2日前 また元通り
翌朝。
アティスは馬車ごと飛ばされたらしく、宿坊の馬小屋に馬も荷馬車もあった。
馬車をおいてサラを留守番に残し、マーシェはアティスとファラとで、レケト村の西の山を登った。
村で聞いたところ、その先にホビットの集落があるらしい。
急な山道を登り、そこが不意に開けると、手で屋根の上が触れるぐらいのかわいらしい家が点在していた。
「ここか。」
マーシェはやれやれを辺りを見渡す。アティスは周りを見渡して、灌木の陰に声をかけた。
「ねぇ、この辺りにヒトの女の子が来なかった?」
木陰にホビットがいた。迷い込んだのを物珍し気に眺めていたらしい。
小柄だから、子供だろう。急に声をかけられてびっくりしたようだが、すぐに手を出した。
「何かくれる?」
アティスは砂糖玉を子供の手に落とし込んだ。
「探してるんだ。黒い髪の女の子だよ。」
「来たよ。あっちに行った。」
マーシェたちが来たのと反対側を差す。
「あっちに何があるの?」
「友達の家。病気の子に元気もらってる。」
「呼んできてくれる?呼んできてくれたら、もう一個あげる。」
砂糖菓子をもう一つその子の手に握らせる。
「いいよ!」
身軽に男の子が走り去る。
しばらくして、疲れ果てた表情のリズベルが、ホビットの男の子たちと歩いてきた。
「よかった。無事だった。」
「もっと早く来て欲しかったわ。」
古代魔法は、ある一定の時間、人の持つ力を飛躍的に伸ばす。具体的には、足が速くなる、力が強くなる、瞬発力が上がる、などである。中には回復力を上げる魔法もある。
しかし効果のある時間が限られるので、本来、治癒魔法は聖職者が魔道具を使って行ったほうが、効率がいい。
今回は頼まれて、断り切れなかったのだろう。
ホビットの子たちに砂糖菓子を配った後、レケト村に全員で戻る。
「レケト村に着いたら、泊まる?」
アティスが歩きながら聞いた。
「今日中にファーツェまで行こう。」
「えー。ほんとに?」
「えー、ホントに?」
アティスの口調をそのままファラが真似た。
「途中で日が暮れるぞ。」
「急げば今日中に着く。明日にはリズベルの落ち着き先を確認しておかないと。」
予定より二日も遅れている。アティスを見失ったことも、兄にはばれているだろう。
とにかくさっさと用事を片付けたい。
「そんなに急がなくたって。」
「気に入らないならレケトに置いてってやる。」
「イエ、ケッコーデス。」
ヒロキの発音を真似て、ファラが言った。
「兄さんに任せるよ。」
アティスは神妙に頷いた。
村には間もなく着いた。サラと合流し、遅めのお昼を食べてさっさと出発する。
適当に荷台に乗ったり降りたりしながら、下り坂を行く。
「ヒロキは結局見つからなかったな。」
「探しようがないだろう。」
とは言うものの、みんなの話を総合すると、やはりサラの言う通り、放射状に飛ばされたようである。
とすると、可能性としては東の尾根あたりか、南ならフウラの町辺りと考えられるが、通ってくるときに居そうな感じはなかった。
尾根に飛ばされたなら、今頃オオカミにやられて死んでいるだろう。
町に飛ばされたなら、生きているかもしれない。あの毛布を馬鹿みたいに広げてなければ。
「どっちにしろ探しに行く気はない。そこまでする言われはない。」
「ま、そりゃそうだ。」
気にはなる。
しかし優先順位は低い。
日も暮れかかる街道を、くだらない話をしながら進む。
「リズベルは住むとこ、彼氏の家って言ってたよな。」
「何よ。彼氏がいたらダメなの?」
「ダメってことはないけどさ、彼氏、年上だろ。ちゃんとお前の事待ってるのか?」
「同い年よ。待ってるに決まってるでしょ。」
「え。お前十二歳だろ。彼氏も十二歳?どうやって家借りてるんだ。生活は?」
「もー。ヨルハの家族と一緒に決まってるでしょ。だけどそもそもファーツェはね、魔法使いの等級次第で何とでもなるのよ。」
全然心配いらない、とリズベルが言い切った時だった。
「おい。」
道の先に人影。
しかも見覚えがある。ファラが口笛を吹いた。
「ヒロキ!こんなところに居やがった。」
「待て待て。ヤバい。なんでこんなところに?おかしい。計算合わない。なんであっちから来る?しかもあいつ、なんか荷物が増えてないか?」
警戒するマーシェの言葉が恐ろしく早口になる。
「ファラ!マーシェ!」
ヒロキがめちゃめちゃ嬉しそうに叫んで、走り寄ってきた。
「よう。お前、こんなところにいたんだな!」
ファラが声をかけると、ヒロキの嬉しそうな表情に、半分がっかりが混ざった。
なんだ。なにかがっかりする要素が?
考えるが、思い当たらない。
ヒロキが、荷物袋の中から毛布を出して、ファラに手渡した。なにか礼を言っているらしい。
ファラは無造作にそれを馬車の荷台に抛ったが、マーシェはホッとするような微妙な気分である。
まあ、あれを荷物袋にしまい込んでいたなら、賢明な判断と言える。それに、無関係な人にはただの柄の入った毛布にしか見えない。
「ファーツェはあっちだ。一緒に行くんなら、回れ右だぞ。」
ファラは機嫌よくヒロキの相手をしている。
だけどヤバい。
異世界人は、なにか先回りする能力とかあるのか?
もしエルフに都合よくこちらに飛ばされたとしても、あれから二日経っている。増えた荷物袋も気になる。
ファーツェに行った後、こちらに戻ってきたんだろうか。
山をひとつ回り込んだら、ファーツェが見えた。
「あとどれぐらいだ?」
「半刻ってところかしら。」
リズベルが山の稜線にほとんど消えかけている太陽を見ながら応える。
「日が暮れるなぁ。」
「門は合言葉で開くから大丈夫よ。」
「山賊とか出ない?」
「この辺で出たら、みんなの魔法修練の的になるだけよ。」
安全な場所だという事だ。
後はひたすら歩く。暗くなったらカンテラにサラが火を灯す、リズベルが言った通り、半刻歩いたぐらいで街の門灯が見えてきた。
「ああ、やっと見えた。」
城壁の上がぼんやり明るい。
あの門をくぐると、この旅の目的は終わるのだ。