芽吹く前に刈り取った
機会をすでに失っていたの裏話。
「リーシャ様。お願いがあるのですが」
ユールヒェン侯爵令嬢ルイーゼは大切な親友が嫌だと思う事であるのは承知していたが、この面倒な事を頼めるのは彼女しかいなかったのでお願いする事にした。
「なんですか。ルイーゼ様」
ルイーゼの持ってきた新作のお菓子を試食しながら首を傾げる様が小動物の様で愛らしい。
それは婚約者であるユリウス様も同じように思っているのだろう。微笑ましげに見つめている。
女性だけのお茶会に男性が居るのはどうだろうかと他の女性なら一言言いかねない。というか、以前それを言った令嬢もいたが、その御令嬢はその後付き合いを控えさせてもらう事にしたのでそれ以後誰も言い出すことをしなくなった。
リーシャ様が聖魔法の使い手であるからこそその代償で身体をぼろぼろにしていたのを知らずに陰口を叩く令嬢が居たのでユリウス様が参加する事になったのだと言うのは知っていて当然の事なのだから。
(本当ならわたくしたちが守るべきなのでしょうけど……)
表立って守ると今度は公爵家と手を組んで国家転覆を企んでいるのかとあらぬ噂も立てる方々も居るので難しいのだ。
そんなリーシャ様は命を削る代償行為の聖魔法で身体がボロボロになっていたが、ユリウス様の見つけた回復薬で万全とは言えないが、昔ほどひどい状態ではない。
それでも一緒に学園に通えないのが残念にならない。
「実は、クラウス様が困った事を考えてらして」
「ク……クラウス殿下ですか?」
頬に手を持っていき溜息を吐きながら告げると、リーシャ様はクラウス様というのは誰の事かと一瞬考えて、それが第二王子だと気付いて失礼にならないように声を潜めて確認する。
「ええ。――わたくしという婚約者がいるのにも関わらず恋をしてみたいと言い出しているのよ」
恋をしたいのならすればいい。ただし、婚約者が居なければだ。
婚約者がいるのにそんな事を言い出すのは愚かとしか言えない。
「物語のような恋をしたいと憧れるのは女性だけだと思っていたけど、クラウス様もそんな事を考えるなど意外でしたわ。だけど、殿下の身分を考えると……」
婚約者がいる時点で足元を掬われる発言であるし、その言葉を誰かに聞かれてそれを邪な考えを持つ者に利用されないかと心配だ。
だからこそ。
「恋などという世迷言を考える前にその性根を叩き折りたいと思って、協力をしてもらいたいのです」
きらきらと輝く銀色の髪。
白魚のような綺麗な指先。
金色の瞳が神秘的でありながら可愛らしい印象を与える顔立ち。
自分の知っている中で5本指に入る美女。
それが今現在のリーシャ様だ。
「無理を承知ですが、クラウス様に一目ぼれされて、芽吹く前に失恋させてもらえますか」
「ルイーゼ嬢。それは……」
ずっと黙って聞いていたユリウス様が異議を唱えようと口を開くが、
「ユリウス様もいつまでもこんな可愛らしいリーシャ様が酷い噂の渦中に置かれているのは良しとしませんでしょう」
「っ!!」
老婆のような醜い娘。その心無い噂にどれだけリーシャ様が傷付いたのか。
「わたくしは悔しいのですよ。リーシャ様のぼろぼろの身体は多くの人々を助けてきた代償なのに、その行いを称える事なく、そんな事実を知らずに嘲笑する方々が!! リーシャ様を含む聖魔法の使い手の方々を感謝もせずに命を削るだけ削らせて、見殺しにする恥ずべき行為を!!」
手に持つ扇がミシミシと悲鳴を上げている。
そう。悔しいのだ。
高貴なる者のすべき事として誇るべき行いであるのに関わらずそんな事を知らない愚かな人々が多い事が。
「聖魔法の使い手の負担を軽くするための薬を研究したくてもいくら薬の研究のためだと通達しても毒草だからと規制されて僅かな量しか取り寄せられない現状を」
王族にいつかは嫁ぐ。その時はその規制を緩めるように働きかけるつもりだ。まあ、毒草、麻薬の材料になっているので許可制になるが。
「そんな方々の目を覚まさせてやりたいのです」
そう。わたくしの親友の素敵なところを見せつけたいし、愚かな視界が狭まっている婚約者の目を覚まさせたいという想いもある。
「でも………無理にとは……」
ここまで告げて、彼女は多くの人たちによって心を傷付けられて、誇るべき事も誇れなくなってしまった事を考えて難しい事だとわたくしがその立場なら断るだろうなと思って無理を告げたと反省する。
反省するが撤回はしない。
「――分かりました」
リーシャは緊張しつつも告げる。
「いいのですか……?」
「ええ。ユリウスがずっと傍にいてくれる場所でなら。それに」
そっと試食用のお菓子を手に取り。
「試食用のお菓子と理由づけて、栄養が取りやすい食べ物を毎回持ってきてくれる親友のルイーゼ様の頼みなのですから」
怖いだろうにそう気丈に告げてくれる様を見て、
「クラウス様が本気であなたを欲したら絶対止めて見せます」
と、誓う。
「そんなに愚かな方ではないと思いますが、ルイーゼ嬢が動く前にこっちが諫めますよ」
とユリウス様も告げたのだった。
で、舞台を卒業記念式典という場所を選び、そこで踊るリーシャ様とユリウス様の姿を見せつけた。
「彼女がリーシャ嬢だったなんて……」
ショックを受けているクラウス様の傍に控え。
「リーシャ様をあそこまで美しくさせたのはユリウス様ですよ。――クラウス様は」
クラウスの手に自分の手を重ねて。
「わたくしをあそこまで綺麗にしてくださりますか?」
と上目遣いに挑発するような試すような……期待するように告げた。
ごくりっ
唾を飲み込む音。
恋をしたいなどという愚かな事を言い出す事はもうないだろう。
自分の婚約者を綺麗にする事にこれからは夢中になるだろうと内心安堵しつつ微笑んだのだった。
ルイーゼ様に触れたくて。