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第9話 グリフィン

「Oh,Happy day...」


鼻歌を歌いながら初老の男が薄汚い部屋でパソコンのキーボードを叩く。

その顔はにやけていて、厭らしく歪んでいた。


「もうすぐだ……もうすぐアポカリクファの終焉が完成する……」


その男……「ルイス・キャロル」はニタニタと笑いながら、複数設置されているパソコンを慣れた手付きで操作していた。


「ああ……アリス。待っていたよ。君達のような『ダストエラー』を。ホスピタルシステムを乗っ取ってからだいぶ経つ。沢山の『人間』を犠牲にしたよ……そう、沢山。沢山殺したなぁ……」


鼻歌を歌いながら、楽しそうにルイスはブツブツと続けた。


「それももう少しで終わりそうだ……ホスピタルはラビリンスに変わり、ラビリンスはただの悪夢に染まり消える。だが、私は見たいんだ……」


指先でキーボードをコツコツと叩きながら、どこか心を感じさせない「空洞」の目で、ルイスは裂けそうな程口を開いて笑った。


「悪夢の先にあるものを……君達イレギュラーが、その悪夢を乗り越えられるのか……」


芝居がかった所作でパソコンのモニターに向かって、彼は両手を広げた。


「魅せておくれ、アリス。私にその『可能性』を……!」



排水されて水が抜けた地下道に、アリス達は避難していた。

白騎士と化したジャックが、ダーインスレイブを右手に持って屈んでいる。

フィルレインはもう一度、自分の上着で右手を切断されたイベリスの傷口を固く縛ったが、切羽詰まった声を発した。


「駄目です。血が止まらない……ちゃんとした医療設備で治療をしないと、イベリス様は……」

「私……は、大丈夫……ま、だ戦える……」


切れ切れにかすれた声でそう言ったイベリスだったが、起き上がろうとして失敗し、また倒れ込む。

もはやバンダースナッチを維持することもできなくなっているようで、体が虹色に明滅していた。


バンダースナッチ達が、瀕死のイベリスの体を出て外に向かおうとしているのだ。

もしそうなった場合を考え、フィルレインは唾を飲んだ。

アリスは、右目から青白いバンダースナッチの炎を噴出させながら、地下道の上を睨んだ。

そして淡々とした声で言う。


「……いるね。上に、別のナイトメア」

「三体目だって……?」


ラフィが苦しそうにそう言って、地面に膝をつく。

彼の小さな体も相当な怪我を負っていた。

黒猫はイベリスを見てから、白騎士の方に視線を向けた。

先程軽く説明を受けたのだが、まだ理解が追いついていなかった。


――ルイス


その名前をラフィは「知って」いた。

いや、記憶の奥底に刻み込まれていたと言っても間違いはないだろう。


その「男」が、死に瀕していたジャックに、白騎士の体を与えて蘇らせた。

そんなバカなと一笑することも出来たが、実際に目の前で動く白騎士が嘘をついているとも思えない。


「……ジャック。もう一度確認するよ」


ラフィは白騎士を見上げて言った。


「ルイス……ルイス・キャロルが君を蘇らせた。白騎士として。しかしその男のことを君は知らない。間違いないね?」

「ああ。だが、心の底で感じるんだ」


ジャックは兜の奥からくぐもった声を発して続けた。


「『アレ』はあってはならないもの……『アポカリクファの終焉』そのものだ」

(やはり……)


ラフィは息を飲んで言葉を止めた。

アリスはしばらく、暗い地下道の上を見上げていたが、やがて足早にフィルレインとイベリスに近づいた。


「……敵の意識はこっちに向いてないわ。しばらくは大丈夫みたい」

「アリス様……ナイトメアの気配が分かるのですか?」

「うん。感覚的なものだけど。この右目のバンダースナッチが、かなり敏感みたいなの」


彼女の痛々しく破壊された右目から噴出している青白い光から目を背け、フィルレインは気絶しそうになっているイベリスの肩を揺さぶった。


「イベリス様! 今眠ってはいけません! もう少し耐えてください!」

「フィル、ちょっといい?」


アリスはそう言ってフィルレインの脇にしゃがみ込むと、イベリスの顔を見下ろした。

イベリスは憔悴した顔でアリスを見て、小さく笑った。


「まったく……ザマがないわ……バンダースナッチを、制御するのも難しくなってきた……」

「…………」

「あなたに……殺されてあげる約束は、無理そうね……」

「イベリスさん」


アリスははっきりとそう言うと、イベリスの残った左手を掴んだ。

そしてしっかりと手を握る。


「ジャックさんは戻ってきました。あなたが死ぬことはありません」

「…………」


白騎士が横目でその様子を見ながら、ダーインスレイブを構えて周囲を警戒している。


「私が、イベリスさんのバンダースナッチを制御する。少し痛いかもしれないけど我慢して」

「あなたが……? そんなこと……」


出来るわけがない、と続けようとしたイベリスだったが、次の瞬間押し寄せてきたバンダースナッチ達の「絶叫」が体中に反響して、かすれた悲鳴を上げた。


アリスはイベリスの左手を両手で掴んで、目を閉じて意識を集中させていた。

その体が虹色に輝き始める。

統率がバラバラだったイベリスのバンダースナッチ達が、波のように規則正しく動き始めるのがラフィの目に見えた。


「嘘だろ……これは、システムへの干渉能力だぞ……」


小さな声で黒猫が呟く。

激痛に悲鳴を上げ続けるイベリスの体をバンダースナッチ達は駆け周り、やがて彼女が失った右腕に集まった。


攻撃により無残に千切られたその傷が、バンダースナッチ達の動きによってものすごい勢いで塞がっていく。

まずは止血。

そして肉の縫合。

もちろん麻酔はない。


バンダースナッチを医療器具のようにコントロールし、アリスはイベリスの傷の処置をしていた。

イベリスにとっては地獄のような十数分が終わり、アリスはものすごい量の汗を顔に浮かべながら、彼女の手を離した。


「イベリスさんにはまだ戦ってもらいます」


それは、断固とした言葉だった。

今まで絶望に打ちひしがれ、ボロボロになっていた少女の言葉ではなかった。

アリスは立ち上がり、イベリスを、どこか空洞じみた目で見下ろして続けた。


「私とジャックさんだけでは勝てません。あなたの力が、必要です」


「まだ……死ぬわけにはいかないのは、お互い同じね……」


ゼェゼェと息をしていたイベリスは、フィルレインに支えられたまま上半身を起こした。

そして何かを喋ろうとして激しく咳き込む。

フィルレインに背中をさすってもらい、少し落ち着いてから、彼女は青い顔でアリスを見上げた。


「……ありがとう。だいぶ楽になった」

「かなりイベリスさんのバンダースナッチは消耗しています。直接戦闘は厳しいかもしれませんが、応急処置はしました」


アリスが淡々と言って、額の汗を拭う。

イベリスは自分の方を見た白騎士に目をやって、視線をそらした。

そんな彼女に、ジャックは静かな声で呼びかけた。


「イベリス」

「…………」

「……生きていてくれて、本当に良かった」


その端的な言葉は、イベリスの心を抉ったらしかった。

唇を噛み締めたイベリスの目から、堰を切ったように涙が溢れ出す。


「ジャック、あなたなの……?」

「ああ。ただし、元の『自分』かと考えると疑問は多々あるが……」


ジャックはそう言って、鎧の腕でダーインスレイブを中段に構え直した。


「今はそんな事を考えているヒマはなさそうだ」

「敵が移動してる。私達を探してるみたい。見つかるまでそんなに時間はないと思う」


アリスが、右目の青白い炎を揺らしながら周りを見回す。

狭い地下道は、奥が暗くなっていてどのように道が入り組んでいるのかが分からない。


「敵ナイトメアの数は、三で間違いないんだね?」


ラフィが口を開く。

アリスはしばらく意識を集中するように上を見ていたが、やがて頷いて答えた。


「そうだね。多分……ジャバウォックがいる」

「魔獣……何てことだ……」


引きつった声を発したラフィに、アリスは昏い瞳で答えた。


「生きてたのね……一度交戦してる。次は負けない」


その彼女の機械のような口調に、ラフィは何か声をかけようとしたが、口をつぐんだ。

そして感情を押し殺して言葉を発する。


「……聞いてくれ。ステルシスというドッペルゲンガーと、ウミガメモドキというオリジナルナイトメアと戦って分かったことを手短に話す」


ラフィはそう言って周りを見回した。


「ステルシス……は、バンダースナッチを操る方ね。まだ生きてる」


答えたアリスに頷いて、彼は続けた。


「恐らくだけど、『ステルシス』という、アーキアリスのドッペルゲンガーはもう『死んで』いる。中に入って、バンダースナッチを操っているのは別のオリジナルナイトメアだ」

「なるほどね……」


イベリスが荒く息を吐いて呻くように言った。


「バンダースナッチを操る事ができるセブンスを持っているのが私達ドッペルゲンガー……おそらく、ステルシスを乗っ取っているオリジナルナイトメアのセブンスは、乗っ取った対象の能力を使うことかしら……」

「多分ね。そして、ただ能力を使うだけじゃないようだ。バンダースナッチが異常に疾くて硬かった。あれは、別の『モノ』に変異しかかっていると見ていいと思う」


ラフィは一呼吸置いて続けた。


「オリジナルナイトメアに使われることで、バンダースナッチが進化したと考えるのが、一番早いかもしれない。だからイベリスの力で競り負けたんだ」

「進化したバンダースナッチ……」


呟いたアリスを一瞥してから、ラフィは表情を暗くした。


「そして、逃げる直前に確認したのだけど……どういう理屈か分からないけど、ステルシスはウミガメモドキが触れると体を修復するようだ。ウミガメモドキを倒さないと、ステルシスを倒すことも出来ない」

「ウミガメモドキの能力……」


イベリスがかすれた声で言った。


「あのセブンスは隠れるためのものじゃないんじゃないかしら……?」

「と、言うと?」

「私達はウミガメモドキは、ただ何かから何かを『隠す』能力かと思っていた。でもそれが最初から、大きな間違いだったのよ」


彼女は残った左手を握りしめて続けた。


「アレは多分、『認識』を操作する能力。それも、多分『事象』を消去するセブンスなんだわ」

「そうか……だからステルシスを治すこともできるわけか!」


声を上げたラフィを、白騎士が困惑した調子で見て口を開いた。


「……どういうことだ? 私にはさっぱりだ」

「ステルシスはアリスの攻撃で多分もう、動けないほどの損傷を負っている筈。それがまだ生きているということは、ウミガメモドキが、あいつが『死にかけている』という『事象』を消しているのよ。空間に隠れるのもそう。私達が『知覚する』ということ自体に干渉して、知覚できないようにしているんだわ」

「そんなことが可能なのか……?」


くぐもった声で言ったジャックに、イベリスは頷いた。


「セブンスは基本的に『何でも出来る』能力よ。そう考えると、ここがオリジナルナイトメアから隠されているというのは、嘘ね。今上にもう一体いるなら尚更よ。同盟でも結んでいるんじゃないかしら……」

「……大体分かった。このままじゃ勝てないね」


アリスが冷静に、呟くように言う。

彼女の静かな様子を見て、イベリスは一言、かすれた声をかけた。


「アリス」

「…………」

「……大丈夫?」


意外な言葉だったらしく、アリスはイベリスを見て、表情を変えずに答えた。


「大丈夫。何だか体が軽くて、頭の中がスッキリしてる。余計な何かが抜けたみたい」

「…………」


何か言葉を発しかけたイベリスだったが、無理矢理に気持ちを切り替えて続けた。


「今、合流した敵の『ジャバウォック』っていうのはどういうセブンスを持っているの?」

「説明したいけど、してる時間はないみたい。見つかった」


アリスがそう言ってジャックと背中合わせに立つ。


「……私に考えがある。イベリスさん、辛いだろうけど立って、一緒に戦って」



「血の臭いだ。多分このあたりの地下道に隠れているんだろう」


緊急警報が鳴り響き、赤い警告灯が点滅している市街で、ジャバウォックが倒壊した瓦礫を踏みしめて立つ。


「地下道……なら、私のバンダースナッチで……」


ステルシスが目を異様な色に光らせながら、意識を集中する。

その髪が虹色に光り、ざわざわと動き始めたのを見て、ジャバウォックは右手を横に広げて止めた。


「やめろ。単純戦力は『グリフィン』……お前のバンダースナッチと、相手のバンダースナッチで拮抗している。それに……」


ジャバウォックの脳裏に、自分を列車から蹴り落としたアリスの姿がフラッシュバックする。

ご馳走を前にした猛獣のように舌なめずりをしてから、彼は続けた。


「なめてかからない方がいい。あの娘の覚醒速度は異常だ」


「何を偉そうに……!」


ステルシスが食ってかかろうとしたところを、彼女の肩を掴んでウミガメモドキが止めた。

ウミガメモドキはジャバウォックから少し距離をとってガレキに立ち、口を開いた。


「……あなたは信用できない。何かの『アクセス権限』を持っているね」

「何ですって……?」


ステルシスが彼女を守るように立つ。

ジャバウォックは指摘されたことが意外だったのか、軽く頭を掻いて彼女達の方を向いた。


「さすが、オリジナルの中でも『格が違う』と言われるウミガメモドキだけはある。見ただけで分かるもんなのか、そういうものは」

「茶化さないで」

「そう攻撃的にならないで欲しい。俺はお前達の敵ではない。たしかに俺は、システム……『ナンバー68』へのアクセス権を持っているが」


彼はどこか鈍く輝く目でウミガメモドキを睨むように見た。


「それは、お前も同じことではないのか?」

「……ッ」


舌打ちするように息を吐き、しかしウミガメモドキは呼吸を整えて、静かに続けた。


「分かった。どこまで知っているのかの追求は後にしよう。それより……敵の中に、白の女王の側近、騎士ナイトがいるのが見えた。ステルの攻撃も、あいつがダーインスレイブで止めたね」

「白騎士が生きていて、更に寝返るとは考えづらい。あれは『敵』だと捉えた方がいいな」


ジャバウォックは足元の合成アルファルトの地面を靴で踏みにじると、二人を見た。


「何があったのかは、俺も知らない。だがいずれにせよ、斃せば済む話だ。俺の力を使え」



轟音が辺りをつんざいた。

フィルレインに支えられながら、何とか維持しているゆらぎの足で立っているイベリスがよろめく。

千切れた右手も、バンダースナッチで形成されていた。


かなりの失血があったので、イベリスの顔色は真っ青だった。

すぐにでも医療機関で治療が必要な状態だ。


彼女達を守るように、アリスは一歩前に進み出て腰を落とした。

その隣に、ダーインスレイブを構えた白騎士が立つ。


地下道の屋根……つまり地面を突き破って現れたのは、ライオン頭の人間……ジャバウォックと、ボロボロの服を纏ったステルシスだった。

ジャバウォックは自分に敵意を向けるアリス達を見回すと、小さく口の端を歪めて笑った。

そして言葉を発する。


「やはり無事に生きていたな。最も『アリス』に近い『アリス』よ」

「往生際が悪いナイトメアね。次こそ二度と再生出来ないようにしてあげる」


淡々とした彼女の言葉を聞き、ジャバウォックは少し沈黙した後白騎士を見た。


「……白騎士……ではないようだな。ルイス様のお戯れか……?」

「ルイス……」


ラフィがイベリスの隣に立ち、声を張り上げる。


「お前は……お前達はやはり、ルイスのことを知っているな!」

「知っているも何も……」


ククク……と喉を鳴らして笑い、ジャバウォックは肩をすくめた。


「ルイス様がこの状況の元凶だろう? 言われずともそれくらいは分かる」

「そこまで分かっていて、どうしてアポカリクファの終焉を起こそうとする! どうして止めようとしない!」


ラフィに怒鳴られ、ジャバウォックは口をつぐんだ。

黒猫の声が地下道に反響する。

やがて彼は、両手を横に広げて言った。


「どうして? 愚問だな、ナビゲーター」

「…………」

「俺は、戦えればそれでいいんだよ!」


ジャバウォックがそう叫んで地下道の床を蹴ろうとする。

しかしそこで、彼の動きが止まった。

いつの間にか、地下道の床を掘り抜く形で彼の背後に回っていた、イベリスの足……細く伸びたバンダースナッチが、ガッチリと彼の足を掴んでいたのだった。


「ジャックさん」

「分かっている」


ジャックは大きくダーインスレイブを構え、中段横薙ぎに振り抜いた。


「チッ……」


ジャバウォックが舌打ちして、吹き飛んでくる斬撃に右手を伸ばす。

彼の右手と、地下道を半壊させながら突進したダーインスレイブの一撃が衝突し、凄まじい金属音を上げながら火花を散らした。


――受け止められた……?


ジャックが呆然とする。

足を掴んでいるイベリスのバンダースナッチを粉々に砕きながら、ジャバウォックが雄叫びを上げてダーインスレイブの斬撃を上に「投げ」た。


勢いそのままに吹き飛んだ斬撃は、シェルターの天井に突き刺さり、大きくそこを抉った。

貫通まではいかなかったが、バラバラと瓦礫が市街地に落下を始める。


ステルシスがアリス達を睨み、ウミガメモドキの能力なのか、その姿が掻き消えた。

代わりに残ったジャバウォックの体が、薄く虹色に発光している。


「バンダースナッチを……纏っている……?」


呟いたイベリスに、ラフィが唾を飲んで答えた。


「……考えたね。ステルシスの能力で、鎧のようにバンダースナッチを『着て』いるんだ。隠れている二人も倒さないと、勝ち目はないぞ……」

「なるほどね……」


アリスは空洞の右目から青白い炎を揺らめかせながら、周囲を見回した。


「でもね。いくら事象を操作しようと……進化したバンダースナッチを制御しようと、不死身だろうと」


彼女は壊れたようにニタァ、と笑い、右手を前に伸ばして、ピストルの形をつくった。


「あなた達が存在しているであろう、『ここらへん全部』を潰せば、どうなるのかな?」


一瞬言われた意味が分からなかったのか、ジャバウォックが停止する。

しかし彼は考えるのをやめたのか、雄叫びを上げて突撃してきた。


次の瞬間だった。

アリスの肩にステルシスがゆらぎの手を置いている。

二人のバンダースナッチが、金切り声の絶叫を上げながらアリスの指先に集まっていく。

そして渦を巻き、真っ黒い「何か」おぞましいモノの形を形成し。


ズン。


という巨大な地鳴りと衝撃、轟音の後、彼女達の眼前が「消え」た。


「何を偉そうに……!」


ステルシスが食ってかかろうとしたところを、彼女の肩を掴んでウミガメモドキが止めた。

ウミガメモドキはジャバウォックから少し距離をとってガレキに立ち、口を開いた。


「……あなたは信用できない。何かの『アクセス権限』を持っているね」

「何ですって……?」


ステルシスが彼女を守るように立つ。

ジャバウォックは指摘されたことが意外だったのか、軽く頭を掻いて彼女達の方を向いた。


「さすが、オリジナルの中でも『格が違う』と言われるウミガメモドキだけはある。見ただけで分かるもんなのか、そういうものは」

「茶化さないで」

「そう攻撃的にならないで欲しい。俺はお前達の敵ではない。たしかに俺は、システム……『ナンバー68』へのアクセス権を持っているが」


彼はどこか鈍く輝く目でウミガメモドキを睨むように見た。


「それは、お前も同じことではないのか?」

「……ッ」


舌打ちするように息を吐き、しかしウミガメモドキは呼吸を整えて、静かに続けた。


「分かった。どこまで知っているのかの追求は後にしよう。それより……敵の中に、白の女王の側近、騎士ナイトがいるのが見えた。ステルの攻撃も、あいつがダーインスレイブで止めたね」

「白騎士が生きていて、更に寝返るとは考えづらい。あれは『敵』だと捉えた方がいいな」


ジャバウォックは足元の合成アルファルトの地面を靴で踏みにじると、二人を見た。


「何があったのかは、俺も知らない。だがいずれにせよ、斃せば済む話だ。俺の力を使え」



轟音が辺りをつんざいた。

フィルレインに支えられながら、何とか維持しているゆらぎの足で立っているイベリスがよろめく。

千切れた右手も、バンダースナッチで形成されていた。


かなりの失血があったので、イベリスの顔色は真っ青だった。

すぐにでも医療機関で治療が必要な状態だ。


彼女達を守るように、アリスは一歩前に進み出て腰を落とした。

その隣に、ダーインスレイブを構えた白騎士が立つ。


地下道の屋根……つまり地面を突き破って現れたのは、ライオン頭の人間……ジャバウォックと、ボロボロの服を纏ったステルシスだった。

ジャバウォックは自分に敵意を向けるアリス達を見回すと、小さく口の端を歪めて笑った。

そして言葉を発する。


「やはり無事に生きていたな。最も『アリス』に近い『アリス』よ」

「往生際が悪いナイトメアね。次こそ二度と再生出来ないようにしてあげる」


淡々とした彼女の言葉を聞き、ジャバウォックは少し沈黙した後白騎士を見た。


「……白騎士……ではないようだな。ルイス様のお戯れか……?」

「ルイス……」


ラフィがイベリスの隣に立ち、声を張り上げる。


「お前は……お前達はやはり、ルイスのことを知っているな!」

「知っているも何も……」


ククク……と喉を鳴らして笑い、ジャバウォックは肩をすくめた。


「ルイス様がこの状況の元凶だろう? 言われずともそれくらいは分かる」

「そこまで分かっていて、どうしてアポカリクファの終焉を起こそうとする! どうして止めようとしない!」


ラフィに怒鳴られ、ジャバウォックは口をつぐんだ。

黒猫の声が地下道に反響する。

やがて彼は、両手を横に広げて言った。


「どうして? 愚問だな、ナビゲーター」

「…………」

「俺は、戦えればそれでいいんだよ!」


ジャバウォックがそう叫んで地下道の床を蹴ろうとする。

しかしそこで、彼の動きが止まった。

いつの間にか、地下道の床を掘り抜く形で彼の背後に回っていた、イベリスの足……細く伸びたバンダースナッチが、ガッチリと彼の足を掴んでいたのだった。


「ジャックさん」

「分かっている」


ジャックは大きくダーインスレイブを構え、中段横薙ぎに振り抜いた。


「チッ……」


ジャバウォックが舌打ちして、吹き飛んでくる斬撃に右手を伸ばす。

彼の右手と、地下道を半壊させながら突進したダーインスレイブの一撃が衝突し、凄まじい金属音を上げながら火花を散らした。


――受け止められた……?


ジャックが呆然とする。

足を掴んでいるイベリスのバンダースナッチを粉々に砕きながら、ジャバウォックが雄叫びを上げてダーインスレイブの斬撃を上に「投げ」た。


勢いそのままに吹き飛んだ斬撃は、シェルターの天井に突き刺さり、大きくそこを抉った。

貫通まではいかなかったが、バラバラと瓦礫が市街地に落下を始める。


ステルシスがアリス達を睨み、ウミガメモドキの能力なのか、その姿が掻き消えた。

代わりに残ったジャバウォックの体が、薄く虹色に発光している。


「バンダースナッチを……纏っている……?」


呟いたイベリスに、ラフィが唾を飲んで答えた。


「……考えたね。ステルシスの能力で、鎧のようにバンダースナッチを『着て』いるんだ。隠れている二人も倒さないと、勝ち目はないぞ……」

「なるほどね……」


アリスは空洞の右目から青白い炎を揺らめかせながら、周囲を見回した。


「でもね。いくら事象を操作しようと……進化したバンダースナッチを制御しようと、不死身だろうと」


彼女は壊れたようにニタァ、と笑い、右手を前に伸ばして、ピストルの形をつくった。


「あなた達が存在しているであろう、『ここらへん全部』を潰せば、どうなるのかな?」


一瞬言われた意味が分からなかったのか、ジャバウォックが停止する。

しかし彼は考えるのをやめたのか、雄叫びを上げて突撃してきた。


次の瞬間だった。

アリスの肩にステルシスがゆらぎの手を置いている。

二人のバンダースナッチが、金切り声の絶叫を上げながらアリスの指先に集まっていく。

そして渦を巻き、真っ黒い「何か」おぞましいモノの形を形成し。


ズン。


という巨大な地鳴りと衝撃、轟音の後、彼女達の眼前が「消え」た。



泣いていた。

どうしてこんな事になったのか分からなかった。

ワンダーランドはいつしかラビリンスへと変貌を遂げ……。

そして、自分は「ヒトではない何か」に変化していた。


その理由が、彼女には分からなかった。

暗闇の中、変わり果てた自分の足を引き寄せ、静かに泣く。


「そこで何をしているの?」


声をかけられ、彼女は顔を上げた。

不健康そうな顔をした少女が立っていた。

彼女は着ている病院服のポケットに手を突っ込んで、裸足のまま地下室に入ってきた。


「G46番を見つけました、ルイス様」


耳に手を当てて、彼女は空の上に向けて声を発した。

そしてしばらく相槌を打ってから、また膝に顔をうずめて泣き始めた少女に言う。


「どうしてここにいるか、分からないの?」


頷く。

病院服の少女はしばらく無表情で彼女を見下ろしていたが、やがて静かな声で言った。


「私達『オリジナルナイトメア』はエラーの産物。放っておいてもいずれこの世界から消滅する」

「…………」

「あなたも。私も。私達は『アポカリクファの終焉』を見ることはできない……って言われてる」


その単語を聞いて、少女は顔を上げた。

そして変わり果て、泥人形のように崩壊をはじめている顔で彼女を見上げる。


「アポカリクファの……終焉……?」

「…………」


病院服の少女は一瞬悲しそうに顔を歪めると、少女の前に手を上げた。

何もない空間から、ドチャリ……という音がしてぐちゃぐちゃになった「モノ」が現れ、地下室に転がる。


気持ちの悪い内臓の汚臭がした。


それが何だったかわからなかったが、彼女にはその汚臭がとても「甘く」思えた。

惹きつけられるようにその「死体」に視線を落とす。


「あげる。そのへんで殺してきた」


何でもないことのように、病院服の少女が言う。


「食べないとあなたのデータは連鎖崩壊してしまう。食べて」


震える手を伸ばす。

そして彼女は、バキバキに砕けた「死体」のいち部分を手に取り、夢中で口の中に運び始めた。


血をすすり、内臓を飲み込み、肉を噛む。

胃の中にそれが満たされていくにつれて、思考がクリアになっていく。

崩れ始めていた体の崩壊が、徐々に収まり綺麗な姿を形成し始める。


「そう、それがあなたの……『グリフィン』の能力。取り込んで。その『アリス』のデータを、残さずあなたの中に」


小さく笑って、彼女は続けた。


「私の名前はウミガメモドキ。あなたは、これから私を守って楽園を作るの。一緒に見ようよ。『アポカリクファの終焉』を」


ガツガツと肉を口に運び続ける少女の前にしゃがみこんで、ウミガメモドキと名乗った少女は手を伸ばした。

そして大人が子供にするように、泣きじゃくりながら貪り続ける少女の頭をそっと撫でる。


「一緒に生きよう。腐った世界だけども。二人ならきっと、生きていけるよ」



荒く息を吐きながら、目の前に立った「敵」を見上げた。

音が聞こえない。

目が片方見えない。

周囲の景色がグルグル回っていて止まらない。

立ち上がれない。

腕。

私の腕は……?


電撃のように様々なことが脳内に反響するも、それに答える者はいず、理解も出来ない。

ただ一つだけ分かること。


それは、自分はこれから数秒後。

この「敵」に殺される。


揺るぎないその事実だった。

雄叫びを上げようとして、声が出ず血痰を吐き散らす。

ほとんど本能的と言ってもいい動きで、彼女は動いた。


銀色の髪の毛が脈動し、バンダースナッチが密集して目の前の「アリス」に殺到しようとする。


そうだ。

私は生きるんだ。

ウミと一緒に、これからもずっと。

アポカリクファの終焉でさえも越えて。

楽園を作って。

一緒に生きるんだ。


一緒に。


ドッ、という重低音がした。

ステルシスの首が、一瞬早く射出されたアリスのバンダースナッチに両断された。


視界がズレていく。

薄れゆく意識の中、最期に見えたのは暗闇だった。



「逃げられたね」


淡々とアリスに言われ、ジャックは苦そうに小さく呻いた。

瓦礫からダーインスレイブを抜くと、大量の人間の肉片がベチャベチャと地面に落ちる。


串刺しにされたジャバウォックは、自分の体の一部を捨てて、無理矢理に脱出したらしい。

既に周囲に、彼の姿はなかった。


体中から虹色のもやを浮き上がらせながら、二つの核を持って戻ってきたアリスを見て、ジャックは少し沈黙した。

そして手を伸ばし、鎧の手で優しく彼女の頭を撫でる。


「お互い、少し落ち着こう。躍起になっても仕方ない」

「うん……」

「勝った……のか……?」


呆然と呟いて、ラフィが言葉を続ける。


「僕達は、勝ったのか……?」

「ええ……ジャバウォックは取り逃がしたけど……実質完全な勝利ね……」


立っていたイベリスに限界が来たのか、彼女のゆらぎの足と腕が空中に霧散した。

地面に転がりかけた彼女を、フィルレインが慌てて支える。


そこでシェルター内に、いきなり大音量の、緊急事態を告げる警報が鳴り響いた。

ビクッとしたフィルレインを一瞥してから、アリスが苦い顔で言う。


「……ジャバウォックの仕業ね。このシェルターの動力炉でも爆破でもするつもりかしら……」

「逃げよう」


ジャックはそう言うと、ダーインスレイブを腰の鞘に収めて周りを見回した。


「でも逃げるってどこに……」


ラフィが言うと、ジャックは落ち着いた声で続けた。


「ここに来る前に、だいぶ離れた場所だが中継駅があるのを見ている。そこまでの『距離』をダーインスレイブで斬り払って道を作る」

「ま……待って」


切れ切れの声でイベリスが言った。


「私達のシェルターの人が、まだ一部生きているかもしれないわ……助けないと……」

「そんな時間はないみたい」


アリスは、まるで人形のように淡々と言うと、先程自分達が穿ったクレーターを見た。

地下まで空洞が伸びている箇所があり、そこから白い放電の光が見える。


「でも……」

「それに、イベリスさんを早く治療しないと。ジャックさん、行こう」

「……分かった」


ジャックは押し殺した声でそう言うと、フィルレインごとイベリスを片手で抱いた。


「駄目よ……! 見捨てるわけにはいかない!」


掠れた声を上げるイベリスだったが、アリスは無視してラフィを見下ろした。

ラフィはその、残った左目を見て一瞬ゾッとした。


それはまるでガラス玉のような。

ただ、光を反射するだけの感情も何もない球体。

焦点さえも合っていない。


「アリス……?」

「ラフィも。時間、ないよ」


軽い調子で言うアリスの脇で、ジャックは抜刀の要領で何もない空中に向けてダーインスレイブを振った。

空気が裂け、その奥の暗い空間が見える。


「お願い、助けなきゃ……!」


残った腕を伸ばすイベリス。

しかしジャックは、アリスと連れ立ってその空間の隙間に、ためらいもなく体を滑り込ませた。


ラフィはしばらく放電を続ける地下の動力炉を睨んでいた。

その脇に立っているジャバウォックが小さく見えたからだった。

彼はギリ……と歯を噛み締め、空間の裂け目に体を踊らせた。



初老の男はケタケタと笑いながら、人間の脳を入れたフラスコとモルモットを入れた虫かごが並ぶ、不気味な研究室の中、何かにとりつかれたようにパソコンのキーボードを叩いていた。


「凄い、凄いぞ。この番外個体は意思を持ち始めている……一つの個体として、生命としての意味を持ち始めている……」


彼は、少し前に部屋の扉が蹴破られ、多数の警察官がなだれこんできているのに見向きもしていなかった。

気づいていないのではない。

気にしていないのだ。


「シャルロ・マーヴェルスだな? 両手を上げてこちらを向くんだ!」


先頭で拳銃を構えた、機動隊員の防護服を着た青年が大声を上げる。

しかしシャルロと呼ばれた男……ルイス・キャロルは、子供のように目をキラキラと輝かせながらキーボードを叩き続けていた。


「聞こえないのか! こちらにはお前の射殺許可も出ている!」


青年が再び怒鳴る。

ルイスはそこではじめて手を止め、歪んだ、人形のような満面の笑みで振り返った。

それは機動隊員達全員の背中に怖気が走るほどの奇妙な笑顔であり。

笑っている目は何もうつしていない。

虚無。

まさに、そう言って過言はない「顔」だった。


「ああ……存外遅かったねえ、諸君。もう少し早く見つけてくれると思っていたんだが」


ルイスは、キィ……と座っていた丸椅子をきしませて、ボロボロの白衣の姿で振り返った。

眼鏡をつけているが、左目の部分が割れて、テープで補修されている。

オールバックの白髪は綺麗にまとめられていた。


奇妙な笑顔を顔面に張り付かせながら、彼は自分に銃口を向ける多数の機動隊員を見回した。

そして極めて軽い調子で言う。


「で、私をこれからどうするというのかね?」


先頭の青年は懐から機動隊員の証明手帳を出してそれを突きつけた。

そして脇に挟んでいたバインダーに挟んでいた書類を前に出す。


「国際指名手配犯、シャルロ・マーヴェルスと確認する。こちらはイタリア機動警察一課、隊長のジョゼ・アルフォンソだ。お前の国際強制逮捕状がここにある。抵抗をするならこの場で射殺させてもらう」


ジョゼと名乗った青年がそう言うと、ルイスは面白そうにクックと喉を鳴らした。

そして楽しそうに足を鳴らし、パンパンと手を叩いて爆笑し始める。


「……黙れ……!」


銃を突きつけたまま、ジョゼが押し殺した声で言う。

初老の狂人は目を見開いて両手を広げた。


「いいよ。撃ちたまえ」

「……ッ!」


ギリ、と歯を噛んだ機動隊員達の様子を見て、彼は不思議そうに続けた。


「何だ、法律というのは意外と甘いものだな。数百人規模の大事故を起こした、国際指名手配犯を即射殺しないとは。驚きだよ」

「黙れ……悪魔め……!」


ジョゼが銃を構えながら、ゆっくりとルイスに近づく。

彼が周囲の三角フラスコに入った、コードが接続された人間の脳に視線を走らせたのを見て、ルイスは淡々と言った。


「ああ、気をつけたまえ。全部まだ『生きている』からね」

「貴様……」

「そう言うと語弊があるかな……現在中で大暴れしている者達がいてね。私のラビリンスは正常稼働しなくなっている。死んでいるのも多数あると思うが、まぁ気にしないでくれ」


ジョゼはルイスの額に拳銃を突きつけた。

しばらく二人が睨み合う。


「何故こんなことをした……?」


数秒の沈黙の後、ジョゼは重苦しい声で問いかけた。

ルイスはまるで意外だと言わんばかりに目を見開き、銃を突きつけられたまま笑った。


「何故? 何故と? 面白い問いかけをするね、君は!」

「…………」

「楽しいからに決まっているだろう! 子供の頃は誰だって夢想したはずだ、ワンダーランド! 私は、私の思う私のワンダーランドを、他でもない私のために構築したに過ぎない!」


そこまでルイスががなり立てたところで、機動隊の一人が大声を上げた。


「隊長!」


ジョゼが気づくより早く、ルイスはポケットから拳銃を出して彼に向けていた。

しかし引き金を引かずに、それを自分のこめかみに当てる。


「ワンダーランドはそろそろ完成を迎える。『アポカリクファの終焉』と共に、絶望の世界は幕を開ける! 全ての準備は整った!」

「待て! 貴様を確保す……」


ジョゼがそう言いかけた瞬間だった。

ルイスはためらいもなく自分のこめかみに当てた銃の引き金を引いた。


パァン。


という軽い音と共に初老の男の頭部を弾丸が貫通し、辺りに脳症と血液、人体の断片が飛び散った。

真正面からそれを浴びて、ジョゼはしばらく呆然としていた。

そして数秒後我に返り、怒鳴る。


「医療班! 絶対に『死なせ』るな!」


バタバタと白い服を来た男達が狭い研究室に入ってくる。

彼らが倒れた男の処置をしている間、ジョゼは歯をギリギリと噛み締めながら、憎しみではちきれそうな顔でそれを睨んでいた。


「逃さんぞ……『ルイス・キャロル』……」


その呟きは、カラカラと回る換気扇の音に紛れ、そして消えた。



その「事故」の被害者は、八百人を超えると言われている。

戦後、最悪の大事故だった。


精神に傷を負った人間を機械に接続。

強制的に夢を見させることで、その夢の中で壊れた心の再生をさせる機構、「Mental Rescue Online System」……M.O.R.Sモースは爆発的に世界中に普及した。


人々はそれぞれのサーバーに意識を移し、仮想世界で望む生活をし、心の傷を修復する。


それほど、世界は病んでいたのだ。

夢の世界から帰ってこれなくなる者も少なくはなかった。


しかし、医学的観点からもM.O.R.Sは大きな評価を得ていた。

投薬や手術に頼らず、人の心を修復するシステム。

人はそれを必要とし……。


そして、事故が起きた。


M.O.R.Sの開発者である男、シャルロ・マーヴェルスが、突然、全世界の患者を一つのサーバー内に閉じ込めてしまったのだ。

いわゆる仮想現実からログアウトできない状態になってしまったといえる。


M.O.R.Sに入っている間は、その仮想現実を現実と認識する。

だから、中にいる人々は次々に悪夢に書き換えられていく世界に対してどうすることも出来なかった。


最初の数週間、世界中のM.O.R.S内で死亡した人間は、五百名を超える。

事故が起こってから既に一年と二ヶ月が経過。

シャルロ・マーヴェルスは身をくらまし、隔絶されたM.O.R.S内の人間を、外からサルベージすることはできなくなってしまっていた。


ついにはM.O.R.S内での人……その意識の死亡が確認されたのが八百名を越えた時……。

シャルロ・マーヴェルス……「ルイス・キャロル」は発見されたのだった。

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