15話【直感と観察/武藤視点】
「私と武藤くんで行こう。君たちはここで待機。出来るかね?」
原国のおっさんが言うと、即座に反対の声が上がる。
「そんな、みんなで行きましょう」
「対人戦になる可能性がある、と言ってもかい?」
原国のおっさんの目は、笑っていなかった。穏やかさが消え、空気が凍る。
警察、というだけあって疑り深いおっさんだ、と思う。それに俺たちはだいぶ助けられているのだが。
俺の身の回りに警察関係者はいないしあまり深い知識はないが、このおっさん、結構なお偉いさんなんじゃないかというカンが働く。
人に使われる側ではなく、使う側。それもかなりの権力がありそうに思う。
警察とひとくくりに言っても、刑事の所属する課なんてのは、それこそ様々にある。
所轄、それとも警視庁……警察庁の線もあるが、どこの何とは聞いていない。
捜査員の情報秘匿を旨とする部署もあるからだ。
特に隠す必要がなければ、どこのどんな所属なのか既に話しているだろう。が、一向に話さないところを見ると、まあ、触らぬ神に祟りなしだな。
氷魔術を得ているあたり、捜査となったら子供向けの穏やかさはひっこめた方のおっさんでいるのだろうなとも思う。
昔から俺は、人を見れば、なんとなくそいつがどんな人間か、わかる。
カンが良いんだろう。大抵外れる事はない。
原国のおっさんの言葉を聞きながら、気配察知で周囲を見る。部屋の中の奴は動かない。
おっさんが言いたい事は、ある程度わかる。
「私が言いたいのはつまり、メンバーを、他人を搾取して強くなったパーティー……いや、個人もいるだろう、という事なんだ。単独で攻略出来るほどに他人から搾取した、何者かがね」
「まあ、いるだろうな。うちのパーティーが異常なくらい上手く行ってるだけで、人数が欠けてなくても歪な関係性になってるとこの方が多いだろ」
真瀬の坊主も有坂の嬢ちゃんもいい子たちだ。まだ未成年だが、人格としてはほぼ完成していると言ってもいいだろうと俺のカンが言う。
宗次郎と雛実の中学生たちもいい子たちだ。兄妹のように育ったと言っていた。中学生になってもああやって照れもせずくっついて居られるのは、多分何かそれなりの不幸を2人で越えたんじゃないか、という気がする。これもただのカンだ。
この俺入れて6人の中で、異質なのは原国のおっさんと真瀬の坊主だ。
おっさんは多分役職からくるモンだろうからいいとして。
真瀬の坊主は、ただの高校生というには余りに穏やか過ぎる。
人間は誰もが所有欲を持つ。あれが欲しいこれが欲しいこんな生活がしたい。そんな欲であり、手に入れた物は「自分の物」だと認識する。
それがモノであれ、場所であれ、人との関係性であれ。
生まれてわずか数年の幼児ですら与えられた物を取り上げようとすると「自分のだ」と主張する。人間の原罪の元ともいえようそれを、あの坊主は多分持たないのではないか。
いな、全く持たないわけではない。
自分の心や肉体、親兄弟までも「自分の」を付けずに認識するとしたらそいつは別の意味で人間性がヤバイ。
そういう事ではなく、あの坊主は。
自分がヒーローになれる、そんなチャンスを得たってのに、夢の中でさえ、ぱっと手放した。
普通、やらないだろう、そんな事は。
防具は配っても。使えない武器を渡したとしてもだ。
剣は自分が持って、スキルも自分を優先させるだろう。
特にクラスメイトの美少女の前だ、いい格好してみたくはないのか? とちょっとかなり驚いた。
その後も初めて会う大人に対して、警戒はなし。叱られ反省し、懐いた。普通に。
何のてらいもなく、全体を強化する事しか口に出さない。
そんな男子高校生がいるか?
青春の最中、目立ちたい、誰かに認めて欲しい、かわいい彼女が欲しい。
誰かに勝ちたい。
誰かより優位でありたい。
そういうモノが、この坊主にはないように見える。
自分の物だから、施そう、というのではない。
はなから自分のスキルを共有財産のように扱ったのだ、あの坊主は。
それは俺にとっては、かなり異様に見えた。
しかし彼はいつもそうなのだ、と有坂の嬢ちゃんは言う。
自分の高校時代を思い返すが、この坊主のような友人はいなかったし、先輩にも後輩にもこんな奴はいなかった。
自分自身に不足を感じない人間というのは、こういう人間か、とも思う。
そんな坊主が俺が兄だったら良かったなと言った。まあまあ照れる。
俺だってこんな出来た弟なら、欲しい。
うちには不肖の姉しかいないが。
「だからこれから先、人との接触はまず、私と武藤くんで行う。モンスターよりよっぽど危険だからね」
益体のない事をつらつら考えてると、原国のおっさんが子供たちを説得し続けていた。
無駄だと思うぜ、俺は。それ。
「待って下さい。だからこそ全員で行きましょう。数は力でもあります」
当然坊主は反論をする。
2人で進んで何かあったら、後悔してもしきれない。他人と敵対する可能性があるなら、尚更に、とでも思っているんだろう。
俺が高校生だったとしても同じ事を言う。
自分たちだけが安全をとるのは考えられない。
自分たちは未成年ではあるけど、スキルも職業能力もあるのだ、と。
そして、我々はパーティーなのだと。
「原国さんがいうように、共有化、しませんか。リスクもです」
追従して嬢ちゃんが言う。上手い切り替えしだ。
「罠を仕掛けるスキルがあるかもしれねえから、俺も行くよ」
「わ、私も、悪い人がいたら、デバフ、使います!」
原国のおっさんが、困ったな、と呟いた。ここらが潮時だろう。
「原国のおっさん。負けとこうぜここはよ。俺たちに全部押し付けて乗っかろうなんて奴、ここにはいないんだからよ」
「……トラウマになるような事が起きているかもしれないのにかい」
苦笑して、原国のおっさんの肩を叩くと、低い声でそう言う。
原国のおっさんは、俺よりも多く人間の醜いところをよく知り、見てきたんだろう。犯罪を取り締まる側なのだから、嫌と言う程見ただろうし渡り合ってきたのだろう。
出来ればそれを子供たちには見せたくはないのだろうが。
子供という生き物は、大人が思うよりずっとしっかりしてるモンでもある。
おっさんが護ってくれようとしているのが、痛いほどわかっているんだろう。
だからこそ、ただ任せる事はしたくない。
それはそうだろう。
「原国さんと武藤さんが怪我したり、いなくなる方がトラウマになります」
有坂の嬢ちゃんが言う。坊主たちが頷く。
彼らはまだ未成年で、子供だが、
立派な人間だ。
力強く言う言葉に、原国のおっさんが、ついには「参った」と口にして顔をほころばせた。
「わかった。全員で行こう。隊列はいつものように。油断はしないで下さい」
子供らに頷いて、言う。
全員でその扉を開けて、中へと入った。
もし中の人間が、どうしようもないPKクソ野郎なら、――俺が殺ろう。
子供にも、警察官にもさせられない汚れ仕事は引き受けようと腹を決める。
損な役回りならなら、まあ、そこそこに心得てる。