運命に導かれて 12/過去の精算
ラウラがアンダーサージと出会った頃、ヴィートとニコラウスは、南東にある村の小さな入り口に到着していた。
ここから少し南に行ったところには、村の正面玄関とも言える街道に面した大扉のある門がある。
通常は道幅も広く平坦なそちらの街道を通るが、森を突っ切り急ぎ最短距離を来たため、この地元の人間しか使うことのない小さな入り口に着いていた。
「なんてこった…… 至る所で火の手が上がっている」
「遠くで悲鳴も上がっているな…… やはり村も襲われたか……」
ニコラウスの言葉にギョッとして反射的に聞き返した。
「やはりってどういう事ですか⁈」
「ああ……、すまない。ハンスが裏切った段階でこの村は襲撃される可能性が高いと考えていた。アンを残していったからな。あえて君を不安にさせまいと考えてのことだ。すまない」
「……そうでしたか。それでこの後はどうすれば?」
「ああ、きっとアンがうまく立ち回って皆を守ってくれていると思う。まずはアンを――」
「あ! エレーナさん!」
家影から周りを伺うようにして恐る恐る出てきたエレーナを見つけたため、ニコラウスの言葉を遮る形で思わず叫んでしまった。
エレーナはこちらに気がつくとフードを目深に被った男の手を引いて走り寄ってきた。
「ヴィートさん、ご無事でしたか」
「エレーナさんこそ! 皆を見なかったですか?」
ヴィートの問いかけに目を伏せ首を横に振る。
その姿に申し訳ないといった気持ちが言わずとも現れていた。
「そうですか……」
「ヴィト、彼女たちは?」
ニコラウスが後ろから声をかけると、ヴィートは自分が彼の言葉を遮り勝手な行動をしたことを思い出した。
「あ、すみませんでした……」
「構わない、こんな時だ。それで……」
横まで歩いてきたニコラウスへ改めて二人を紹介する。
「こちらは旅人のブラードご夫妻です。昨日から家に泊まっている方たちです。エレーナさんとマリウスさん。こちらはニコラウスさんです」
エレーナは上品で丁寧なお辞儀をすると、ニコラウスもそれに合わせて丁寧に返す。
騎士団長という立場にありながら横柄な態度など微塵も見せない。
他人を尊敬し振る舞うからこそ己もまた尊敬される、彼のカリスマの一端が垣間見える。
しかしながら側から見ると王宮騎士団の団長という高い地位についている男とは思えないほど腰が低いので、一般の兵士にしか見えなかった。
後ろにいるマリウスはペコリと頭を下げ、フードから顔を覗かせはしなかった。
「ブラードさん、今この村で何が起きているか、分かる限りで良いのでお話しいただけませんか?」
ニコラウスが特にエレーナへ向けて話しかけるが、期待した言葉は帰ってこなかった。
「……すみません。私たちはヴィートさんの家で休ませていただいておりました。少し前に何か悲鳴なようなものが聞こえ、外が騒然となり…… 私たちは息を潜め様子を窺っていましたが、外の喧騒が一向に止まないため外へ出てきたところヴィートさんに声をかけられました」
「なるほど、分かりました。とにかく無事良かった。ではこれからどちらに?」
「えっと……」
エレーナが言い淀んだので、後ろで黙っていたマリウスがニコラウスからの質問に答える。
「何が起こっているのか私たちは分からないので、ヴィートさんには申し訳ないが一旦この村を出ようと――」
フードを右手でたくし上げチラリとその相貌を見せる。
ここで初めてマリウスとニコラウスの視線が交差した。
ニコラウスが驚きの表情を見せて固まり、そして話していたマリウスが絶句してその動きを止めた。
彼らが見たもの、それは十七年前に倒したはずの魔物と、自分を瀕死の淵に陥れた騎士の姿であった。
「お前はまさか…… 生きていたのか⁈」
「――⁈」
一瞬の視線の交錯から固まった体が弾けるように反応をし、お互いに距離を取る。
余りの急激な展開にヴィートとエレーナはついて行けず、今度はこの二人が事態について行けず固まってしまった。
「今回の騒動…… お前が裏で糸を引いていたのか‼︎」
素早く抜刀し、その切っ先をマリウスへ向ける。
その気迫は腹に大きな怪我をしているとは思えないほど凄まじく、先ほどまで一緒に時を過ごし彼のことを知っているヴィートでさえその重圧に恐怖した。
『話を聞いて! 誤解だ!』
ヴィートが間に入って止めようとするが、ニコラウスの殺気に押され動くことも声を出すこともできないでいた。
対峙しているマリウスは反射的に距離を取ったが、頭に被っていたフードを脱ぐと、ただ黙って首を横に振るだけであった。
逃げようともせず攻撃する様子も窺えない相手に、何かあるのかと注意深く周りを探るがこれといって怪しい気配はしない。
「なんだ? 何を狙っている? まさか観念しているということもあるまい」
問いかけておいて自分で言った言葉がある筈ないと自嘲気味に笑う。
しかし、剣先を向けられながらも記憶の中にある暴虐のかぎりを尽くした魔人とは程遠い穏やかな顔をしていることに首を捻る。
すると今まで黙っていたマリウスが突然口を開いた。
「……これが運命というやつか。この村に訪れてから特に感じるな。大人しく十七年前に殺されていればこんな事にはならなかったのだろうが……」
チラリとエレーナを見やると視線をニコラウスへ戻し、両腕を大きく広げて先ほどまでとはうって変わった殺意を込めた凄みのある声で答える。
「十七年前の因縁をここで断ち切ろう!」
ビリビリと全身を揺らす叫びにニコラウスは瞬時に反応し、待ち構えているマリウスへ飛び込もうと地面を蹴る足に力を込めた。
「やめて――‼︎」
瞬間、何者かが横から飛び出し降ったりの間に割って入ってきた。
それは顔を涙でぐしゃぐしゃにしたエレーナであった。
思わずニコラウスも飛び退き、その場に静寂が訪れた。
「……エレーナ。お前は……」
大きく両腕を広げ自分の体を盾に愛する夫を守ろうとしたエレーナは、興奮のために息も荒く碌に話せそうにない。
そんな妻を優しく後ろから抱きしめると、二人して崩れ落ち強く抱きしめあった。
「うう〜〜〜〜 ……あなた」
「無茶をするんじゃない。怪我をする…… いや死ぬかもしれなかったのだぞ」
「すみません。でもあなたが死ぬ気だとわかって。私も一緒に連れて行ってください」
「エレーナ……」
抱き合う二人を眺め、状況が飲み込めず唖然としているニコラウス。
そこへ一人蚊帳の外で唖然としていたヴィートが我にかえると歩みより、昨日あったグスタフとの因縁、この村に訪れた経緯を説明することで一旦の落ち着きを取り戻すこととなった。
「なるほど…… 大体の話はわかった。しかし、にわかには信じがたいが……」
「俺は信じますよ。さっきも言ったでしょ。昨日の夜も贖罪のためその命を差し出そうとしたんですよ」
「しかし、あの時のヴァンパイヤが……」
腕を組んでヴィートの話を聞くニコラウスであるが、やはり素直に信じることができない。
ため息を吐きながら、肩を寄せ合っている二人を眺めていると、ふと可笑しさが込み上げてきた。
(実際に目の前で見えているものを信じず、己の思い込みにのみ固執するのか…… これでは宮廷の老人たちのようではないか。俺はいつから……)
ニコラウスは宮廷での日々を思い出す。
何かにつけて文句を言われ、新しいことを取り入れず旧態依然で辟易することも多かった。
その多くが排他的な老人の新しいものを禁忌する体質によるものだと、昇進したばかりの時は悪態をついていたものだ。
この国を新しく変えなければならないと意気込んでいた自分も、いつの間にか新しい価値観を受け入れられない老人側にいたことを思い知った。
「……わかった。ヴィト、君を信じよう。それに自分の身を犠牲にして守ろうとした彼女を見れば、今の奴がどのような者か自ずと分かる」
「ニコラウスさん」
渋い顔をして考え込んでいると思ったら突如として笑い出した。
その感情の変化に戸惑っていると、先ほどまでヴィートに向けていた優しげな表情で信じると彼の口からこぼれた。
信じてもらえた嬉しさで飛び上がりそうになったが、今はそんな場合ではないと頭はすぐに冷静になった。
「じゃあ、俺たちは先に行きましょう」
「そうだな……」
ヴィートへ返事を返すと、ニコラウスは肩を寄せて抱き合う二人の前へ立つ。
「マリウス…… 今は貴様のことを信じよう。しかし、貴様のした事は決して許されるものではない。この騒動が終わり次第、それなりの償いはしてもらう。……それがどんな形でもだ」
王宮騎士団団長としてのニコラウス、その矜持を持ってマリウスへ告げる。
鋭く光るブルーの瞳の奥にニコラウスの想いを感じ入り、マリウスはその視線を外す事なく大きく頷く。万感の思いを込めて。
「よし…… では行こう」
今のマリウスに裏切るような危険はないと判断をして、騒動の元凶へとニコラウスは急ぐこととする。
では、と簡単な挨拶をして歩き出した二人にマリウスから声がかかった。
「待ってくれ、いや、待ってください。少しだけ私の話を聞いてください」
何処か決意に満ちた声に立ち止まると、ヴィートと顔を見合わせてから振り返る。
「マリウスさん。何か知っているのですか?」
この状況で先を急ぐ二人に声を掛けたということは、何かあると考えるのが当たり前だ。
ヴィートはすぐさま反応した。
「今回の騒動…… 多分ですが私の眷属が絡んでいると思います」
「……時間が惜しい。聞きたいことは山ほどあるが、簡潔に話してくれ」
ニコラウスはマリウスの前に歩み寄り、片膝をついて先を促した。
「……十七年前に貴方から致命的なダメージを受けた私は、体の一部を切り離し野に放ちました。あのまま死んだとしても復活するための贄となるためのものです。それが今回の騒動を起こしています」
「ええ⁈」
驚くヴィートを制してニコラウスがマリウスへ先をつづけるように頷く。
「通常は眷属として生み出したものより下等で能力も劣る使い魔のはずでした。しかし蜘蛛を核として生まれた眷属は、恐るべき成長をみせ、高い知能と大な力を持つ一人の魔物となってしまいました。死の直前で私の恨み、怨念が強かったからかもしれません。先ほど体の一部と話しましたが、心の一部、この世を憎むすべての憎悪を切り離したような気がします。だから今の私には以前持っていた強烈な殺戮衝動など無くなったのでしょう」
「なるほど。……辻褄は合うな」
「以前、ヤツの姿を見たときは震え上がりました。魔力を抑え近づいて分かってしまったのです。純粋な悪意の塊であるヤツを取り込んだら私が私で無くなると。それ以来、私たちはこれまでもヤツの気配を感じる度に居を移し逃げていました。この村に来たのも少し前から気配を感じて逃げて来たからです」
「……なんてこった」
「すみませんヴィートさん。こんなことになるとは」
「私たち騎士団もこの村に来たことも原因の一部だろう。すまない」
二人から謝られ慌てて首を振る。
「いえ、今俺に謝られてもどうしようもありません。で、どうしたいのですか?」
確信をついたヴィートに、マリウスは決意のこもった瞳で答えた。
「すべての因縁を清算します。私の半身である魔物を倒せばこの騒動も治まるかもしれません。それに…… 私が生み出してしまった。悪意の塊として成長させてしまったヤツのためにも、私が直接手を下すのが筋というもの。しかし、今の私には当時のような力は無くなってしまった。どうか力を貸してください」
「こちらにとっては問題ないが……」
「自分で生み出しておいて勝手な言い分だと自覚しています。今まではヤツの影響を受けて私自身が変わることが怖かった。エレーナとのことを忘れ、また元のように暴虐の限りを尽くすのではと。しかし、変わることはないと確信しました。そして何より自分自身で決着とつけなければ彼にも申し訳ない」
頭を下げて頼み込むマリウス。
過去の自分と精算する為にアンダーサージの討伐を決意した。




