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21話【プレイヤーキラーの独白/根岸視点】

 ただの夢だと思ってた。やたら凝った夢だとは思ったけど。



 目覚めたら白い部屋で、説明を聞いて、ゲームのようなモンだと思った。

 小学生からずっとツルんで来たダチの八尾明人も居たし、俺、根岸怜治と明人が主人公のダンジョンアタックゲームの夢なんだと。


 明人のスキルは拳術。素手の格闘スキルで職業も格闘師だった。喧嘩に強い明人らしいスキルだ。

 俺のスキルは回復師で一瞬がっかりしたけど、ヒールが無敵能力のラノベだってあるのだからと気を取り直した。



 他にいたのはガタイのいい剣士スキルのオッサンと、闇の魔術師の女子大生。


 パーティーを組んで、初戦闘は泥仕合だった。

 オッサンも明人も怪我をして、俺が回復した。それで俺のMPは尽きた。


 無双の無の字もない散々なスタート。

 女子大生は怯えてるし、オッサンは不機嫌で、俺たちはイラついてた。



 小部屋でまた泥仕合をしたけれど、レベルが上がったのでMPが回復して、回復はなんとかなった。だけど宝箱とかモンスターコインはオッサンが独り占めしやがって、俺たちはその時点で、相当頭にキてた。


 そんでこのオッサン「夢なんだろ、ちったあいい思いもしねえとな」とか言って、女子大生を襲い始めやがったんだ。


 とんでもないクソっぷりに明人と俺は、キレた。

 女子大生は俺たちのグループにいる女に似ていた。親から虐待を受けて育ったと言っていた少女に、似ていたから。


 まるでそいつがムカつくクソ野郎に襲われているのを見るようで腹が立って、許せなかった。だからボコした。いつもより自分に強さを感じた。レベルアップの恩恵だろう。



 気がつけばオッサンはHPが0になって死んでいた。



 それに気付いたのは、アナウンスがあったからだ。


《レベルアップしました》

《PKにより、殺したプレイヤーの装備スキルアイテムを手に入れました》


 どうやらこの夢はPKもアリらしい。


 トドメは俺だったようで俺のアイテムストレージに装備の剣、アイテムが入り、おっさんの剣術スキルが手に入った。

 明人とその話をしていたら、部屋の外から女の悲鳴が聞こえた。


 そういえばそこにいたはずの女子大生がいない。部屋から逃げて、モンスターに襲われたらしい。

 俺たちは部屋を慌てて出ると、女子大生は血の海に沈んでピクリとも動かなくなっていた。

 モンスターが俺たちに襲い掛かる。苦戦の末倒したけれど、女子大生は動かないままだった。


 俺たちが女子大生に近づくと、その体が、消えた。

 それを見た明人が言った。


「なるほどな、俺たち以外はモンスターも人もモブなんじゃねえか?」


 正直言って、2人でリアルなゲームをしているようで、高揚感があった。対人ゲームは2人で組んで遊びまくった思い出がある。



 ここでなら、好きなだけ暴力でストレスを発散してもいいんだ。

 強くなればなるほど、それが楽しくなる。



 そう俺たちは結論付けた。


 俺たちは親にずっと不満があった。俺たちが意気投合したのも、親との関係が近かったからだ。お互い親は殆ど家にいない。食事も適当に置かれ、ゲームとかは与えられたけど親から与えて欲しいものは得られなかった。


 小学生の頃はどちらかの家に行っては、最初は愚痴った。

 それでもゲームを2人で始めれば、時間を忘れるくらい楽しかった。



 親の愛情を俺たちは知らない、だからツルんで悪さもするようになった。

 少しは、それで親も反省してくれると思いたかった。


 だけどそんなことはなくて、叱責と罵倒と罰だけが与えられた。


 俺たちは中学に入って、本格的にグレた。家を嫌って、外でいろんなヤツとツルむようになった。ツルんで他校生と喧嘩もしたし、補導もされた。そのたびに親は俺たちに冷たくなっていく。


 中学のクラスメイトの親の話を聞くのは嫌いだった。

 欲しいものを与えられてるくせに、文句をいうヤツのツラは我慢できないほど嫌いだった。



 学校にも殆ど行かなくなった。

 それでも俺は、教科書だけは読んでいた。本当は、本を読むのが小さいころから好きだった。それがよかったのかなんなのか、結局俺は近場の公立校の高校に受かった。


 だけど明人は受からなくて、ちょっと離れたヤンキーだらけの底辺高校に行くことになった。


 それでも俺たちの付き合いは続いていた。



 2年になって、俺は真瀬敬命というヤツと同じクラスになった。

 どうやらヤツは、俺より親に恵まれなかったらしい。バイト代を半分親に、しかも普段の家事までやらされてるとか。はっきり言って奴隷だと思った。


 そう思って声をかけたら、不思議そうな顔をされた。


「僕がしたくてしていることだよ?」

 と。なんでもないことのように言った。


「は? 嘘だろそんな面倒なこと、俺はヤだね」

「うん、根岸くんが、それがいいならそうしたらいいと思う。他にやりたいことが僕はそんなにないから」



 唖然とした。

 俺にだって、やりたいことなんて、そんなもんはない。



 俺は僅かに、コイツに興味を持った。

 片親で、殆ど親は家にいない。やってることを聞けば、世話だって殆どされてないように聞こえた。だというのに、俺たちとこいつの何が違うのか、わからなかったからだ。


 それに、この高校じゃ金髪にピアスなんてヤツは殆どいない。喧嘩をするヤツも。補導されるヤツも。だから俺はクラスでも浮いてる。


 だけど中学よりは居心地は悪くないから、通っている。勉強が嫌いなわけじゃない。親が嫌いなだけで。


 俺の見た目だけでビビるクラスのヤツもいるのに、敬はそんなそぶりは全然見せない。

 逆に金髪もピアスも格好いいね、なんていって微笑む。今まで見たことのないタイプのヤツだった。



 俺は話に出ていた、敬のバイト先の喫茶店へ行ってみた。

 いきなり現れた俺に、嫌な顔ひとつせずに、それどころか微笑んで、敬は俺をカウンターに案内した。渋い喫茶店。クラシックやジャズが緩やかにかかっていて、コーヒーのいい匂いがする。


 コーヒーを頼み、敬と会話をした。店主は微笑みながら、コーヒーを淹れる。



 ああ、ここ、好きかもしれねえ……。



 何だか、とても落ち着く。俺を受け入れてくれる空間に感じた。今までのダチたちとツルんでる時のような怒りを共に持つ仲間といる感覚とは違う、穏やかな、緩やかな場所だ。



 それに敬と話をしていると、なんだかとても落ち着く。何故か心底許されている気になる。



「根岸くんの趣味って何?」

 会話の流れで、敬が穏やかに訊く言葉に、思わず「読書」と答えていた。

 仲間には俺のナリには似合わないと笑われる、それを。


 だけど敬は笑わず、それどころかその話を喜んで、どんなジャンルの本が好きかなどを訊いてくれた。

 俺の言葉に興味を示して、関心を持って。同じ好きな本で盛り上がったり、俺のお勧めを読んでくれるといった。


 ツルんでるダチはみんな、俺が俺がと、自分の話の番を得ようとばかりするのに。

 コイツは、ちゃんと話をしている相手に興味があるのだとわかった。

 敬は、俺みたいなヤツにも、ちゃんと人として興味を持ってくれている。


 誰かに、同調する負の感情以外で、話を聞いてもらったのは初めてだった。

 自分の方が酷い目にあっている、なんてマウントもない。


 俺は楽しくて夢中で話をした。気付けば家の話も親の話もしていた。

 敬のバイトの時間が終わって、まだ話し足りねえなあ、と俺が言うと。


 「じゃあ明日もお店においでよ」、と敬が言う。


 学校だと話しにくい話はお店でしてくれたらいいよ、と。

 俺はそれから当たり障りのない会話は学校でもしたけれど、敬と話をしに、読書をしに、喫茶店に通った。


 ダチたちと夜遊びをする前の、穏やかな時間だった。



 そのうちに、店主とも話すようになった。店主は俺にひとつも説教じみたことを言わなかった。何故かと問うと「お客様に説教なんてとんでもないよ」と穏やかに笑った。


 世の中は、ムカつく大人ばかりじゃないんだ、と知った。

 俺をひとりの人間として扱ってくれる大人もいるのだと。



 俺は、敬の話も聞いた。どんな思考回路をしているのか気になった。

 バイト代を半分家に入れ、家事もする。そんなヤツ、俺は他に知らない。



 話を聞けば聞くほど、俺は自分が恥ずかしくなった。

 敬の話は、単純でわかりやすくて、そしてある種のカルチャーショックでもあった。



 親だってただの人間だし、僕のために毎日一緒にいられないくらい、僕が生きて行くために働いてくれてるんだから、寂しいと思う分だけ支えたいと思ったんだ。人をひとり育てるのには、ものすごくお金がかかる。僕はネットとかで調べて驚いたんだよ。

 仕事だって楽しいことばかりじゃなくて嫌なこともたくさんある。それでもたくさん働いてくれている。だから、母さんの手が回りきらないことは僕がしようって、ただそれだけだよ。たったひとりの家族だから、感謝もしているし、大事にしたいんだ。


 そう、言った。


 俺は、親は親だとしか思ってこなかった。

 子供である俺を育てるのなんて当たり前だと思っていた。感謝なんて一度もしてこなかった。


 親は親だ、当たり前のことをやれよ、そうやって、親を人間扱いしてこなかったんだと思うとたまらなく苦しかった。俺がされてすごく嫌で反発したことなのに。


 俺がしていた反抗は、相手のことを一切考慮しない、ただのガキの癇癪なんだと、気付いた。俺が何をどうやったって、それでも愛して欲しいと駄々をこね続けたんだ。


 俺が読書が好きなのは、知りたかったからだ。自分を、親を、他人を。知りたかった。

 教えられないことも与えられないことの意味が、欲しかったんだとも気付いた。


 俺はずっと、親に与えられていたものを無視してきた。自分の部屋、ゲーム、食事。

 俺がどうしていいかわからずに、反抗する間も、俺は親から何も奪われはしなかった。寝床も食事も、風呂も、自由になる金すら与えられていた。見捨てられることはなかった。



 中学の頃の同級生が嫌いだったのは、そこに自分を見たからだ。



 俺は、ガキだ。

 自立なんてしてない癖に、歩み寄る努力もせずに、全部親の所為にして親の懐の中で、攻撃するばかりだった。



 それに気付いても、今更、どうやって自分の愚かさを挽回すればいいかわからない。

 そんな矢先に、ダンジョンの夢を見た。



 どうすればいいか、わからないことは、恐怖だ。

 そして大きなストレスでもある、何かの本で読んだ言葉が浮かんだ。

 自分を許せないことも、怒りも、全部。だからこんな夢を見ているのだと思った。



 だから、だから、俺は。

 俺たちは……。


 間違えた。決定的に、間違えてしまった。今まで、踏み外さなかったそれを。


 ゲームだと、夢だと思って。

 自分たち以外は経験点だと。アイテムだと。強化手段だと。ただのMOBなんだと。



 間違えた。

 良く考えなかった。

 俺はバカだ。



 スキルを封じられた後、真実を知って後悔をした。

 そんな俺たちを他の人間から敬が匿ってくれた。


「俺たちは、どうすればいい」と泣く俺に、敬は、「何とかできるかもしれない。出来る限りのことをするから、自分のことを、諦めないで」と肩をさすりながら言ってくれた。



 その言葉は、ずっと、



 親にかけて欲しかった言葉だ。



「誰が何と言っても、僕は根岸くんと、君の親友を守るから」



 何があっても、俺が俺を諦めないように言って欲しかった。



 どんな悪さをしても、守って欲しかった。



 親に、言って欲しかった。全部全部。




「どうして、敬は、そんなに……」

 言葉に詰まる。涙が溢れて止まらなかった。



「僕が、そうしたいと思ったからだよ」

 そう困ったように微笑みながら言って、少しパーティーの人のところへ行かないとだから、すぐ戻るね、と言って行ってしまった。


 その背を眺めれば、振り返って頷く。

 見捨てないから、と言われた様で、また涙が溢れてくる。



 パーティーの大人たちともクラスで人気の有坂とも、中学生のガキとも、敬は穏やかに話をしていた。



 格が違う。


 あいつは、敬は、俺とは全然違うんだ。



 あいつは誰も、拒絶をしない。

 俺みたいに、わかってくれと思いながら、反抗して拒絶したりしない。

 人のために、労力を惜しまず、尽くすことが出来る。



 人としての、格が、違う。



 その敬に、諦めるなといわれた。


 俺が俺を諦めなくていいんだと。


 守ると言った。馬鹿をやった俺たちを。




 だから、俺は。

 涙を拭って、話をすることにした。


 隣で、塞ぎこんでいる明人と。


 他人への罵倒でも愚痴でもなく、不平不満でもなく。

 怒りや悲しいという思いではなくて。



 これからの、俺たちの話を。

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