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運命に導かれて 4/アンとハンス

 恐怖と混乱が連鎖するように村中で悲鳴が上がり、家屋の燃える黒い煙がそこかしこから立ち昇っていた。

 ちょうど昼の時間だったこともあり、食事を作るため火を使っていた家庭も多いのだろう。

 慌てて逃げたため、もしくは襲われた拍子に家屋へ燃え移ったのかもしれない。

 折しも北からの風がその炎を勢い付かせ、何軒もの家に飛び火をさせていた。


 そんな村の状況をアン=クリスティンは、赤いブロンドの髪を左右に振りながら冷静に観察する。

 アンデッドとなった騎士たちが、何も罪のない村人を襲っているのは明白だ。

 ラウラたち四人を見送ったアン=クリスティンは思いを巡らす。


(この村が襲われている理由は? 森の奥で襲われてアンデッドとなった騎士たちが、この村に戻ってきたのは何故?)


 彼女は形容し難い違和感を感じ、翡翠色の瞳を細めて暫く静思していると、ハンスから声がかかった。


「アン。あちらの方で悲鳴が聞こえました。行きましょう!」

「――ええ、そうね」


 ハンスはアンに声をかけると、先導するように走り出す。

 アン=クリスティンもそれに続いてハンスの背中を追う。

 集会所からさらに村の中心へ向かい数十件の家の間を進むと、どんどんと悲鳴の声が大きくなっていく。

 そこかしこから悲鳴や怒号が聞こえ、物が壊されたような破壊音が反響し、もはや悲鳴を上げている村人の位置を特定できないほど混乱していた。


 何人もの哀れな死体を通り過ぎ、やがて村長の家の前にある比較的広い通りまでくると、多くの村人らしき人間が折り重なるように地に倒れていた。

 一人は、大剣で斬られたであろう大きな刀傷が胸から腰にかけて付けられている。

 一人は上半身と下半身が分かれている。横なぎに斬られたのだろう。

 子供を庇うように、その懐に抱き抱えながら背中から刺され、子供もろとも絶命している親子もいる。

 他にも目を覆いたくなるほどの凄絶な死体が至る所に転がり、辺り一面はまさに血の海と化していた。

 多くの戦場を渡り歩いたアン=クリスティンでさえ、目を覆いたくなるほどの惨状であった。


「……酷いわね」


 アン=クリスティンが呟くと、ハンスがある方向を指を刺して彼女に伝えた。


「あそこです! アン!」


 悲鳴が続く中、ハンスが叫び指を刺した先。

 そこには三体ほどのアンデッドが逃げ惑う村人を囲い込み、その大きな剣を振り下ろそうとしていた。

 アン=クリスティンは素早く状況を見極め、剣を振り上げている三体のアンデッドへ目掛けて魔法を唱える。


「聖なる光で焼かれろ【ホーリーランス】!」


 アン=クリスティンの掲げた両の掌の前で青白く光の球が浮かび上がると、凄まじいスピードでアンデッド目掛けて飛び出す。

 形状を鋭く変化させ、糸を引くようにアンの手元から飛び出したそれは、瞬く間に三体のアンデッドを貫き、その体を青白く燃え上がらせていた。


「流石です! あとは任せてください」


 ハンスは姿勢を低くすると、爪先で地面を抉りながら弾丸のように弾け飛ぶ。

 アン=クリスティンのホーリーランスではダメージを与えることはできるが、一度に三体への攻撃は一体当たりの威力が落ちているため、完全に倒し切ることはできない。

 アンが先制攻撃をし、ダメージを与えながらその動きを止め、ハンスたち騎士がとどめを刺す。

 今まで何度も繰り返してきた魔法士と騎士の必殺の連携攻撃であった。

 

 ハンスは聖なる光にて動きを止められ(もが)いているアンデットの前に瞬間的に移動したような速さで現れると、腰から下げている大剣を目にも留まらない速さで抜刀した。


「……すまない」


 抜刀とともに既に目の前のアンデッドを横なぎに一閃したハンスは、振り向きざまに二体目のアンデッド目掛けて剣先を振るう。

 その背後ではアンデッドの上半身がズルリとずれ落ち、下半身はゆっくりと後ろに倒れた。

 立て続けに二体目、三体目のアンデッド化した騎士が崩れ落ちると、剣についた血糊を振り払い鞘に戻す。

 倒れていた村人へ手を差し出し、逃げるように指示を出すハンス。

 アン=クリスティンも声をかけながら小走りに駆け寄ると、足元に転がる胴体から切り離されたアンデッドの頭を調べ始めた。

 転がっている剣を手に取り、アンデットの頭を見えやすいように転がす。

 すると、口の奥から掌サイズの蜘蛛が頭を見せ、辺りを伺うように触肢を動かし逃げるように這い出してきた。

 

「彼の者を燃やせ――【ファイア】」


 アン=クリスティンが騎士の口から這い出す蜘蛛に向かい炎の魔法を放つと、ギイィと苦しげな断末魔を挙げ燃え上がる。

 やがて崩れ黒い魔素となり消滅するのを見届け、続けて他の二体のアンデッドに向けて同じ炎の魔法を打ち、その死体を燃やした。


「やはり普通のアンデット化ではなかったわね。蜘蛛の魔物に取り憑かれて身体を操られていたみたい」

「なるほど、そのようですね……」


 アン=クリスティンの横まで歩み寄り、黒焦げとなったアンデッドを見ながらハンスが同意する。


「ちょっと聞きたいんだけど、貴方たちはどうやって襲われたの?」


 ハンスは少し目を瞑り、思い出すようにアン=クリスティンへ襲撃された状況を説明した。


「先ほども伝えましたけど、目的の地点に着いたのですが空振りだったので一旦休憩を取りました。この辺りから記憶が定かではないのです……」


 アン=クリスティンが頷き、先を促す。


「気が付くと身体に異常を感じました。蜘蛛の毒にやられていたのです。周りには無数の極小な蜘蛛が湧き出ているように溢れていました。先ほど這い出してきた蜘蛛の魔物です。私は朦朧となりながら団長を探すと、団長も毒に侵されていたようでした。団長はすぐに離脱するよう命令をされたのですが…… 毒に侵され、動きがとれない我々へアンデッド化した野盗が襲いかかってきました。私は何体か倒した後、団長の命令通りその場から離脱しました。他の者は…… 分かりません。そして距離をとったのちに回復薬と薬草を飲んで回復するまで休んでいました。そしてある程度体が動くようになったので戻ってきたのです」

「そう…… 団長はどうなったの?」

「……団長も戦ってたのですが、崖から落ちたようで……」

「――そんな!」

「私も信じられなかったのですが…… 団長が落ちるのを見て離脱をしました。皆を置いて…… 情けないです」

「いえ、貴方の判断は間違っていないわ。おかげで今ここの村人を助けられている」

「……ありがとうございます」

「貴方たちに何が起こったのかは分かったわ。さて、どうしましょうか……」


 アン=クリスティンは腕を組み、思案する。

 ハンスは周りを見渡し、今の状況を確認している。


「ハンス、貴方は私たちと会う前にアンデッド化した彼らを何人か倒した?」

「はい。……二人」


 答えに辛そうな顔をするハンスに、アン=クリスティンは慰めの言葉をかける。


「そう。……仲間を倒すのは辛いわよね。でも仲間だからこそ私たちが葬ってやらないといけないわ」

「それは理解しています」

「ならいいわ。えっと貴方が二人、私が二人。ここで三人だから後十人以上はいるってことね」

「そうですね。早く私たちで解放してやりましょう。ではあちらの方へ行ってみますか」

「ええ、じゃぁ行きましょう」


 ハンスはアン=クリスティンに手を差し出してこちらへと先を促すと、自分も後に付き従うように歩き出す。


「しかし、ニコラウス隊長が簡単にやられるなんて信じられないわね。あの人のことだから、きっとすぐに帰ってくるわ」

「ええ、そうだといいですね――」


 ニヤリと口元を歪め、ハンスは腰の剣にそっと手を添える。


 ――無音の一閃!


 無防備なアン=クリスティンの背中を目掛けて、音をも超えるスピードで剣戟が振るわれた。

 ニコラウスほどではないが、ハンスも居合抜きを得意としている。

 その恐るべきスピードは、斬撃と同時に真空の鎌鼬を発生させる。

 大気を切り裂く神速の剣とは、決して大袈裟な表現ではなかった。


 剣を抜いた瞬間、『殺した』とハンスはそう確信していた。

 しかし剣を振り抜いたその感触は、彼にとってあり得ないものであった。


(――感触がない!)


 いくら細身の華奢な女性であるアン=クリスティンであっても、紙でできている訳では無く、人間として当然のように筋肉や骨で構成されている。

 感触がないなどあり得ない。

 目の前で確かに斬った! それは間違いない。

 しかし、何の手応えも無かったことに大きく動揺をしているハンスに、あらぬ方向から魔法が飛ぶ。


「【アイシクルアロー】」


 斜め後方からハンス目掛けて三本の氷の矢が飛来する。

 動揺していても王宮騎士団の副団長を努める男である。

 ハンスは瞬時に声のする方に振り向くと、正中線を狙って飛んできた氷の矢を剣で迎撃し撃ち落とす。

 しかし、残りの1本が白銀の腰当てを弾き、左腿の外側を抉った。


「グォっ!」


 思わず痛みに顔を歪め声を出してしまうが、体は魔法を放った者へ既に戦闘態勢に入っていた。

 間合いを取り、低い体制からいつでも攻撃に移れるようへと。

 全身から殺気を放つハンスから剣を向けられたアン=クリスティンが、舌打ちと共に心底残念そうに文句を言う。


「ちっ! 流石の腕といったところね……」


 アン=クリスティンも杖をハンスに向け、いつでも魔法を発動できるように準備を終えている。

 ハンスは右手で剣を構え直すと、左手で抉られた左腿の傷口を確かめるように撫でる。

 その間、もちろん視線をアン=クリスティンから外すことはない。

 左手をアンとの視線上に上げ、ベットリと手についた己が血を確認すると、その味を確かめるようにペロリと舐めた。


「……酷いじゃないですか、アン。いきなり魔法を放つなんて」


 そう(うそぶ)くハンスの顔は、悲しみに満ちており、驚きと失望が入り混じった困惑の表情。

 それはまるで自分が一方的に攻撃を受けたような被害者然とした物であった。


「――はぁぁ! ふざけんじゃないわよ! あんたが先に斬りかかって来たんでしょうが!」


 ドンと地面を踏みつけ激怒するアン=クリスティンへ目を丸くして驚くと、一変して笑顔になるが、その目は狂気に満ちた怪しい色をしていた。


「ああ、そうでした、そうでした」

「……なあに? 気持ち悪い。とうとう狂っちゃった? まあ、狂ってなきゃこんな事しないんだろうけど」


 クスクスと笑うハンスにぞわりと背筋が寒くなり、思わず本音が出てしまう。

 しかし、悪口を言われたにも関わらず、今までと変わらることなく和かに言葉を返す。


「いえ、狂ってなどいませんよ。至ってまともです。しかし、いつから気がついていたのですか?」

「何がよ?」

「私が斬った幻影のことですよ。あれ、光屈折の魔法ですよね。自分の姿を別に投影して、本体は不可視化となる。しかし気配までも供させるなんて流石です。姿だけなら見破れたかもしれませんがね」

「そ。ありがと」

「で、いつから魔法を発動していたのですか?」


 しつこく聞いてくるハンスにアン=クリスティンはため息まじりに答える。


「ハンス、貴方が現れた時から警戒していたわよ。……それ、あなたの胴鎧じゃ無いでしょ? それに、ご自慢の短剣も無いようだし」


 ハンスは思わず自分の胴鎧を見下ろす。

 自分の鎧はニコラウスに斬られた為、部下の騎士から剥ぎ取ってきたものであった。

 思わず苦笑するがアン=クリスティンの答えには、まだ納得はいかない。


「……鋭いですね。でも、これだけでは無いのでしょう?」

「まあね。だっておかしいじゃない。村から出て行った先で襲われアンデッド化した騎士たちがこの村を襲う理由なんてないんだから。なんで戻って来た? 考えられる理由は私の存在。一人残った私を始末することくらいよね。そこへ無傷の貴方が現れれば誰でも警戒するわよ。だからラウラたちと別れて貴方と二人になった時から魔法は発動していたわ」

「なるほど。その慧眼(けいがん)の高さには驚かされます」


 ハンスは大仰に褒め称えパチパチと剣を持つ手で拍手をするが、ボソッと小声で、「それだけではないのですがね」と呟いた。

 耳ざといアン=クリスティンを持ってしても通常であればハンスが呟いた言葉を聞くことは難しかっただろう。

 しかし、自身に対し知覚強化魔法をかけていたために聞き取れていた。

 混乱している状況において自分の能力を先んじて高めていたアン=クリスティンの判断は、戦場をいくつも経験して来た彼女の強さであった。


(私を殺すだけじゃない? 他にもこの村を襲う理由があるっていうのね。まあ、ぶちのめした後に聞きましょ)


 これからの戦いに集中するため、一旦思考することをやめ、聞こえていないふりをしながらハンスを挑発する。


「そう? 余程のバカじゃない限り、誰でも分かることよ。 ……ああ、ごめんなさい。分からなかった人がここに居たわね」

「安い挑発ですね。いいでしょう。本音で語りましょうか。実は私も貴女のことが昔から疎ましく思っていましたし」

「あら? こんなに可愛い私を? ふふ、奇遇ね。私も貴方のことが好きじゃ…… ううん、嫌いだったわね」

「お互い同じ想いだったわけですね」

「そうね。初めて気があったんじゃない?」


 二人は円を描くようにジリジリと間合いを取りつつ、お互いの一挙手一投足を警戒する。

 ビリビリとした二人の殺気に周囲の喧騒はやがて消え失せ、お互いのことだけに集中する。


(操られているのか? いや洗脳……⁈ まあ、何方にせよまともじゃないわね。ハンスに何かした黒幕が必ずいる。それを炙り出さないことには――)


 こうして魔法士アン=クリスティン・ティレスタムとハンス・オーベリソン副団長の戦いは幕を上げた。

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