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83話【愉悦】

「やあこんにちは」


 ドアを開けて入って来たのは、ひとり。ニコニコとしながら友人に挨拶をするように気軽な声をした、男女どちらかもわからないほどに中性的な人だった。

 僕や有坂さんよりわずかに年上、という印象がある。


「私は愉悦(ヴルピタス)の名を持つ、七つの中立だよ。よろしくね」


 愉悦(ヴルピタス)を名乗るということは、人ではなく星の分体。

 心から喜び楽しむことを愉悦という。人の持つ、感情。

 それは善にも悪にも簡単に傾く。


 一体僕らをどうしようというのだろう。


「美徳、悪徳に中立、と来たか。俺たちを分断した理由を聞かせてくれ」

 武藤さんが僕たちを庇うように前に立ち、言う。


「えっ理由? 面白いかなって」


「……それだけか?」


 あっけらかんと、愉悦(ヴルピタス)が言う。


「私は善にも悪にも加担はしないさ。ただ面白いことを喜びとするのが生業なんだよ。存在意義だからね」


「ここはどこですか」


「マップをみたらいいよ。君たちは最早世界の主役と言ってもいい存在だからね。()()()()()()()()のはちょっと面白くなかったんだよね」


「……部屋に残った、人たちは」


「それも自分で確かめるといいさ。君たちの活躍を期待しているよ」


 それだけ言うと、愉悦(ヴルピタス)は姿を消す。



 有坂さんがスマホにマップを表示させる。

 現在地点は、麻布十番の近くの雑居ビルを示している。


 距離的には、身体能力が上がっていなくても、徒歩1時間前後で警視庁やホテルまで移動できる範疇だ。

 身体能力が上がっている今なら、走れば10分かからないかもしれない。


 でもそれは、間に障害がなければ、の話だ。


「まずは、原国さんに連絡をする。ホテルメンバーに連絡を入れてみてくれ」


 連絡がつかない。発信音は鳴るが、応答がない。

 原国さんとも、連絡がつかない、と武藤さんが言う。


「あの分体が名乗ったのは、愉悦(ヴルピタス)。あの場に居たら死んでいた、という情報はあてにならないと俺は思う。あいつの『面白い』が、俺たちの情動を指すのであれば、通信が途絶しているのも、あいつの仕掛けの可能性がある」


 武藤さんは淡々と言う。

 僕にはない視点だった。


「あいつがその名の通りの存在なら、物語の人物の情動を楽しむように、俺たちを引っ掻き回して弄ぶのであれば、()()()()()()()()()()()()()()。本当にピンチであるなら、それは悪徳への加担だ。中立としてはありえない」と、そう説明された。


「ついでにいえば同じ分体の節制(テンペランティア)とも連絡がつかない。通信の途絶が愉悦(ヴルピタス)の仕業だと思う一番の理由がここだ。俺がもし、この世界をゲームとして設定するとする。その中で中立を冠する愉悦(ヴルピタス)というキャラクターを動かすのであれば、こういうトリックスターに置くだろうな。危機を演出して人間の感情や行動を楽しむ。直接の害意も善意もない。そうする意味もそれほどないところで仕掛ける。俺の考察でしかないけどな」


「そう思わせておいて、残酷な結末を用意する、なんてこともありえそうですけれど」


「それは悪意の文脈だな。悪徳であるならば、それはありうるだろう。名乗りを偽れないルールは分体にも課される。善にも悪にも加担をしないという言葉に嘘はなかった。俺たちの取る選択によって良くも悪くも流れが変わるというのは、今に始まったことじゃないし、今危惧しても仕方がないことだ」


 有坂さんが可能性を口にして、武藤さんがそれを否定する。


 武藤さんの言うように、節制(テンペランティア)は質問を投げれば、常に即座に返事を返してくれていた。

 確かに彼の応答がないのはおかしい。


 この建物という空間に、通信を阻害する効果がかかっている?

 僕たちのステータスにあるのはバフ効果だけだ。状態異常の表示はない。


「それを考慮した上で、選択肢はいくつかある。警視庁に戻る、ホテルに戻る、あるいは病院へ行き反魂を行う。最後はここで連絡が取れるまで待機をする。どれにする」


「あとは、もう1つ、選択肢があります」

 武藤さんの提案に、有坂さんがぽつりという。


「ダンジョン攻略。この建物の1階にレベル8ダンジョンがあります。攻略をして、真瀬くんのガチャで転移系スキルが獲得できれば」


 武藤さんの説明で、有坂さんとのやりとりで、冷静にはなれた。

 それでも一刻も早く、みんなの安否を知りたい。それは武藤さんも有坂さんも、同じはずだ。


 それでも焦ってはダメだ。


「確かに、ダンジョンの表示を見て、侵入者がいなければ攻略してみるのがいいかもしれないな」


 ギルドレベルはクリアしたダンジョンの数で上がる。

 パーティーは6人までの固定だけど、ギルドメンバーの人数は増やせる。


 身内をギルドに全員入れておければ、安否確認はギルドメンバーの一覧でできるので、ダンジョン攻略を進めるのは有効な手段だ。

 ガチャで有用な対人無力化スキル、情報獲得系スキル、転移系スキルなどが得られれば尚いい。


「僕は有坂さんのダンジョン案に賛成です。武藤さんはどうですか」


「よし、なら嬢ちゃんの案で行こう。気配察知では、このビルは無人だが、探知を逃れるスキル持ちがいる可能性もある。気をつけて進もう」


 武藤さんを先頭に、ドアを開けて廊下へと出る。

 無人の廊下は室内よりも薄暗く、静寂が耳に痛い。


 階段を見つけ、下りる。どうやらここは3階だったようだ。

 人の気配はない、静かな階段に僕たちの足音だけが響く。


 1階へ辿り着くと、ダンジョンゲートが右手にある。正面は出入り口。ドアは閉まっている。

 ダンジョン内に侵入者はない。


「まずは、外に出て連絡がつくか試そう。俺が行く。ふたりは後ろにいてくれ」


 正面ドアを武藤さんが警戒しながら開ける。

 ドアを開けた先の光景は、歩道とガードレール、道路。向かいには公園の緑が見える。


 この辺りなら、普段であれば通行する人はそれなりにありそうな場所。

 人の往来はない。静まりかえっている。


「ダメだ。範囲系なのかもな。効果範囲は不明だが、範囲を抜けるまで動くしかないかもしれん」


「ダンジョンを攻略しましょう。このままホテルに戻っても、多分二の舞だと思う。ああいう集団がいくつもあるなら、対抗できる方法を得ないと」


 集団戦かつ、殺さず無力化。

 洗脳されている可能性があるのならば、それを解くスキル。

 転移系。ギルドの強化。


 ショップにはそれらのスキルはない。

 母さんたちは心配だけど、無事でいると信じる。


 無事でいてくれた先のことを考慮して、慎重に進もう。


 ホテル方面へ戻りながら連絡を取れるように動きつつ、道中のダンジョンを攻略する。そう話し合って決めた。



 僕たちは初めて、3人きりの孤立した状況で、ダンジョンへと足を踏み入れた。 


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