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運命に導かれて 7/アンダーサージ

「なんと素晴らしい‼︎ ああ…… 感動しました! これが人間の家族愛というやつですか」


 村から山中へ通じる裏門として、住人にとっては当たり前に通る馴染みの深い場所。

 そんな日常の風景からは大きくかけ離れ、現在は多くの村人の死体が横たわっていた。

 そして今しがた、その中にオリヴェルとニーロの姿も加わった。

 

 未だ、愉快そうに手を打ち鳴らしている紳士然としている男。

 彼は満面の笑顔で、オリヴェルとニーロの亡骸に寄り添っているラウラたちへ、向かい歩きながら一人喋り続けた。


「まさか知り合い、いや、親族の方たちと感動の再会を観られるとは⁈ 本当に良いものを観せていただきましたよ」


 首を満足げに振り愉悦へ浸る恍惚とした表情は、見る者の心をざわつかせ怒りを覚えさせる。


(魔物…… こいつがオリヴェルとニーロを……)


 ラウラは、こちらへ笑いながら歩いてくる男を魔物と見抜くと、オリヴェルを抱いて泣き崩れているエステルたちの前へ、立ち塞がるように割り込んだ。

 紳士然とした男は、帽子の鍔をクイっと持ち上げ、後ろを庇うように両手を広げているラウラを、その細い双眸でマジマジと凝視した。

 やがて『ほう』と口だけを動かし、何かを感じたように笑みを浮かべる。

 そして、七〜八メートルほどの距離でその歩みを止めると、帽子を胸に当て深々とお辞儀をした。


「私の名はアンダーサージと申します。以後お見知り置きを」


 この場に似合わない優雅な挨拶は、誰もが呆気にとられ、泣き声すら止めるのに十分すぎるインパクトがあった。


「……何したの? 何が目的?」


 ラウラが憎悪を宿した怒声でアンダーサージへ問いかける。しかし、その額からは汗が滴り落ち、少し震えているようであった。

 ラウラが感じているのは…… 重圧。

 アンダーサージから放たれている密度の濃い魔素そのものであり、その密度の濃さでおおよその強さが分かる。

 そして今の自分と、目の前の魔物との力の差があるということを自認してしまったのだ。

 ガクガクと震えるような恐怖が全身を走るが、それを相手へ悟らねぬよう平静を取り繕い皆の前に立ち塞がる。

 震える心を押さえ込み、無理やり自分を奮い立たせる。

 

(こんなこと…… 初めてだな)


 殺されるかもしれないという恐怖を感じながら誰かを庇うなど、魔界にいた頃の自分ではありえない行動をしていることに気が付き、少し不思議な気分が湧く。

 ふと場違いな考えが頭をよぎったが、アンダーサージの言葉にすぐに現実へと引き戻された。


「目的ですか? それは色々とありまして…… そうですね、何をしたのという質問にお答えしましょう」


 帽子をかぶり直し、神経質そうに(つば)の位置を正すと、ラウラの質問にアンダーサージは笑顔で答えた。


「彼ら三人は実に勇敢でしたよ。騎士たちが襲われ、なす術ない状況にもかかわらず、私たちの隙を突き一撃を入れてくれました。その時、一人の若者は滝壺へ落ちて行きましたが。そして、崖を崩し追撃の時間を稼ぐ間に、彼ら二人は村へ知らせるため必死に走ったのでしょう」


「――っ⁈ ヴィトが…… 滝へ……」


 思わずラウラからヴィートの安否を心配する声が溢れた。

 声のトーンを落とし、落ち着いた口調で語るアンダーサージは、少し間を置き、両手を広げるとまるで役者でもあるように大仰な身振りで続けた。


「そして彼ら二人は村へ到着しました。彼らはここ、村の入り口までたどり着いた時はどんな気持ちだったのでしょう? やり遂げた、あとは皆に事のあらましを話し、皆を逃す。その使命を果たせたと安堵したかもしれません。――しかし⁈ ああ……、運命は非情でした。彼らを待っていたのは希望ではなく絶望でした…… そう、この私が彼らの前に現れたのです!」


 語るアンダーサージの赤い瞳は、焦点があっておらず、熱に浮かされていた。

 まるで物語を演じる役者のように、大袈裟な身振りで悦に入っている。

 

 そんなアンダーサージに気を取られている間に、六体のアンデッドがラウラたちの周りを囲むように集まってきた。

 騎士のアンデッドが二体、アンデッドにされた村の者が四体、遠巻きにラウラたちを囲んでいる。

 簡単には逃げられない状態に、ラウラたちはただ黙って聞く他はなかった。


「彼らの驚き絶望とした顔…… それは芸術的に美しいものでした! 私に蕩けるような幸福感をもたらしてくれたのです‼︎」


 一気に話し終えるとゲラゲラと笑うアンダーサージ。

 腹を抱え、まるで喜劇でも見ているように純粋な可笑しさを感じているようである。


(異常だ…… 狂ってる……)


 ここ人間界とは違い、魔界には好戦的で殺戮を好む者が数多く存在する。

 しかし、目の前の魔物は、そんな魔界でも中々お目にかかれない程、悪意の塊のような邪悪な存在だと感じる。

 ラウラは心の底から更なる恐怖がこみ上げてきた。

 この魔物は、純粋に絶望を、殺戮を楽しんでいる……。

 ならば自分の後ろにいるグスタフたちを、決して逃しはしないだろう。

 自分の愉悦のために殺すのは明白であった。


(どうすれば…… 皆んなを連れて逃げられる?)


 どこかに隙は無いか、絶望的な状況をどうすれば打開できるか、悟らねぬように辺りを見渡していると足元で動くものを感じ驚く。

 先ほどオリヴェルが吐き出した血の塊が、ゆっくりと揺らいでいた。

 モゾモゾと動くと、八本ある足を広げ触肢(しょくし)で辺りを伺いながらアンダーサージの元へ向かい歩き出したのだ。

 エステルたちも気がつき、『ヒッ』と息を飲むような小さな悲鳴が上がる。


 血塗れの蜘蛛は迷うことなくアンダーサージの足元にたどり着くと、ぴょんとジャンプしてズボンに取り付く。

 そのまま体を這い上がっていき、やがて胸の位置までくるとアンダーサージは右手で優しく包み込むように自分の胸元から引き剥がした。

 掌の上で触肢(しょくし)をピクピクと動かす蜘蛛を、アンダーサージはもう片方の手で優しく撫でながら話を続ける。


「この子たちは私の子供のようなものでして…… 彼ら二人にもこの子たちを埋め込んであげたのですよ。あと少しといったところで私に捕まってしまい、そのまま殺すにも可哀想だったので、この子たちの苗床になりアンデッドとして有意義に使ってあげようとね。……まあ、この子たちを口から入れた時の顔は、恐怖と絶望が入り混じって……クククッ、そのまま素直に殺された方が幸せだったかもしれませんがね」


 ギリリと何かが軋んだ音が聞こえ、ラウラは肩口に後ろを伺う。

 軋む音。

 アルベルトが鬼の形相をして、アンダーサージを射抜くように睨んでいた。

 余ほど力を入れて歯軋りをしたのか、奥歯が割れて口端から一筋の血が滴っている。

 彼の怒りを目の当たりにしたラウラの目端には涙がたまる。

 そして同時にアルベルトへ同じ気持ちだと無言で頷く。

 怒りが腹の底から沸々とたぎり、今にも爆発しそうだ。

 視線をアンダーサージへ戻すと、そこには先ほどまで感じていた恐怖はなくっていた。


「結局、身体が持たなかったのか拒絶反応を起こしたようですね。膨よかな方の彼は、すぐに死んでしまいましたが、もう一人は完全に支配されていたのに…… もしかすると心が拒絶したのかもしれません。それはあなた方、そう家族の愛が起こした奇跡だったのでしょう!」


 両手を広げて愛を称賛するように大袈裟な身振りをすると、絶頂を迎えたように身震いをして自分自身を抱きしめた。

 恍惚としたその表情は一次的なものとなり、すぐに元の嫌らしい笑顔となる。


「では、貴方たちはどうでしょう? 彼らのように抗えますか? それとも――」

「――黙れ! 【フレイム・ニードル】――‼︎」


 ニヤニヤと嬉しそうな顔つきで話ながら近寄るアンダーサージに、凄まじいスピードで黒い影が数本飛来した。

 直径三センチ、長さ二十センチほどの太く鋭利な漆黒のニードル。

 ほとんど同時にアンダーサージの左眼と首、胸、腹部へ重い音をたてながら深く突き刺さった。


「グァアアアアアアッ――⁈ 」


 突如として受けた攻撃に踏鞴(たたら)を踏むアンダーサージ。

 二、三歩ほどよろけ後退(あとずさ)ると、左手で潰された左眼を抑え、残った右眼で攻撃してきた相手を睨みつける。

 視線の先ではラウラが右手をアンダーサージへ向け、青白い魔法陣がゆっくりと回っていた。


「――貴様ー⁈ 私にこんなことをして――」

「黙れと言った‼︎ 燃え尽きろ!」

「――ッ⁈」


 漆黒のニードルは、ラウラの声に反応して一気に燃え上がると、アンダーサージの全身を青黒い炎で包み込んだ。


「ギャァアア――――――⁈」

 

 叫び声を上げているその口からも炎が勢いよく吹き出す。

 声帯を焼き尽くし、やがて叫び声もあげられなくなると、地面を転がるようにもがいた。


 黒焔針、【フレイム・ニードル】。

 ラウラが魔界で得意としていた魔法である。

 高温の炎を限界まで圧縮し、魔素で鋭利な棒状に固め相手へ突き刺す。

 突き刺さった黒焔針は、爆発的に体内を焼き尽くし、体表と体内を燃やし尽くすラウラ必殺の魔法であった。

 魔界にいた頃には、この黒焔針を無数に浮遊させ大規模攻撃も行えたが、今のラウラでは4本が限界であった。


 ラウラはさらに二本の黒焔針を顕現させ出口付近にいるアンデッド目掛けて打ち込むと、後ろへ振り向きオリヴェルの死体を抱いているエステルたちに叫んだ。


「今のうちに逃げよう!」


 しかし、エステルやミリヤムたちは驚きのあまり言葉を失い、動くことができなかった。


「――さあ、早く立って!」

「ラウラ…… あんた今なにをしたの? 魔法……?」


 ショックで目を見開いているミリヤムが、ガクガクと震えながらか細い声を発する。

 そんなミリヤムの表情を目の当たりにしてラウラは顔を歪める。

 ついにバレてしまった…… もう今までのような関係ではいられないと。

 

 胸が締め付けられ、じんわりと涙が目端にたまる。

 流さぬよう堪えて今一度、大きな声で皆に逃げるように叫んだ。


「後で話すから…… でも今は、お願いだからみんな立って――」

「おや? 貴女が魔物だということに気がついていなかったのでしょうか」


 ラウラの真後ろで、アンダーサージの愉快そうな声が響いた。

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