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エピローグ

「おい! 例の魔物の反応が出たぞ」


 静謐な黄金宮グリトニル『調和の間』にてザイオンの慌てたような声が響く。

 同室で仕事をしている他の二人、アフロディアとフォルセティは調律者の報告を情報共有をしながらゆっくりとお茶を楽しんでいた。

 しかし、ザイオンの一言により、今までの気の緩みは無くなり一気に緊張感がこの場を支配する。

 ザイオンが言う例の魔物とは三人の間では一人の魔物しかいない。

 デーモニアで介入し、逃げられてしまった魔物。デルグレーネただ一人である。


 世界に介入し、その討伐対象にまんまと逃げられてしまったのである。

 管理者としてあるまじき失態。

 逃した経緯を含めて当時はかなり険悪な関係となったが、創造主の意向に沿って、お互いの気持ちは押し殺している。

 だが、一度崩れてしまった関係性は今でも尾を引いていた。

 その原因となった魔物の反応が出たとなれば、他の二名も何を差し置いても最優先事項とザイオンの元へ駆けつけた。


「どういう事です? 今どのような状況で?」


 フォルセティが珍しく責っ付いたように現状を話せとザイオンへ尋ねる。

 説明をしようと顔を上げたところで、その前をすり抜けたアフロディアはモニター画面の一番見やすい場所に割り込んだ。

 そうしてモニター画面から目を離さずにザイオンへ手で話すよう促す。


「……オートピアのある国を見ていた。調律者より魔物の危険な動きの疑いありと報告が上がってきたのでな」


 アフロディアの態度に些か苛ついたがいつも通りと諦め、小さなため息を吐いてから二人へ説明を始める。


「どうもこの地域で十七年前に起こった事件と関係があると連絡があった後、調べると言って潜った調律者と連絡が取れなくなってな。それで念のために観察をしていたら、いきなりヤツの魔力反応が出たという訳だ」

「なるほど…… しかし…… 何だか変じゃないですか?」

「見たところ彼女含めて魔物が二人…… いえ三人居るわね」


 アフロディアが広域を写していた画面から二箇所の部分を抜き出し、それを見やすいように二画面に投影した。

 

「残りの二人は調律者ということではないのですよね?」

「ああ、知らない魔物だ」


 三人とも画面を食い入るように凝視する。

 一つの画面にはラウラとアンダーサージが映り、もう一つの画面にはヴィートとマリウスたちが映っている。

 聞き取り辛いが、なんとか会話をしている音声も聞こえるように調整をするとフォルセティが『あっ!』と何かに気がついたようであった。


「なるほど…… どうやらこちらの魔物が十七年前にこの辺りで暴れた魔物のようですね」

「へえ、これが…… どうやってか知らないけど、生き延びていたのね」


 三人はマリウスを見たのは初めての事であった為、その容姿などは知らなかった。

 調律者の報告から、デーモニアから落ちてきたヴァンパイアが王国の騎士と魔法士により滅せられたとの報告を受け、その一件は特に介入するまでの重要案件へ至らなかったからである。

 もし、ニコラウスたちが討伐を失敗していた事実を、その時に現場で監視をしていた調律者が掴んでいたら、様相は変化していたかもしれなかった。

 

「どうやらそうらしいな。当時も同じ調律者がこの付近を監視していたので、魔物の存在にいち早く気がついたのかもしれん」

「ふ〜ん。その調律者と連絡取れないのでしょう? 自分のミスを取り戻そうと軽々に接触でもして、殺されてしまったのかしらね」

「……しかし、どういう訳でしょう? 何故そんな魔物が人間と親しく話をしているのは」


 三人はお互いの顔を見合わせるが、もちろん誰もわかるはずなく首を傾げることしかできなかった。

 しかし、その疑問もマリウスがニコラウスへした告白により三人は現状を理解した。


「何を話しているか聞き辛いですが、どうやら命の危機を感じた時に己の一部を切り離して逃げたようですね」

「ええ、それが彼女の前にいるもう一人の魔物ね。瀕死の魔物から切り離された魔物。両方とも生き残り別々の魔物となったみたいね」

「ううむ、かなり希少なケースだが、今までも魔物が分離したケースも有ったはずだ」

「そうですね、ただ…… 魔力の色は同じようですが、魂の色は全く違って見えますね。こんな事もあるんですね」

「……全くの別物に生まれ変わったということか?」


 フォルセティはマリウスとアンダーサージ其々を測るように、創造主より与えられ管理者が持つ能力『慧眼(えげん)』でその魔力を調べ、さらに魂の色を判別するため『慧眼鏡』を使用し、ザイオンの問いかけに頷いた。


「面白いじゃない。魔物として持っていた殺戮衝動や憎悪の感情を切り離したおかげで、いま人間と話している魔物は随分と魂の色が澄んで見えるわね。なるほど…… 魔物の種族ごとに持つ本能、特に凶暴な種族が生来から持つと考えられ、抗えないとされていた『闘争本能』と『殺戮衝動』は後天的な環境下で備わったということになるのかしら」


 アフロディアもフォルセティと同じように『慧眼鏡』をかけてその魂を調べた。

 その彼女の発言は今までの常識を覆すものである為に、おいそれと信じることはできない。しかし、ザイオンとフォルセティも目の前の魔物の魂を実際に見たからこそ彼女の発言に同意する。


「これは通常の状況下では再現できないケースでしょうね」

「ああ、死を前にして余程の憎悪を持ち、純粋にそれだけを切り離すなど故意にできるはずはないだろう」


 一人の魔物が自分の分身として劣化版の使い魔を作り出すことは珍しくない。

 しかし、自分と同格、いや下手をすれば格上の存在を作り出すなど前代未聞の話で有った。


「これは大変レアなケースよ! 今すぐにオートピアへ行って直接観察するべきよ!」


 アフロディアが興奮気味に提案するが、残りの二人は渋い顔をする。特にザイオンが。


「確かに希少なケースと認める。しかし我々が介入するにあたる『世界に影響を与え、終末へ加速させる事案』とは考えられない。こうして観察もできているのだから、我々が出向くこともあるまい」

「……まあ、そうなんですけどね」


 ザイオンはアフロディアの提案に正論を唱え拒否をするが、フォルセティは言葉を濁す。

 彼にしたらアフロディアの提案は管理者にとって非常に魅力的だ。

 変化のない世界をずっと観察している中で、このような希少なケースは、真面目な彼にも大いに興味を惹き起こさせる。

 直接、自分の目で確認したいと思うのも無理はない。

 

 しかし、ザイオンの言うことも分かる。

 我々は一つ一つの現象に頭を突っ込むことを良しとしない。

 世界の進化で分岐点となるような案件の場合にだけ介入を許されているのだ。

 今の状況は、世界へそこまでのインパクトは無いと言わざるを得ないのである。


「――! ザイオン! 貴方はまた私の邪魔をするの?」

「お前の知的好奇心を満たすために下界へ降りると言うのか? 我が儘も大概にしろ!」


 ザイオンの取りつく島もない態度に、もともと険悪な関係の二人はついに爆発する。

 アフロディアは座っていた椅子を派手に引き倒し、勢いよく立ち上がるとザイオンへ詰め寄る。

 その眼光は今にも攻撃を仕掛けそうなほど殺気を放っていた。

 ザイオンもアフロディアの気勢に負けることなく一歩近寄ると、彼女の怒りにギラついた視線から目を外すことなく横にあるテーブルを勢いよく叩く。

 テーブルの上あったカップとソーサーは勢いよく跳ね上がり、その中身を派手にぶちまけた。


 次にどちらかが動いた瞬間にそれは戦闘が開始される合図となる。

 まさに一触即発の緊張した状態の中、フォルセティの言葉が二人の興味を睨み合うお互いから、オートピアで起こっている状況へ引き戻した。


「デルグレーネ…… 彼女の様子がおかしい」


 ザイオン、アフロディアの両名にとっても彼女の名前は特別なようで、怒りを忘れたように元の位置に戻り、フォルセティが凝視している画面へ注意を向けた。


「どう言うことだ?」

「いえ、魔物の片割れ、どうもアンダーサージと名乗る魔物から彼女の周りの人間を守るような言動を……」

「しっ! 会話が聞こえない。黙って!」


 二人の会話を強制的に終わらせる。

 相変わらず自己本位なアフロディアの行動にお互いが目でため息を吐き、視線をモニター画面に移してその会話に耳を澄ます。

 

 ――「ふざけないで! もう私の家族は傷つけさせない」

 ――「おや? 私と貴女の力の差がおわかりでは無いのでしょうか?」

 ――「ええ、確かにお前の方が魔力も力も今の私より上ね。でも、私の命と引き換えにしてでも、お前は殺す――」


 三人は目を丸くして驚く。

 デルグレーネは、なんと『私の命と引き換えに』と言い放ったのである。


「確かオートピアの時間軸では六年ほどの経過しかしていないはずですよね……」

「あれだけ生に執着していた魔物が……」

「うふふふ…… やはり彼女は面白いわ」


 三者三様の驚きを持ってデルグレーネの発言をそれぞれが考える。

 彼女の真意がどこにあるのかと。

 

 オートピアに落ちて人間と交わることで、ここまで変化するのは何が有ったのだろうか。

 そもそもオートピアに落ちた魔物が、マリウスとラウラの二人のようにその性質が劇的な変化をすることなど無かったのだ。

 調律者になれるような魔物は、初めからオートピアへ適応できる素養を持っていたし、適合できない者たちは本能のままに生きて、問題になるようならその存在を消された。


「ねえ、貴方たちは今まで見たことがある? ただのエネルギーの塊でしかなかった劣弱な魔物が他者のエネルギーを喰らうことで意思を持ち、ついには自己犠牲の感情まで生まれた様を。そしてもう一人の魔物は、己の一部を切り離したことで二人の全く違った魔物へとなったことを」

「……確かに」

「…………」


 押し黙る二人へアフロディアは追撃するように捲し立てた。


「いま動かなければ折角の『進化の兆候』をむざむざ捨て去るものよ。果たしてそれが創造主の意思に沿ったものとなるかしら」

 

 考え込むザイオンとフォルセティ。

 そしてフォルセティがその口を開いた。


「確かに…… 今までに記録されていない事象です。そしてアフロディアの言う通り創造主の意思を考えれば……」

「…………」


 目を瞑り動かないザイオンへ、アフロディアが最後のダメ押しをする。


「あらあら、そう言っているうちにマリウスと呼ばれている魔物がもう一人の魔物に取り込まれてしまったわ」

「なんですって!」

「っ!」


 モニター画面の中では、マリウスを取り込むアンダーサージが映っていた。

 そうして主を取り込み、その力を増大させたアンダーサージをザイオンは険しい顔をして睨みつける。


「分かった…… このままでは巨大な力を手に入れた魔物アンダーサージがオートピアのバランスを崩すことだろう。今のうちに対処したほうが良いだろう。それに……」


 ザイオンが杞憂をし、口籠った事柄をフォルセティが引き継いだ。


「ええ、仮にですがデルグレーネがアンダーサージを飲み込んだ場合、かなりの力を手にすることでしょうね」


 ザイオンは深いため息を吐くと二人に確認するように尋ねた。


「それでは二人は介入するべき事案だと考えているのだな」

「ええ、もちろんよ」

「私も同意します」

「……分かった。私も同意する」

「それでは三人の同意が取れたため、オートピアへ介入しましょう」

「ほら、早く行くわよ!」


 素早い動きで準備のため動き出したアフロディアの顔には妖艶な笑みが浮き上がる。

 ザイオンとフォルセティもそれに続き、準備を整えるとオートピアへ繋がるゲートに向かった。


(ああ…… なんと素晴らしい……)

本日、お陰様で「流転する太陽 〜逃亡者編〜」の最終話を投稿することができました。

最後までお付き合いくだり、本当にありがとうございます。

心から感謝の気持ちをお伝えしたく思います。


始めての作品・投稿でしたが、色々と気付く事があり勉強になりました。


この作品の続きとなる「流転する太陽 〜帝都炎上編〜」を現在、執筆中です。

投稿まで少し間が開くかと思いますが、見かけた時にはチラッとでも読んでいただければ幸いです。


最後になりますが、長い間、お時間を割いてお読みいただき、応援してくださり、本当にありがとうございました。

重ねてお礼申し上げます!

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