28話【罪人の末路】
気がつけば、僕たちを有無を言わさず攻撃してきた男も倒れていた。
僕と武藤さんを有坂さんが泣きながら回復している。
どうやら、武藤さんは麻痺、僕は毒を食らったみたいだ。
シャツに穴が開いて、血塗れになっているけど傷は綺麗に治っていた。
痛みも痺れも嘘みたいに、もうない。
武藤さんも、白いジャージに大穴が開いて、刺された部分の肌が見えている。
「よかった、真瀬くん……っ」
僕たちが無事回復したのを見て、有坂さんが僕を抱きしめる。ぎゅうぎゅうと力強くて、温かくて、いい香りが鼻をくすぐる。
「ごめんね、ありがとう有坂さん」
僕がそう言うと、有坂さんはもっと力をこめる。
僕も男だから、胸板に当たる柔らかい感触に、その、なんていうか、戸惑う。
心配して泣いてくれてる女の子に、それはちょっと、なんかよくないと思って、思わず有坂さんを引き剥がす。
顔が近い。涙をぽろぽろこぼす有坂さんは紛れもない美少女だった。
泣いていてもかわいいし、綺麗だ。
こんな時なのに、そう思う。
「ありがとう、もう、その大丈夫、何ともないよ。だから、ね?」
頬が赤くなっているのを自覚しつつも微笑んでそういうと、有坂さんが頬を更に赤く染めた。
「あっあっごめんなさい、私」
ぱっと離れて、俯く。さらりと零れる髪が綺麗で、ちょっと見とれてしまう。
「そろそろいいか、お2人さんよ」
によによと武藤さんがしゃがんで僕らに声をかける。
その後ろで宗次郎くんも困った顔をしていて、雛実ちゃんは宗次郎くんの後ろで顔を赤くしている。
「いや、その、そういうのじゃないんですよ、クラスメイトが刺されたら、誰だって心配だろうし」
有坂さんの名誉を守らなければと、とっさに言葉が零れた。
「まあそうだよな。うんうん。俺の回復もありがとうな、嬢ちゃん」
によによ顔のまま、武藤さんが有坂さんに言う。
有坂さんがむう、という顔をして「どういたしまして」と目線だけで武藤さんを見る。
「本当に怖かったんですからね……」
ぽつりと言った。
「心配かけて本当にごめんね、有坂さん」
「うん、回復出来てよかった……」
有坂さんが僕を見て安堵の言葉をため息のように呟く。まだ少し顔が赤くて、涙目だ。心配をかけてしまった。
「武藤さんも、動かないしどうしようかと思いました……」
「おう、悪かったな嬢ちゃん! まあでも俺は身代わりの護符があったからな」
死にかけても武藤さんは武藤さんなんだなと思うと、僕も安堵して少し笑ってしまった。
「武藤さんはもっと反省して下さい!」
そういって、むう! と頬を膨らませる有坂さんも可愛かった。
「真瀬兄、俺が耐毒の装備貰ったから、こんな……」
宗次郎くんがおずおずと近づいて言う。そういえば耐毒のネックレスを彼に渡していたのだった。
そうか、彼が困った顔をしていたのは、それで。
罪悪感を感じてしまっていたんだ。
「いいよ、大丈夫大丈夫。毒より刺されたほうがキツかったから」
「でも」
「宗次郎くん、いいんだよ。大丈夫。有坂さんが全快させてくれたから本当に平気だよ。だからそれは持っていて欲しいし、気にしなくていいんだよ」
言ってにこりと微笑む。まだ何かいいたそうな宗次郎くんに武藤さんが「俺の心配もしてくれよ~宗次郎~」と絡んで笑う。
武藤さんに頭を撫でられ、大丈夫だと示されてようやく宗次郎くんが表情を緩める。
僕も少し笑って、頷く。
血塗れの床に座りこんだり倒れた僕らは、当然血まみれになっている。
立ち上がって、有坂さんの手を取り立ち上がらせる。
彼女は涙を拭いて、小さくこちらを向いて微笑んだ。
その姿を見て、あ、好きだな、と自然に思った。
死にかけておいて……と言うより、死にかけたからこそ、素直にそう思ったのかもしれない。つり橋効果といういうヤツだろうか。そうだとしても。
うん、僕は有坂さんが好きだ。
だからといって、何がどうしたい、ということはないのだけど。
有坂さんが笑っていてくれるなら、幸せでいてくれるのなら、それだけでいいな、幸せだな、と思う。
だから、有坂さんを泣かせてしまったことを少し後悔した。
もう泣かせないように、心配させてしまわないように、もう絶対怪我をしないようにしよう。
森脇さんが立ち上がった僕らに浄化をかけてくれた。
木村さんの足元には僕らを刺した男が転がっている。縄のようなもので縛り上げられて、意識はないようだ。木村さんたちが持っていた捕縛アイテムらしい。
僕らが床に倒れた後、スキルが使えなくなった男を森脇さんと木村さん、加藤さんが攻撃して倒したという話だった。
死んではいないが、HPはわずかだ。縛り上げたときに、男のスマホは取り上げたらしい。
レベルもステータスもとんでもなく高かった。そしてスキルも多数あった。武器も強力な物があるし、アイテムストレージも拡張されている。
これがソロで、多くの人をPKした者の力。
もっと想定を改めないと。彼のスマホを調べて思う。
そして、パーティーは解散されていた。
「こいつ、どうするかね?」
武藤さんがぼやくように言う。
「どうもこうも、殺すわけには……連れて行くしかないと思いますが……」
難しい顔で木村さんが言う。
「その前に、まずは事情聴取をします」
森脇さんが男を壁にそわせて、座らせると、頬を叩いて意識を取り戻させる。
男は目を覚まし、全員の顔をねめつけるように見た。
「何だ、捕まったのか。死んだと思っていたけどな」
あざけるように言う、どこにでもいるような男。
彼は何故、こんなに躊躇なく攻撃してきたのだろう。
相手が実際に死ぬと、わかっていて。自分が死ぬかもしれないのに。
これだけの力があれば、クリアも出来たはずだ。
僕にはわからない。
「それでどうする? 俺を殺すのか?」
男が笑う。
その表情に、僅かに諦めを見た。夢の終わりを。
そこから、森脇さんが男から情報を引き出した。
時間はかけていられない。現行犯ではある。
だけど、僕らに彼を裁く権利も権限も資格もない。
男はこのダンジョンで10人以上殺していた。
目の前が暗くなる。僕らも殺されていたかもしれないのだ。男の目に罪悪感は欠片もない。
べらべらと、自分のしたことを喋って、そして。
「ま、ゲームオーバーってことだな。クソみてーな人生だったけど最後はまあまあ面白かったぜ」
そういうと、自ら舌を噛み切った。
躊躇うことなく、死を選んだのだ。
僕には、理解できない。何故なのか。
HPが0になり、表示が死亡になる。
有坂さんが蘇生魔術を使う。その表情には「逃がさない」という意志があった。
彼女は、慈愛ではなく、好き勝手に殺したことを怒っているのだと感じた。他人を殺し、最後には自分も殺した。
そのことを許しがたいと、死に逃がさないと、その命を繋ぎなおそうとした。
しかし、男は蘇生されなかった。
制限時間は切れてない。有坂さんのMPだって充分にある。それでも、男は息を吹き返すことがなかった。
「……プレイヤーキラーの、デメリット……か?」
ぽつりと武藤さんが呟く。
開示されていない情報は多い。
僕らが蘇生を使ったのは、この男以外は、雛実ちゃんしかいない。
蘇生可能な相手にも条件があるのだとしたら、武藤さんの言う通りなのかもしれない。そう思っていると、武藤さんが自分のスマホ画面を見て、僕らに見えるように差し出した。
『ダンジョン内でフレイヤーキルを行ったプレイヤーは、蘇生不可になる』
「正解だったみたいだな……」
言うと、スマホをポケットに入れ、男の拘束を解いて、縄を木村さんに渡す。
「進もう。どうにも出来ん。時間を使っちまった」
言って、僕らを促す。みんな表情が暗い。
人が、死んだのだ。目の前で。
酷い悪人だった。だけど、死んだのだ。
僕は思わず、うつむき震えて泣く有坂さんの手をとる。
はっとして振り返る有坂さんに僕は「大丈夫だよ」と言った。
全然大丈夫ではないけれど、時間がない。
拠り所にするには、僕では足りなくても、武藤さんも森脇さんたちもいる。
「うん」
頷いて、有坂さんが僕の手を握り返す。
僕は、この人を守ろう。
命だけじゃない。心も支えたい。
そのために出来ることは、何でもしよう。彼女の震える手を握りながら、そう思った。
扉を閉めて、通路に出ると武藤さんがパン、と手を叩いた。
「時間はねえが、正直このまま進むのがキツイだろ。一旦戻ろうや」
そう言って、宗次郎くんの肩を優しく叩く。
ショックを受けた彼らをこのまま探索へは連れては行けない。また、誰か人と出会う可能性はゼロじゃないから。
森脇さんと木村さんの表情も暗い。
「もっと僕たちが上手く立ち回れていたら……」
「自分もです」
「いんだよ反省会も後悔も後だ後! 時間ねーし、大人がそんなじゃ、子供が不安がるだろうが」
言って立ち上がった武藤さんが、森脇さんと木村さんの背をばんばん叩く。
「しゃんとしろよ、公務員」
優しい声だった。森脇さんと木村さんは、背筋を伸ばしてから「すまない」と言った。不安と後悔の顔から、大人の顔に戻して、僕らを見る。
「武藤さんの言うとおり、一度戻りましょう」
森脇さんの言葉に、全員が頷き、僕たちは来た道を戻った。
脅威の排除は出来た。だけど、それでも。もっとあの男と早く出会えていたら、違ったかもしれない。死なせずに済んだかもしれない。
けれど今は、後悔をしている暇がない。
守りたい人の中に、蘇生が出来ない人たちがいる。
根岸くんたちも、あの弓の少女も、絶対に、死なせてはいけない。
僕たちは足早に、待機所の階下へと戻った。