124話【悪魔と破滅と死/伏見宗旦視点】
「うーん、なるほどね……」
アカシックレコード。全ての知識を有する真理系スキルで情報をとってみて俺は唸った。
役に立たなさそうな情報から、有益さも大小さまざま。ランダムなので引きに期待はしすぎない。
試行回数に制限はない。引けるだけ引けばいい。
そんな中で引き当てたのは、この世界と、異世界の繋がり。この世界の特異性について。
それから、有益な情報だ。
「多聞、ダンジョン攻略に行こう」
ベッドでうつぶせに寝ている多聞を揺り起こす。
「んん……? ダンジョンより攻略したいものがあ」
「うるせえな、人間の攻略はあとにしろ」
眠たげに目覚めて、柔らかい枕から視線を上げ、むにゃむにゃと寝言をいう赤い頭をはたく。
寝起きの多聞は大抵目の前にいる人間を口説き始める。寝起きがいいとか悪いとか以前の問題だ。学生時代からこれなので寝起きに喋り始めたらはたくことにしている。
「ダンジョン攻略して何か意味ある? 俺は余生を楽しみたいんだけど」
多聞は言って起き上がり、大あくびの後、体を伸ばしてストレッチを始める。
「お前と違って俺は死にたくねえんだよ」
「諦めが悪い男っていいよね、わかる」
「わかったなら服を着ろ、大型地下迷宮行くぞ」
「目的は?」
はいはいと頷きながら、ストレージ内の服を選ぶ多聞。
「時空転移系スキル。もしこの世界がダメなら別の世界へ渡ればいい」
「宗旦って本当生存意欲すげー」
俺の言葉に、笑う多聞。こいつはなんでこの生存意欲のなさで今まで生きてこられたのか逆にこっちが聞きたい。
恨みも執着も相当な買い方をしている。こいつのせいで破滅した人間は多い。
多聞は相手が壊れるまで追い詰める。相手の欲しい言葉で狂わせる。
愛なんて優しい呪いではない。形容しがたい全ての執着心を抱かせ、人間として終わるまで相手を壊しきる。
こいつの異常性は隣で見てきたが、それはもう残酷きわまりない。悪魔って実在したのかもな、と思えるくらいには。
ゆえに軽口のようにして口説かれているうちはまだ安全圏、と思える程度には、危険極まりない男だとも言える。
最終的に多聞に落ちた相手は、多聞に対して信仰じみた、いや狂信じみた振る舞いをする。
人格も肉体も人生も全て蝕むのが多聞のやり方だ。どこぞで怪談の一節にもなっていると言う話もある。確かにヒトコワの部類ではあるが。
その上、多聞は依存と信仰に切り替わった人間からは興味が失せる。
興味が失せたそれらの人間は、多聞にとっては何でもいう事を聞く、売り物だ。
性風俗、臓器売買だけじゃない。人の思いつく、人間の肉体でする悪事と呼ばれるもの。
それも二束三文で売りつける。
まるで、ただ捨てるのは勿体無いからとリサイクルショップに持ち込むように気軽に人間を売り飛ばす。
女を売ったの買ったの、貢がせたの捨てたのと支配したことをイキりたがる男は多いが、多聞と共に生きてきた俺から見ればその精神性は、滑稽にうつる。多聞にとって、それは息をするようなもので、当たり前にすることでしかない。そしてその対象は女に限らない。
見た目、声、仕草で目を引き、魅了し言葉で殺す。こいつとベッドインして無事に生きてる人間を、俺は知らない。
多聞はそうやってガキの頃から、犠牲者を増やしてきた。
ただ楽しいから。その一点でもって他者の人生も人格も崩壊させる。
俺は諦めていることがひとつある。
この男の手から逃れることだ。
多聞の人生は享楽と遊興でできている。自らの行いにより人間が狂い落ちる全ての様相を多聞は「愛している」と言う。
獲物となった人間が、この男から逃げ切ったのを俺は、見たことがない。
一度でも見たことがあれば、俺はこいつを裏切ることができただろう。
生憎そんな機会は訪れず、こうしてこの男と共にいる。
逃げたところで捕まるのは目に見えている。
強力な力や金や強いパイプを作ったとしても、それを扱うのは人間だ。信用に値しない道具でしかない。
何より、離れれば行動予測も困難になる。
俺は死にたくないから、こいつといる。
昔からずっとそうだった。
俺と遊びたいからと、多聞が別陣営について冷や汗をかいたこともあるが、今では別にそれを恐れはしない。
あいつのついた陣営がどうなったのか、俺は知っている。
トップ層が骨抜きになれば、崩れ落ちるのは一瞬だ。結果、跡形もなく消え去る。たったひとりの男の所為で。そんなものをいくつも見てきた。
女であれば傾国の美女とも言われただろう。
徳川多聞と何かを成すということは、悪魔と破滅と死を呼び込むに等しい。
俺だけがその破滅の回避方法を、知っている。
「生きてなきゃ楽しめないだろ。死んでたまるかよ」
「異世界行けるなら人種の幅も広がりそうでいいね。乗った」
多聞がむにゃむにゃといまだ寝言を言いながら、服をストレージから呼び出し身につけた。
多聞と共にホテルの部屋を後にする。
時空転移系スキル。これさえ得られれば、俺は――。