18話【地下4階攻略と少年の問い】
4階通路に入るとすぐにモンスターが湧いた。
ゾンビだ。思わず女の子2人が小さく悲鳴を上げるが、森脇さんの浄化魔術で一瞬で消え去り、モンスターコインが落ちた。
「4階のモンスターはアンデットのようだね。今のところは、各階ボス以外は1種のみだったが……」
今回はどうだろうか。ゆっくりと歩みを進め、小部屋は一度全て通り過ぎ通路を進みながらモンスターを倒していく。
「それで、原国警視正、パーティークエストや条件……真実とは、一体どういう事ですか」
森脇さんが戦々恐々とした表情で尋ねる。宗次郎くんと雛実ちゃんも息を飲む。
僕たちが感じたように、何か嫌な予感がするのだろう。
「このダンジョンについての説明を受けたときに、違和感がありませんでしたか」
静かなダンジョンの中、足音と原国さんの声だけが響く。
「私は1階の時点で、このダンジョンについての説明に違和感を強く覚えました。メリットしか言わない、スキルは殺傷力が異様に高く、夢にしては感覚も感情もリアルすぎる、と」
原国さんは、どこまで説明するつもりなのだろう。
モンスターを次々と屠りながら、進む。正直、今の状態ではモンスターより取り返しのつかない、死亡者についての話の方が怖い。
最初から覚悟を持たせてくれた原国さんの判断は、とても正しかった。
後から知ったら、どう感じたか、受け止められたか、わからない。
「いろんな懸念が頭に浮かび続けました。いくつかの確信を持つと、クエストのクリア表示が出た。『真実』が頭につく、クエストがね。そしてパーティークエストが開放されました」
淡々と語りながら進む。
「2階で宗次郎くんたちと出会う前にも、出会った後にも、『真実クエスト』をクリアしようと仮説を立て、確信を得た事がいくつかありました。ですが、それらはその場ではクリアにならず、4階到着と同時にクリア表示がいくつも出た」
出て来るモンスターはすぐに倒され、経験点とモンスターコインと化す。
やはり、オーバーキル状態で、モンスターは敵にならない。
「その真実って、まさか」
口にした、森脇さんが、びくりとなって一瞬立ち止まる。僕らも立ち止まった。
恐る恐る、原国さんを森脇さんが見る。
「私のクリアしたこのクエスト名をタップすればわかります」
原国さんの言葉に、差し出されたスマホを受け取り、森脇さんがクエスト名をタップして、目を見開く。
その様子に宗次郎くんたちが怯えた顔で、僕や有坂さんを見る。
「これはただの夢ではなく、ここで、死んだら、現実でも死ぬ……プレイヤーは、実在の人間本人……それじゃあ、ここは」
ぽつりと森脇さんが言う。顔色が蒼白だ。原国さんが肩を掴み、目を合わせると森脇さんは口をつぐんで頷く。それでも顔色は悪いままだ。
「だから、パーティーの解散をさせてないんです。宗次郎くんたちのパーティーも森脇さんパーティーも」
有坂さんが優しい声で言う。
「まだ蘇生のチャンスがあるかもしれないから。死亡したパーティーメンバーのカウントダウンは残り蘇生可能時間。私の職業レベルを優先的に上げて貰っているのは、最大レベルで蘇生魔術があるからです」
はっきりと、有坂さんが口にする。
「嬢ちゃんが蘇生魔術を覚えても、アイテム同様、使用可能時間が短い可能性もあるが、それだけじゃねえ、次の上級職にも上級の蘇生がある可能性も高い」
「パーティーを解散したら、死亡メンバーがどうなるかわからないから、そのままにして貰っていたけど、それは正しかったみたいですね……」
「真実について伝えなかったのは、蘇生は可能性でしかないからなんだ。だから言えなかった、ごめんね」
僕はここで本当に一度死んだ雛実ちゃんと宗次郎くんに謝った。
思い出して、2人は震えている。
「俺が口を滑らしちまって悪かった。ショックだよな」
武藤さんが謝る。
誤魔化す事は出来た。そんなのあったか? とでも言えばよかった。彼らのクリアクエストに真実シリーズはなく、パーティークエストもなかったのだから。
「タイミングに悪態を吐きたくなるのは、わかりますよ。武藤さんが言わなかったら僕が何か言ってしまっていたと思います」
だけど、武藤さんが吐き捨ててくれて、僕はほっとしたのだ。
僕だって、タイミングに性格の悪さを感じてモヤモヤしたから。
まるで僕たちを弄ぶような、このダンジョンに。
「それにいつかは、いわなければいけない事でしたから」
「だから、過剰に強化を……分配もするんですね」
森脇さんはいろんなものを飲み込んだのか、そう呟いた。
「分配は最初っからだ。真瀬の坊主がそうしてくれたから、1階の時点でそんな話が出来るくらい俺たちは余裕があったってだけで、坊主がそうでなきゃ、生き延びるのに必死だったろうぜ。いや、もう死んでたかもしれねえ」
武藤さんが実感をこめて言う。
ダンジョンを進んでいるが、僕たちのように初期メンバーが全員揃っているパーティーは皆無だ。
出会ったパーティーも2つだけ。
おびただしい血痕があるのにも関わらず、ほかの誰とも出会う事がない。
それは多くの人の死があった事を物語っている。
原国さんが促して、また僕らは先にゆっくりと進む。
制限時間がある。それは、ダンジョンクリアまでだけでなく、死者の蘇生可能時間のタイムリミットも。
「床、壁の血痕は全て、ここに来た人間のものです。そして、モンスターはこの血から湧き出て来る」
原国さんが言う。
「そして、皆、ここが夢で、何もかも好きにしていい場所だと思いこんでいる。身勝手に人を殺す人間がこの先に、あるいは後ろから来る可能性は極めて、高い」
原国さんの言葉に、僕らパーティー以外の顔色が悪くなる。
特に仲間割れを、同士討ちを目の前で見ていて、止める事が出来なかった森脇さんの顔色は紙のように白い。
「だから強化をするんです。人を殺して経験点やアイテムを得た者は強いでしょうから。子供たちを護るために」
原国さんの言葉にはっとして、森脇さんが僕たちを振り向き、見る。
顔色は悪い。だけど、目には力が宿った。
「これは夢などでない、と伝えてまわりましょう。蘇生の可能性はわずかだがある、とも」
森脇さんが正面を見据える。
「蘇生が出来たら、うちのパーティーの子たちにも、説教、しなきゃですね」
ほんの少し、涙声で言う森脇さんに、「私が一緒に叱ってやるさ」と原国さんが優しく言って、その背を優しく叩く。
森脇さんのパーティーメンバーは学生しかいなかったといっていた。
ただ活躍したかっただけなのかもしれない。それでも仲間割れをするなんて。僕にはわからない。ゲームのような夢だと思っていたとしても、何故そんな事をしてしまうのか。
宗次郎くんたちは、少し難しい表情をしている。
「どうしたの」と訊くと、少し戸惑ってから言った。
「もし、蘇生したヤツが反省とかしなくて、いう事を信じなかったらどうするの」、と。