129話【覚醒/綾川雛実視点】
最初から、あのひとたちを警戒していた。
ダンジョンで出会ってから、ずっと。
お互いをあだ名で呼び合う、鎖骨の下にタトゥの入った男、金髪の長身の男、そしてツーブロックの髪を結い上げた男。
見るからにガラが悪いひとたち。だけど、血の紋もなくて、ステータスも正常だった。だから、みんな警戒、してなかった。
だけど私は。
私は知ってる。この人たちは、私のお父さんと、同じ空気をしている。絶対に、善い人なんかじゃない。
全てのつらい記憶がなくなったわけじゃない。だから、わかる。
この人たちは、暴力を、日常にしているんだって。
私は、宗次郎くんの後ろで、ずっと警戒を続けていた。
警戒をして、スマホのカメラで、彼らを撮影していた。
悪い人は、狡猾だ。
私のお父さんも、そうだった。
自分のしたことを隠すのが、上手い。外の顔は別人みたいに優しくて、二面性があった。
このひとたちも、同じ、空気をしている。
本当に優しい善い人にはない、雰囲気。
どう形容していいのかは、私にはわからないけれど、彼らにはそれがある。
だけどそれは私が、疑心暗鬼になっているだけかもしれない。
彼らに血の紋はなくて、ステータスも普通で、自分たちでギルドを立ち上げて活動していることが見せられたスマホには示されていた。
それでも、怖かった。
怖かったから、ずっと撮影をして、送信していた。
原国さん。私の命を助けてくれた大人の男の人。
あのあとも、ずっと人の為に働いていた。
初めて怖くなかった大人の男の人。
この人が、お父さんだったら、よかったのに。
何度も、そう思った。
だけど、そうだったら宗次郎くんと私はこんなに一緒にはいられなかった。
ガラの悪い彼らは、ちょくちょく誰かと連絡を取り合っていた。
テンコさん、と彼らはその相手を呼んでいた。女性だろうか。
彼らはそのテンコさんという相手には敬語を使い、丁寧に喋っていた。ギルド長とかなのかもしれない。
時折目が合うと、笑顔を向けられたけれど、やっぱり怖かった。
彼らは笑顔だったし、親しげに振舞った。
だけど、やっぱり恐怖は、私の警戒心は、消えなかった。
ダンジョンのボスを倒し、彼らは本性をあらわにした。
他のパーティーメンバーを全員殺し、宗次郎くんを脅し、そして。
殺したパーティーメンバーの、そのうちのひとりを、灰に変えて見せた。
私のお父さんは、暴力を振るう、悪い人だった。
お母さんや私に、簡単に手を上げた。
だけど、こんなに、これほどひどい悪人では、なかった。
人を笑って、殺せるような。
でも同じかもしれない。
私やお母さんを殴るとき、お父さんも笑っていた。
「お前が悪いからだ」と言っていた。
いう事を聞かないから。思い通りにならないから。
それが悪いことだと言って、殴って、蹴って。
謝っても、泣いても、許してくれなかった。
もし私やお母さんがそれで死んでいても、きっと彼は「俺に殺しをさせた、お前が悪い」としか、言わなかっただろう。
目の前の彼らは、私の一番嫌いな種類の、人間だ。
とても怖くて、残酷で、自分の気分のためだけに他人を害する男。
全て、撮影して送信してある。
時間を稼がないと。
だけどどれだけ待てば、助けは来るのか。
宗次郎くんも捕まってしまった。
スキルも封じられて、出口はすぐ近くだけど、パーティーメンバーを置いていけば確実に彼らは、灰にされて、殺されてしまう。
どうしてこんなひどいことができるのか、わからない。
お父さんも、このひとたちも、どうして。
許せない。こんなの、ひどすぎる。
絶対に――許さない。
『運命固有スキル解放条件をクリアしました。運命固有スキル配分者を獲得しました』
怒りと、ショックと、恐怖が私の中で破裂すると同時に、そのアナウンスが耳届いた。
運命固有スキル。原国さんたちが持っているもの。そして、私たちが卵を得る目的のそれが。私に……?
どんなスキルかは、わからない。
確認したいけれど、宗次郎くんが捕まっている。スマホは出せない。何をされるか、わからない。
2人目の、パーティーメンバーが、灰になった。
迷っている場合なんかじゃない。
私は暴力を振るう人間が嫌いで怖くて嫌いで嫌いで仕方ない。
だけど私は、
――私は暴力に怯えて何もできない自分が、一番、嫌いだ。
私をずっと守っていてくれた宗次郎くん。誰に何を言われても、どんなにからかわれても、守り抜いてくれた大事な人が危ない目にあって、殺される。
私はそんな場面でもまだ、宗次郎くんの後ろで震えるだけなんて、そんな自分でいたくない。
――私は、殴られる痛みを、知っている。
――蹴られて、血を吐いたこともある。骨を折られたことも。
その痛みを恐怖を、知っている。
それを知っているから、暴力を振るう側に立つなんて、考えたこともなかった。
だけど。
新しい力が、このスキルが何かはわからない。
だけどきっかけが、今のこの状況と、私の感情からきたものなら。
それ以上の、暴力で、打開、できるはず。
いつも、願っていたから。
罰を。神様でも誰でもいい、お父さんを、罰してくださいと。
私は、許さない。宗次郎くんを私から奪おうとするものを。
私は、許さない。暴力で他人を支配しようとするものを。
私は、許さない。他人の命や尊厳を笑って奪うものを。
私は無言で、宗次郎くんの首根っこを掴んでいるタトゥの男を見上げ、睨みつけた。
スキルを発動させるのは、感覚で、できる。
声に出さなくても、それは発動する。
タトゥの男が、私の視線に気付いて、宗次郎くんから手を離し、後ろへと飛び退いた。
「なにしやがった、このガキ!?」
恫喝の声。思わず宗次郎君の服を掴む。
「ヒナ!? 何を」
困惑して私を見る宗次郎くん。つかまれていたところが、痣になっている。
許さない。
私の宗次郎くんを傷つけた。
絶対に許さない。
私は、彼ら全員を、視界に捕らえる。
「……!」
リーダー格なのだろう、金髪の男が何かに気付いた。
「撤退だ!」
短くそれだけ告げて、彼らの姿が掻き消える。
転移、転送系スキルまで、持っていた。
ぞっとする。
有無を言わさず彼らが私たちをどこかへ連れて監禁されていたらどうにもならなかった。
恐ろしさに、力が抜けてへたり込む。
「ヒナ!?」
「私は、大丈夫だから……蘇生、急いで……!」
私の言葉に頷いて、宗次郎くんが蘇生アイテムを取り出そうと、ストレージを見る。
「やられた……!」
覗き込んだ宗次郎くんのストレージからは、精霊の卵が消えていた。
熱中症の後遺症のうっすら頭痛がおとなしくなった隙に更新……! ゆっくり更新ペースを戻してゆきたい……!
長らくお待たせしました!(数多の作品の中から拙作の更新を待ってくださっていた読者さん! ありがとうございます)