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裏切りの代償 3/覚醒

「もうお前らの相手をするのは飽きた…… 死ね」

 

 アンダーサージの吐き捨てるような死刑宣告。

 村中に広がった家屋の延焼が火災旋風を呼び起こし、更に飛び火した家々を炎で飲み込んでいく。

 巻き起こる火の粉と焦げた匂いが充満するこの場所で、氷よりも冷たい言葉が響いた。

 

 因縁の余韻に浸るかのようにニコラウス、ラウラ、ヴィートへゆっくりと近づき、突き出したの掌の前で風が集まるように収束する。


「さらばだ……【スパイダー・ブレード】」

 

 硬質化した蜘蛛の粘糸を極度に空気を圧縮させて放つ。凶悪な風魔法の一種。

 極細の糸は鋼を超える強度を持ち、あまりの細さにその刃を視認することは難しい―― それを連続で目の前の三人へ打ち放った。

 

「――がっ⁈」


 ヴィートとラウラの前で膝立ちとなるニコラウス。

 一瞬にして彼の屈強な体から四肢が飛び散った。

 体の中心部分である胸と腰がズルリと切り落とされ、真っ赤な飛沫を上げながら地面へ鈍い音と共に崩れ落ちた。


 魔法の発動を感知したラウラは、グスタフから顔を上げてアンダーサージを一瞥すると白金色の瞳から光が失われた。

 これから起こることを想像し、受け入れた。

 死を覚悟したラウラはヴィートを抱きしめようと、横にいるヴィートへ腕を伸ばす。


(死ぬなら一緒に……)


 ヴートの首へ腕を巻き付け引き寄せる。

 しかし、愛する人(ヴィート)から勢いよく突き放された。

 まさか拒絶されるとは思わなかったラウラは驚愕したが、すぐにそれは勘違いであることが分かった。

 ヴィートがラウラを突き飛ばし、アンダーサージへ体を向けその攻撃から彼女を守ろうと己の体を盾にする。

 精一杯に両腕前へ突き出し、あらん限りの声を上げる。


「うわあああ〜〜〜〜〜〜‼︎」

「――ヴィト⁈」


 立ちはだかるヴィートの元へ、その凶悪な不可視の刃は獰猛に襲いかかる。

 凄まじいスピードで二人を通り抜け、ヴィートたちの首は、身体は切断される―― はずであった。


    ◇


 絶体絶命の状況、絶望的な局面。

 ヴィートは愕然とオッドアイの双眸を見開き、眼前の光景をただ涙を流しながら眺めていることしか出来なかった。

 敬愛する父グスタフの亡骸に(すが)り付き、嗚咽を漏らすラウラの体温を真横で感じて。

 最後の希望でもあった騎士団長のニコラウスは、全身全霊の攻撃を繰り出すもアンダーサージには通用せず。

 逆にアンダーサージから受けた反撃により虫の息となっていた。

 

(ああ…… オリヴェル、ニーロ、アルベルト達、そして親父…… 皆んな死んでしまった…… いや、死なせてしまった…… 俺はなんて……、なんて無力なんだ)


 暗澹(あんたん)たる闇が心を侵食する。

 自分には何も出来ない、何の力もないと。

 肩をがくりと落とし、目の前の惨劇をただ黙って見るしかない。

 全てを諦めかけたその時、アンダーサージが何かを言い放った気がする。

 理不尽な力を振るう凶悪な魔物はなんて言った? それは「死ね」とヴィートの耳に届いた。

 

(そうか…… 俺は死ぬのか……)


 自分へ死が迫り、今まさに死神の鎌が振り下ろされる事を理解すると、目の前がスローモーションのようにゆっくりと永遠にもにた感覚に陥った。

 氷のように冷たい殺意が辺りを支配し凍えるように身をすくめる。

 終わりの瞬間を悟り―― 左肩に感じる温もりがヴィートの瞳を引き寄せた。


 ラウラと視線が交差する。


 美しく白金色の双眸は泣き腫らして真っ赤に染まり、止め処なく溢れる涙は宝石のような輝きを持って頬を伝う。

 上目がちにして笑うように泣くように見つめてくるその瞳の奥に、彼女の想いが伝わるようだった。

 

 ――胸の奥で『ドクン」と身体を揺さぶるほどの鼓動、心臓が爆発するほどの衝撃で頭の先から指先まで熱い血が巡る。


 ぼやけていた視界がクリアになり、全身が(たぎ)るように熱く奮い立つ。


(ラウラ⁈ そうだ、ラウラがいる‼︎ ラウラがまだ生きているんだ! 諦めてどうする!)

 

 弱い自分を自覚しながら、怯えていた心を蹴り飛ばす。

 諦めて死を受け入れた覚悟を、吹き飛ばす。

 ヴィートは息を吹き返したか如くオッドアイの瞳に炎を宿らせ、須臾(しゅゆ)にして考えを巡らした。

 そしてヴィートは首から下げていたものを思い出す。


(これは――⁈)


 山中でのニコラウスとの会話を思い出す。

 

「ヴィト。命を救ってくれたお礼と言うわけでは無いが、これを貰ってくれないか」


 ニコラウスから手渡されたのは、地方の寂れた村ではお目にかかる事はない高価なペンダント。

 美しい紫色に輝く大ぶりの宝石が埋め込まれている。

 初めて見る宝石に目を、心を奪われてしまうほどペンダントは眩く綺麗であった。

 当然、ヴィートは固辞をしたがニコラウスの気持ちに応えるため、ありがたく頂戴したものだ。


(そうだ、あの時、ニコラウスさんは言っていた……)


「このペンダントはマジックアイテムなんだ。身に付けている者を加護するね。邪悪な存在から君を遠ざけ、守ってくれるはずだ。そして……、邪悪な存在へ…… いや、魔法士でもない君には無用だな。それと、物理攻撃や偶発的な怪我を守る物ではないので余り頼りすぎないでほしい」


(そう、ニコラウスさんは言っていた‼︎ 邪悪な存在から身を守れると)


 アンダーサージがその歩を止めて掌を突き出すと、輝く魔法陣が展開された。

 抱きつくように腕を伸ばしてきたラウラを背中へ隠すように押しやり、首から下げたペンダントを引きちぎる。

 両の手でペンダントを突き出し、全ての思いをそこに込めた。

 ラウラを守るように。ニコラウスの言葉を信じて。

 胸の奥から湧き出る熱く(きよ)らかな波動とペンダントが共鳴をする。――白く白く輝いて。

 ヴィートは絶叫と共にアンダーサージの放った魔法へ立ち向かった。

 

    ◇


 ヴィートが両の手で突き出したペンダントが弾け飛ぶ。

 耳を覆いたくなる不快な衝撃音。

 硬質な金属同士が激しく衝突したような高音が三回耳を(つんざ)く。

 ヴィートはラウラと共に後方へ吹き飛ばされ、(やぐら)の壁にぶつかりその勢いを止めた。


「――っ⁈」


 アンダーサージはヴィートの身体が切断される事なく、後ろへ吹き飛んだことに驚いた。まるで透明の障壁が自分の魔法を防いだように見えたのだ。

 ヴィートが手にしていたペンダントの効果だというのか。

 自分の攻撃を防いだ⁈ ただの村人の青年が⁈ 余りにも予想外。余りにも計算外。

 いや、それよりも――。


「グァアア…… バカな……」


 あんな人間如きに自分の魔法が防御されるなど微塵も思ってはいない。

 ましてや反撃をされるとは…… 驚きを通り越して、思考が停止するほど混乱(パニック)に陥った。

 そう、反撃とはアンダーサージの脇腹を貫くように『聖なる光【ホーリーランス】』がヴィートから放たれていたのだ。

 聖騎士のニコラウスは難なく切断し、その後ろで当たり前のようにバラバラになる予定だった村の青年ヴィート。

 その彼が防御魔法を展開し、(あまつさ)え反撃魔法まで放ってみせた。

 

 思いもよらない事態の連続に対応が遅れ、【ホーリーランス】をまともに喰らってしまった。

 アンダーサージからの攻撃を防御したのは、間違いなく村へ帰る途中にニコラウスから贈られた『破魔の首飾り』の力であった。

 しかし、このマジックアイテムの効果は一般的に魔法防御のみであり、先ほどのように『聖なる光【ホーリーランス】』を発動させるには魔法士レベルの魔力が必要であった。

 聖なる力によりアンダーサージへ一撃を与えたのは、ヴィートの想いに首飾りの真の力が解放されたためか、はたまた別の理由があったのか―― それを分かる者はもうこの場には居なかった。


 

「ヴィート――!」


 ペンダントの加護は二人を守ったかに見えたが、運悪くヴィートは傷を負い、首の動脈から大量の血を流していた。

 ラウラが取り乱しながらも流血し続けるヴィートの傷口を塞ぐように手を押し当てるが、容赦なく指の間から温かい血液はどんどんと流れ落ちていく。

 『破魔の首飾り』の力で背にしたラウラを守ることはできた。

 しかし、アンダーサージの攻撃を全て防ぐには魔法的効果が弱かった。

 一発、二発目まで威力を無効化できたが、三発目の刃は力こそ弱めることに成功したが、防壁は砕かれヴィートの首を傷つけてしまったのだ。

 もし、四発五発と刃が飛んできていたら、ニコラウスのように、その体は切り刻まれていただろう。

 

「お願い! 止まって! お願いー!」

「俺は…… 大丈…… 夫…… ラウラ…… 無事…… よか……」


 ラウラの悲痛な叫びとは裏腹に、安堵したような笑顔を見せるヴィート。

 しかし、どんどんと体が冷えていくのが分かってしまう。

 このままではヴィートはあと数分も持たないだろう。


「あああ、ヴィートが死んじゃう…… ああああ――」


 アルベルトたちの死、父親グスタフの死、そしてヴィートの…… ラウラの精神ヘ途方もないストレスが立て続けに襲いかかり、その心を犯し続けた。


「うあああああああああ〜〜〜〜〜〜〜」


 半狂乱となったラウラが叫ぶと、空気がビシビシと音を立てながら振動する。

 ヴィートの思いがけない攻撃にダメージを受けて狼狽(うろたえ)ていたアンダーサージも、ラウラに異変が起こっていることを感じる。


「――何だ⁈ なにが起こっている?」


 ホーリーランスに貫かれ焼けただれた箇所を押さえながら、片膝を地につけ周りの様子を探る。

 するとユラユラと黒いモヤのようなものが、村人の死体や草木から湧き立つのが見えた。


「……これは⁈ ――魔素か‼︎」


 至る所から湧き出す魔素。

 この村では短時間で大量に村人が殺され、アンデットとなった騎士たちも活動限界によりその動きを止めていた。それらの魔素や大きな負の感情エネルギーがこの村には大量に漂っていた。

 ユラユラと立ち昇る魔素とエネルギーは、やがて意思を持つようにある地点へ集まるように動く。


 それらは未だ絶叫を上げているラウラを中心として渦を巻き、止め処なく流れ込むように吸い込まれていった。

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