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109話【善意の英雄】

「この話をするかどうか、だいぶ迷ったけどな。超絶に強力なスキルを持つ、俺たちの裁量は最早政治の域すら超えている。それは俺たちが決定して行うことの影響力にある。死者の蘇生、そして罪人への刑罰それだけでも一個人が背負っていいものじゃない」


 けれどそれは、もう既に背負わされてしまっている。その重み。重圧。

 その中で最善を選ばないといけない。なるべく多くを救い、この大規模なダンジョンアポカリプスを乗り越えなければ先がない。


「それでも私は、やれることをするだけです。何もしないことは選べない」


 有坂さんの、こういう強さが僕は好きだ。

 だから、共に背負いたい。自分が一番重荷を背負わされて、他人から好き勝手に言われても、曇らない。


 そして僕が背負うものを共に背負うとすら言ってくれた。

 ただのクラスメイト同士だったら、そんな一面を知ることはなかったかもしれない。


 彼女の持つ怒りは、救済できる者がしないことに起因していると僕は思っている。

 力があるのに、我欲に使い、他者を蹂躙するものを彼女は許さない。そんな苛烈なところがある。僕にはない、美点だと思う。


 僕は、どうしても考えてしまう。

 彼らが我欲に走るのは何故か。持っているものを愛せないのは何故か。幸せとは達成だけじゃないのに、どうしてそれが目に入らないのか。

 それらをもし彼らが得られて充足が感じられたなら。


 他者に施すだけの余裕を持てたのなら。


 分け与えることや、役割を与えること、共同体の一員であること。人は集団化しなければ生きてはいけない。


 僕たちは誰かの作った道路を歩き、誰かの作った服を着て、誰かの作った野菜や米やパンを食べ、誰かの育てた家畜の肉や乳を飲み、誰かの獲った魚介を食べる。そして誰かの作った家で過ごし、誰かの整備した上下水道や流通の恩恵を受け、誰かの作った娯楽を楽しみ、誰かの作った発明品で安楽を得て、誰かの作った布団で眠る。


 共同体はとても大きくなって、恩恵を与える個人が目に写らなくなるほどに、流通が当たり前になって、飢えることもなくなって。歴史や創作に触れると今が奇跡のように思う。人の作り上げてきた世界。


 僕は母と、何事もなく暮らせる毎日が幸せで、そこに誰かとの比較は必要がなかった。今に満足していたし、強い力を欲しもしなかった。

 高校を出て、大学を出て、働きに出る。母がゆっくり家事をして、今みたいに長時間働くことなく過ごせる日々は夢見たし、誰かと結婚をして孫の顔もいつかは、と。


 案外僕はそれらが全て崩れ落ちたことに、ショックは受けなかった。

 今までが、とても恵まれてきたのだから、その恩恵を持てる力で返さなければ、と思った。


 人の生きる社会は、いつだっていい面も悪い面もあって、それは今のスキルのある世界もそう変わらない。

 人間が不完全である限り、理不尽は、どこかに必ず存在してしまう。

 いいとか、悪いとか、そういうことは全部人が決める。だから僕は全部を悪いとは、決め付けたくない。


 悪行を行う人を見た。善行を行う人を見た。怯える人も、明るく笑う人も、戸惑う人も、後悔する人も、反省する人も、人生を新しく得た人も。


 魔法があるなら、滅びの道があるのなら、全ての人が幸福に生きることができる未来への道が在ってもいい。


 信仰は力になると、星格(オルビス・テッラエ)は言った。人の持つ『何かを信じる』ということ。

 だから僕は信じたいし、信じる。


「僕は有坂さんを、みんなを信じてます。だけど武藤さんの言葉は最もで、背負うために、味方が欲しい」


 人間が希望を失えば失うだけ、この世界が滅びる可能性が上がるというのなら、カウンターは希望を与えることに他ならない。


「僕たちは、もう個人ではいられない。だから、公人を超えて、英雄にならなければいけない、そういうこと、ですよね」


 武藤さんと原国さんの言いたいことは、多分、そういうことだ。

 既に広報として活動している皆森さんはアイドルのように扱われている。彼女の明るさは、娯楽であり、希望でもある。

 僕たちも人の前に姿を出して、伝えることを恐れてはいけないのではないか。


「――君たちには、いつも驚かされるよ。私たちの言いたいことを、よく理解してくれている」

 原国さんが、小さく穏やかに笑う。僕たちのたくさんの末路を見てきた人。もうそんなものを、この人に見せたくない。背負わせたくない。


「大規模蘇生、そして告解にテレビ中継を入れる。皆森くんのネット中継も入る。協力者には、根岸くん八尾くん、そして紅葉くん。他、強く後悔をしている人たち。そして蘇生反魂により告解スキルを有する人たちを招集する」


 原国さんが一呼吸入れて言う。


「大規模蘇生、そして告解についての公表。そして、協力を仰ぐ。私たちは、衆目を集めることとなる。今までの比ではなく、あらゆる言葉を投げかけられるだろう」


「俺はアンチの罵詈雑言で慣れてる」

 武藤さんが笑い、有坂さんと僕は頷く。


「因果応報が稼動する世界だと、伝えて、意識を自分自身のできることに向けてもらいたいと思っています」


「他者への嫉妬や羨望は、自身を見つめていない証拠だからな。努力の方向性を間違えて他人を恨んだりする奴もいる。そういう奴に足りないのは自己分析による研鑽。自分のことを知らないというのは、怖いことだと伝えよう」


「武藤さんの著作にもそういう話、ありましたよね」

「ついでに俺も自作のファンに向けて無茶無謀しないように言うわ」


 僕が武藤さんのいうことに対して、何と言うか、すとんと腹落ちするのは、きっと彼の本を読んできたからだろう。

 きっと僕らを気遣って、原国さんも武藤さんもふたりで話し合いはしていたのだろう。

 彼らの目元には、うっすらと隈がある。


 僕らが眠る中でも、世界と僕らとを守ろうとしてくれていた。

 だから僕らはそれに応える。


 時間はない。時間がないからこそ、誠意を、全力を尽くす。


 僕のミスではあったけれど、僕らは全員が運命固有スキルをふたつずつ得ることが可能なこともわかった。

 精霊の卵も探さなければならない。大型地下迷宮(ラストダンジョン)の踏破は、今の僕らの力だけでは成し遂げられない。


 夢現ダンジョンの時のように、僕たちには協力者が必要だ。


 ひとりはみんなのためにみんなはひとりのために。

 Unus pro omnibus, omnes pro uno


 武藤さんの著作にもあった、ラテン語の成句。


 我らはすべての困難に対して、できうる限り、相互を助け守るものである。


 そう在りたいと願う心は、すべての人の、力となる。

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