運命に導かれて 3/捜索
「ぐおぅ……ううぉ……」
首を絞められて宙吊りにされているグスタフの顔色は、見る間にドス黒く変色し、たまらず呻き声を上げる。
必死にアンデッドとなった騎士の手を外そうと暴れるが、指は尋常でない力でグスタフの首にめり込んでいった。
「こっ、この野郎ー!」
「親方を離せー!」
アルベルトとナータンはアンデッドの騎士に殴りかかり、その腕を解こうとするがびくともしない。
そこで二人とも腰ベルトから取り出したナタで切りつけるが、アンデッドがグスタフを離すことはなかった。
「かっ! ごぉっ!」
グスタフの口から白い泡が溢れ出て、意識が遠のいて行く。
ミシミシと骨の軋む音が鳴り、首の骨が折られる寸前―― 鋭い声が飛んできた。
「貴方たち退きなさい!【アイシクルアロー!】」
二人が振り向くや否や、二人の体をかすめて凄まじいスピードで何本もの光が通り過ぎていった。
アン=クリスティンの放った魔法アイシクルアローは数本の氷の矢となり、アンデットなっている騎士の横向きの体を貫いた。
金属が貫かれる甲高く鋭い音を立てて、騎士の鎧にめり込んだ氷の矢は、その威力を衰えさせることなく、そのまま体へ風穴を開ける。
脇腹は大きくえぐれ、グスタフの首を絞めていた両腕は吹き飛ばされて騎士は崩れ落ちた。
「――がはっ! ごほっ! ごほっぉ!」
騎士と一緒に崩れ落ちたグスタフは、激しく咳き込みながらも、その本能からか倒れた騎士から逃げるように転がった。
「親方ー⁈」
「親方⁈ 大丈夫ー?」
二人はすぐに駆け寄ると、アルベルトがグスタフを助け起こし、その背中をナータンが心配そうにさする。
「ああ…… 大丈夫だ。生きてる…… 一体何があった? ごほっ、ごほっ」
未だグスタフは咳き込み、涙で視界がぼやけているが、走り寄ってくる影の聞き覚えのある声で誰がきたのかは分かった。
「――お父さん! 大丈夫?」
ラウラは全力で駆けてくると、その勢いのままグスタフに抱きついた。
小刻みに震えているラウラの背中を安心させるようそっと抱き返えすグスタフは、ラウラの肩越しに見知らぬ女性が立っていることに気がつき声を上げる。
「あんたがやったのか?」
「ええ。間に合ってよかったわ。貴方がラウラのお父さんね」
「ああ、助かった。 ……あんたは?」
「私はアン=クリスティン・ティレスタム。王宮の魔法士よ。昨日、騎士団とこの村に来たの者よ」
「あんたが魔法士の…… そうか、ありがとう。おかげで命拾いをした」
グスタフはアン=クリスティンへ礼を言うと、先ほどから抱きついている娘の背中を優しく叩く。
「ラウラ、俺は大丈夫だ。心配しなくていい」
「本当? 怪我はない?」
「ああ、問題ない」
やっと離れたラウラであったが、グスタフの体を心配そうに見回す。
その様子に微笑ましさを感じ、顔が緩むアン=クリスティンであったが、すぐに切り替えて皆に告げた。
「ラウラ、貴方はお父さんたちを連れて逃げなさい。それと、他の村人たちの誘導もお願い。貴女が皆んなを守ってあげて」
「……分かった。けどアンさんは?」
「私は彼らを止める……」
アン=クリスティンは、倒した騎士のアンデッドをチラリと見て大きくため息を吐いた。
「彼らは私と一緒にこの村へ来た騎士たちよ。今朝、野盗を探しに出て行った私の仲間…… なぜアンデットになっているか理由はわからないけどね。だから放って私だけ逃げるなんてできないでしょ」
そう呟くアン=クリスティンの顔は、非常に悲しく見えた。
その表情を見たラウラは、自分も同行しようと決意するが、気配を感じたアンに言葉を発する前に制止される。
「ラウラ、貴女の気持ちは嬉しいけど、それは駄目」
「でも――」
「私なら大丈夫。さっきも見たでしょ。普通の状態の騎士たち数人とやり合うのはきついけど、今はアンデッドとなっている。本来の彼等でないなら十分勝機はあるから」
「……でも一人で行くなんて」
「ありがと。優しいわね。でもそれだけじゃないの。彼等がアンデットとなった理由…… 必ず裏で糸を引いている奴がいるわ。力を持った魔物のね。そいつが姿を現すまで皆んなを守ってほしい」
「……魔物」
「そう。普通の人間では相手にならない。だから――」
ラウラの両手を拝むように包み込み、アン=クリスティンは決意のこもった眼差しを向けた。
「おい、さっきから聞いていたが…… ラウラ、お前」
グスタフが横からラウラとアン=クリスティンの会話に割り込む。
その顔は驚きと心配が混ざり合った、困惑したものとなっていた。
そんなグスタフにラウラは穏やかに告げる。
「お父さん…… 私のことはアンさんに全て話したの」
王宮の魔法士にラウラは吐露したと言うのか? グスタフは双眸を大きく見張り、アン=クリスティンへ慌てて振り向く。
そこにあったのは全てを受け入れたように優しげな顔で頷くアンの姿であった。
「あんた……」
「ええ、娘さんのことは彼女から全て聞きました。お父様には頭が下がる思いです。私どもからどうこうするつもりもありません。ですが今は緊急事態として彼女の力を借りたいのです」
グスタフはラウラへ視線を向けると、ラウラもコクリと頷く。
何かほっとしたようなグスタフは、頷いたその頭を優しくなでると、ラウラの目にも少し光るものが見えた。
「さあ、時間がないわ。皆んな――」
アン=クリスティンがパンパンと手を叩き、この場の雰囲気を変えて先を急がせようとした時に大きな声が掛かった。
「アンー!」
この場にいる全員が驚き、声の聞こえた方へ一斉に振り向く。
声の主は、走ってこちらへ向かってくる副団長のハンス・オーベリソンであった。
アン=クリスティンとラウラは、グスタフたちの前に出て戦闘態勢に入る。
しかし、それはすぐに解かれた。
ハンスは手を振り、皆の無事を聞いてきたのだ。
どう見てもアンデッドではなかった。
ハンスがアンデッドでないことを確信したアンは、ラウラに下がるよう手で指示をする。
「ハンス! 貴方無事だったの? これはどう言うこと? 団長は?」
はあはあと肩で息をするハンスは膝に手をつき、とても王宮の騎士らしからぬ立ち居振る舞いであったが、それがよほど急いで走ってきたことを容易に想像させた。
すぐに息を整えたハンスはアン=クリスティンの問いに答える。
「――はい、私は無事です。しかし他の団員たちは……」
「何があったのよ?」
「森の奥深く、野盗のねぐらと目星をつけた場所で襲撃にあった…… 居たのは野盗ではなく、魔物たちでした」
「そこで襲われたって言うの? 貴方たちは騎士の中でも聖なる神気を宿した王宮直属の騎士団よ。簡単に負けるなんて……」
「ええ、どうやら一帯に罠を張っていたようです…… 休憩中に襲われました。油断していたわけではないのですが、毒にやられました」
「そう…… ハンス、貴方はよく無事だったわね。団長はどうしたの?」
「私は周りを確認するため少し離れていたのです。気がついたら皆が倒れ出して――」
「――ヴィト! ヴィートは? 一緒にいたオリヴェルとニーロも!」
ハンスとアン=クリスティンの会話を茫然と聞いていたラウラが、我慢できずに二人の会話へ割り込む。
「君は?」
怪訝な表情をラウラに向けるハンスへ、アン=クリスティンが彼女の素性を告げる。
「彼女は貴方たちを先導してくれてた村の青年たち。その中のヴィートの妹よ」
「……そうでしたか」
そこで今まで黙って会話を聞いていたアルベルトとナータンも堪らずハンスに尋ねた。
「俺の息子、オリヴェルは無事なのか?」
「ニーロは? 怪我なんかしてないよね?」
ハンスは少し驚きながら彼等に向き合うと、心底申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「すみません。かなり混乱した状況でした。彼ら勇気ある三名の安否は分かりません。ただ、私が最後に見た時には逃げていたと思います」
「なんだと!」
激昂したアルベルトがハンスに詰め寄り、その両肩とがっしりと掴む。その顔は怒りで真っ赤に染まっていた。
「あんたたちが安全を保証するって言ったんだろ!」
「……面目次第も無い」
「ふざけるな!」
素直に頭を下げるハンスにさらに激昂するアルベルトであったが、グスタフがその怒りを収めるように抱き抱えハンスから遠ざける。
「アルベルト、今は言い争っている場合じゃない。俺も心配だが、あの三人のことだ。きっとうまく逃げてくれてるさ」
「親方……」
「ナータン。お前もしっかりしろ。あいつらは一人前の男だ。きっと大丈夫だ。お前はミルカとオッレ、リータを守るぞ」
「うん。そうだね……」
「アルベルト、ヘレナとミリヤムを探すぞ!」
「……そうですね…… 分かりやした」
グスタフが場を収めてくれたので、これ以上の混乱は起きなかった。
アン=クリスティンは心の中で礼を言うと、先ほど言いかけたことを再び口にした。
「皆んな! 彼らが心配なのはわかるけど今は一分一秒が惜しいわ。他の家族と合流して早く逃げてちょうだい。私はハンスと残りのアンデッドを止めにいく。ラウラ、頼むわね」
アン=クリスティンはラウラの背中を軽く押して、早く行けと促した。
ラウラはヴィートが生死不明と聞いて心配で胸が張り裂け倒れそうであったが、アンの言葉で現実に引き戻された。
そしてグスタフたちの姿を見て心を切り替える。
目の前の事態を切り抜けなければヴィートが悲しむと。
(きっとヴィトは大丈夫…… 今は――)
ラウラはアン=クリスティンを一瞥すると三人に声をかけた。
「お父さん、アルベルト、ナータン。行きましょう。早く叔母さんたちを探さなきゃ。多分、畑にいると思う」
「おう! 行くぞアルベルト、ナータン!」
アン=クリスティンとハンスを残し、ラウラたちは村の外れにある畑へ向けて走り出した。




