当日の夕方 それぞれの世界
もう一度飛竜に乗って、今度は荒れ地に降りた。
「さー行くよ!」
ヒロキが括られて、またドンと突き飛ばす。
「ここ、当たりだと思う?」
ヒロキが消えると、アティスが聞いた。
「最初に会った所に近いよね。」
「近いったって、あれ出てきたの、森の中だったし。入り口どう移動するかわからないんだよね。」
サラが首を傾げる。
「戻れるといいよねぇ。」
「ていうか、早く元の世界に戻って欲しい。」
早くも飽きてきたサラは、握ったロープで八の字を作りながら、文句とも願いともつかない事をアティスに言う。
「アティスはこの後、家に帰るの?」
「さぁ。兄さんが帰るっていったら帰るけど。勉強途中だし。」
「学校行ってるんだ?」
「家庭教師。学校は、単位試験の時だけ行って、受けてる。」
へぇーとサラは感心する。
「それって役に立つ?」
言われて珍しく、アティスは苦笑いした。
「さぁ。どうなんだろう。」
「勉強、嫌いなんだ?」
「役に立たなくても、勉強は好きだよ。ただ学校の試験は、意味が分かんない。」
「そろそろ引っ張るぞ。」
マーシェに言われて、皆ロープを握る手に力を入れた。
「百!せーの!」
ぐいっと引き寄せてロープの先を見ると、今度もヒロキが括ってある。
「また違った?」
「ち、違った・・」
「うーん、なかなか当たらないなあ。」
「そんなに世界の穴ってあるんだ。」
ファラの突っ込みにリオンはうん、と頷く。
「今日中に行けるとこって、あと二つかな。全部で十五ぐらいあるんだけど。」
「穴だらけだな。ヒロキみたいにどこかから来た奴って、もっといるんじゃねぇ?」
「あー、いるいる。空につながってて、落ちて死んだのもいたよ。それはさすがにかわいそーだった。」
リオンはさらっと言うが、ヒロキは青ざめる。
「助けてもらえる異世界人って稀なの。君、幸運なんだよ。自分で思うよりもね。」
「肝に命じます。」
そりゃそうだ。あの時、もしサラが朝寝坊していなければ、あの街道は誰も通っていないはずだった。
ヒロキはさっくりオオカミに食われていただろう、とマーシェは思う。
こいつの運がいいのか。あるいは俺の運が悪いのか。
そしてまた次の穴へ。
マーシェは皆を見渡す。そろそろリズベルが危なそうだ。
つい連れてきてしまったが、長距離の移動は、疲労も大きい。日頃偉そうにしているので忘れがちになるが、客観的に見て華奢な女の子なのだ。
だからって置いてきたら、怒るだろうけども。
飛竜は今度も結構な時間飛んで、もう日が傾くころに、見渡す限り草原の中に降りた。
「大分来たなぁ。もう少しで猫人の領域だ。」
「寒い・・」
飛竜から下ろされたヒロキがぶるぶる震えている。何時間もまともに風を食らっているから、仕方ない。
「はいはい、いいから。こっちだよ。早くしないと、穴が移動する。」
リオンに引っ張られて、くくられて、皆がロープを持ったのを確認して、これで四度目、穴らしき方へ突き飛ばされる。
「あと、今日中に行けるとこってどこ?」
「ここから飛竜で北に半刻ちょっとかな。」
「そこで外れだったら、今日はもう終わりにして、どこかに泊まる?」
リズベルとアティスが、リオンと話している。
「今、三十三ぐらい?」
「四十二!四十三!」
マーシェが怒鳴る。リオンはうんうんとうなずく。
「助かるー。四十四、四十五」
「しかし何のために、古代人は世界に穴を開けたんだろうな。」
「向こうに行きたかったんじゃない? 滅ぶのが見えていたからさ。」
「行けたのかな?」
「かなりの人数が行ったよ。何千人とか。何万人とか。パヴィアは魔法王国の中心だったから、そこに住んでいた人はほとんど行った。ええと、四十九?」
「五十九!」
マーシェが怒鳴る。
「だから青大陸はむしろ他種族の勢力が強い。」
「そーなんだ。」
「えー。じゃあさ、ヒロキも魔法王国の人間の末裔の可能性があるって事だ。」
「まあね。可能性はあるよね。」
いらいらしたマーシェが話に割って入る。
「あのさー。ちゃんと数えろよ。」
「えー。マーシェが数えてくれてるんじゃないの?」
「知らねえよ!」
「じゃあ六十、六十一。」
「本当に適当だな。」
草原には鳥の鳴き声。飛竜を警戒して近づいては来ない。
マーシェはだだっ広い草原を見て、この先どうしようかと考える。
とりあえず兄の待つ町へ戻る。
このままいなくなったら、きっとめちゃめちゃ怒らせるだろうから。
でもその後は? 家に帰る?
ヒロキの優柔不断にイライラしたが、自分だって流されていると思う。
思わず肩を落とすと、その肩をバン、とファラが叩いた。
「パヴィアのアレス神殿にいるからさ、寂しくなったらいつでも会いに来いよ。」
「なんで寂しくなるんだよ。」
マーシェは手の中のロープを握りしめた。
「それで今、数はいくつなんだ。」
アティスとくだらない話をしていたリオンは、小首を傾げる。
「あ、七十・・六?七十七、」
「そんなんで、向こうで食われてたらどうするんだ。」
「それならそれで、仕方ないよ。」
「まったく。そろそろ引っ張るぞ。絶対百超えてる。」
せーの、で引っ張るとあまりの軽さに、皆わっと後ろにひっくり返った。
「やだもー。」
「重いよ、ファラ。」
よいしょと起き上がって、先を見る。
「あ、切れてる!」
「食われた?」
「ヒロキかわいそー!」
「バカ。見ろ。なんか括ってある。」
素材不明の細長い青い袋。
「あー。ほらなんか書くヤツが入ってた袋だ。」
「という事は、無事元の世界に戻れたって事か。」
「だな!」
ファラはウンウン頷いた。
開けてみると、前に見た変なペンが何本か入っている。
「よし、俺はこれで新しいペンを作るぞ!」
ファラの宣言にマーシェは笑い出す。
久しぶりに声を立てて笑った。
「儲かったら知らせてくれ。さあ、とりあえずファーツェに戻ろう。腹減った。」
とにかく一つ懸案事項は片付いた。
予定よりちょっと遅くなったが、こうなれば二日遅れようが、三日遅れようが、大した違いはない。
明日は一日、ファーツェでのんびり観光でもしよう。
街でうまそうな包み焼きの匂いがしていた。それでも食べながら。
【完】