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運命に導かれて 5/不安

 ラウラはグスタフたちと共に、今の時間ヘレナたちが作業をしているであろう共同の畑を目指し、必死で走っていた。

 

 人口が千人にも満たないアルサスの村では、家々が密集しているような場所は少ない。

 せいぜい村の中心である村長の家から宿屋と商店がある広場前くらいで、今ラウラたちが走っている道は広場前から伸びた幹線道路のような通りだ。

 荷車や馬車が走れるように整備された道の脇に、ポツンポツンと家々が立っている。

 すれ違う者はおらず、この辺り一帯の住人は早々に避難をしたようだ。

 いや、そうあって欲しいとラウラは、開け放たれた家の扉を走りながら眺める。


(みんな無事でいて……)


 ラウラが皆の安否を祈りながら走っていると、背後からゼーゼー、ハーハーと苦しそうな息遣いが聞こえる。

 グスタフたち大人三人が苦しそうに顔を歪め、流れる汗を腕で拭いながら必死でついて来ていた。


「お父さん大丈夫? アルベルトとナータンも」

「あ、ああ…… 大丈夫だ……」

「っふぅー! 俺たちも大丈夫だー!」

「⁈…………」


 ラウラが走りながら振り返り尋ねると、三人ともに肩で息をして喋るのも辛そうに返事をする。

 ナータンに至っては、声を出す余裕もないのか、右手を軽くあげコクコクと首を曲げて合図を送った。


「あともう少し。頑張って!」

「ゼー…… ハー…… おう…… しかし相変わらずラウラは凄えな……」


 アルベルトが先頭で息も乱れていないラウラへ呆れたように賛辞を送る。

 横腹の痛みに頭を垂れて、自分の爪先からほんの少ししか前を見られていなかった視線をラウラへの返答のために顔を上げると―― その先に見覚えのある人影。


「ヘレナー⁈」


 大声で叫ぶアルベルトにラウラは驚き、慌てて振り返っていた顔を元に戻す。

 そこには建物の影から周りを(うかが)うようにヘレナが顔を覗かせていた。


「あんたー!」


 アルベルトの大声に驚き身を竦ませるヘレナだったが、すぐに夫の声と気がつき、通りまで飛び出して来た。

 安堵からか、今にも泣き出しそうなヘレナの後を追うようにミリヤムとエステルが続いて建物の影から現れる。


「ミリヤム! エステル!」


 顔を見せた友人二人をラウラがいち早く見つけると、物凄い勢いで駆け出した。

 ミリヤムとエステルの二人もラウラへ駆け寄ろうとするが、数歩駆け出しただけで一方的に距離を縮められた。

 その勢いのまま抱きつくラウラを、二人はよろけながらも抱きとめる。


「ミリヤム! エステル! 無事で良かった‼︎」

「ラウラ…… 良かった」

「ラウラ! あんたも無事で良かった! ああ⁈ お父さん!」


 お互いの無事を喜び、三人が輪となって硬く抱きしめ合う。

 ラウラの抱きしめる力がギュゥーっと音が鳴りそうなほどキツかったため、ミリヤムとエステルは苦しそうに顔を赤らめた。

 ラウラから遅れて三人の元へ着いたアルベルトがヘレナを抱きしめ、ミリヤムもその大きな手と体で包み込むように抱きしめた。

 抱きしめた二人の温もりに安堵するが、すぐに今は緊急事態だとアルベルトは自分に言い聞かせる。


「ヘレナ、一体何があったんだ?」


 アルベルトが抱きしめていた手を緩め、ヘレナへ問いかけると涙目の彼女は大きく顔を横にふった。


「私たちも何がなんだか分からないんだよ。いきなり悲鳴が聞こえて……」


 困惑し、いささか取り乱しているヘレナへ肩で息をしているグスタフが横から落ち着かせる。


「ヘレナ、落ち着くんだ。今日あったことを教えてくれ」


 グスタフがふうふうと息を切らせて、自分の膝に手を置きながらヘレナへ顔を向けると、やっとナータンも追いつき、その後ろで苦しそうに息を整える。

 アルベルトもヘレナへ大きく頷き、彼女の言葉を促した。


「……私たちは宿屋で片付けを終えてから、この畑へ今晩の分を収穫しに来てたのよ。他にも何人かいたけど、お昼になったから一度それぞれの家に帰って行ったわ。私たちは帰る必要がなかったから休憩小屋でお昼をとっていたの。そうしたら突然大きな悲鳴や叫び声が聞こえて……」


 怖さが振り返して来たのか、呼吸が荒くなり顔も青ざめたヘレナをアルベルトがそっと抱きしめると、ヘレナの言葉の後を継いでミリヤムが続けた。


「私たちは何が起こっているのか分からなくて、この小屋で息を潜めて隠れるようにしていたわ。遠くで騎士に襲われたとか誰かが斬られたとか聞こえて…… 怖くて三人で固まっていたの。暫くすると、さっきまで聞こえていた悲鳴も外を走る音も聞こえなくなって、小屋を出て様子を伺ってたときにお父さんたちが来てくれたのよ」


 実際はすぐに小屋をでて逃げ出したかったヘレナとミリヤムだったが、エステルが二人を引き止めて、この場に隠れている方がいいと説得したようだった。


「この村が何者かに襲撃を受けているのは分かったの。でも状況がわからないまま飛び出して、襲って来る人たちと鉢合わせになる可能性があったから。でも、何も分からず隠れているのは怖かったわ……」


 エステルが声を震わせ、その体も小刻みに震えている。

 ラウラが抱きしめると、その頬を涙が伝った。


「慌てずに二人を守ってくれたな。よくやった。それで――」


 グスタフがラウラに抱きしめられているエステルの頭を優しく撫でる。

 さらに聞こうとした時、グスタフの言葉は遮られた。


「ミルカは? オッレとリータの三人はどこにいるの?」


 先ほどまで切らした息を整えながら聞いていたナータンが、女性三人へ声をかける。

 それは今まで見たことがないような憂懼(ゆうぐ)した表情でナータンの心情を表していた。


「……ミルカは家に帰ったよ。オッレとリータにご飯食べさせないといけないからね……」


 ヘレナが申し訳なさそうにナータンへ告げる。

 彼女がそんな顔をする必要がないのだが、仲の良い女衆で一番年上ということでなんらかの責任を感じているようだ。


「……そんな。ミルカ…… オッレ…… リータ……」


 三人が害されることの心配と恐怖に、ナータンの体はガタガタと震えだし、ついにはその場に膝をついてしまった。

 しかし、それを許さない大きな力でナータンは引き起こされる。


「ナータン! しっかりしろ! ボーッとしてる暇わねぇ! 行くぞ!」


 ナータンの脇からグイッと片手で無理やり引き起こしたグスタフが大声で鼓舞する。


「皆んな絶対に無事だ! きっと待ってる! 早く行ってやるんだ!」

「……うん、そうだねー。俺が行ってやらないと!」


 先ほどまでの青白い血の気が引いた顔から一挙に顔色は変化し、その瞳は夫として父親としての決意が表れていた。


「よし! じゃぁ俺とナータンでミルカたちを迎えに行くから、アルベルトはみんなを連れて先に行ってくれ。集合場所は…… そうだな、俺たちの倉庫にしよう」

「私も――」


 言いかけたラウラの言葉をかき消すように、ナータンがずいっと前へ出る。


「ダメだ、俺一人で行くよ〜」

「おい、何いって――」

「親方〜、ありがとう。でもアイツらと出会したときアルベルト一人じゃぁこの人数は守りきれない。親方も一緒に行ってあげて」

「でもそれじゃぁお前が」

「大丈夫だよ〜。見つからないよう慎重に行くし、オッレとリータは小さいから抱えて走れる。なんならミルカも担いだって俺は大丈夫だよ。時間がないから早くしよう〜」


 決意をしたナータンの言葉に渋々と了解の意を示すグスタフ。


「じゃあ私だけでも――」


 ラウラがナータンへ自分だけでも一緒に行くと伝えるが、頑として聞かなかった。


「ラウラ、ありがとう。でもラウラは逃げている他の皆んなも守って欲しい。頼むよ〜」


 ナータンはそういうと、皆の顔を見渡して家の方向へ走り出した。たまらずその背中にアルベルトが声をかける。


「おい! 絶対無事に合流しろよ! 遅れやがったら承知しねぇぞ!」


 ナータンは握り拳を作り片手を上げて応える。絶対に家族を連れて戻ってくると。

 残されたラウラたちは、ナータンの背中を不安な気持ちで見つめ、やがて見えなくなると皆無言で倉庫へ向かい走り出した。

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