6日前の朝 異世界人って何
夜中ずっと起きて、異世界人と荷物を見張っているマーシェは、翌朝馬車に乗るとすぐうつらうつらし始めた。
「お前の兄貴の心配性は治らんな。」
ファラは笑った。
リズベルが肩をすくめる。
「分かっててあの人仲間に入れたんでしょ。そろそろ歩いてもらって。」
ゆるい傾斜がリアムの町から彼方の山に向かって続いている。
ファラはヒロキに手振りで、降りて歩くように伝えた。
若干不満そうな顔をしながら歩き始める異世界人に、なるほどドワーフの王子様ってのは言い得て妙だなとファラは思う。
どれだけかしずかれて育ったのか、とにかく圧倒的に体力がない。ひょろひょろだし、武器の使い方もてんでなってない。
昨日、護身用に剣の一本でもと持たせたら、ちょっと振っただけでよろよろし始めたのには驚いた。仕方ないので短剣を持たせたが、それも扱いが怪しい。
異世界人てみんなこうなのかねぇ、とファラは考えを巡らせる。
本当の王子様なら、この歳なら護身用に剣の扱いぐらい叩き込まれているだろう。でなけりゃ、あっというまに墓の下だ。どれぐらいましになるかわからないが、鍛えてやらないと帰れるまでに命があるかわからないだろう。
日が昇って明るくなると、サラが起きた。 無言でもそもそ支度して、馬車から降りた。
「おはよう、お寝坊さん。」
アティスが振り向いて声を掛けた。
するとそれを聞いていたヒロキが、口真似した。
「はよー寝坊さー」
思わず皆がふふっと笑った。大陸公用語は異世界人には発音が難しいらしい。
街道は片側を山肌に、片側を木立にどんどん山道になっていく。
昼近くになって、それが急に開けると、休憩地に出た。恐らく以前は茶屋が数軒あったのだろうと思わせる広さだが、基礎らしき石と若干の木材が残っている他は何もない。ゴブリンに襲われた可能性もある。要注意だが、焚き火の跡もあるから、ここで野宿する者もいるのだろう。危険度は高くない。
「ここで昼にしようか。」
ファラが声を掛けて、馬車は街道を外れて、そちらに入って止まった。
マーシェが目を覚まして、降りてきた。
「はよ、寝坊さー」
ヒロキが急に声を掛けたので、マーシェはびっくりして一瞬固まったが、次に眉根を寄せて口の中で「けっ」と呟いた。
「なんだよ、寝坊で悪いか。腹立つなー、異世界人のくせに。」
「アティスの口真似だって。意味分かってないから、深く考えるな。」
ファラが取りなしたが、マーシェの機嫌は直らない。
「仕様のない奴だな。おい、ヒロキ、火を起こせ。昼飯にするぞ。」
火打ち石で火をおこさせようとするが、下手くそで、火はなかなか付かない。手頃な小枝を山積みにして、火がつくのを待っていたサラは、肩をすくめると、指先を焚き木に突っ込んで、「火。」と呟いた。
「おいおい。ヒロキにさせないと。」
見る間に小枝が燃え始めるのを、ヒロキは目を丸くして見ている。
「出来る事を増やしてやらないと、この先、生活出来んだろうよ。」
ファラに言われたが、サラは構わずにヒロキを指差した。
「あれ足、痛めてる。」
「ああ?」
火が起こると湯を沸かして、そこに茶葉を放り込んだ。パンを切り分けて、全員でお茶とパンの昼食になる。
「確かに足やられているな。良さそうな靴履いてるのになぁ。」
ファラがパンをスープに浸して食べながら、言った。
「どうするかなぁ。峠越えるまで歩けるかな。」
「あんまり馬に負担かけたくないな。」
マーシェはスープを飲み干すと、水気を切ってマグカップを荷物の袋に放り込んだ。焚き火に土をかけて消し、鍋も袋に放り込む。
もう出発だと気付いて、ヒロキが立とうとするが、へなへなと座り込んだ。
「ダメだな、ありゃ。」
「お前が足治してやりゃ、いいじゃん。」
ため息をついた後、マーシェが指摘した。ファラは笑った。
「しょうがないな。正直、足のマメに回復魔法って初だな。」
さっさと足のマメを治して、ヒロキを馬車に追いやる。
「だからあいつ面倒くさいって言ったんだ。」
「俺は面白い。見てて飽きない。」
「そんな物好き、お前だけだろ。」
「異世界ってどんなかなって想像膨らむだろ。」
「呑気で呆れる。」
山道を歩きながら、くだらない話をしていると、日がやや山影にかかった辺りで、不意にアティスが馬の速度を絞った。
「兄さん、何か来る。」
「ゴブリンか?」
「分かんない。」
馬車が止まったので、ヒロキが降りようとして腰を浮かせた。
「バカ、座ってろ!」
マーシェが怒鳴ったが、ヒロキはオロオロするばかりだ。ファラが手振りで座らせて、改めて剣を抜いた。
「昨日、ゴブリンの話は出なかったな。」
「オーガかもしれないぜ。」
サラは一旦弓を取ったが、それを置いてマントを頭から被り直した。気づいたマーシェが、剣を下ろした。
「ヤベェ。面倒なのが来た。」