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運命に導かれて 8/主人

「おや? 貴女が魔物だということに気がついていなかったのでしょうか」


 耳元で囁かれ、心臓が飛び出るほどに驚きながらラウラは音が出るほどの勢いで顔を元に戻す。

 そこには息もかかるほどの近さで、アンダーサージの愉快そうに歪めた顔があった。


「――なっ⁈」


 思わずのけぞるラウラに、アンダーサージは尚も顔を近づけてじっくりと舐め回すように観察する。

 焼け爛れていた皮膚が徐々に回復してる顔で、満足そうに笑顔を作った。

 無遠慮に近づくアンダーサージから後ろへ飛ぶことで距離と取るが、目の前の魔物は気にすることもなく笑いながら語りかけた。


「皆さん、怯えていますよ? もしかして魔族だと隠して人間界で生きていたのですか? 親い間柄の人間を偽って生活していたのですね。それはさぞ愉快だったでしょう」


 首を九十度以上傾けながらラウラの顔を覗き込むと、クスクスと愉快そうに笑う。

 その笑顔に、ラウラの心には失望の色が広がる。

 今の自分では最大の攻撃。

 それが殆どと言っていいほどダメージを負わせることができなかった。

 その事実に愕然とし、恐怖が蘇る。しかし、それは凄まじい怒りの感情で一瞬にて塗り潰された。


(強い…… 今までレベルの魔物じゃ無い…… でも――)


 アンダーサージが挑発していることは明白であった。

 ラウラを激怒させ、魔物本来の姿を見せるよう誘導している。

 魔物が本来持っている闘争本能を満たすため、より強い相手と闘いたいという。……いや、こいつは違う。

 ミリヤムたちへ魔物であるラウラの姿を見せて、さらに絶望するその姿が見たいのだ。

 ここまで分かっていながらもラウラは、その怒りを抑えることができず、その力の全てを曝け出すことを決意した。


「あああああああああー‼︎」


 体内の魔力を溜めて一気に解放する。

 白く美しかった指先はパキパキと音を立てて黒い鱗で覆われていく。禍々しい鋭い爪を生やして。

 美しい白金色(プラチナブロンド)の髪も、背中ほどの長さから膝裏まで届かんとするほど伸びた。

 白銀のツノを生やし、漆黒の鱗で覆われた両手を勢いよく振るうラウラ。

 魔族としての本来の姿となったのだ。


「もう一度言う…… 黙れ! 私はお前を許さない‼︎」

「おお、それが貴女の本来の姿ですか? 美しい…… ですが、後ろの方たちはどうでしょう? ご友人が魔物だと自分で証明して見せましたが」

「――うぅ」


 ラウラは恐怖で後ろを振り向けない。

 アンダーサージから受けた生命への恐怖ではなく、忌避されることの恐れ、心が怖がっていた。

 ミリヤム、エステル、アルベルト、ヘレナ…… そしてグスタフは今どんな顔をしているのだろう。

 分かっていたことではあるが、拒絶されることの恐怖がラウラを包み込む。

 しかし、そんなラウラの背中から、思いがけない答えがアンダーサージに向かって投げつけられた。


「どうでしょうですって? 別にどうも無いわ! ラウラはラウラよ!」

「……ええ、残念でしょうけど貴方が望む答えではないわ。何であろうとラウラは変わらず私たちの家族よ!」


 震える声でミリヤムが叫び、エステルも続いた。

 信じてはいた。いや信じたかった。でも、それはラウラの勝手な希望。

 一般の人たちと魔物との関係を考えれば、忌避されて当たり前だ。

 しかし、まさか拒絶されないどころか家族とまで言ってくれるとは…… ラウラは二人に抱きつきたい衝動を抑え、アンダーサージを油断なく見据える。

 その目からは大粒の涙が溢れていた。


「ふぅむ…… あまり好みではありませんね。まあ、これはこれで楽しませて貰いましょう」

「ふざけないで! もう私の家族は傷つけさせない」

「おや? 私と貴女の力の差がおわかりでは無いのでしょうか?」

「……ええ、確かにお前の方が魔力も力も今の私より上ね。でも、私の命と引き換えにしてでも、お前は殺す――」


 言い終わる前にラウラはその身をか屈めると、閃光のようにアンダーサージの懐へ弾け飛んだ。

 右手に全魔力を凝縮し、漆黒の鱗を覆う指先へ一つの鋭利な刃物のように纏う。

 残像が残るほどの速さ、まさに稲妻が走ったように一瞬で間を詰めると、がら空きのアンダーサージの胸部へ目掛け右手を抜手の形で叩き込んだ。


「――ガァァアア! ガフッ!」


 アンダーサージに叩き込んだ右抜手は鳩尾から背中へ突き抜け、纏っていた魔力はその手を離れ三十メートルほど離れた民家の壁を粉々に砕いた。

 アンダーサージは茫然と自分に埋まっているラウラの右手を見ながら、口から血を吐いた。


「ゲフッ…… まさか魔法ではなく殴りかかってくるとは……」


 大量の血液を鳩尾から、口から滴らせる。

 アンダーサージから右手を引き抜くと、胸にはポッカリと穴が開いていた。


「私の魔法なら防げると思った? その油断が命取りとなったわね……」


 風切り音がするほど右手を勢いよく振り下ろし、地面にアンダーサージの血を振り払うとラウラは自分の勝ちだと告げる。

 アンダーサージの首がぐらりと後ろへ垂れ下がり、その体が倒れ―― ることは無かった。


「ええ、そうですね。貴女の言う通りです。油断していました」


 壊れた人形のようなぎこちない動きで、後ろに垂れていた首をがくんと元に戻し、胸に風穴を開けて、口から血を吐きながらも笑顔で話しかける。

 いくら魔物といえども致命傷になり得るはずのダメージだ。

 悠々と話し続けるアンダーサージにラウラは信じられないと首を振る。


「――うそ! なんで……」

「貴女の言う通り、もう油断はしません」


 糸のように細かった両目がクワッと音がするように見開き、獰猛な光を宿す。

 その赤い瞳にラウラは思わず息を飲み込む。

 

 一瞬の静寂の後、ラウラは右腕と脇腹に真横からの激しい衝撃を受けて弾き飛ばされた。

 勢いよく飛ばされたラウラは、宙に投げ出されたその体を地面に打ちつけられながら二度ほど回転し、今は物置として使われている物見櫓に激突した。

 物見櫓の壁は通常の家より頑丈に作られており、木組みの上に漆喰で塗り固められている。

 その硬い壁が大きく抉れ四方にひび割れを起こす。

 激突の激しさが如何程かわかるだろう。

 

 ラウラは壁からずるりと崩れ落ち、体を地面に横たえる。

 意識は朦朧(もうろう)とし、ただぼんやりと何が起こったかを思い出そうとしていた。


「ラウラ――⁈」


 グスタフが吹き飛ばされたラウラへ走り寄ると、その体をアンダーサージから守るように背を向けて抱きしめる。


「おお…… ラウラ…… 無事か?」

「……うぅ」

 

 意識は混濁しているようだが、まだ息があることに安堵したグスタフは、ラウラの顔についた血と土埃を自分の服で拭く。

 ポタポタと頬に温かい滴が落ちるのを、ラウラは温かい雨だなとぼんやり考えていた。


「さて、貴方たちはどうしましょうか」

 

 背中から蜘蛛の剛脚を生やしたアンダーサージが、吹き飛んだラウラを一瞥した後にアルベルトたちへ、まるで『今日のご飯は何を食べたいですか?』と何気ない日常のようなトーンで話しかけてきた。


「テメェ…… オリヴェルやニーロだけじゃなくラウラにまで……」


 アルベルトが肩口の傷を手で押さえながら立ち上がるとミリヤム、エステルそしてヘレナの前に進み出てアンダーサージを睨みつける。


「……面白く無いですね。彼女が現れた時、明らかに魔物であることを隠しているのが分かりました。なので、信じていた人間が魔物で裏切られた! といった皆さんの表情を拝見できると期待していたのですが……」

「へっ、そりゃ残念だったな。ラウラが俺たちを裏切ることも、俺たちがラウラを裏切ることもありえねぇ。お前みたいなゲス野郎にゃ分からないだろうけどな」

「……なるほど。そういえば貴方は彼女が魔法を使ったときにも特に動揺もしていませんでした。最初から彼女が魔物だと知っていたのですね」

「ふん、お前に答える義理は無いが、俺とヘレナ、ナータンとミルカ。大人たちはみんな知っていたさ。まあ親方が必死に隠そうとしてたから黙ってたけどな」


 このアルベルトの告白に一番驚いたのはグスタフであった。


「アルベルト…… お前たちは…… すまん…… ありがとう」


 ラウラを抱いている手にも力が入り、より一層と強く抱きしめる。

 今まで心のどこかでアルベルトとナータンに後ろめたい気持ちがあった。

 信頼している人間に隠さなければならない秘密を持つことは、心に重石をつけられているようだ。

 それが今、アルベルトの告白によって解放されたのだ。

 

 グスタフは、ラウラの秘密を知ってもなお今まで通りに付き合ってくれたアルベルト夫婦とナータン夫婦に感謝の言葉と謝罪を繰り返していた。

 当のラウラも『ああ、だからナータンは私に皆んなのことを守ってくれ』と言ったんだな。知っていてくれたんだな…… と徐々に意識が回復してきた頭で考えていた。


「これも家族愛というものでしょうか。しかし、この感じは好きじゃありませんね」


 アンダーサージは不満を口にして首をコキコキと鳴らしながら異常な角度まで回転させる。

 しばらく考え込むと、良いアイデアを思いついたと言った具合に指をパチンと鳴らす。

 口端は異常に吊り上がり、見るものを恐怖に落とす醜悪な笑顔で。


「先ほど他にも家族がいると仰っていましたね。では、その方達とアンデッドとなった貴方たちの再会はどうでしょう? そこに転がっている彼らを見つけたときのように、絶望の表情が見られることでしょう」

「……外道め」


 くつくつと笑うアンダーサージは、まるで悪意の権化であった。

 そんな姿を見せられたアルベルトの背中に守られていたミリヤムとエステル、ヘレナは自分たちの命がここで終わることを覚悟してギュッと目を閉じる。

 アルベルトも皆の前に立ち、少しでも守ろうと大きく手を広げるが、死を覚悟をしていた。

 グスタフも皆の死を見ないように目を伏せた。次は自分たちの番だと覚悟を決めて。


「それでは、貴方から―― ん?」


 右手に乗せている蜘蛛をアルベルトへ見せ付けながら近寄り、顔へ近づけようとしてその動きを止めた。

 アンダーサージが辺りを伺うようにキョロキョロと視線を彷徨わせる。


「この…… 気配は⁈」


 未だモヤがかかっているように朦朧(もうろう)としていたラウラも、アンダーサージと同様にある気配を感じてぼんやりと探す。

 やがてアンダーサージの肩越しに小さく見えた人物を見て、その意識が覚醒する。


「おお! 我が主人! やはりこの村にいらっしゃったのですね!」


 アンダーサージが今までと打って変わり、驚くほどの大声で歓喜をあげる。

 その視線の先、この村のシンボルと言うべき教会の屋根の上。

 こちらを見下ろすマリウスの姿があった。

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