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運命に導かれて 2/合流

 無慈悲に村人を襲い暴虐のかぎりを尽くす殺戮者に、アルサスの村は恐怖と混乱に陥っていた。

 昨日、突然として現れた雲の上の存在である王宮付きの騎士団。

 光り輝く鎧を身に(まと)い、近隣を荒らしている野盗を討伐するため朝一番でこの村を颯爽(さっそう)と後にした……。

 そんな彼らが、国民を守護するはずの彼らが、なんの罪もない村人を襲っていたのだ。

 

 磨き上げられていた鎧は血と泥で汚れきり、ドス黒い顔色をして、低い唸り声を上げて見境なく人を襲う。

 村の彼方此方で叫び声と怒号が絶え間なく響く。

 子供を抱え、悲鳴を上げながら逃げる女たち。

 襲いくる騎士に(くわ)や鎌などの農工具を手にして、必死に家族を守るために抵抗する男たち。

 目の前で両親が殺され、ただただ泣きじゃくる幼子。

 数件の家からは火の手も上がり、黒く濃い煙が立ち昇っていた。昼食時もあり火を使っていた家も多い。


 地獄の様相を呈している村の一角で、数人の村人と一緒に若い母親が息子の手を引き必死で走る。

 彼女は後ろを振り向くと、恐怖を貼り付けたように動かない表情の騎士が剣を振りかざし追ってくる様に動揺してしまった。

 余りの恐ろしさに、母親は脚をもつれさせて息子ともども地面へ転がる。

 一緒に逃げていた他の村人は、目を瞑り一言謝罪の声を上げ前を駆けていく。

 母親は泣き叫ぶ子供へ這うように近づき抱き抱え、守るように背中を丸める。

 騎士は一歩、二歩と近づくと、目の前の獲物を物色でもするかの如く、ぎこちない動きで首を傾げた。

 相手が動けないと悟ると、ゆっくりと右手の剣を頭上に持ち上げ――。


「ふざけんな⁈ この野郎‼︎」


 走り込んできたグスタフとアルベルトが、剣を振り下ろさんとばかりに構えていた騎士へ文字通り体当たりでその動きを止める。

 

「……あぁあああああああ」


 グスタフとアルベルトの巨漢二人が思い切りぶつかったのに、倒れるどころか反撃しようとその身体をくねらす。

 尋常ではない力に押さえつけている二人は驚愕する。

 

「一体なんだってんだ! 此畜生が!」

「うう! こいつ力が異常に強ぇ! ナータン早くしろ!」

「分かってる〜。ほら、早く立って逃げんるんだ。荷物なんて持ってちゃダメだよ〜」


 グスタフとアルベルトは二人掛かりで、まだ母子へ剣を振り下ろそうとする騎士へ纏わりつく。

 剣を振れないようにグスタフが上半身に抱きつき、前へ進ませないようにアルベルトが下半身に抱きついている。

 しかし、二人掛かりだというのに騎士は力負けすることなく、逆に二人を引き剥がさんばかりであった。

 ナータンは二人が騎士の動きを止めている間に、襲われて倒れていた母親と息子を助け起こし逃そうと必死に声を出す。


    ◇


 グスタフ、アルベルト、ナータンの三人はいつものように現場作業に朝から励んでいた。

 集会所の裏手にある馬留めが古くなっていたので、村長から修理を依頼されてのことだった。

 だいぶ昔に造られた馬留めは、以前のように村々の交流が多かったときには頻繁に使われていた。

 しかし、最近ではあまり人も訪れず、集会所も村人が使うだけであったので長いこと放置されていたのだ。

 騎士団があと何日か逗留する可能性を考えて、老朽化した馬留めでは心許ないとのことで村長直々の頼みである。

 快諾するしかないブスタフは、ヴィートたちを送り出した後に、倉庫から材料を運び出し朝から作業にあたっていた。


「子供の時にこの辺でよく遊んでたもんでしたが…… あーあ、結構と腐っちまってましたね」

「ああ、ここから先は一回土台から組み直さねぇと危ねぇな。まあ、直ぐには無理だから今日のところは崩れないように補修だけしておこう。おう、ナータン。そっちはどうだ?」


 屋根の上で作業をしていたナータンは、グスタフに呼ばれ固まっていた腰を十分に伸ばすように大きくのけ反ると作業の進行状況を確認する。


「ん〜、だいぶ進んだ〜。これならあと一時間くらいで終わるかな〜。終わったらそっちの作業を手伝うよ〜」

「おお、そうか。ありがとうよ」

「……でも〜」

「ん? どうした? 何かあったか?」


 ナータンがの言葉にグスタフとアルベルトはお互いの目を見て、何かあったのかと怪訝な表情となる。


「あー、腹減ったよ〜。そろそろお昼にしようよ〜」


 間の抜けたナータンの声に、二人はズッコケそうになった。


「馬鹿野郎! ナー、てめぇ。 何かあったのかと心配したじゃぁねーか!」

「えー、だって…… 腹減って力でないんだもん〜」

「分かった、分かった。もう少ししたら昼飯にしよう。そこ早く終わらせちまえ」


 がはははと笑いながらグスタフが了解の意を示すと、渋い顔のアルベルトがブツブツと文句を言う。


「まったく、あの野郎には緊張感が足りねぇ。親方も親方ですぜ」

「がはは、まあいいじゃねえか」


 楽しそうに笑うグスタフであったが、アルベルトにはいつものグスタフとどこか違って見えていた。それに……


「ねえ、親方…… 何かあったのですかい? それにその右手の包帯は……」


 アルベルトからかけられた言葉は、グスタフの動きを止めさせた。

 グスタフは包帯が巻かれた右手をじっと見つめると、昨夜のことを思い出す。

 マリウスと再会し、復讐を果たそうと殺しかけたこと。

 ヴィートに止められ、ラウラとヴィートの二人にマリウスとの因縁、そしてグスタフの過去を話したこと。

 何より、ヴィートがラウラを魔物と知っていたこと。

 そして結婚をしたいと想いを告げられたこと。

 

 一晩で色々とあった。

 いや、あり過ぎて思考がまとまっていなかったグスタフは、なにも考えないように朝から仕事に打ち込んでいたが、アルベルトには見透かされていたようだ。


「ん。まあちょっとヘマしちまってな。大したことないんだが、ラウラが大袈裟に包帯なんか巻いてくれただけだ」

「……ならいいんですが」

「心配させて悪いな。大丈夫だ。 ……そのうち話すさ。ありがとうアルベルト」


 グスタフが目礼をすると、アルベルトも無言で返す。

 お互いが信頼し、わかり合っているためにこれ以上のことは話す必要がなかった。


「なんか親方にありがとうなんて言われると気持ち悪いな」

「なんだと! この野郎!」


 アルベルトの軽口にグスタフも答えるが、その顔は先ほどよりも軽やかな笑顔となっている気がした。


「ん〜? あれ〜、なんだ?」


 突然、屋根で作業をしているナータンが大きな独り言のように声をあげた。屋根の上で立ち上がった気配もある。


「おい! どーした? また馬鹿なこと言ったらぶん殴るぞ」

「んー…… なんか騒々しいんだよな〜」


 しばらく様子を見ていたグスタフとアルベルトの耳に、珍しく慌てたようなナータンの声が響く。


「……なんだあれ〜? ――大変だ⁈ アントンの奥さんと子供が襲われてる‼︎」


 ナータンの声に重なるように女性の悲鳴が響いた。

 この村で悲鳴が上がるなどただ事ではない。

 悲鳴とナータンの大声で、現状が分からないながらも切迫した状況だと理解したグスタフとアルベルトは、道具を片手に悲鳴が聞こえた集会所前の広場まで全速で駆け出す。

 遅れてナータンも屋根から降りてグスタフたちに続いた。



「……うぁうううううう、あぁああぁぁぁぁぁ」

「この野郎! その剣を離しやがれ!」

「畜生! 力が強え! おい、ナータン! そっちはどうだー! そろそろ保たんぞー!」


 獣のような唸り声を上げる騎士へ必死にしがみつくグスタフとアルベルト。

 その力の強さに剥がされそうとなったアルベルトは、堪らずナータンに応援を頼む。


「こっちは逃げた! 今いくー!」


 転んだ拍子に怪我を負ってしまった母子を助け起こし大事ない事を確認すると、そのままここから離れるように促す。

 母子の背中を見届けると、ナータンは馬留めから持ってきていた角材を手に二人の下まで急いだ。


「この野郎ー! 止まれー!」


 ナータンは二人がしがみついている騎士の後ろに回ると、騎士の兜を目掛けて角材を渾身の力で振るう。

 金属のひしゃげる鈍い音と角材が砕ける音が交差すると、大きく蹈鞴(たたら)を踏んで騎士の首はグニャリと肩まで傾いた。

 

 ナータンはその体格通り、かなり力が強い。

 筋骨隆々で身長も高いアルベルトでも腕相撲ではナータンには敵わない、村で一番の力持ちであった。

 そんなナータンが渾身の力をもって角材で頭を殴ったのだ。

 まず普通の人間では助かるはずがない。いくら頭に金属製の兜を身につけてようともだ。

 

 現に角材が当たった兜の後頭部辺りはベッコリと陥没しており、頭部に甚大なるダメージを受けたのが分かる。

 首の骨も折れたのだろう。グラグラと大きく揺れているのは、皮でのみ繋がっているからだ。

 しかし……。


 殴られた騎士、首があらぬ方向へ向いているにもかかわらず倒れることなく、その動きも止まることがなかった。

 ナータンが殴りつけた際に、騎士から離れ大きく距離をとったグスタフとアルベルトへゆっくりと近づく。


「な、なんだこいつ……」

「ばっ化物……」

「……こいつは、アンデッドか⁈」


 グスタフの言葉に驚愕し、動揺するアルベルトとナータン。


「まっ、まさか……」

「いや、間違いねぇ。俺が魔物がりの傭兵団へ行っていた時に出会(でくわ)したことがある。顔は屍人のようにドス黒く表情はかわらねぇ。もちろん話すこともできねぇ…… あの時はこんな立派な鎧じゃなく、ボロボロの姿だったがな」

「そんなー、本当にアンデッド…… なんでこの村に」

「今はそんなこと考えている暇わねぇ! このままだと村の奴らが殺される、ここで止めねぇと!」


 グスタフは腰から下げていたナタを手に持ち、唸り声を上げて騎士に切り掛かった。


「うおおおお!」


 渾身の力で騎士目掛けてナタを振るうと、折れて横倒れている長い首を切り落とした。

 切り口からはドロドロとした赤黒い血液が溢れ出て、グスタフは手と顔に返り血を浴びる。

 その粘つく血液には温かさは全く感じず、逆に冷たく感じた。

 やはり騎士はすでに死んでおり、アンデッドであると証明されたのだ。

 

 首を切り落とされ、もがく騎士をグスタフは思い切り蹴り飛ばした。

 地に倒れてモゾモゾと動いていたが、やがて動きを止めた騎士に三人は安堵の息を吐く。

 そして騎士を倒したグスタフに興奮して、アルベルトとナータンは勢いよく駆け寄った。


「親方ー⁈ 大丈夫ですかい?」

「ああ、ちょっと返り血を浴びただけだ。怪我はしてねぇ」

「おおおー! 凄いよ〜! 親方がアンデッドをやっつけた〜!」

「いや、ナータンがぶっ叩いていて首を折ってくれてたお陰だ」


 興奮する二人に肩で息をしながらグスタフも答え、落ち着きを取り戻そうと深く息を吸い込み、大きく吐き出す。

 グスタフもまた興奮しているのだ。

 多少落ち着きを取り戻すと、周りで未だ悲鳴が続いていることに気がついた。

 グスタフはアルベルトとナータンに向き直ると、腹立たしさを隠そうとしない怒りに歪んだ顔をみせる。


「こいつだけじゃねぇみたいだな。他にも襲われていないか見に―― グァ⁈」


 グスタフの言葉が途切れた。

 驚いたアルベルトとナータンが見たものは、グスタフの背後から首をしめつつその体を持ち上げている首のない騎士の姿であった。

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