1日前 魔法都市ファーツェ
鍵がかかる二人部屋を用意してもらったので、マーシェは久しぶりにゆっくり眠れた。
リズベルの知り合いの宿だという事で、到着が遅かったのに、部屋と食事を用意してもらえて本当に助かった。
目が覚めると夜が明けていたので、アティスを起こさないように、そっと部屋を出たが、階下で宿の主人に挨拶しているとすぐにアティスも降りてきた。
たっぷり湯をもらって、一緒に風呂に入る。
「極楽~。」
わざと小汚くしている顔も髪も、石鹸と灰で全部洗い流す。
「今日はどうするの。」
「リズベルの落ち着き先を確認したら、カースティンに戻る準備だな。あー、ここからだとパヴィア周りの方が近いのになぁ。」
「しょーがないよ。兄さんあっちで待ってるし。」
「まあな~」
「ヒロキはどうするの。」
「どうしようかなぁ。」
湯を換えて、もう一回ざぶざぶ湯に浸かる。そして名残惜しげに風呂から出た。
「あいつどうも怪しいんだよな。あんなひょろひょろなのに。」
「不思議だよねぇ~。魔法学校で引き取ってもらえるかな。」
「ま、なんとかなるだろ。」
髪が生乾きのまま朝食を食べていると、サラが降りてきた。
「あ、キレイになってる。」
兄弟を指差すと、僕もお湯使ってくる、と厨房に入って行った。
人を指差すってどうなんだ、とぶつくさ言っていると、今度はリズベルが降りてきた。
「あ、キレイになってる。」
はいはい、とマーシェが応じる。
サラが今風呂を使っているので、リズベルは先に食事にする。
今日の予定を打ち合わせして、サラが長い髪をぐるぐる巻いた状態で風呂から出て来ると、入れ替わりにリズベルが風呂場に向かう。
手伝って熱湯を風呂場まで運んで戻ってくると、ファラが起きてきていた。
とりあえず、今日は帰りの旅の準備をすると伝えると、ファラはやれやれ、という表情を浮かべた。
「もう帰り支度か。忙しない奴らだな。」
「ヒロキの奴についても、なんとかしないとだろ。」
「魔法学校に入れりゃ、寮もあるらしいし、問題無しだろう。」
「素質があればな。」
サラは髪を丁寧に乾かした後、頼まれて馬の世話をしに外へ出ていく。
ファラは朝食を食べた後リズベルが出て来るのを待って風呂場へ、マーシェとアティスはリズベルを残して買い物に出た。
「やっぱり魔法学校が一番いいかな。」
リズベルにつてを頼んでおいたが、まず言葉が通じないのに、さらに古代語覚えるなんて結構大変だろうと思う。しかし怪しい異世界人を、これ以上連れまわすのも勘弁してほしい。
アティスはニコニコしながら兄を見上げる。
「何だ。」
「兄さんのそーゆーとこ、面白いよね。」
「どんなとこだ。」
「絶対気を許さないのに、ちゃんと世話も焼くところ。」
「お前がアイツを拾えって言ったんだろう。」
「だってそうしないと、兄さん後でずーっと気にするでしょ。帰り道にヒロキの死体とか転がってたら、『あーあの時助けておくんだったー』とかって馬鹿みたいに落ち込むだろうし。」
アティスの指摘にマーシェはぐうの音も出ない。
口の中でうるせぇな、と呟いて、話を変えた。
「武器屋に行くぞ。」
矢は多めに揃えて、剣は研ぎにだした。傷薬や包帯も少し買い足す。
その後、馬車の車輪にさす油を買って戻ろうとすると
「何買ったの?」
と声を掛けられた。
何買おうと知った事か、と言い掛けて、すんでのところで飲み込んだ。
「・・あー、あんたか。」
十歳くらいの黒髪の少年。
「こんな所で何してんだよ。」
「何買ったの?」
「馬車用の油だよ。」
「ふーん。」
少年はニコニコ笑いかけ、
「また変なの拾ったねぇ!」
と続けた。
「あーえー、変なの?」
なんか拾ったっけと考えて、
「ヒロキの事か?」
「世界の穴から落ちてきたんだよ。」
少年は空を指差した。
「遺跡時代の古代魔法で開いた穴なんだよ。あちこち通じてるの。ひどいよね。」
「ああ・・。あ、もしかしてお前、アイツを戻せんの?」
「穴はどれも移動してるんだ。でも見つけたら放り込むぐらいならできるよ。どの穴か知らないけど。」
けろけろ笑う龍神様に、マーシェはため息をつきそうになる。そんな一か八か、いくらなんでも可哀そうすぎる。
「どの穴か見分ける方法はないのか? 色とか音とか。」
「さあ。」
今まで見分ける必要がなかったから、したことない、と少年は答えた。
「ヒロキが落ちてきた穴が分かったら、アイツを戻してやってほしい。」
マーシェの頼みに、龍神はえー、と口を尖らせた。
「面白くなーい。面倒くさーい。」
マーシェは言葉に詰まる。滅多な事を言うと、ろくな事がない。龍神は言葉を選ぶのだ。
「あー、じゃあ他の方法を探してみようかな。」
「えー、つまんない。」
どうしろってんだよ、と内心マーシェは思うが、死にもせず年も取らない神様は、ただただ退屈だろうなとも思う。
アティスが思いついて言った。
「じゃあ、ヒロキに縄を付けて世界の穴に放り込んでー、間違っていたら縄で手繰り寄せて戻す、とか。」
「それ面白いね!」
目をキラキラさせて龍神様は頷く。
いやいや、そんな無茶苦茶、ダメだろ。内心突っ込まずにいられないが、駄目だと口に出したが最後、それしか手段がなかった時に、この龍神様は絶対ダメになる方に持っていく。
何とか逃げを打つ。
「一回ヒロキに聞いてから、考えよう。明日の朝ここで待っててくれ。」
宿に戻ると、ヒロキはファラとリズベルと一緒に外出していた。
帰ってくる前に、アティスやサラと話したが、やり方は無茶でも結局それが一番早い、という結論に至った。
ただそれをヒロキがうんと言うか。
戻ってきてから説明した。
リズベルが、簡単で長時間使える翻訳魔法を聞いてきてくれて、助かった。
しかしこの異世界人、見るからに臆病者でイライラする。やりたいことがあれば、失敗の恐れもついてくるに決まっている。なんでも失敗なしに望みが叶うなんて思うほうがどうかしている。
なかなか結論が出ない。
「デリク先生が、帰る方法を見つけられない可能性もあるしな。もしそうなった時は、ここで骨を埋めりゃいいさ。」
ファラは、もう議論に飽きたらしく、そう言った後
「あとはコイツが決める事だ。メシにしようぜ。」
と、部屋を出て行く。
サラも椅子から立ち上がって後を追いながら言った。
「明日の昼には答えを出さなくちゃね。それを過ぎたら、君は魔法学校に入学だ。」
マーシェはため息をついて、半ベソをかいているヒロキを見た。
精神年齢低すぎる。この世界では、決断は常にある。よほど幼い場合以外は、すべて自分で決めて進んでいくしかない。
「リオンが連れてってくれるって言ってるんだから、行けばいいのに。」
アティスがあっけらかんと言った。
「たぶん、デリク先生が帰る方法を見つける頃には、こっちにいた方が楽になってるよ。それでいいの?」
ヒロキはプルプルと頭をふった。
「じゃあ決まり。明日、ヒロキは元の世界に戻る。それでいいよね?」
アティスはあっさり言って、お腹空いたーと言いながら部屋を出て行った。
他人に人生決められて、それでいいのか?とマーシェは思うが、確かにコイツに任せたら埒が開かないな、とも思う。
ただ、自分の人生は自分のものだ。
与えられた場所から抜け出したいなら、力の限りあがくしかない。