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運命に導かれて 9/油断

 王宮騎士団副団長のハンス・オーベリソンは苛立っていた。

 魔法士であるアン=クリスティン・ティレスタムと戦闘を始めて数分以上経つが、防戦一方の状態。

 アン=クリスティン目掛けて剣を振るうこと、いや近づくことさえできないでいた。


「ちぃいいい――⁈ 小賢しい!」

「ふん! あなたが馬鹿なだけよ【ファイア】!」

 

 距離を詰めようとすると、目の前で小爆発が起こり、少しでも怯むと煙で視界の悪い中から氷の矢が飛んでくる。

 ならば目眩しの小爆発を気にせず突進すると、先ほどまでの小さな爆発ではなく殺傷性の高い高熱の爆発を起こす。

 まさに変幻自在に魔法を操り、ハンスの足を釘付けにしていた。


(まさか未来が見えている? ……いや、そんなはずは無い。私の動きを先読みして魔法を時間差で発動しているのか。厄介な…… 対峙してみて改めて彼女の強さが分かったな)


 左腿の傷口を確かめる。

 戦闘を続けながら回復薬を振りかけたおかげで多少は出血を抑えられているが、依然としてダメージとしては大きい。

 先制攻撃を外され、逆にダメージをもらってしまったハンスは、早めに決着をつけたいと考えるのは当然のことだろう。

 対してアン=クリスティンは、徹底して遠距離からの攻撃パターンを崩さない。

 自分が有利な立場にいることを理解し、冷静に現状を分析していた。

 時間をかけ、ハンスの体力を削り必殺の一撃を繰り出す隙を窺っているのだ。


(一度、距離を取りこの身を隠すか……)


 ハンスが一時的に撤退を考え行動に移す。

 正面を見据えながら、怪我をしていない右足で勢いよく地面を蹴ると後方上空に飛んだ。


「なぁに? この期に及んで逃げるの?」

「逃げるんじゃありません。一度体制を――」


 後方に飛んだハンスの背中に轟音と共に大きな衝撃が叩きつけられた。


「――な⁈ ガハッ……」


 なにも無い空中での大爆発、それはアン=クリスティンの魔法攻撃、ディレイマジック・エクスプロージョン。爆撃機雷。

 超人的な脚力で民家の屋根を超えたハンスは、中空での爆発により超えたはずの屋根に叩き落とされ、ゴロゴロと転げると地面に叩きつけられた。

 無防備な背中からの攻撃に、ハンスは驚愕と共に大ダメージを受けることとなってしまった。

 

 「ぐうぅ…… ここまで私の行動を読んでいたというのですか? これでは本当に未来が見えているのではと感じてしまいますね。アン=クリスティン・ティレスタム…… 戦いにおいて、さすが王国随一の魔法士ですね」

「あら、貴方から褒められるとは思わなかったわ。賛辞は素直に受け取りましょう。そして観念して投降しなさい」


 剣を杖にして膝立ちとなるハンスに、笑いながらアン=クリスティンは返礼をする。

 油断なく少し離れた場所で見下ろすように見つめるアン=クリスティンと地面からやっとのことで起き上がるハンスとでは、誰もが見ても勝敗が決したかに見える。

 爆発と落下のダメージは大きく、剣を持つ右手が震えていた。

 もう力もほとんど残ってはいないだろう。


(これで観念してくれるといいんだけど)


 実のところアン=クリスティンも内心では焦りを覚えていた。

 ハンスの先制攻撃をかわし、上手く戦いの主導権を取りながら攻勢に進めていた。しかし、決定打が決まらない。

 さすがは副団長を任される程の強者である。

 ハンスが手傷を負っているので、長期戦にすれば自ずと勝ちは見えてくる。

 だが、魔力にも限界がある。長期戦をするためには全てで全力戦闘とはいかないのだ。

 

 魔力を抑え、地味ながらもダメージをコツコツと蓄積させる。

 そして繰り出されるハンスの鋭い攻撃を回避して、距離を一定に保ち攻撃を再開させる。

 研ぎ澄ました神経はすり減り、かなり限界まで来ていた。

 あと少し我慢比べで彼が先に音を上げなければ、形勢は逆になっていたかもしれない。

 

「さあ、剣を捨てなさい。そして何を企んでいたか正直に話しなさい」


 アン=クリスティンは話をするためハンスにほんの少し近寄る。

 いつでも魔法を打てるというように、ワンドを向けて少しも油断はしていない。

 そんな彼女を見つめるハンスの顔も、余裕の仮面が剥がれ苦々しい顔となっていた。


「あら、やっと人並みの感情が湧いたのかした?」

「私は至って普通ですよ……」

「よく言うわね。他の人たちは貴方のことを優しく正義感に溢れた好青年だと評価していたみたいだけど…… 私は初めて会った時から気がついていたわ」

「……何を言って」

「初めて会った時、貴方の瞳の奥に怪しい炎がちらついていたもの。利己主義であり排他主義…… それもとびきりのね」


 アン=クリスティンの言葉にハンスは双眸を大きく見開き、堪らず声を出して笑う。

 

「……ふふふ―― あはははは」

「本当のこと言われて嬉しい?」

「――ええ、そうですね。アンの言う通りです。私はいつも考えていました。なぜこの世には価値のない人間が大勢いるのだと。子供の頃からずっと思っていました。ですが、こう考えたときに全ての答えが出たのです。私以外の人間は全て私のために生き死んでいく。私の糧となるために存在しているのだと。だから他人へ優しくできるようになったのしょうね」

「最低ね…… と言うか、子供の頃から歪んでいたのね」


 呆れたようにハンスへため息交じりに返答をするが、何も気にした様子もなく心の内を(さら)け出す。


「ただ、そんな私にも特別だと思わせる人物がいました。そう、ニコラウス団長を王国剣術大会で見たときは雷に打たれたようでした。それまでも私より優れていた人間には出会いましたが、手の届く存在であり、いずれその能力を追い越してしまう。しかし、団長は違いました。いわば高次元の存在であり、決して超えられない存在を初めて知ったのです」

「だからニコラウス団長の下に志願したっていうの? 案外可愛いじゃない」

「ええ、あの人の側でその強さの理由を知りたかったのです。そして、私の手で殺したいと心底思いました」

「……前言撤回。やっぱり最低だわあんた」


 アン=クリスティンは、舌を出して心底軽蔑した表情を作ると吐き捨てた。

 唾棄されてもハンスは、満面の笑顔で話を続ける。


「私が望んでも到達しない高みにまで登ったニコラウス団長。しかし、ついにこの手で殺すことができました!」

「――⁈ ハンス、あんた!」

「本来であれば正面から戦って殺したかったのですが…… あれ? 私は団長を負かした…… そう、私は、とうとうニコラウス団長を超えたのです!」


 一瞬だけ顔を歪めたハンス。

 それを確認し、おかしな言動をとる彼にアン=クリスティンは一つの確証を得る。


(やはり洗脳かそれの類で頭をいじられているみたいね…… ハンスの裏に誰かがいることは確実だわ。とりあえずハンスを無力化して相手の出方を見るしかないか)


 頭の中で現状を整理したアン=クリスティンは、さらなる情報を引き出そうとハンスへ問いかける。


「ねえハンス、どうせ貴方は卑怯な手を使ってニコラウス団長を手にかけたのでしょう? それのどこが団長を超えることになるの? 貴方は誰かに命令されてたんじゃないの?」

「何を言って…… いや確か…… ううぅ」


 額を抑えて喘ぐハンスであったが、すぐに顔を上げるとそこには何の感情も感じられない無表情のハンスが訥々(とつとつ)と語り出した。


「皆を休ませ…… 油断したところをアンダーサージ…… 蜘蛛たちが…… 襲う」

「アンダーサージ? そいつが黒幕?」

「――うう⁈」


 頭を抱えしばらく黙り込むと、何事もなかったように晴れやかな顔つきでハンスが顔をあげた。


「団長が蜘蛛の毒にやられてできた隙をついて私が短剣で指しました。今でもこの手に感触が残っていますよ。私がこの手で、あのニコラウス団長を葬ったのです!」


 子供が母親に褒めてもらいたいと自慢げに話すようなハンス。

 そんな彼を哀れみの目で眺める。


(アンダーサージ。こいつが黒幕のようね。蜘蛛を操る魔物? なんにせよハンスをここまで操るのだから大したものだわ。もうこれ以上は喋らないと思うし、そろそろ決着をつけましょう)


 彼女はワンドを構えなおして、ハンスに最終通告をする。


「さあ、もういいでしょ。大人しく武器を捨てなさい。悪いけど拘束の魔法や眠りの魔法は貴方には効果がないと思うから、自分から投降してもらえる? でないと更に痛めつけることになるわ」


 ハンスはアン=クリスティンを見上げると、その言葉の意味を理解してウンウンと頷いた。


「なるほど…… この私に負けを認めろと…… 舐めるなよこのクソ女が!」


 怒号と共にハンスから鋭い一撃が振るわれる。

 それは真空の刃となりアン=クリスティンを襲ったが、予め張ってあった防壁により金属が擦れあった様な激しい音を残して霧散する。

 そして迫るハンスに対して間髪入れずアン=クリスティンは爆発魔法を発動させる。


「彼の者を焼き尽くせ【バースト・ウインドウ】‼︎」


 ハンスの眼前で指向性の爆発が起こると、彼は剣を盾にするがその勢いにより後方へはじき飛ばされる。

 民家の壁を突き破り、家の中にその姿が隠れるほどの勢いであったが、彼の爆発する瞬間にとった行動に違和感を彼女に感じさせていた。


「自分から後方へ飛んだ? 爆発の威力を消すため……」

 

 感じる違和感に不安を覚え、ハンスが激突した民家へ近づくと、啜り泣く少女のような小さい声が聞こえる。

 ドキリとする心臓。

 急激に鼓動が早まり、最悪な想像が駆け巡る。


「まさか……」


 固まるアン=クリスティンの前に、薄暗い家の中からハンスがゆっくりと現れる。

 その片腕には十歳ほどの少女が抱き抱えられていた。


「あんた…… その子がいるのを知っていてワザと攻撃を受けたのね。……人質にでもするつもり?」


 顔には火傷を負い、全身血塗れのハンスは泣きじゃくる少女へ向かい、しーっと剣を持つ手で黙らせるとアン=クリスティンへ答える。


「ええ、この娘が隠れていることは分かっていましたのでね。最後の切り札として取っておきました」

「最後の切り札? あはは、笑っちゃうわね。そんな初めてあった子供が何になるというの?」

「いえいえ、十分な切り札になりますよ。貴女に取ってはね。同じような年頃の子供を持つ母親としてはどんな気分ですか?」

「ヒィ!」


 抱えている少女の頬を斬りつけると、今まで必死で我慢していた少女が叫ぶように泣き出した。

 涙で溢れているその瞳は、アン=クリスティンへ言葉にならない助けを求めていた。


「煩いですね…… 少し黙らせましょうか」

「待ちなさい!」

 

 少女の眼前に剣を近づけるハンスへ、たまらず声をかけると口の端を吊り上げニヤリと笑う。

 ほらねと声にならない呟きをしながら。

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