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流転する運命 1/敗北

(何が起こった?)

(なぜ空を見上げている?)

(私は先ほどまで何をしていた?)


 「――ガハッ!」


 ラウラの心中を反映したような暗い曇天の空からポツポツと雨粒が落ちだすと、ジュっと音を立てて蒸発する。

 大魔法【デス・フレアダウン】の熱がいまだ燻り、アンダーサージに降り注ぐ雨が白い煙となって消えていった。

 頭の中に霞がかかったような朦朧(もうろう)とした意識の中で、アンダーサージはぼんやりと意識を取り戻す。

 ラウラの極大魔法をまともに食らい一瞬気絶したようであった。

 全身を走る激痛、そして自身の焼け焦げた肉体から放たれる異臭に意識は徐々に覚醒してきた。


(……そうだった、私は奴、デルグレーネの攻撃をまともに喰らってしまったのだ。 ……くっ、炭化したのか腕が動かん)

 

 顔も焼けただれ炭化した眼球を内部から押し出し、新しい眼球を作り出すと辺りを見回した。

 二つの眼球は、まるで別の生き物のように各々がぐるりと回転をし、自分が地面に仰向けになっていること、その地面が高熱によりガラス状に融解していること、そして横たわる自分へラウラがゆっくりと近づいてきていることを悟る。


(不味い…… 不味い、不味い! このままでは殺されてしまう…… 小さい蜘蛛にばらけて逃げる? いや焼き尽くされて終わりだ…… どうする…… 何か、な――)


 ぐるぐると眼を必死に回し続けるアンダーサージの視界の端に入った物、それを見つけた瞬間にニヤリと炭化した皮膚の下の口元が緩んだ。

 自分のアイデアに笑いを堪え、それをもって一か八かの賭けに出る。

 ラウラに悟られないよう炭化した皮膚の下で体を再生すると、真横まできたラウラの様子を慎重に伺う。


「……まだ息はあるのでしょう?」


 ラウラが問いかけてくるが、息を潜めて微動だにしない。

 蜘蛛が命の危険を感じた時にする擬死。

 仰向けにひっくり返り、覚醒していることを悟らねぬようにただ黙って。


「……そう。お前がしでかしたことを後悔させるために、意識のない状態で殺したくはなかったけど…… しょうがない」


 一呼吸おいてスッと眼下のアンダーサージに向けて右手を伸ばす。

 魔法発動の予備動作。

 しかし銃口を突きつけられたと言ってもいい状態でも尚、身動き一つしないアンダーサージ。


(ふん…… 誰が後悔などするものか。やはり甘いな。まだ息の根も止めていないのに悠長に時間をかけて…… その余裕が命取りだ)


 心の中で高笑いをしながら地中に伸ばした蜘蛛の糸を操る。

 ラウラの背後には、戦いで壊れた民家や村の裏手門の破片が散らばっていた。

 地中から糸を出し、柱のような木材を適当に絡め取り、無造作に投げ捨てる。

 ゴドンと重量のある音が響くと、アンダーサージから一切外さなかったラウラの視線が一瞬だけ外れる。


「バカが‼︎」


 言い放つと共にラウラの顔目掛けてに口から毒液を飛ばした。


「なっ⁈――」

 

 一瞬の隙を突かれたラウラは、毒液を大袈裟に避けることとなる。

 咄嗟に後ろへ回避しながら、眼前に手を持ち出し魔法障壁にて防御。瞬時に毒液を振り払い、アンダーサージへ顔を上げたラウラは瞠目する。

 目の前の光景が信じられず、顔面は蒼白となった。


「……お前 何を…… やって……」


 アンダーサージは、毒液を吐きかけたと同時に蜘蛛の糸を放出し、目的の場所まで瞬時に移動した。

 目的の場所、そこはヴィートが横たわっている場所。

 ヴィートを抱えると(おもむろ)に彼の体を糸で巻きつける。

 瞬きする間も無く、ヴィートの体は糸で覆われると、グイッとその体を引き寄せ自分の身を隠すようにラウラの方へ向けた。


「……ヴィト ……お ま え、何をしてるんだ⁈ すぐに下ろせ!」


 ラウラの低く震えた怒声が空気を振動させた。


「ククッ。やはり死体といえど気にするか」


 真っ黒に焼けただれ表情の見えない顔から嘲笑の言葉が浴びせられる。

 炭化した皮膚がポロポロと落ちると、口を半月状に上げてニヤけた皮膚の無い頬が現れた。


(思った通りだ。まだこの男の死を受け入れられてない。これは使える)

 

 咄嗟の思いつきが思った以上に効果があることを満足しながら、糸で巻かれたヴィートを前に晒してラウラへ近づく。

 歩きながら体を再生してみるが、かなりのダメージを受けて治らない。もう魔力も枯渇していた。

 片足を引きずり、よろよろと近づくアンダーサージに対して、ラウラは彫像のように固まって動けずにいた。


 お互いの距離が二メートルまで迫ると、アンダーサージがそのゆっくりとした歩みを止める。


「ねえ、ヴィトをどうする気? もう…… もう死んじゃっているんだよ……」

「ああ、綺麗な顔をしているが間違いなく死んでいるな。ほら、よく見てみろ」

「もう十分でしょ。ヴィトを下におろしてあげて……」


 ラウラの悲痛な願いに鷹揚に頷く。

 

「ああそうだな。十分に役に立ってくれたな。 ゔはははっ―― 死体ごとき、何を気にすることがある!」


 高らかに笑うとヴィートを抱き抱えながら大きく跳躍をするアンダーサージ。

 ヴィートの体を盾に目と鼻の先まで詰め寄ると、ラウラへ叩き付けるようヴィトの亡骸を放り投げた。


「ヴィト!」

 

 しっかりとヴィートを抱きとめるラウラ。

 その隙をついてラウラの後ろへ回り込み、彼女の肩口に牙を突き立てた。


「――うっ⁈」


 ヴィートを抱き抱えたまま片手でアンダーサージを振り払うが、既に手の届かない距離まで回避をしていた。


 「クククッ。馬鹿な女だ。すでに死んでいる人間を庇い、自分の身を危険に晒すとはな」


 右手の甲で口元を拭いながら、声を弾ませてラウラの行動を蔑む。

 

「魔物のくせに他者を思いやるなど弱者の証拠。音に聞こえた太陽の涙(破壊者デルグレーネ)、とは所詮は噂話でしかなかったようだな」

 

 アンダーサージはその牙から致死量までは送り込めなかったが、ラウラの体の自由を奪うのに十分な量の毒を注入していた。

 すぐに毒の効果はラウラの全身に回り、目の前の景色がグニャリと歪み、膝をがくりと折る。

 

「……このクズが」

「ふん、先ほどからキサマ自身が言っていたではないか。クズと分かっていながら隙を見せたキサマの負けだ」


 軽く両腕を開いて勝ち誇ったように顎をしゃくる。

 眼下には片膝をつきながらも朦朧としてフラついているラウラ。先ほどとまるっきり形勢が逆転していることに愉悦を感じていた。


「さて、本当はもっと(なぶ)って遊びたい所だが、私の体もキサマらのおかげで限界だ。なのでデルグレーネ、キサマを喰らって回復の足しとしよう」


 アンダーサージの勝利宣言とも言える言葉を浴びせられ、ラウラは殺意の篭った眼差しを向けた。

 絶対に許すことのできない存在が高笑いをしている。

 悔しさが溢れ出し、気が狂いそうになる。

 でもヴィートは……。

 怒りに震える喉から、必死に搾り出す。


「……ええ、しょうがない。私の負け。 ……最後にお願いがあるんだけど」

「いいだろう。聞くだけは聞いてやる」

「もうこれ以上、皆の体を傷つけるのはやめてほしい……」

「ん? それはお前が抱いている者と転がっている死体のことを言っているのか?」

「……そう」


 震える手でヴィートをさすり、アンダーサージの言葉に肯定の意を返す。

 アンダーサージはぐるりと周囲を見渡し、転がっているグスタフ達の死体を確認する。

 別に喰ってもよいが、所詮は死体なので余り回復の役には立ちそうもない。生きていればまた違うのだが。

 特に自分には興味がないことでもあり、早く話を済ませたいのか、素直に聞き入れた。


「ふん、最後まで他者、それも人間如きを気にするか…… まあよい、キサマのくだらない願いを聞き入れてやろう」

 

 アンダーサージの言葉を聞き、今まで強張っていた顔の表情を緩めると目を伏せながら頷く。

 思い通りに動かない腕で、抱きしめていたヴィートに絡まっている薄汚い蜘蛛の糸を力の入らない手で引きちぎると、なごり惜しむよう静かに地面へと横たえヴィートの亡骸に再びキスをした。


「……ここでは皆が傷つく。もう少し離れた――」


 ラウラが言い終わらぬうちにアンダーサージが液体のようなものを口から飛ばす。

 飛び出した白い粘液はラウラの体を包み、その勢いのままラウラを吹き飛ばして崩れかけた村の大門へ激突した。

 アンダーサージの口から放たれた、とりもちのような捕獲用の粘液であった。


「がはっ――⁈」


 勢いよく門の柱に激突し、そのまま貼り付けにされたラウラ。

 アンダーサージは、腹這いになり手と足、最後に残った一本の豪脚をつかい、まさに蜘蛛の姿で近づく。

 柱に激突をしてぐったりとしているラウラを慎重に観察して、危険がないと判断したのか先ほどまでと同様に二本の足で立ち上がり息のかかる距離まで近づく。


「リクエストはもう十分だな。さあ、喰い殺してやろう――」


 ラウラの顔を覗き込みながら、アンダーサージの顔が大きく変化していく。

 頬より上まで口が裂け、その大口からギラリと鋭利な牙が顔を覗かせた。

 醜悪な笑顔で舌をべろりと回し、今からの捕食を思い描く。

 まず相手に噛みつき毒液を注入する。

 そして内臓から筋肉に至るまでその毒液でドロドロに溶かして魔素と一緒に吸い上げることを想像して涎が溢れた。


 いま、その牙をラウラの首すじに突き立てようとした瞬間――。

 腹部に鈍い衝撃が走った。


「な に…… キサマ未だ力を残して……」

「お前も学習するべきだった。お前の出す粘液は熱に弱いということを。そして……」


 衝撃のあった腹部に目をやると、ラウラの真っ赤に燃えた両腕が脇腹へ突き刺さるように、がっしりと胴体を掴んでいた。


「まさか――」

「そして、お前自身が高熱に弱いということを!」

 

 ラウラの全身から黒い炎が立ち昇ると、瞬く間に二人を覆い尽くした。

 やがてそれはだんだんと漆黒から青白く光を放ち始める。

 死の抱擁―― ラウラ自身が炎を見に纏い、己と一緒に全てのものを焼き尽くす。

 アンダーサージにとって今の状況を的確に表す言葉であった。

 

「ギャァ――⁈ キサマー 毒が回っていたんじゃ……」

「そうだよ。だからお前が近くに来るのを待っていたんだ」

「ウァギャア――!」


 ラウラから逃れようと必死で暴れるアンダーサージ。しかし、ラウラの腕はアンダーサージの体内により深く侵入していく。


「アアアアア――」


 ガンガンとラウラの顔を両の拳で殴りつけ、腹や下半身を蹴ってなりふり構わず暴れる。

 ラウラの綺麗な顔は皮が裂け、血に塗れていったがその両手を緩めることは無かった。

 

「ギ、ギザマ―― 自分も死ぬつもりか――」

「……お前は決して生かしてはおけない! ヴィートや皆のため。そして、お前を生かしておくことで無慈悲に殺されていく人たち。そんな悲しい人たちをもう作るわけにはいかない‼︎」

「離せー! 離さんかー!」

「――諦めろ! この世界にお前のような邪悪な存在がいていい訳がない。死ね!」

「グァ――――!」


 ラウラがさらに熱量を上げる。これ以上はラウラ自身の体も耐えられない高温だ。

 数分もしないうちに内部から燃え尽きてしまうだろう。

 それを分かっていながら自分の死を覚悟して出力を上げた。

あと4話にて完結します。

ここまで読んでくださったことに感謝いたします。

そして最後まで応援いただければ幸いです!

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