125話【神か勇者か】
「世界を元に戻すことは、多分できない。僕がその責任をとらねばならないと思う」
父は、申し訳なさそうに告げる。
父にとっては、この世界は異界。自分が来たことで、神として崇めていた存在の世界を大きく変えてしまった。そう考えている。
確かにそれは、事実だろうけれど。
父さんは、人の、自分を守護してくれていた神様の幸福を祈っただけで、こうなるとわかっていたわけじゃない。
わかっていたのなら、きっと願わなかった。
「責任の所在とかは一度置いておいてだな。魔王ってのは何なんだ。何をするものだ?」
「魔王は権能を持つ、魔物や魔族を率いる者。魔族や魔物は人を騙し食らう者。人を殺す者。人を孕ませ、汚すもの。彼らに信仰心はなく、祈りを捨て、我欲により他者から奪った場所により版図を広げるもの。殺戮と滅びを呼ぶもの。神を憎み、神を殺すことを望む者。そして、ただひとりのみを愛する者。偏愛者であり略奪者でもある。愛した者の意思よりも自らの愛を優先する獣の如き堕ちたる者。それが魔王であり、勇者はそのカウンターとしての能力を授かる」
父は一度言葉を区切る。
「1つは魔を祓う聖者としての力。1つはあらゆるスキルを内包する聖なる箱。1つは魔王を討ち果たすまでは死を許可されぬ不老と不死。1つは穢れた地を命育む地に戻す力。そして最後に、全ての事象を巻戻す砂時計を与えられる。例外的にスキルを複数持てる者、魔王に愛され、神の尖兵となる者。それを僕の元の世界では勇者と呼ぶ」
「……それって」
「スキルで言えば、剣聖や聖女、ガチャ、不老不死、豊穣、ループ能力……ってことか?」
武藤さんが指折り数え、僕たちは顔を見合わせる。
頷く父に、原国さんが口を開いた。
「それは私たちの持つスキルです。剣聖は武藤くん、聖女は有坂さん、ガチャが敬命くん、豊穣は根岸くん。死に戻りという形で私がループ能力を。不老不死は、敬命くんがガチャで引き当てました」
「この世界の勇者は、あなたがたということになる。神であり勇者でもある。魔王を滅ぼすものとしての力を得ている」
「滅ぼす……救うことは、できないんですか?」
誰かを求める。ただひとりを愛してしまうことが罪というのは、余りに悲しい。
許されざる者としての性質、本質的な悪。略奪と強奪を実行さえしなければと、どうしても僕は考えてしまう。
「僕たち人類全てが神だと言うのなら、女性としての母さんは父さんただひとりを愛している女神ということになります。それと変わらない。世界を壊せる力や欲望があったかどうか、しか違いがない」
「……そうね。きっと私に力があったら、過ちを犯したかもしれない。零次さんを取り戻す方法がもしあったとして、それが世界によくない影響を与えることだとしても、その力に縋らなかったかと問われれば、わからないと答えるしかない……人は弱いから力に縋り頼ってしまうこともある。結果がわからないなら尚更に」
僕が生まれる前も、その後も、母さんは父をたったひとり愛している。僕はそれをよく知っていたいたし、僕も子供として愛されている。
その母でも、絶大な力を持てば、強い欲求があれば、きっと間違うことはある。
人間はそんなに強くない。だから支えあう必要がある。間違えを正すことだけではどうにもならないこともある。これも母が教えてくれたことのひとつだ。
「俺も別周回じゃ魔王化したって話だしな……人間は自分の大事な唯一人を選べてしまうこともある」
「誰にでも弱さゆえの過ちの可能性はありますが……」
「俺は、明人が取り戻せればそれでいい。アイツが執着してるのは俺だ。もっと時間があれば、あいつだって立ち直れたはずなんだ、それを無理に絶望させて……そうだよ、あいつを絶望させて、何を狙ってる?」
「そもそも、過去周回を鑑みると八尾くんより魔王に適任な者がいるのに、何故今回に限って彼を選んだのかがわからない。伏見宗旦にはまだ運命固有スキルもある……八尾くんの……運命固有スキルが狙いとしてもわざわざ我々の前でそれを行う理由がわからない」
「神の鉄槌。八尾くんの運命固有スキル……?」
「もしくは、私たちの中の誰かを欲している。その足がかり?」
「埒が明かないな。可能性がありすぎる」
「伏見くんのアカシックレコードの中に答えはありますが……膨大な知識です。別周回の知識も混ざっているでしょう。別の世界についても」
「決定打は、ない。と」
全てが簡単に解決する方法は最初から求めていたわけじゃない。
けれど、結局のところある程度の真実を知っても、僕たちのやるべきことは変わらないことがわかった。
「とにかく卵を集めて、レベルとステ上げて大型地下迷宮攻略、八尾少年の奪還を目指すしかないな」
「あの、ところでガチャって複製できないんですか」
待機している原国さんにガチャスキルの複製や譲渡ができれば、上手く運用してくれるのではないか、とようやく思い至った。
僕が思いつかなかっただけで、多分原国さんは思いついていたはずだ。複製や譲渡のスキルを手に入れた時に検討に上がらなかったのは何故だろう。
「やめた方がいい」
星格がぽつりと言う。
「過去周回、君以外がガチャを使ったことで破滅が幾度も起きている」
「検討にすら上げなかったのは、そういうことです。私があなたからガチャスキルを奪った周回もあった、君が死亡した周回、死亡はせずとも奪われた周回。ガチャは君の手にあるうちは聖なる箱かもしれませんが、その箱は別の者が開ければ概念が書き換わる」
原国さんの声が、一層低く、囁いた。
「変更されるその箱の概念は、パンドラの箱。君以外が使うことは、自ら災厄を起こすことに等しい。制御もきかず、最期には命を吸い尽くし溢れ出す」
重く囁く原国さんは、過去周回の顛末のいくつかを語った。
最初は僕が使っているように使えていたガチャは、やがて厄災にまつわるものだけしか引けなくなっていく。
そしてその制御はできず、運のパラメーターを、術者の魂をも吸い、破滅を呼ぶ。
術者の死後は星からもあらゆるエネルギーを吸い、この星の全てを災厄に変換する変換機と化す、という。
――原国さんが僕に不老不死化、神となって欲しいと願った意味がわかった。
僕の手の内にあるうちは、ガチャはどの周回でもそんなことにならなかった。
ガチャは僕しか選ばなかった。僕以外に行使されることを全力で拒絶したかのような働きをしたという。
運命固有スキルではないガチャにも、ぴよ吉たちのような性格があるのか、心があるのかはわからない。
コインは、スキルは人の命と願いでできている。命は希望だ。希望を叶える力。
希望にも、種類がある。
「パンドラの箱っていうなら、最期の希望は?」
「人類の消え去った滅びた星に、ただひとつ希望だけがあって、何になりますか?」
原国さんが滅びを思い出したのか、苦々しく言う。
「希望は、叶える者がなくては、力も意味も、持ちません」
「何故、僕なのかは、わかりませんか」
「――わかりません。多分、君は、選ばれた」
言葉を選び、原国さんが真っ直ぐ僕を見て言う。
「勇者としてか、神としてか。誰の、何の、どんな存在の選定かは私にはわかりません。それでも、君だけが、選ばれた。その資格があった。他の誰でもなく真瀬敬命ただひとりが、聖なる箱をパンドラの箱にせずに扱える。そういう、無二の資格が」
僕は、その声に応えられるだろうか。
「ゆえに私は、君にこの世の全てのうちの無双を見るのです」
その希望に。願いに。報いることが。
――それでも、僕は。