126話【滅私の奉仕者】
「ガチャが僕にしか扱えないのは、わかりました。何故、そうなのかは、僕にもわかりません。僕はまだ未熟で、何も知らない、普通に暮らしていた子供です。だから、僕が間違わないように、みんなに助けて欲しいんです」
人は簡単に間違える。大きな唯一の力を持った時の万能感、全能感に飲まれてはいけない。人としての協力や共有の感覚を失えば、誰の声も届かず、誰の手も取れなくなる。
他者を不要とする方法は選ぶべきじゃない。
ただ他者を庇護する存在にもなるべきじゃない。
僕は、自分を全能とはどうしても、思えない。
「だからこそ、かもしれませんね。君が、選ばれるのは」
原国さんが、そういって微笑む。
「君は誰もが間違えることを知っている。自分自身を過信することがないから、力に溺れることがない。だから言っておきます。自分を犠牲に何かを救うという間違えを君は過去周回で何度も犯してきました。今回は、それを選ばないで下さい」
原国さんの言葉に僕は頷く。以前にも言われた。誰かのための死を僕は選んだという話。
「はい。約束します」
「坊主の特異性ってのは、多分所有って感覚の薄さだろうな」
ぽつりと、武藤さんが言う。
「坊主には人間が当然のようにして強く持つ、自分のものだ、という感覚が薄いんじゃないか。執着心、所有欲そういったものが。居場所、人、集団、物、能力。何に対しても人間は『自分の』を枕詞につけて執着するものだが……坊主にはそれがないとは言わないが、薄いよな」
「……そうですか??」
イマイチ、ピンとこない。欲求の強さ深さは人それぞれで、特に他人と比較するようなものでもないような気がする。
「敬命は小さいころから、自分の、って主張しなかったのよ。遊んでる玩具を他の子にとられてもニコニコしてて」
「小さい頃からそうだったんですね真瀬くんて……」
母が頷き、有坂さんが小さく驚き僕を見る。
別の玩具で遊べばいいだけだけのことで……そんなに変なことなのだろうか。
「本人が一番ピンときてねえよな~。じゃあさ、坊主例えば有坂の嬢ちゃんが別に好きな人ができたから別れて欲しいと言ったとする」
「なんてこと言うんですか」
苦笑する武藤さんのたとえ話に、有坂さんがむっとして言う。
「ただのたとえ話だよ。坊主はどう思い、答える?」
「ええと……側にいられないのは寂しいけれど、有坂さんがそれを選ぶのなら僕は受け入れます。僕はきっとずっと好きなままだと思いますけど、有坂さんの幸せの邪魔はしたくないので……」
「普通はもっと傷つくぞ。怒りを覚える人間もいる」
「多分そうなんでしょうけど……僕は好きな人が自分で選んで決められないことの方が、イヤだなと思うので。僕はなんというのか怒るということがとても苦手なんだす。そこまで自分の考えや感覚が正しいと思いこめなくて」
怒りを持つときの人は、大抵自分の感覚や信念、意識無意識問わずにその正当性を踏みにじられたと感じた時にそれを発露させているように僕は思う。大切なものを奪われたときや、こうであると思っていたことを否定拒絶されたとき。嘘を吐かれた、騙されたと感じたとき。
人は自分が正しいと感じるからこそ腹を立てる。
その理屈や感情の流れは、理解できる。
だけど正しさは人や場所、時代、立場で全く違う。
どうしてもそれを考えてしまって、怒れない。
他人がするように、他者に発露するほどに腹を立てることが、僕にとっては難しい。
自分がこうしたいと思うことを他人がしたいと思う、場所や物を譲る必要があるなら僕はそうする。
小学生の時貸した物を返してくれない子がいた。僕は困りはしたけれど、怒りは感じなかった。周りがちゃんと怒らないとだめだと言っても、僕にはそれができなくて困ったことがある。
物、場所、人、集団。
僕には僕のものとしてとらえる力が弱い。自分の、といえるものが存在することに感謝はできるし、それを幸せだとも思う。
有難いことだと思っている。
だけどそれを不当に奪われたとき、僕は他の人たちのように、本当に怒ることができるだろうか。
事件や事故、不幸なできごと。災害。
奪われた人の話、ニュース、報道。
同じ事が自分には起きないと思ったことはない。全部僕にもありえたことだ。
だから僕は毎日のように、日々を平穏に送れたこと以上に幸福なことはないと思いながら眠りにつく。
もし一瞬で、大事なものを全て失ったとして僕は、悲しむだろうし悼むだろう。傷つきもするだろう。
それを怒りとして発露できるかと聞かれれば、きっとできない。
恨むこと憎むこと、それもきっとできないだろう。
だから、僕は芯を持った怒りを持った人が好きだ。
僕にはそれが欠けているから。持っている人を尊敬しているし、敬愛もしている。
僕は僕自身のために怒ることができない。
だから誰かのためにも、怒ることができない。
どうしても、その感情を通り越して「この場の誰もがどうにか幸せを得られないか」と考えてしまう。
多分僕が一番強欲なのだと思うことがある。全体が幸福で有ることは、個人のそれより難しい。
私欲より強い、欲を僕は持っているのではないか、と思っている。
「普通は自分の有利を取る。意識無意識問わずな。富の独占、占有を求める。精々配って身内が関の山で、あらゆる悪徳の根底でもある欲求の1つだ。だから公共って概念がある。だけどお前さんにはそれがない。滅私。我欲がない。それこそ、お前さんの本質はそこで、それだ。その場にいる集団にとって必要な最適解のためなら自己の有利や心情を捨てられる。だから過去周回で最適解として自分の命すら代償に支払った。今回も死にかけた根岸少年に自分の命でできたコインをノータイムで迷わず使ったりな」
武藤さんの言葉に、根岸くんが僕を見る。
「敬の……何を使ったって?」
「吐いた血とHPとMPの最大値削ってできたコイン。これだな」
武藤さんが自分のそれを根岸くんに見せる。
すっかり忘れてたけどそういえば使ったんだった。
「運命固有スキルの容量を増やすために削れるところを削った……? 時の副産物みたいなものだから気にしなくていいよ。僕にとってはコインより根岸くんが生きててくれるほうがうれしいから」
「敬ってそういうところ、本当スゲーよお前……」
大きく目を見開いた後、照れたように苦笑して、根岸くんが言う。
「逆の立場なら根岸くんも同じ事したと思うけどな……」
「まあ確かに、そうだな……」
「とまあ、話はズレちまったが。とにかく、情報を整理して、行動計画を立てよう」
武藤さんの声に、みんなの意識がまとまる。
30分程かけて、僕たちはそれぞれに行うことを決めて、行動を開始した。