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裏切りの代償 2/別れ

 アンダーサージが喰らうことでマリウスの本来持っていた真の力が覚醒される。

 途方もない魔力が辺り一面を暴風のように吹き荒れさせた。

 暴風の中心では、アンダーサージの体貌がぐにゃりと溶け出す。

 主人と融合し、その存在を自身の方が主人と認めたからだろうか。いや、主人への強い想いが裏切られた事実を無かったことにするため、その姿で上塗りをする。

 やがて先ほどまでのアンダーサージとは少し変わった姿となり落ち着いた。

 双眸は大きく見開かれマリウスと共に特徴的であった赤い瞳は漆黒に濁り、冷え切って一切の光を吸い込む深淵の恐ろしさがあった。


「あなたー!」


 エレーナが悲痛な叫び声を上げる。

 ヘレナに抱き抱えられて近づくことはできないが、精一杯に腕を伸ばし愛する夫から差し出される手を待っていた。


「ふむ。お前はエレーナか。記憶はあるぞ。お前とのことは以前の私に大きな変化をもたらしたようだ。しかし今となっては何の感情も湧かん……いや、不快だな。貴様のおかげで崇高なヴァンパイアである我が腑抜けてしまったのだからな。くだらないゴミ虫である人間のくせして」


 手を伸ばしたエレーナに返ってきたのは、彼女を絶望させる言葉の刃。

 それは彼女の心をズタズタに切り裂いた。


「なんてこと…… なんてことを言うの!」


 ラウラが怒りで感情を爆発させる。しかしアンダーサージはなんの反応を示すことはなかった。


「そんな…… おお、マリウス…… お願い。元に戻って……」


 あまりにも非情な展開に、彼女を抱えてたヘレナもその力を抜き拘束から解いていた。

 エレーナはふらりと立ち上がり悲痛な声で愛する夫へ懇願する。

 アンダーサージは、そんな彼女へにこりと笑いかけ優しく手を差し出した。

 

「――死ね」


 掲げられた掌に光が収束し、閃光がエレーナたちへ向けて走った。

 爆裂魔法エクスプロージョン。

 目が眩むほどの強い光が炸裂し一瞬の静寂の後、爆風と石礫が四方八方へ轟音と共に襲い掛かる。

 直撃したエレーナは言うに及ばず、すぐ側にいたヘレナ、傷の手当てをしてもらっていたアルベルト、そしてミリヤムとエステルまでアンダーサージが放った魔法で包み込まれた。


 ラウラとヴィート、グスタフはその爆風に飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がったが、受けたダメージもそこそこに爆発のあった場所へ顔を向ける。

 

 もうもうとした土煙が薄らと消えるとそこは何も、誰も居なかった。

 一瞬、ほんの一瞬。

 先ほどまで確かにそこにいた。それが今は見る影もない。

 彼らが居た場所は、爆心地と誰が見てもわかるほど抉れていた。

 やがて大小様々な石礫と共に大きな物体がボトボトと落ちてくる。

 それは彼ら彼女らの体だったものが空から降り注いでいた。


「嫌〜〜〜〜〜〜〜〜‼︎」

「うぁぁあああああああああー‼︎」

「……あああ」


 未だ降り続けている石礫に混じった肉片。

 凍りついた空間を三人の絶叫が切り裂いた。


「貴様〜〜〜〜〜〜⁈ 許さん‼︎」


 大気を切り裂く大上段からの一閃。

 漂っていた土煙を彼方まで吹き飛ばすほどの剣圧で、ニコラウスが背後から斬りかかるが、見えていたかのようにその身を翻し距離をとって対峙する。


「聖騎士ニコラウス。お前の記憶も残っているよ。そう、最悪な記憶がな」

「そうか…… ならばその記憶通りにもう一度、貴様を屠ってやろう」

「くふふ。十七年前と同じだと思うなよ。それにお前は怪我をしているだろう。かなり酷い怪我をな」

「くっ……」

「その怪我の原因…… 自分の部下、それも最も近しい腹心に裏切られた時の気持ちはどうだった?」

「黙れ……」

「ハンスはお前に心底憧憬していたよ。そう魂からと言っていいほどな。しかし、もともと歪な育ち方をしたハンスは心も不安定だった。なので時間をかけゆっくりと彼の強い憧れを、憎しみの対象へとすり替えていったんだよ。いつしか彼自身、敬愛している団長をなぜ自分が憎んでいるのか理由が分からず狂っていってしまったようだがね」

「黙れ……」

「でもな、哀れなハンスを責めないでやってくれ。どうやら彼は死んでしまったようだ」

「――っ⁈」

「ハンスに付けていた私の使い魔の反応が無くなった。彼の心臓に同化させていたんだがね。彼が死んでしまっては使い魔も死んでしまったようだ。まあ、今となってはどうでもいいがな。どうだ? 自分を裏切った者が死んだんだ。嬉しいだろう?」

「黙れと言った――⁈」


 大地を揺らすような鋭い踏み込みと同時に、神速の刃がアンダーサージの頭頂部目掛けて振り下ろされる。

 音を超えた光の秘剣『ライトニングフラッシュ/迅雷一閃』

 ニコラウス必殺の剣技であり、彼が最強の騎士と言われる理由のひとつである。

 誰も防御すらできない、まさに閃光が駆け抜ける必殺の一太刀を全力で叩きつけた。


「なっ!」

「くふふふ……」


 背中から生やした蜘蛛の豪脚が六本。それがアンダーサージの頭部の上に折り重なる。

 まるで堅牢な城壁のように隙間なく積み上げられ、ニコラウスの放つ剣技で最大の破壊力を秘めた剣を硬質な破壊音と共に吸収した。

 無論、無傷では済まず、上から三本は切り捨てられ、四本目も途中まで刃が食い込んでいた。

 しかし、アンダーサージの頭部は傷ひとつなく完璧に攻撃を防いだのだった。


「やはり怪我のおかげで全力が出せないか? 以前、同じ技を受けた者としては剣のスピードが止まっているようだったな」

「――くっ!」


 止まっているように見えたなど、もちろん大嘘である。

 そう見えたなら避ければいいのだ。

 豪脚を四本も斬られ、失うなどありえない。精一杯の防御であった。

 しかし、現在の怪我をして万全の状態では無いニコラウスとの力の差を感じて、余裕を感じているからこそ出た言葉であった。

 

 剣を引き戻そうと必死に力を入れるが、びくともしない。

 斬り込まれた豪脚の傷口から膜のようなものが分泌され、剣を覆いガッチリと固定されていた。

 アンダーサージは頭上に残った剛脚をゆらゆらと揺らす。

 刹那、目の前のニコラウスを横薙にした。

 それは的確にニコラウスの胴体、ハンスに刺された傷口を抉るように直撃をした。


「グァアアア――⁈」


 軽い玩具のように宙へ吹き飛ばされ、二回、三回と地面へ叩きつけられバウンドをすると、まるで急な斜面を落ちるように勢いよく地面を転がる。

 やがてラウラたちの目の前まで吹き飛ばされてきた聖騎士は、もはや戦う力など残されていない瀕死の重傷を負ったのは明白だった。


「ニコラウスさん――⁈」


 蒼白となったヴィートが、その喉を破かんばかりの大声をかけるも応えることはできず、その口からは大量の血が吐かれた。

 小刻みに震える腕で起き上がろうとするが、すぐに崩れてしまう。

 ダメージは甚大で折れた肋骨が内臓に突き刺さっていた。

 口から溢れ出る大量の血液で咳き込み、肩で大きく息をする。

 その目は虚であり、激痛で気絶するところを必死に耐えていた。


「ニコラウス。必殺の剣を止められたお前の顔は最高だったよ。十七年の鬱積(うっせき)が晴れたようだ」


 そう(うそぶ)くアンダーサージの顔は薄気味悪い嘲笑を浮かべながら満足げに笑うと、その笑顔に一筋の黒い影が迫る。


「ウラァー‼︎」


 木材の砕けちる乾いて鈍い音が、アンダーサージの横っ面に響いた。

 グスタフが飛び込むように近づき、手にした角材を渾身の力で振り下ろしたのだ。

 渾身の一撃はアンダーサージの顔面を直撃し、その衝撃により角材は勢いよく砕け散ってしまう。

 

「この野郎ー‼︎ お前だけは…… お前だけは許さねぇ!」


 グスタフは折れた角材を投げつけると、腰に吊るしていたナタを振り上げ更にアンダーサージへと斬りつける。

 それをラウラが止めようと立ち上がろうとしたが、既に遅かった。


「お父さん! ダメー!」


 ラウラの叫びが響いた時、既にそれは終わっていた。

 鉈を振り上げたまま動きを止めるグスタフ。

 その背中へ黒く血に濡れた鋭利なものが突き出ている。

 アンダーサージの腰から生やした蜘蛛の豪脚がグスタフの腹を突き破っていた。

 先ほどの角材の一撃も顔面に入ったように見えたが、寸前のところでガードしていたため、派手に角材が砕けたのだろう。アンダーサージの顔には傷ひとつもなかった。


「ゴブっ――」


 ボタボタと腹を貫いた脚先から真っ赤な血が滴る。

 ピクリとその脚が動くと、まるで紙屑でも投げ捨てるようにグスタフを放り投げた。


「ふん、虫けら風情が」


 ドサリと地面へ投げ捨てられたグスタフは、小刻みに痙攣するだけで動くことはもうできなかった。


「親父――――――⁈」

「お父さん――――――――⁈」


 ラウラとヴィートの二人は地を這いつくばり、息も絶え絶えな最愛の父親の元へ駆け寄る。

 傷口を抑えようにも大きすぎて、溢れ出す血も内臓も抑えることができなかった。

 もはやなす術もない状態。

 口から泡のような血が滴り、虚な瞳が二人を探すように彷徨う。


「嫌――――⁈ お父さん。しっかりして!」

「親父‼︎ しっかりしてくれ‼︎」

 

 ラウラが握る掌にしっかりとした力で握り返され、グスタフの口が何かを言おうと唇を弱々しげに動かす。口髭の先端からは絶え間なく血が流れていた。


「なに? 聞こえないよ……」


 ラウラが優しく顔についている血糊や汚れを拭き取り、そのまま頭を撫でる。

 大粒の涙をボロボロと流し、二人はグスタフの口元に耳を近づける。


「う…… あ…… ヴィト、ラウラ…… 俺の…… 子…… になってく…… 幸せ…… だった」


 咳き込み、途切れ途切れだが精一杯の想いを口にするグスタフへ、大きく頷く二人。

 止めることなどできなかった。


「二人…… 互いに…… 信じ…… 一緒になれ…… 幸せ…… に…… 」


 不意に握っていた手から不意に力が抜ける。

 半開きの目は空を見上げているが、更にその先を見ているように固まっていた。

 そして、左目から大粒の涙が顳顬(こめかみ)を通り耳の後ろへ流れていく。


「おと…… お父さん…… 目を開けて! お父さん――――――‼︎‼︎」

「嘘だろ⁈ 親父…… 起きてくれ…… まだ何も…… 親父――――――――――‼︎」


 胸の中から全てを吐き出すような悲痛な叫び。

 叶わぬ願いと分かっていてもその願望が口から溢れ出た。

 その悲しき叫び声は村中に響き渡り、やがて消え去った。


「くくく…… 別れは済んだか? 皆、良い顔をしていたぞ」


 一部始終を黙って見ていたアンダーサージが満足するかのように大きく頷く。このような場面を見て笑うその姿は、まさに邪悪の化身そのものであった。


「……以前のマリウスはそこまでゲスではなかった…… 何が真のマリウス・ブラードだ…… お前はマリウスの皮をかぶった唯の外道だよ」


 ニコラウスが自分の大剣の元まで這いずり手にすると、それを支えにして片膝立ちとなる。

 もう動くことなどできるはずもないのに、アンダーサージに対して気迫のこもった鋭い眼光を浴びせる。


「面白いことを言いますね」

「別に面白くもないさ…… お前はマリウスから切り離され別の個体となったのだ…… 純粋な悪意の塊として成長したのだろうよ。そんなお前がマリウスの名を…… 語るんじゃない」

「くふふふ。何を言って――」

「お前自身が…… 分かっているのだろう」


 ニコラウスの言葉を受け、今まで笑顔だった表情がいきなり抜け落ちて人形のように表情がなくなる。


「……何が言いたい?」

「自分でも…… 分かっているのだろ? その残虐な衝動は取り込んだマリウスのものではなく、最初から持っていた己のものだと…… お前はどう足掻いてもマリウスにはなれないんだよ…… 信じたくは無いかもしれないが、裏切られた主人を憎んで殺し、己の存在価値が見出せなくなった一人の魔物アンダーサージ…… それがお前だよ」

「…………」


 ただ黙ってニコラウスを穿つほどの鋭い眼光で睨みつけるアンダーサージ。

 突き刺さるような鋭い視線から逃げようともせず、こちらも強い眼光で睨み返しながら、よろよろと立ち上がると、震える手で大剣を構えヴィートへ声をかけた。


「ヴィート…… 君たちを巻き込んですまなかった……」

「ニコラウスさん……」

「何とか君たちが逃げる時間を作れればいいのだが…… 少々厳しいかもしれん…… 先に謝っておこう。すまん」


 言い終わるか否かで構えた剣先がグラりと下がった。

 体力の限界、力尽きたようにゆっくり前に倒れていく―― そう感じた瞬間にヴィートの視界からニコラウスの体は消えた。

 気力を燃やし残った全力で最後の一撃をアンダーサージへ放つ。


「うおおおおー!」


 肩に担いだ大剣へ自分の体重全てを乗せて、まるで背負い投げをするように飛び込む。

 二撃目のことなど考え無い捨身の剣技。

 しかし、それは先刻繰り出したライトニングフラッシュのスピードに遠く及ばず……。

 

 造作もないように蜘蛛の豪脚にて剣の横腹を打ち払われ、ニコラウスの手から愛刀が弾かれるように飛んでいく。

 体もその勢いの投げ出された車輪のように回転をして吹き飛ばされた。


「――がはっ!」

「ニコラウスさん!」


 最後の力を絞り切ったが、全く歯が立たなかった。

 この現状をさも可笑しく楽しそうな笑顔で見ているかと思いきや、無表情のままのアンダーサージは右手を胸の前に持ち上げてボソリと告げた。


「もうお前らの相手をするのは飽きた…… 死ね」

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