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正生の蛮行 〜正しいことをする子〜

作者: 南山かげ

正義の”正”に”生”きると書いて正生(せいき)あなたの名前は白洲正生(しらすせいき)清く白く、正しく生きて欲しい。そんな願いを込めているのよ。


1限目- 正生の朝


ジリジリジリじりぃ〜ん。


目覚ましが鳴る数秒前に目が覚めました。


僕の名前は、白洲正生。8歳。現在小学3年生。今日も目覚ましに起こされる前に起きることができた。えらい、えらい。えらいぞ、僕。起きたらまずは、お布団を畳む。洗面台に行って顔を洗って、歯を磨いてからリビングに。


「お母さん、お父さんおはようございます!」


元気いっぱい、快活な声で、今日もご挨拶。


「さっさと食べな。」


僕は賞味期限切れのツナ缶と、殻が割れてしまっている卵を冷蔵庫から取り出します。冷たくて硬いご飯を冷凍庫から引き上げます。


フライパンでツナ缶と卵を炒め、ご飯もゴロンっと混ぜ混ぜ混ぜ。数秒炒めると、名前のない、けれども美味しそうな朝ごはんが完成しました。


食べ物は粗末にしちゃあいけません。生きとし生ける者の命を奪っているわけですから。ご飯も朝から炊くなんて考えられません。今も世界のどこかでは、飢餓や疫病に苦しむ幼子がいると前に見たニュース番組のお姉さんが言っていたことを思い出します。そして何より、育ててくれているお父さん、お母さんが稼いだお金を、それで買った食べ物を、少しでも無駄になんてできません。


「いただきまぁ〜す!」


満面の笑みで頬張ります。ムシャムシャと食べていると、たまにグチャッとかバリッとか音がするけれど、そんなことは気にしません。気にはなるけど、気にしません。


2限目- 正生と学校


僕には親友がいます。担任の柔井先生です。もちろん、隣の席の山田くんも後ろの席の南さんも、ガキ大将と呼ばれている峯田くんも、みんな、みーんな友達です。


柔井先生は、いつも僕に頼ってくれます。先生の口癖は「正生くんみたいにしなさい!」です。運動会の組体操の練習の時、背の順に中々並んでくれなかった双子の兄・佐藤くんや、引っ込み思案の炉端さんを叱るとき、いつも1番に並んでいる僕を指差して、ちょっぴり怖い顔をして、叱ります。彼らは少し可哀想だけれど、正しいことをしていないのだから、怒られて当然だと、僕は思います。


そんな楽しい学校生活ですが、中々話を聞いてくれないクラスメイトがいます。黒川くんです。いつもクラスでも、掃除用具が1番近い席に座っているのが彼です。


彼はいつも汚い服を着て、肌はガサガサで、えんぴつは愚か、ノートさえも持ってこない時があります。ひどい日は、トイレから帰ってくると全身びしょびしょで教室を汚したり、親友の柔井先生を困らせたりしています。


だから教えてあげました。なんでいつも汚いの?最低限の身だしなみは整えないと、そうゆうの不衛生って言うんだよ。ガサガサなのはクリームを塗ったら治るんだって。傷には絆創膏も忘れないでね。あと、忘れ物が多いから学校に来る前にちゃんと確認しなね。トイレで遊んでるのかもしれないけれど、先生がお掃除しなきゃならないから、これからは遊ばないでね。


そう伝えたのが1ヶ月前。まだ黒川くんは僕の話を聞いてくれません。涙の数だけ他の人も悲しむことを教えてあげないと。人が泣くと、それを見た人も暗い気持ちになってしまうから。だから僕はいつも笑顔を絶やしません。ニコニコ笑顔を続けます。


中休み- 正生とルール


僕には、お母さんが2人います。昔のお母さんと今のお母さんです。昔のお母さんは、僕にたくさんのことを教えてくれました。「信号は青になるまで渡っちゃいけません」とか「ご飯は残しちゃいけません」「人を悲しませちゃいけません」とか「ルールはちゃんと守りなさい」。その一つ一つが、大切な僕とお母さんのお約束です。だから僕は、それを守れない人がいると「教えてあげなくちゃ」と、すごくすご〜くやるせない気持ちになるのです。


今のお母さんとは、あまりお話しをしないけれど、ルールを破った時は厳しく叱ってくれる素敵なお母さんです。例えばこの前、お父さんじゃない男の人がお家に来た時「絶対この部屋は開けないで」と言って扉を閉めました。


でも、僕はどうしても勉強のために、鉛筆削りを取りたくて、そーっと扉を開けようとした時、大きな声で怒られて、頬をぶたれてしまいました。


「ごめんなさい、お母さん。僕がルールを破っちゃったのがいけないんだよね。」


僕は、自分がやってしまったことの愚かさを知って、すごく恥ずかしい気持ちになりました。その日は、ご飯を食べませんでした。次の日の朝も食べませんでした。お昼は給食だから、食べないわけにはいかなかったけれど、夜はほんの少しだけ食べて反省しました。


「ルールはルール。絶対破っちゃダメ」


昔のお母さんの言葉を、僕は今でも覚えています。


3限目- 正生と祖父母


お父さんのお母さんとお父さんとは、昔から仲が良いです。3つ隣の駅まで、たまにおつかいに出かけます。前に行った時は、お父さんがおじいちゃんにお金をもらっていました。おじいちゃんは、何かブツブツと念仏みたいなものを唱えていましたが、お父さんが頭を下げるとお金をくれました。なんて良い人なんでしょう。


今日は、お父さんがパチンコというお仕事で忙しいって言っていたので、僕が1人で行くことになりました。電車に乗るのは、これが3回目です。最初の2回は、前のお母さんと一緒に乗ったので、あんまり怖くなかったですけど、今日は僕1人なので頑張ります。


きっぷを買って、電車に乗ると、大きなベビーカーに小さい赤ちゃん、隣にお母さんがいました。


おんぎゃぁぅぁぁあぅ〜


突然赤ちゃんが泣きはじめ、耳の鼓膜がブルンブルンとなるのを感じました。まわりの人も、何だか悲しそうな顔をしています。スーツ姿のおじさんは、隣の車両に移動してしまいました。


おんぎゃぁー、ぁーう、あぁぁー


泣き止みません。ずっと続いています。


「電車では静かにすること。携帯電話とか、まわりの人の迷惑になるようなことはしてはいけないの。」


昔のお母さんが教えてくれた言葉です。


勇気を振り絞って、僕は赤ちゃんに言ってみることにしました。


「大きな声で迷惑になるよ!電車の中では静かにしなくちゃいけないんだよ。みんなうるさいって思っているからね。だから静かにしなさい。」


そう言って赤ちゃんの口を塞ごうとしたとき、隣で見守っていた母親が、鬼の形相で僕の左腕を掴み上げました。


「この子、なんてことするの。やめなさい!」


その後のことはあまり覚えていません。気づいた時には、僕は目的の駅で降りていました。


「あれれ、僕は正しいことをしたのに。お母さんとの約束を守ったはずなのに。おかしいな。」


少し考えた後に、考えることを辞めました。


だって正しいことをしたんだもの。


4限目- 正生とTwitter


僕は、僕の正しさを、母の教えを守り続け、そこそこの大学に入学し、そこそこの企業に就職した。就職先は、弁護士事務所。父にも母にも迷惑はかけられず、自分のアルバイト代と奨学金でやりくりをし、なんとかパラリーガルとして採用してもらえた。


中堅にしては、まわりの同級生に比べてまぁまぁのお給料をもらっている。奨学金の返済と、両親への仕送りを考慮すると、まだまだ足りないのだけれど。僕は、僕の仕事に誇りを持っている。正しくない行いをした悪人に「あなたは正しくないことをしたんだよ」と、誰よりも大きな声で伝えられること。「あなたは悪人だけれど、罪は償うことができるんだよ」と、曇りも淀みもない顔で言ってあげられること。この快感は、昔も今も変わらなく好きだ。


最近、SNSというものが流行って、Twitterというものをみんな利用している。会社にも、そういった類の相談事項が後を立たない。


最近こんなツイートをよく見る。


「まだ中学生ですが、教育実習の先生と付き合ってます。K-POPアイドルのユジンに似てて、私も彼も一目惚れだったみたい。2人で話している時に、気持ちが通じ合ったんだ。一生一緒だよ♡」


実に熱の籠った、愛のある投稿だ。その愛が真実の愛であるとは、到底思えない。そもそも、一目惚れというのが正しくない。正式な過程で、正しい順序を踏まえてお付き合いをし、子を為すべきなのに。


「親御さんの承諾は取れているのでしょうか。未成年が成人とお付き合いしていることがバレると法律的にも倫理的にも問題です。」


教えてあげた。全角で140文字、半角で280文字以内しか書けないこの媒体に少し物足りなさは感じるものの、僕の気持ちを伝えるには十分だった。


「大食い3.5kg完食!1人で食べ切ったよぉ。日本では、私とギャル曽根だけらしいw ちなみに一緒に来た男どもは半分も完食できてない、本気で男かよ。絶対付き合えないわ」


「男だから大食いだ、女だから少食だというステレオタイプな考え方はどうかと思います。また、食べ残しはどうされたのですか?今現在も、世界にはお腹いっぱい食べれない子が大勢いるのですが、その気持ち考えたことありますか?」


ルールを守らない人は叱らなきゃ、気づいてない人には教えなきゃ。お母さんとの約束を守らなきゃ。


今日も僕は、僕の正しさを貫く。亡くなった母と誓った幾つもの約束を。考えを。思考を。教えを。僕は忘れてはいけない。


正義の”正”に”生”きると書いて正生(せいき)僕の名前は白洲正生(しらすせいき)清く白く、正しく生きなければ。そんな願いが込められているのだから。

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