も見当たらず、俺たちは左の道を選んだ。
◇◆◇
自称平和な街は名に恥じず、門番は暇そうに大きな欠伸をしていた。
さしたる検査もなくすんなりと入れたその街は、大都市でもないのにそれに引けを取らないくらい人が集まっていた。見るからに付近の人間でない顔つきの者もいる。
二メートルはあろうかという身長の者、山奥で見かければ野生動物と見紛いそうなほど毛深い者。一国の姫様なんて気にならないくらい多種多様な人間がいて、彼ら彼女らは皆笑っていた。
人の流れにままに歩いていれば、人口密度のより高い場所についた。
陽気な笛の音色が響き、花火を予告するようにパンパンと空が轟く。
なるほど、今日は何かの祭りがあるらしい。もうすぐ日は沈むというのに大通りはごった返していて、開かれた屋台は賑わいを見せる。美味しいそうな香りが鼻をつついて、ぎゅるると腹の虫が鳴いた。
ぐいぐいと、ノクターナが服の裾を引っ張る。空腹なのは同じらしい。
「これ一つ下さい」
「あいよ」
ノクターナの視線が向く屋台へ行ったのだが、自分でも顔が引き攣るのがわかる。
知ってはいたつもりなのだが、コスパの悪さが尋常ではない。ただでさて寒い懐がさらに酷くなるのを感じる。
「何の祭りなんだ?」
「旅人か?いい時に来たな。今日は建国祭っつって、年で一番でっかい祭りさ。そん中でも今年は凄くて一週間続く。まあゆっくりしてけよ」
焼きそばを受け取り感謝を告げ、その場を後にする。俺たちを邪魔そうに避ける人々は、今もまた数を増していた。
一週間か。そう長居するつもりはないが、祭りは人の出入りが多いくて物価が上がるのはいただけない。かといってすぐに出られるほど物資に余裕もなくて、さてはてどうしたものやら。
「はい」
「――ありがと」
買ったばかりの焼きそばをノクターナに渡し、大通りを離れる。皆が出張っているおかげか道一つ逸れれば喧騒は遠くなって、微かに聞こえる営みの声が妙な心地よさを与える。
静けさは冷気となって、祭りの熱気で火照った身体を元の温度へと戻す。
「あのお、すみません――」
近くの階段で座っていれば、それを遮る声が一つ。
「間違っていたら申し訳ないんですけど――あなた、もしかして強い人ですか?」
「人違いだ」
おどおどと喋る女は、しかしどこか確信めいた様子でそういった。
強い人といわれてノクターナは嬉しそうに顔を上げたのだが、何か喋る前に出鼻を挫く。口から麺を垂らしながら不満そうにこちらを見るが無視だ。面倒事の香りしかしない。
「いえ、そんなはずないです。あなたは強い」
「お、おう」
急に語感が強くなって気圧される。それをチャンスとばかりにノクターナは口の中身を飲み込んだ。
「もしそうだとして、僕たちに何の用?」
「き、聞いてくれますか!?頼みたいことがあるんです。勿論報酬はお支払いします。どう――ですか?」
報酬の一言に、ひもじい生活をしてきた俺は瞳が輝いて、それを見逃す者ではなかった。
「詳細は後日お伝えしますね。ああ、わたくし、この辺協会で働いてます。ナナっていいます」
やっと仕事終わるーなんていって、スキップしながら去っていった。恨めしげにノクターナを見遣ればバツが悪そうに頬をかく。
早く終わらせて、その金で祭りを満喫するとしよう。




