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裏切りの代償 1/悪意に飲み込まれて

 十七年間、探し続けた主人に会えた。やっとお会いできた。

 そして今は最高の舞台が整っている。自分が思い描いていた以上の展開だ。

 

 主人の気配を探し、それを追いながら各地で血生臭い事件を起こす。

 いずれ主人も私の存在に気がつき目の前に現れてくれるだろう。

 今回は今まで以上に手をかけた。

 王宮騎士団の副団長に接触するなど危ない橋を渡ったのだ。

 ローグ王国とのきな臭い状況の中、彼を使い大きな戦乱の火種となるよう画策するために。

 

 これも思いのほか上手くいった。

 焦らずゆっくりハンスへ近づき、彼の内なる野望を狂気にすり替え徐々に頭の中へ侵食していく。

 今では、彼の唯一敬愛をしていたニコラウスを殺すことに、その人生を賭けるまで洗脳した。

 計画通りハンスにニコラウスを殺害させ、騎士団の団長へ昇進させ、隣国との戦争を扇動させる。

 全てがアンダーサージの思惑通りに、ことが進んでいたのだ。

 

 これから敬愛する主人の前で、無惨で無慈悲な殺戮ショーをお見せしよう。

 そう考えただけで心が沸き立つ。

 自分の力を主人にお見せできる高揚感が心地よい。

 アンダーサージは夢子心地であった。


「すまんな」


 何のことだ? なぜ突然として主人は詫びの言葉など口にしたのだろう。

 主人との再会を祝うために、これから血の雨を降らせ、叫び声と恐怖に怯えた人間どもの醜態を捧げるというのに。

 アンダーサージの高揚していた感情に、一筋の暗い影が伸びた。


 ゴンと左耳に鈍い音が響く。

 首が地面に落ちた音だと気がついたのは、目の前で立ち尽くす自分の体にあるべき筈のもの、そう頭が無かったからだ。

 そして視界の端では先ほどまでいなかった人物、騎士団の団長であるニコラウスが剣を抜き放ち構えていた。


『キサマは騎士団長! 何故キサマがここに居る? いやそれより我が主人、マリウス様は――』


 ゴロリと向きを変え主人の姿を探す。

 そこにはただ黙って己を見下ろしているマリウスの姿があった。


『マ、マリウス様……』


 状況が理解できず混乱するアンダーサージは、目の前に映る光景に衝撃を受ける。

 先ほどニコラウスを抱えて滝壺に落ちて行った村の青年が、マリウスに近寄り話しかけていた。

 目を疑いたくなる情景。

 なぜ主人が人間なんかと話をしているのだ。

 

 やっとここに来て自分の主人に裏切られたと気がついた。


「うぉあ〜〜〜〜、うがががぁあああああああああああ――」


 声帯が無いにもかかわらず、獣のような、いや地獄の底からの呪詛のような恐ろしい叫びを上げる。


『我が主人、貴方はこの私を裏切ったというのか! しかも下等なる人間に加担し私の首を跳ねさせたのか! 許さぬ! 主人といえ決して許されることでは無いぞ!』


 全てを理解し、アンダーサージの目からは血の涙が流れ落ちる。


 『まだ首を切り落とされただけだ。反撃は十分できる。キサマら全員殺してやる!』


 首は切り落とされたが体は動かせることを確認すると、青年と話しているマリウス目掛けて攻撃を仕掛ける。

 背中から生やした蜘蛛の豪腕にて全てを薙ぎ払う―― 筈であった。


「もうお前に手出しなどさせんよ」


 マリウスたちへ攻撃しようと首のない身体を動かした瞬間、ニコラウスは全ての蜘蛛の脚を切断した。

 全くの無防備。

 あまりの怒りに首を切り落としたニコラウスのことを失念してしまっていた。

 最後に最大のミスである。


「ギッ ザ マー!」


 ニコラウスはアンダーサージの身体も袈裟懸けに両断し、転がっている頭に剣の先端を押し当てる。

 ゆっくりと鉄の冷たさが熱く沸騰している眉間へ差し込まれると、やがてアンダーサージの視界は暗闇に染まった。

 最後の最後までマリウスへ憎悪の炎を宿した眼で睨みながら魔素となり霧散した。


「ラウラー! 大丈夫か⁈」


 グスタフに抱き抱えられているラウラの元へヴィートが滑り込むように屈み込んだ。

 二人の顔へ何度も視線を往復して確認するヴィートへ、ちょっとした笑いと共に声をかける。


「ヴィト…… 良かった。無事だったんだね」

「ああ、俺は大丈夫だ。 親父、怪我はないようだね。良かった。ラウラ…… ああ、傷だらけじゃないか…… それにその姿……」

「――!」


 ラウラは心臓がひっくり返るほど動揺した。

 そうだ、今の私は…… ヴィートに魔族本来の姿を見られてしまった。

 こんなの何も言い訳ができない。

 いや、もうミリヤムたちに魔物だと知られてしまったのだ。今さら言い訳など無駄だと諦めた。

 覚悟を決めて、しかし恐る恐る小さな声で話しかける。


「……あのね。実は……」

「すごく綺麗だ。それが本当の姿だったんだな」

「えっ?」

「髪の毛も凄い伸びたな。でもキラキラして綺麗だ」

「えっ?」


 グスタフが抱いていたラウラをヴィートへ預けると、その場を離れるように静かに立ち上がる。

 その顔を追いかけ目をまん丸くして驚いている愛娘へ、ニンマリと笑いながら爆弾発言をする。


「ああ、ヴィトもお前が魔物だと知っているぞ。その上で、お前と結婚がしたいとお願いされていてな」


 魔物だと知っていた? いや、そこじゃ無い。結婚したいって……。

 ゆっくりと視線を自分を抱きしめているヴィートへ移す。

 壊れた人形のようにぎこちない動きは、ギギギと音がなるようであった。

 視線をやっと戻すと、そこには真っ赤な顔をしたヴィートが真剣な眼差しをして自分を見つめていた。


(ちっ近い……)


「親父が先に言っちゃったけど…… 俺はラウラが何者でも関係ない。今は兄妹という関係だけど、いずれは夫婦となりたい! 好きだラウラ」


 爆発的に沸騰したような熱さが胸の奥から溢れ出す。

 先ほどまで感じていた痛みを掻き消すように鼓動が早くなる。顔が熱い。

 

 ラウラは何も考えられなくなるほどの衝撃を受け、頭から煙が出そうであった。

 まさか魔物と知られていて、その上で愛の告白とプロポーズである。

 今までの悩みは何だったのか?と叫びたい気持ちで一杯だった。しかし、すぐにまた別の感情が上塗りをしていく。

 それは単純に嬉しいということ。

 ヴィートがこんな自分を受け入れてくれた。そして好きだと、夫婦になりたいと言ってくれたのだ。

 こんなに嬉しいことはない。


「……私は魔物だよ」

「関係ない。ラウラはラウラだ」

「今まで騙してた」

「別に騙してたわけじゃないだろ」

「……迷惑をかけるかも」

「そんなのは関係ない! 二人で乗り越えよう」


 ついにラウラの頬には温かい涙が止めどなく流れていた。


「うん。私もヴィトが好きだよ」


 見つめ合う二人。

 徐々に顔が近くなっていく。やがてその唇が重なる――。


「まだ俺は許したわけじゃないぞ」


 グスタフが怒気を含んだ声で若い二人へ注意をする。

 驚き、今の状況を思い出して慌てて離れる二人とグスタフにガヤガヤと声がかかった。


「もうー! グスタフ叔父さん空気読んでよ!」


 肩を貸してもらいながら歩くアルベルトと支えるヘレナとミリヤムが、特にミリヤムがグスタフに文句をいう。

 アルベルトも肩口の傷を押さえながら苦笑する。


「本当ですぜ親方〜」

「な、なにー? 俺は――」

「はいはい、ちょっと退いてね」


 反論をしようとしたグスタフを軽くあしらい、ラウラの横まで来ると膝を折り手を握った。


「ラウラ、皆んなを守ってくれてありがとう。そして、今まで悩んでだんだろうね。苦しかったよね。気がついてあげられなくてごめんね」

「ミリヤム…… 私の方こそごめん」


 二人は軽くハグをするとミリヤムはラウラの耳元で何かを囁く。

 途端にラウラの顔はまた上気し真っ赤になった。


「な、な、何を言って……」

「まあ、素直におめでとうと言っておくわ。良かったわねラウラ」


 ラウラの頬に軽くキスをするとミリヤムは立ち上がり、ヴィートへ目でおめでとうと祝いの感情を伝えた。


「どうしたんだ? ミリヤムは何て?」

「ヴィトは知らなくていいの! あっ、エレーナさん」


 ヴィートの質問に慌てて話題を逸らすように、マリウスと共に近づいてきたエレーナへ話を振った。

 ヴィートに起こしてもらい、自らも歩いていく。


「エレーナさん、ご無事でしたか」

「はい、私は無事ですが……」


 エレーナは横たわるオリヴェルとニーロをそっと見やると黙って祈りを捧げた。

 それに続いてラウラとヴィート、マリウスと残党がいないか確認をするために少し離れていたニコラウスも同じように祈りを捧げる。

 やがて祈りを終えるとラウラが尋ねた。

 

「でも、一体どうしたっていうの? いつからマリウスさんと?」

「ああ、本当に偶然だったんだ――」


 ヴィートが掻い摘んでニコラウスとマリウスが共闘に至るまでの流れを話した。


「なるほどな。そういう訳か…… そうとは知らず随分と酷いことをいっちまった。すまん。そして皆のために危ない橋を渡ってくれてありがとう」

「いや、私に礼など…… 元はと言えば私が元凶で――」

「もう終わったことだよ。それに今は怪我人の手当やアンデッドが残っていないか調べるのが先決だ」


 謝罪の言い合いになりそうな雰囲気をヴィートが割って入ることで回避する。

 思わずニコラウスが笑いながらヴィートの想いを引き継ぐように場をまとめる。


「ヴィト、君は優しい男だな。さあ、彼の言った通りまだ終わってはいない。体が無事な者は負傷者を集め手当てをしてほしい。私はアンデッドが残っていないか見回りながらアンを探そうと思う」

「私も付き合おう」


 マリウスが見回りに同行することを申し出たので、ヴィートも同じように意思を示したが答えは認めないであった。


「ヴィト。君はここに来るまでに十分と働いてくれた。今は興奮して気がついていないだろうが、だいぶ疲れも溜まっているはずだ。まだ動けるというのなら、負傷者の手当を手伝ってくれ。それに」


 抱き抱えるようにしているラウラへ顔を向け優しく微笑む。


「彼女が君の想い人か。なるほど美しいな。今は彼女の側にいて、ゆっくりと手当てをしてあげなさい」

「ニコラウスさん…… ありがとうございます」


 男二人が何か分かり合えたような顔をしているが、ラウラはどうしても聞かなければいけなかった。


「あの、私は魔物ですが…… いいのですか?」


 そう、騎士の団長に魔物とバレたのだ。

 アン=クリスティンには問題ないと言われたが、事情を知らない騎士に知られればただで済むわけはないと覚悟していた。

 しかし、ラウラへ思ってもいない答えが返ってきた。


「ああ、君は魔物だな。でもヴィトの家族でこの村の住人なんだろう? 何の問題があるんだ?」

「ええ?」


 戸惑うラウラにヴィートが力強く抱きしめる。

 その意図を汲み取り、ラウラは嬉しそうに微笑んだ。


「わかりました。ありがとうございます」

「礼を言われることもないんだがな」


 笑いながら背を向けマリウスが待つ場所へ歩き出す。

 エレーナは担いでいた荷物を下ろすと、すでにアルベルトの傷口に薬草を塗っていた。

 薬売りとして各地を渡り歩いていたのは伊達ではなかった。


「さあ、我々は……」


 ニコラウスが声を掛け視線を移すと――足元に異変を感じ取る。

 極々小さい虫が地面を一列で行進していた。

 その先にはマリウスが準備を終えて立っている。

 ニコラウスの警戒度が上限を超え、危険を知らせるために有らん限りの大声で叫んだ。


「マリウス‼︎ 逃げろ! そいつは――」


 ニコラウスが叫ぶが、ほんの少しばかり遅かった。

 極小の虫、先ほど毒に侵されたアンダーサージの使い魔である蜘蛛。

 それらは互いに重なり合いその姿を大きくしていく。

 小蜘蛛はマリウスの足元から無限に湧いて出てくるように溢れた。

 やがてマリウスの足先から靴を上りズボンから這い上がると、一瞬にしてマリウスの体を覆い尽くしてしまった。


「な、なんだ⁈ この魔力は私の…… うわぁー!」


 瞬く間に顔まで覆われたもマリウスは、必死に手で振り払おうとするも余りの多さに追いつかない。

 魔法のような光が発せられたが、直ぐに消えてしまった。

 やがて穴という穴から蜘蛛は侵入し、もがき苦しむマリウスは声もあげることさえ出来ないくなっていた。

 立っていることもままならず、地面に身体をぶつけてもがくが、二、三度転がり周った後、ぱたりとその動きを止めた。


「マリウス……⁈ マリウスー‼︎」


 現状を理解できず皆が固まる中、エレーナだけが倒れたマリウスへ駆け寄ろうとしたが、ヘレナが抱きついて止めた。


「お願い! 離して! あの人が!」

「駄目だよ! あんたまで蜘蛛に集られちまうよ」

「お願い離してー!」


 エレーナの悲痛な叫びが聞こえたのか、全身蜘蛛まみれのマリウスが立ち上がった。

 いや立ち上がったように見えただけで蜘蛛の群体がその数を増やし盛り上がったのである。

 無数の蜘蛛は折り重なりぐにゃりぐにゃりと形を変えていく。

 それは大きなうねりとなり、やがて人型へと収束していく。

 突如としてドロリと小さな蜘蛛が液体化するように溶けて人の姿を形取った。


 ――先ほど滅んだはずのアンダーサージがそこに現れた。


 まるで見事な手品のようにマリウスから変化をしたアンダーサージは先ほどと同じ、いや一層と邪悪な狂気を増して背筋がゾッとするような悪寒と凄まじい重圧(プレッシャー)を撒き散らしている。

 自分の手や体をゆっくりと確認するように繁々と眺め、ブツブツと何かを呟いたかと思うと取り憑かれたようにゲタゲタと笑い出した。


 マリウスを吸収した……。

 

 夢に見ていた主人との融合。

 それは主従関係であった喜びと悲しみを痛烈に感じて、全身が痺れるほどの快感であった。

 愉快であり思わず笑い出してしまうが、心の奥底が変に寂しい気持ちといったところであろうか。

 

 主人であるマリウスを分解し飲み込んだ。

 己の中に取り込むことで、切り離されて足りなかった物が元通りに融合した幸福感と満足感に酔いしれる。

 そして地震に残るマリウスに裏切られた悲しみと怒り、吸収したマリウスの感情が流れ込む。

 複雑な思いが絡み合い、どうにもならないほど感情が爆発したものであった。


「くっくっく……」


 全身から影のような黒いモヤが立ち昇る。

 抑えきれない魔素が溢れ出している。

 喉を鳴らし濁った笑え声をあげているアンダーサージにニコラウスが叫んだ。


「貴様は先ほど私が滅したはず! いやそれより、マリウスをどうした?」


 ゆっくりと顔を持ち上げたその顔は、堪らなく嬉しそうに頬を緩ませてはいるが眼だけは深い海の底のように沈んでいた。


「……我が主人(あるじ)なら私と共にある」

「喰ったと言うのか⁈」

「喰った? いいや、喰ってなどいない。私たちがあるべき姿に戻っただけだよ。主人(あるじ)はお間違いになっていた。私との融合はお望みではなかったなんて。私たちは元が同一。拒絶をされたが所詮は自分を滅するための力を出せなかったようだ。……最後には身を委ね私との融合を喜んでおられたよ」

「ならばなぜ眷属である貴様の姿になった⁈ いや、なぜ貴様が生きていた⁈」

「私も主人(あるじ)と同じことをしたまでよ。首を刎ねられ裏切られたと分かった時、我が分身を地中に隠し本体としての核となる魔力を移しておいたまで。この姿になったのは、私の強い想いがそうさせたのかもな。……そう、私の中で裏切られた黒い怨念が主人を塗りつぶし、新たなるマリウスとして誕生したのだ。そう、私が真のマリウス・ブラードとして‼︎」

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