7日前 ただの迷子じゃなかった
空が白んできたので、マーシェは焚火を消して土をかぶせ、馬車の支度をした。気配でファラとアティスが起きてくる。昨日の変な男だけまだぐぅぐぅ寝息を立てて寝ている。
「どうする、こいつ。」
「馬車に乗せよう。」
ファラが言うので、マーシェは嫌そうに舌打ちした。
「まあ・・、山賊の手先ではなさそうだけどな。」
「置いていくか?」
ファラがにやにや笑うと、マーシェはしかめ面のまま、寝ている男の尻を蹴飛ばした。
「起きなかったら、置いていく。」
しかしさすがに男は起きた。痛かったらしく、不満そうな表情ながら、ファラに促されて馬車に乗る。
「お前も徹夜だろ。今のうちに寝ておけよ。」
さすがに眠気も限界で、馬車に乗るとマーシェはすぐに眠りに落ちた。
目が覚めたのは、馬車が止まったからだった。
「ああ。着いたか。」
「おはよー兄さん。リアムに着いたよ。」
アティスが馭者台から振り向いた。
大あくびをしながら、マーシェは馬車から降りる。サラはつまらなさそうに、自分の髪の枝毛を探している。
「他は?」
「ファラが宿探しに行ったよ。リズベルは食べもの屋。」
マーシェは頷いた後、馬車の上の昨日拾った男を見た。
「こいつどうする。」
明るい所でよく見ると、貧相な体つきに低い鼻。まあ愛嬌はある。が明らかにこのあたりのヒトと違う。
ヒト族である事は間違いなさそうだったが、森の中で何をしていたか気になる。
昨夜寝ている間にじっくり観察したが、足元がドロドロに汚れているのは仕方ないとして、服の仕立てがかなり良い。
縫い目は細かいし、そもそも生地がびっくりするほど上等だ。織り糸が細くて均一の織り目だし、ボタンも小さくて揃っている。上着の一番上の飾りボタンなんて、恐ろしく細かい細工物だ。しかし素材はいまいち分からない。
「これでもう少し背が低けりゃ、ドワーフの王子様だろうって感じなんだけどな。」
勝手な感想にアティスは笑い出す。
「ドワーフには見えないよ。名前、ヒロキだって。」
「何だそりゃ。魚の名前じゃねーか。」
拾われた男は、自分の名前が出たので期待して視線を上げたが、マーシェは肩をすくめてそれを無視した。
サラとアティスに馬の世話を頼むと、ヒロキをちょいちょいと指で呼んだ。
「おい、迷子。ついてこい。」
マーシェの仏頂面に、ヒロキはビクビクしながらついて行く。
手近の露店で、この村の役場の場所を聞いて連れていく。
「まったく、なんで俺がこんな事。」
ぶちぶち文句を言いながら村役場を訪ね、そこにいた男に、森の入り口で拾った男について話した。
「こいつの連れがいないか探してるんだが。森で迷子になったらしい。」
しかし相手はかぶりを振った。
「聞かないねえ。」
さっきの広場に戻ると、ファラとリズベルも戻っていて、宿も取れたし料理屋の席も取れたと話していた。ただ二人とも、この辺りで行方不明になった男の方は収穫がなかったらしい。
「こっちもダメだ。手掛かりなし。」
「いい事もあるわよ。魔法屋があったの。意思疎通が図れるかも。」
リズベルが丸めた紙でぽんと手のひらを叩いた。
「効き目あるかな?」
「やってみないと。」
紙に書かれた古代文字を、リズベルが読み上げる。読み終わったと同時に紙は炎を上げて散り散りになっ た。
魔法の場がヒロキを包んだ。
リズベルが話をして、まとめたところによると、この男は異世界から来たとのことだった。
「異世界。」
思わず復唱する。
「冗談も休み休み言ってくれ。俺は面倒なんて見ないぞ。」
マーシェは手持ちの金の算段をして、しかめ面をした。ファラは肩をそびやかす。
「まあまあ。ずっととは言わない。」
「当たり前だ。」
どこの馬の骨ともつかないのに、連れて回るなど危険すぎる。
「そもそも異世界ってどこだ。そんなにあっさり来れるもんなのか?」
「本人はそう信じてるみたいよ。」
リズベルは小首をかしげる。ファラはうんうんとうなずいた。
「拾った物を、その辺に捨てていく訳にいかんだろ。ポイ捨て禁止。」
「・・・もう一回魔法買ってくる?」
リズベルがもう一度魔法屋に行くと、後の者はとにかく昼飯だ、と馬車を連れて飯屋に移動する。
「それで、何を話す?」
「そうだなぁ、まず俺たちがその異世界の入り口を探せるか、だが。」
ファラに言われてマーシェは眉根を寄せて考える。兄が別の街で待っているから、そんなに無駄な時間はかけられない。
「無理だな。」
「だったらあいつを、この町に置いていくか、ファーツェまで連れて行くかの二択だろう。あそこなら異世界とやらについて、知ってる奴がいるんじゃないかな。」
ファーツェはこの辺りで最大の魔法学校がある街で、古代語研究なども盛んである。リズベルの故郷でもある。
連れて行くなんて、絶対嫌だ。
飯屋に入って、ぶつぶつ文句を言っている間に、リズベルが戻って来た。
「買えた?」
「まあね。これで最後よ。使っちゃうと終わりだから、しばらく待って。覚えるから。」
「覚えられるものなのか?」
「なんとかなるでしょ。」
昼食をとりながら、今後のことを相談する。
「たしかに連れて行く選択肢もありね。ヒロキにはもう少ししっかりしてもらって。」
「どのみち自立は必要だしな。」
「お前ら暢気だなー。あんな細くて武器も使えなくて、言葉も通じなくて、ブサイクで、金もない奴、どーすんだよ。」
荷物持ちにも傭兵にも商人にも役者にもなれない。おまけに足も遅いし言葉も通じないから、使い走りにさえならない。最悪。お荷物。誰がそんな奴の面倒見るんだ。
マーシェが口汚く罵るのを、みなウンウンと聞いている。
「まあヒロキ次第だろ。」
「そうそう。ヒロキのやる気さえあればいいんじゃない?」
「お前らなぁ!」
「じゃあ、置いていくの?」
アティスに言われて、マーシェはぐっと言葉に詰まる。
「絶対大変だぞ。」
「とにかく、どうしたいかヒロキに聞いてみよう。」
1つ。この町に残って自力で森に戻る。
2つ。ファーツェについて来て、異世界の手掛かりを探す。ただしその場合でも、ファーツェ解散になるので、後は自力でなんとかする。
「結局自力じゃねーか。」
マーシェは呆れるが、ファラは悪びれない。
「神は自らを助くる者を助く。俺たちも、出来ない事は出来ない。」
ファラは戦神アレスの神官だから、その点は割と厳しい。
食後、予約した宿に向かいながら、マーシェは魔法少女に尋ねた。
「行けるか?」
リズベルに聞くと、うーんと首を傾げながら、さっきの魔法の巻紙をファラに渡した。
「じゃあやってみるから、それ私の声の届かない所にやってくれる?声届くと、燃えちゃうから。」
「やっぱり連れて行くのか。」
リズベルとヒロキが話をしている間、嫌そうにマーシェはヒロキを睨んだ。
話し終えたリズベルが、連れてってほしいらしい、と伝えた。
「どうせ十日ぐらいの旅でしょ。」
「何とかなるって。」
ファラが、マーシェの肩をポンポン叩いてマーシェはがっくりうなだれた。
「どうせそうなるんだから、最初からそんなに力一杯反対しなきゃいいのに。」
サラがあきれたように言った。
「はいはい。わかったわかった。とにかく俺は責任持たないからな。ファラが何とかしろよ。」
神官戦士は嘯いた。
「言ったろ?出来る事はする。出来ない事は出来ない。」
宿に着いてヒロキに着替えさせ、着ていた服を「ドワーフの王子様用に作られた服だ」と大嘘をついて、値をつり上げて売ると、ファラが口笛吹くほどの値段がついた。
「さすがだねぇ。」
「やめろ。」
嘘は気が咎めるが、異世界の服だと言って買ってもらえるか分からない。物は確かに良いんだから、なるべく高く売れたほうが良いに決まっている。
そこから服と宿代を引いて、ヒロキに返した。
「お釣り、お前が持っててもいいんじゃないか?」
「いつ異世界に帰るかわからないから、渡しておく。」
「律儀だねぇ。」
ファラがヒロキを連れて、買い物に出て行くと、マーシェはグッタリした。ベッドに寝転がる。
「あーもう、疲れた。仕事が余分に増えた。」
「そーねぇ。後はやっとくから、少し休んだら?」
「夕食まで寝てていいよ。」
年少組二人に言われて、マーシェは「じゃあよろしく。」と目を閉じた。その寝息が聞こえ始めると、サラを含めた三人は、部屋を出て外からドアに魔法で鍵をかけた。
「次の街まで山越えだから、しっかり用意しないとね。」
「あの服、あんなに高く売れたんなら、もう一枚ぐらい金貨取っといてもよかったのに。」
「兄さん、そういうとこ変に律儀なんだよ。」
この旅はアティスの長兄から旅費が出ているので、さほど心配はないものの、往復で何があるかわからないし、寄り道するなと念を押されているので、無駄遣いは出来ない。
面白くないので、ここはあの異世界人に期待する所だ。きっと何かやらかしてくれるに違いない。