118話【レベル30ダンジョン】
僕たちはレベル30ダンジョンを攻略している。武藤さんの剣聖無双なのはこのダンジョンに入っても変わらない。
それにくわえて今は神眼もあるので、完全に武藤さんの独壇場になっている。
「先行してるのは18人。いくつかのグループだな。そのうち2組は4名と6名のギルド員て話だが……」
武藤さん斬撃をいくつか飛ばしながら言う。その情報は原国さんから下りてきたもので、残り8名は不明。
「4名の方は俺の知り合いだ」
根岸くんがギルド員の氏名を見て言う。4人の女性名。
「俺と明人がつるんでた子たちだ。連絡は取り合っていたけど、会うのは久々。定職と住むところも見つかってよかったよ」
そう口にして、っとしたような顔をしている。
ワケ有な少女たち。家庭環境が劣悪で家出をして暮らしていたという彼女たちを、根岸くんと八尾くんは守っていたという話で、そのうちの4人らしい。
「んじゃ、遭遇時の声かけ、頼むな」
「はい」
僕たちは鍾乳洞型のダンジョンを一度もモンスターと遭遇せずに進んでいる。
遭遇する前に、武藤さんが神眼で見つけて、剣聖の斬撃スキルで倒す。モンスターコインとドロップアイテムも自動取得するスキルがあるので取りこぼしもない。
武藤さんの神眼は気配察知と罠感知とを組み合わせることで、階層内の生物非生物を問わず見通している。神眼は偽装も見抜く。気配遮断系スキルも罠もすべて見通すことができるので、不意打ちを警戒する必要もない。
根岸くんをパーティーに入れたことで、彼も共有者スキルでステータスが強化されている。
レベルは1まで落ちていたけれど、それも武藤さん無双で既にいくつかレベルが上がっている。ガチャで得たスキルから、彼は補助系、回復系スキルを取得している。
根岸くんは攻撃系スキルを持たないことを戒めとして、自身に課している。
ぴよ吉は僕の中で眠っている。食事をして眠ることでぴよ吉も成長するという。ダンジョンから出たらごはんを作らないと。
何の問題もなく6階層までクリア。一度立ち止まり、コインをすべてMP増強に使う。
神の権能である運命固有スキルを複数所持するためには、多くのMPを犠牲にして枠を作らなければならない。僕たちでそれらを占有することに危惧もあるけど、それでもリスクの分だけ大型地下迷宮の攻略に有利になる。
八尾くんを救い出して、支配者の権能を持つ異星の神から権能を引き剥がす。
大型地下迷宮を踏破し、人類滅亡を阻止する。
そのためにはいくつかの条件がある、と原国さんは言っていた。
1つ、原国さんはダンジョン攻略に参戦しないこと。
いままでの周回で彼が参戦した場合、高確率で彼は死ぬ。現状、死に戻りスキルが停止している状態でのそれは、詰みに近い。
日本国内がこれほど荒れずに済んでいるのは、原国さんの尽力が大きい。2000回を超えるループの中で、彼はどんな人物が何をしたのかを知った。各地に起きたスキル犯罪の多くを把握している。故に、犯罪が起きた際の対処、その事前行動もすべて行える。
今回は過去周回と大きく違っているのでそのとりこぼしはあるけれど、彼なしでは僕らは自由に動くことができなかったし、今もそうだ。
原国さんを失えば、犯罪や混乱が起きた時の対処が後手後手に回り、一気に状況が悪化することは間違いない。
1つ、精霊の卵を集めること。
元は12の異星の神の権能はさらに細かく別れて散らばったとぴよ吉は言った。精霊の卵となっているものは大きく分裂しなかった権能。ぴよ吉のように、『神の右手』と部位の名前のままのものは主を定めるまでは、ダンジョンの中の最下層、ボス部屋宝箱で眠っている、という。
これはぴよ吉の話と、伏見さんが原国さんに渡した情報だ。アカシックレコードの運命固有スキルを僕たちは伏見さんから剥奪していない。楓さんを取り戻すのに協力してくれたように、彼らは中立の立場をとっている。あの時点までの彼らの持つスキルも武藤さんが把握している。
このダンジョンの最下層、そしてあと4つのダンジョンに卵は在る。
そして卵は主を選ぶ、という。運命固有スキルを保有する資格を持つ者。そして精霊自身が選定する基準があるらしい。
精霊卵のあるダンジョンへの入場に対して政府で既に入場者チェックが行われている。
僕たちで得られなかった場合、手に入れた人の監視と交渉をするのは原国さんと星格の仕事となる。
1つ、僕らは誰一人として、一度も死なずに攻略を進めること。
それらを振り返りながら、進んだ先で、4人の少女の気配を武藤さんが掴んだ。
9階層目。かなりのスピードで攻略をしてきた僕たちが、彼女たちに追いついた形だ。
「ミズキ、ナツ、リカ、レミ! 俺だ。怜治だ!」
彼女たちの友人である根岸くんが先頭に立って呼びかけると、彼女たちは「レイじゃん!」「おー何してんの、マジ」「わー本物の勇者パーティーじゃん」「明人は?」と口々に言いながら笑顔で駆け寄ってくる。
僕たちよりも年は下で、格好は少し派手だけど、普通の明るい女の子たちに僕には見えた。家出を繰り返し、盛り場を根城にしていた少女たち。どれほどの傷と葛藤を持っていたのかは、僕にはわからない。
「晴様画面で見るよりイケメン~!」
「琴音ちゃんマジかわ」
「敬様かわいい~!!」
「明人どこ?」
「一気に喋るな。自己紹介くらいしろよ」
根岸くんが彼女たちの勢いに苦笑して言う。
「ミズキだよ。15歳。火魔術メインの魔剣士やってまーす」
「ナツ。14歳。影魔術メインのクノイチ」
「リカでーす! 16歳! 槍使い! 好きなものはイケメンです!」
「レミは12歳。回復魔術をつかうよ。レミは明人がすき。よろしく」
全員苗字は名乗らなかった。僕たちも自己紹介を返すと、彼女たちは放送や最初の配信を見ていたらしく、僕たちを芸能人というか、物語の勇者パーティーのように思っているらしくて驚いた。
唯一僕らに興味を示さなかったレミさんが「で、明人どこ?」と、三度目の質問をした。
根岸くんは少し迷った後、口を開く。
「明人は攫われた。俺が――俺たちが助けに行く」
「レミも助ける」
根岸くんの言葉に、レミさんは即答する。
「危険だぞ」
「別にいい。明人がいないなら生きてる意味ない」
淡々と言う彼女のそれは、本気だった。
根岸くんは八尾くんに起きたことや、僕たちが今こうしてダンジョン攻略をしている理由を、嘘で誤魔化さなかったし、僕たちもそのやりとりを止めはしなかった。
彼が救えなければ、高確率でこの世界は滅んでしまう。味方は多い方がいい。
誰が、何を求めて、何をするかは、自由だ。
彼女はまだ子供だけど、何をするかを決める権利がある。
その人自身で決めて行うことこそが肝要なのだと星格は言っていた。
幼さや未熟さは人類誰しもが、どれだけ年齢を重ねても持ち合わせている業のひとつだとも。本当に成熟できる人間は少ない。
そもそも僕ら自身もまだ未成年で、彼女が何をするかを止める権利もその権限もない。
根岸くんは「いいか、絶望だけは絶対するな。明人を取り戻すことだけを考えろ」と逡巡してから言った。
武藤さんも、何も言わなかった。というよりミズキさんに絡まれて困っていた。
この先には、6人のギルド員と8人のギルド未登録の探索者がいる。彼女たちが彼らと遭遇した場合、危険かもしれない。
僕たちが追い抜いて先に進むことも考えたけれど、後から誰かが彼女たちに追いつくことも考えられる。
彼女たちは、「ウチらもう2回死んでるんだよね」と笑って言った。
それを聞いたことも含めて、彼女たちを置いて進むことを僕たちは一度、断念した。
説明をしながらダンジョンを彼女たちと共に走る。
僕たちが知りえたそれは。
蘇生魔術の限界だ。
蘇生魔術は、術者のMPを消費し、被術者の魂を消費して成る魔術。魂は人格であり、生命力そのもの。
一度目は、最も辛い記憶。そしてそれを与えた者がいれば、その者への因果への応報を魂が行う。
二度目以降は、その次に辛い記憶を失う。因果の応報もだ。それが順に繰り返されてやがては大事な記憶も失う。
そしてそれにより、レベルダウンのペナルティがつく。それが魂の劣化。
レベルダウンは個体レベルだけでなく、職業レベルも含む。そして当然その分ステータスも落ちる。
そして、蘇生魔術による魂の劣化に耐えられなくなった者は灰となる。
つまり、生き返ることができなくなる。
僕たちが一度も死んでは成らない理由は、そこにある。
魂の劣化を起こさないこと。特に僕は、パーティーギルド長として共有者の上位職、調停者効果によりギルドに入っている全員のステータス向上を行っている。
僕が死に、魂の劣化を起こした場合の影響が大きすぎる。
そして、僕たちの運命固有スキル。始まりの7人は、魂の劣化を起こせば所有することそのものができなくなり、その権能に応じた異星の神が狂化する。
だから、蘇生魔術があるとしても、一度も死ぬことはできない。
原国さんの過去周回で、僕たちの死が、滅びを呼んだ理由は、それだ。
所有者が死んだ運命固有スキルは、『支配』の権能を持つ異星の神へと吸収される。
準備の最中で、ぴよ吉、星格、原国さん、そして楓さんの情報を総合すると、そういう結論に至った。
彼女たちには特殊なスキルも強力なスキルもない。
僕は防御系と補助系のスキルを彼女たちに渡した。このダンジョンを出た後も、彼女たちの人生ができるだけ長く続いて欲しい。
可能であれば、何も殺さず、生産系スキルを使って平穏に暮らして欲しい。
だけど多分、彼女たちは、そうはしないだろう。
特に、レミさんは。
僕たちと同じように、大事なものを救うために戦うことを選んだ。
レミさんだけでなくミズキさんたちも。友達を支えるために、恩人を助けるために、戦う道を選んだ。
「ダンジョンを最速で攻略する。ギルドの拡張も必要だ。遊びじゃないんだ」
絡まれていた武藤さんがぴしゃりと言う。
最早大人と子供に区別はなく。戦う意思ある者をギルドは受け入れている。あと4日のアポカリプスを乗り越えるのに、そうした区別をしていられない。
「アキもレイも私たちを守ってくれてた、今度は私たちが助ける番なのはわかってるよ」
「だから一緒には行かない。一緒に居たら、レベル上がんないし。守られるだけになっちゃう。先に行って。決戦の時までに私たちは私たちで強くなっておくから」
「もう死なないように気をつけるよ」
彼女たちはそう言って、僕たちを見送った。
そして僕たちがその先で目にしたのは、人と人との殺し合い、だった。