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122話【父と子と】

 星格(オルビス・テッラエ)、僕、有坂さんで、父さんを復活させた。

 15年前の姿から、じわりじわりと老いていく。父さんの止まっていた時間が、進んだ。


 母さんが口元を覆い、震えている。

 僕も、緊張していた。


 僕が2歳の頃に死んだ父。

 夢の中で一度だけ会った父。


 あの時は、現実感も実感も今ほど強くなかったし、僕には父の記憶はない。

 だけど、心底わかる。この人が僕の父なんだと。


 その目が、ゆっくりと開いた。

 死者の復活を僕は何度も見てきた。意識不明の家族の目覚めに泣いて喜ぶ人の姿を見てきた。


 こんな、気持ちなんだ。

 こみあげる、言葉にできない感情に、体が震える。


 母さんが、涙をこぼして、震える声で父の名を呼ぶ。

「香澄さん……敬命」


 父のかすれた声。低くて、優しい声。夢の中で聞いた声。

「おはよう、父さん」


 笑んで、かけた僕の声も震えていた。

 写真も何もなくて、母の思い出話の中にしかいなかった父が、僕を見て、僕を呼んだ。


 ゆっくりと、母に支えられて起き上がる父に、僕は水を渡す。

「ありがとう、敬命」


 穏やかな笑顔と声で、受け取って父が水を飲む。死んでいたのが嘘みたいに、普通に、自然にここにいる。

 父がいなくて、不幸だと思ったことはない。母がいたから。

 母の話を聞いていたから。


 涙が、こぼれた。


 だけど、僕は、寂しくなかったわけじゃない。

 父さんがいるのが、こんなにも嬉しい。


 母も父の名を呼んで、父に縋りつき、号泣している。

 優しく抱き寄せて、「寂しい思いをさせて、ごめんね」と父が僕たちに言う。


 別の星の魂を持つ人。何が違うのか、僕にはわからない。

 僕の背を有坂さんが優しく撫でてくれる。

 差し出されたハンカチで、涙を拭う。


「ありがとう、有坂さん」

「うん、よかったね。真瀬くん」


 有坂さんの目も少し潤んでいて、有坂さんはやっぱり優しい女の子だなと思った。

 僕はこの人を、好きになってよかった。


 きっと母さんと父さんもそうだったんだろう。

 そう思うと、尚更に死ねない、とも思う。


「貴方には聞きたいことが、たくさんあります。体の具合はどうですか」

 原国さんの問いかけに、父は、頭を下げた。


「大変ご迷惑をおかけして申し訳ない限りです。僕にできること、僕の知ることなら、何でもお話します」

「いえ、貴方のせいではない。頭を上げて下さい」


 謝る父に、原国さんが微笑む。

 母の背を撫でて、落ち着かせてから僕たちは原国さんの執務室へと戻った。


「取り乱してしまって、すみません」

 母が、恥ずかしそうに言う。ソファに父と揃って座り、手を繋いでいる。


 両親が揃っているのを、何だか不思議な、それでも嬉しい気持ちで眺める。

 だけど安心してばかりはいられない。父さんには訊くべきことがたくさんある。


 異星の神や、人々、そして魔王についても。

 父はひとつずつ、解すように話をしてくれた。


「僕の元の世界、異世界では神は唯一神でありながら、役割によって複数に分体を作り、世界を管理しています。そしてそれを人類は知覚しています。誰でもです。知覚ができない人は、前世の中で見たことがない。人類に本物の悪人はいません。何かしらの理由があって悪に堕ちる前に、というより定期的に告解を受けるのが普通で、それでも悪に堕ちた人は、人ではなくなります」


「魔族化、ですね」


「はい。姿形も変わります。この世界で言うところの、鬼や悪魔がそれに近い。そして神の分体もまた、堕ちることがある」

 父が穏やかな声で言う。


「魔王になるんですよね」

 有坂さんの問いかけに、父が頷く。


「人に恋をしてしまった神は、その執着から魔に堕ちる。恋をされた人間が、それを討ち取る。それが勇者です。僕の生まれの話はご存知の通りで、魔王と勇者が結ばれた末に、異世界……こちらに送られたのが僕です。僕の生まれにまつわるような話は、とても稀です。神がひとりの人間だけを愛することは禁じられています。そして人間もまた、神や魔王に恋をすることは禁じられている。悪行のひとつとして数えられているのです」


「恋、……ですか」


「そうです。もしかしたら、僕の管理のためについてきた神の分体も、この世界の誰かに恋をしたのかもしれません。誰にかは、わかりません。そうではなく、単純に僕の願いをかなえようとした末路なのかもしれない。そして勇者を任命する別の神の分体もいない。この星の人類と神の在り方は根本から違う。人類が神にも悪魔にもなる。前世の記憶を、殆どの人が持たない。魔族も魔物も魔術もない。僕は、それにとても戸惑いました」


 人が人を殺す。騙す。故意に傷つける。そんなことがありえるなんて、父の元の世界では考えられないことらしい。

 無垢なる人。善人だけが生きる、神に護られる世界。


「スキルはひとりにつきひとつ。そしてそれを生涯かけて他者のために使う。僕の元の世界に、所有という概念は、それそのものがない。その欲求も、独占欲も支配欲も、人は誰も持たない。財産は共有のもので、それを個人で欲し、持つのは魔族か魔王だけです」


「社会の形態そのものが全く、違うんだな……」


 とても平和だったという。そういうところから来たのであれば、確かにカルチャーショックは大きいだろう。

 父も、側にいた神の分体も。


「血の紋は向こうにもあるの?」

 疑問に思ったことを父に訊く。どこからどこまでが違うのだろう。


「あるよ。生物を殺すことで糧を得る職業の人の証だ。人は生きるために生き物を殺す。漁業や狩人、畜産や魔物を退治する人たちだね。彼らは殺しはするけど、命を敬う。罪人の証ではないんだ」

 穏やかに語られるそれは、この星で言うところの天国に近いイメージだった。おとぎの国。善人が支えあって生きる、世界。


「そりゃそんな管理してる神様から見れば、神悪魔人間ごった煮のこの星はショックがでかそうだが……。何でこの星を選定したんだろうな。確かに魔王と勇者の子供が禁忌に値するという価値感であれば、そういう価値感がない場所で生きるのがいい、という判断はわかる。けれど、ただ幸福に生きるには、この星の世界観は、アンタにとっちゃ地獄に近くないか?」


 人が憎悪も支配欲も持ち、暴力を何の制限もなく扱える世界。浄化も告解もなく、裁かれない罪ですら存在する。

 確かに、そういう面を切り取れば、地獄にも見える。


「とても驚きはしたよ。だけど、僕はこの世界でよかった。香澄さんと敬命に出会えたから、それだけで幸せだったはずなのに。だけど僕がここに来たせいで、僕が幸福を望んだせいで、この星のシステムは滅茶苦茶になってしまった。頭を下げて終われることじゃない。元に戻せるかは、わからない。それでも、できることは何でもします」


 再び頭を下げる父とともに母も頭を下げる。


「そういえば、ぴよ吉とアニマはどうした? 出てこないのか? 神の力の一部なら何かわかるんじゃないか」


 僕と有坂さんの中で眠っている、ひよこたちは、呼びかけても出てこない。

 ……怯えている? それを少し不穏に感じて、有坂さんと目を合わせて頷く。


「眠ってるみたいです。起きなくて」

 有坂さんが言う。僕は少しおろおろしながら頷いた。武藤さんが「なるほどね」と呟く。



 もしかしたら、僕の、父さんは――

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