128話【悪人/梶原宗次郎視点】
「あった! 精霊の卵だ」
いくつかのダンジョンをクリアして、ようやくひとつ見つけ出した。
初日以来連絡は取り合っているけど真瀬兄たちとは会ってない。
だけど役目はわかっている。
俺とヒナは相変わらず組んでダンジョンを攻略している。
それが仕事になったからだし、それは真瀬兄たちへの恩返しでもあるからだ。
俺を救って、ヒナを救ってくれた。ヒナのつらい記憶からも解放してくれた。
今は国営ギルドの人たちと、それから血の紋を持つ人との遭遇に備えて告解能力を持つ人、それからダンジョン内で出会った3人パーティーの人たち。俺とヒナをあわせて9人でダンジョンの攻略を終えたところだ。
ダンジョンのボスモンスターを打倒して最後の宝箱。開ければストレージに精霊の卵が入った。
あとはこれを真瀬兄たちのところへ持っていけばいい。
「見つかってよかった!」
「やったな、宗くん」
共にダンジョンをクリアしてきたみんなが言う。
俺が「みんなのお陰……」と言いかけたところで、告解能力を持つパーティーメンバーが倒れた。
「えっ……?」
もうこの部屋にモンスターはいない。だけど告解能力を持つ女性は攻撃を受けて、倒れ、HPが0になった。
死んだ。殺された。誰に、何故!?
俺の混乱を尻目に、今回組んだメンバーのひとりが動く。だけどその彼も血を噴出して倒れた。
そして次に、蘇生のスキルを持つメンバーも。
防御系スキルがかかっているのに、何故、攻撃を受けたのかもわからない。
誰から受けた攻撃か。
その、誰がなら、わかった。
このダンジョンで出会った3人の男のうちの1人。
それを理解した時には、ヒナと俺以外のパーティーメンバーは地に倒れ、死んでいた。
「さて、宗くん。卵を渡して貰おうか」
金髪の男が、にこり、と笑う。共にダンジョン攻略をしていた間によくみせてくれた笑顔だ。
「どうして、こんな」
「卵が目的に決まってんじゃん」
彼らの手に、血の紋はなかった。
ステータス表記も、普通だった。普通に強い能力で、名前、は。
名前が思い出せない。
確認した覚えはある。自己紹介もお互いにした。手だって確認した。
全ての情報は彼らは普通の人で、善人だと示していた、はずなのに。
「卵渡さないとヒナちゃんがひどい目に合うけど、いいかな?」
男が、また、にこり、と笑う。
背筋が凍る。
後ろのヒナが、ぎゅ、と俺の服を掴んだ。
鎖骨の下にタトゥの入った男、金髪の長身の男、そしてツーブロックの髪を結い上げた男。
世界がこうなる前なら、警戒して近づかなかった容貌の相手だ。だけど、今は相手が善人か悪人か見分けがつく。だから、大丈夫だと安心していた。
甘かった。防御スキルも過信していた。それを貫通する攻撃を、俺と同じプレイヤーなら持っていたっておかしくない。
何かの偽装系スキルで騙された? どんな能力を使われたのか、わからない。
ただひとつだけわかるのは。
俺たちは、騙されて、殺されようとしている。
ということだけ。
「わかった卵は渡す。たけどこれ特殊アイテムらしくて手順踏まないとストレージから出てこないみたいなんだ。時間をくれないか」
声が、僅かに震える。
それでも時間を少しは稼げるはずだ。ストレージを触る振りをして、連絡をしないと。
原国さんに真瀬兄に。あの人たちに知らせないと。
俺がスマホを出そうとすると、タトゥの男が待ったをかけて近づいてきた。
俺の首根っ子を押さえて、「画面見せながら操作しろ」と告げる。
俺の攻撃は、効くだろうか。ヒナの攻撃は。
俺たちは、人間を攻撃したことが、ない。蘇生の方法はある。だけど人を殺してしまうかもしれないという、忌避感は、消えない。
「じゃあその間に」
金髪とツーブロックの男は、ゆっくりと歩み寄って、今しがた自分たちが殺した相手を蘇生する。
いうことをきいたから、そうしたのだろうか。
DVみたいに、暴力の後に安心させたり優しくするのと同じ、それなんだろうか。
そう思った俺は、甘かった。
蘇生された人は、再び殺された。その一度だけでなく、蘇生し、そしてもう一度。
「何……なんで……!?」
その光景は恐ろしくて、凄惨だった。混乱する僕の首を掴む男が「そりゃあオマエ、蘇生されたら困るからだよ。顔を見られてるからなあ」と笑って言う。
「だけど、俺たちはあんたたちの名前は覚えてないし、何度でも蘇生はできるんじゃ」
「宗は知らないんだなあ。蘇生には回数制限があるんだ。見てりゃわかるけどな?」
からからと男が笑う。
眩暈がした。あまりにひどいことが目の前で起こっている。
「早く卵渡さないとヒナちゃんもこうなるよ~」
金髪の男が、変わらず俺に微笑みかけて言う。
彼の手と足は、血で濡れている。
「卵を渡したら、俺たちもああするのか……?」
どうにかして止める方法はないのか。どうすればいい。攻撃をするしか、ない。
戦うしか。このままじゃ……!
「対策してないと思うか? ステータス見てみろ? スキル封印ならとっくにかけてある」
タトゥの男が笑って囁く。
全ての行動の先手をとられた。
攻撃も対策も。
だけどアイテムが、残っている。
ヒナ。ヒナだけは逃がしたい。俺がどうなっても。
足止めができればいい。
卵もヒナのストレージに移せば、ヒナが逃げ切れれば真瀬兄のところに渡る。
告解能力があれば、こいつらだって、倒せるし弱体化……いやこれだけのことをしてそれですむはずがない。
そこまで考えたところで、蘇生と殺害のループが止まった。
殺され続けたパーティーメンバーが、人の形を持たなくなった。
さらりと灰のようになって、崩れ落ちた。
死が、なくなったわけじゃない。
死の形が、かわったんだ。
蘇生回数上限。蘇生は無限に効くわけじゃ、ない。
それを、見せ付けられた。
「これでわかったか、宗。あと3人、全員にこれをやる。卵を渡せばやめてやるし、お前とお前の大事なヒナちゃんには手ェださないでやるよ」
「急げよ宗くん。急がないと君のせいで人が消えるからね」
「次はこっち、蘇生持ちの奴ヤッちゃうからなあ」
ぐらりと視界が歪む。
何故、こんなことになっているのか、どうやって彼らが俺たちを騙しきったのか、わからないまま俺は――。