表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/137

76話【守るべきもの】

 お腹の辺りに、何か重いものが乗っている感触で目が覚めた。


「俺、寝相死ぬほど悪いけど大丈夫か?」


 寝る前に武藤さんはそう言っていたのを思い出す。

 キングサイズのとにかく大きなベッドなので、「端と端で寝れば大丈夫ですよ」と答えたけれど、大丈夫ではなかったらしい。


 僕の胴の上には武藤さんの足が乗っていた。


 起こさないように、ゆっくりとその足を下ろす。武藤さんの頭の位置は、ほぼさかさまになっている。


 僕も母も寝相はそう悪くないので、これほど豪快な寝相の人を始めて見た。何だかちょっと面白い気分になって、小さく笑うと武藤さんが目を覚ます。


「んん……おはよう……」


「おはようございます。武藤さんの寝相本当にすごいですね」

「やっぱりか……蹴ったりしなかったか?」


「起きたらお腹に足が乗っててちょっと面白かったです」

 言って笑うと「痛くなかったか?」と心配されてしまった。


「普段もこんな感じなんですか?」

「ベッドだと落ちるから寝室はマットレスに布団……それでも落ちるんだけどな、床に」


 言って胡坐をかいて、笑いながら頭をばりばりとかく。短くなった柔らかい髪が跳ねている。


「今何時だ?」

「朝5時です。僕はいつもの起床時間ですけど、武藤さんは?」

「俺もそんくらいに起きる。習慣てやつだな」


 ぐぐ、と伸びをしてベッドから降りて、洗面台へ向かう。

 女性陣はまだ起きてないようだった。

 2つ並んだ洗面台をそれぞれ使って歯磨きをしたあと、武藤さんは「シャワー浴びてくるわ」と言って浴室へ。

 僕は洗顔をして着替えをした。昨日のスーツだ。


 そういえば、浄化スキルがあれば洗濯も掃除もいらなくなる。

 便利ではあるけれど、それらのための用品や機械……洗濯機や掃除機は売れなくなる。

 それらの開発研究もされなくなり、いずれは掃除や洗濯などの文化は失われるのだろうか。


 備え付けの湯沸かし器で、お湯を沸かす。

 冷蔵庫には水もジュースもお酒もたくさん入っているけれど、食べ物はない。


 眠っている間に起きたことも調べないと。

 お湯が沸くと武藤さんが頭を拭きながら戻ってきた。


「何か飲みますか」

「おお、ありがとな。白湯(さゆ)をくれ」


 カップに沸かした湯を注いで渡す。武藤さんは受け取りながらテレビをつけた。

 地形の変わった日本の領土の境界線で、自衛隊が防御陣地を敷いている映像が流れている。

 政府の人が解説をするのを聞きながら、僕はお茶を淹れた。


 画面が切り替わり、天の声による世界の変化についても解説や討論が始まった。

 日本でも一部地域での暴動や市民などの暴徒化はあったが、鎮圧をされている様子なども映る。


 報道されている範囲では日本国内はそれほど混乱をきたしていないように見える。


「おはよう~」

 母と楓さんが寝室から出てくる。


「おはよ。朝食はルームサービス頼めって言われてるが、どれにする。身支度の間に頼んどくけど」

「ありがと、香澄さん何にする?」


 ぺらりと朝食メニューを引っ張り出して、武藤さんが訊ねると楓さんも母もメニューを見て決めた。

 どうやら母さんと楓さんはとても仲良くなったらしい。寄り添うようにメニューを選んで、僕にひらひらと手を振って笑顔で洗面所へと向かって行く。


 初めて一緒に朝を迎えたのに、違和感が全然なかった。

 まるで昔からそうしていたような気すらする。


 もしかして、原国さんのループの影響を僕らも受けるのだろうか。

 こんな朝が、以前の周回ににもあったのだろうか。


「坊主はどれにする」

 渡されたメニューを見れば、いろんな種類の朝食名が並んでいる。


「言語の壁がなくなっても知らないものはわからないんですね……」

 エッグベネディクトって何だろう。卵の何? と首をかしげていると、武藤さんが頷いて言う。


「馴染みのないものの名称はわかっても、どんな料理かわからんよな。エッグベネディクトはイングリッシュ・マフィンの上にポーチドエッグとかを乗っけた料理だな」


「ありがとう武藤さん。じゃあ、僕これにしますね」

 武藤さんは料理にも詳しい。グルメ物の異世界転生小説も著書にあって、主人公の女の子が元気でかわいかったのを思い出す。


 説明をしてもらったし、食べてみよう。

「了解」


 武藤さんが内線で注文をかける。

 和やかな、朝だ。夜明けの景色が窓から見える。


 豪奢な部屋、大きな窓。見下ろす景色。

 非日常だけど、日常みたいな感覚。妙に落ち着いている。不思議だ。


 ああ、そうか。

 これから僕らは、これを守る為に、ダンジョンで戦うんだな、と何かが腑に落ちた。


 働く母をサポートして、学校へ、バイトへ通ういつもの幸せな日常は遠く過ぎ去ってしまった。


 確かに、災害だ。ダンジョンという災いによって多くを失った人もいるだろう。

 今までの常識も法律も世界の法則も塗り替えられてしまった世界。


 それでも思い出すのは、皆森さんや病院で見た人たちの明るい顔。

 今の世界のすべてを僕は悪いものとしては考えることはできないんだなとも思った。


 与えられた力は余りに大きくて、使命はとても重いけれど。

 これは誰かの和やかな日常を守り、作るためで。

 僕には仲間も、母もいる。


 眠って頭も少しすっきりした。

 お腹もすいていて、生きていることを実感する。


 残酷な事実も、疑問点も山ほどあって、時間は差し迫っている。

 それでも日常を切り捨ててはいけない。

 守りたいものを実感することが大事なんだと、きっと原国さんは信じているんだろう。


 だから僕たちの人生に、夢現ダンジョン以前は介入しなかったし、こうして食事と睡眠をとるように采配してくれている。

 


 この日初めて食べたエッグベネディクトはとても美味しくて、武藤さんたちや母さんの笑顔もある。


 世界の滅びを回避して、平穏を取り戻したら。


 休日の朝食に作って母と食べるのもいいな、と思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ