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運命に導かれて 1/アンからのアドバイス

 宿屋の一室でベットに腰掛けたラウラは、アン=クリスティンからの攻撃にほとほと困り果てていた。


「――なるほど、なるほど。いつの間にかヴィート君を想うようになっていたラウラは、ミリヤムちゃんの告白を聞いて不安になっちゃったのね」

「……いえ、そんなことは」

「そこで初めて自分の気持ちに気がついたのね! 私はお兄ちゃんのヴィート君を愛していると! まあ、昨日会った時に顔立ちが整っていて可愛いなと私も思ったのよ。ラウラは面食いね」

「あの…… だから」

「あ〜、でも駄目よ。それは禁断の愛。……いえ、合法なのか。いやーん」


 胸に手を当て、赤いブロンドの髪を大きく揺らして身悶えするアン=クリスティン。

 よほど暇を持て余していたのか、それともこの手の話が大好きなのか。

 先ほどからラウラに対して根掘り葉掘り聞いてきては、自分の中で妄想を膨らまし、ついには暴走を始めていた。


「ミリヤムちゃんから話を聞いた夜。ヴィート君につらく当たっちゃたのよね。うん、うん。分かるわー!」

「…………」

「で、自分の気持ちが整理できていないで苛立っちゃうのよね。あー、甘酸っぱい!」

「……あの、ほんと…… もう勘弁して……」


 暴走するアン=クリスティンの横で、顔を真っ赤にしてラウラはどんどんと小さく丸まっていった。

 アン=クリスティンの妄想は、行き過ぎの感はあるものの、実際に的を得たことを言っているので、ラウラとしては非常に恥ずかしくむず痒い。


(なに、この拷問…… タスケテ……)


 昨日の昼にも同じように村の女衆から色恋沙汰の話をされたが、ヘレナの助けもあり逃れた。

 しかし、ここにはラウラとアン=クリスティンの二人しかいない。

 そして暇を持て余していたアン=クリスティンは、満足するまで決してラウラを逃しはしないだろう。

 ただでさえこの手の話が苦手なラウラは、地獄のような時間を過ごすことになっていた。


「じゃあ、後はヴィート君の気持ち次第ね。でも聞いた話だとヴィート君もラウラのことを好きみたいだし…… いや、確定ね! そうでしょラウラ?」

「えっと…… そんなの分からない……」

「なに言っているのよ。じゃあ好きじゃない、ラウラのことなんか想ってもいないって言うの?」

「う! それは……」

「ほらー、自覚もあるじゃない! よーし、こういうことは善は急げよ! もう貴女から行っちゃいなさい! 絶対大丈夫だから」


 ラウラの背中をバンバンと叩き、左手の親指を立てて、いい笑顔のアン=クリスティン。

 なにがこの人をここまで興奮させているのだろう? とラウラは心底思う。

 このままでは更に酷いことになると感じたラウラは、必死で思考を回転させる。


「アン=クリスティンさんは、なぜそんなに私のことを親身になってくれるのですか?」


 なんとか話の方向をずらそうと、やんわりと別の話に誘導する。

 アン=クリスティンは見事にラウラの策略にはまった。


「あら、私のことはアンでいいはよ。それで何故かって?」

「はい」


 うんうんと大きく頷くラウラに、少し考えてアン=クリスティンは先ほどまでの高いテンションから落ち着きを取り戻し、大人の女性然として話し始めた。


「それはね、時間よ」

「時間?」

「ええ、そう時間。はっきり言えば人間と魔物の寿命の違いのことよ」

「――あ⁈」

「そう。人間の寿命は魔物のそれより遥かに短い。人間の一生なんて大体六十年ほどよ。貴女たち魔物の人からすれば十分の一にも満たない寿命なの。まあ、その長い人生の中で何人も愛する人ができればいいけど、それでもその都度悲しい別れがある。それに耐えられず余り人とか関わらず生きていく人たちを多く見てきたわ」

「……別れ ですか」

「ええ、一緒に老いていくことはできない。貴女の人生においてヴィート君と一緒にいることができる時間は死ぬまでの間でごく僅かなのよ。だから一時でも早く一緒になるのがいいと思うんだ」

「…………」


 アン=クリスティンの言葉に何かを感じ取ったのか、ラウラは神妙な面持ちで尋ねた。


「アンさんも、そんな経験が……?」


 アン=クリスティンはラウラから一度視線を外し、少しだけ思い耽るように沈黙する。

 言うことに迷ったのか、しかし、すぐに答えを出したようであった。

 その割り切りの良さは、彼女の生来の性格だろう。


「私が経験したわけではないんだけどね。実は…… 私の夫も魔物の血が入っている人なの」

「ええっ!」

「まあ、驚くわよね。私の夫であるサロモ・ティレスタムは魔物の血を受け継ぐ魔法士なのよ。王国の影に隠れて長く生きてきたみたい。ここ数十年で表の舞台に引っ張り出されてみたいだけど。ちなみに王宮でも最高峰の魔法士よ」

「えええっ! 魔物の血が入っている人が王宮の魔法士に…… っていうか、それって秘密の話じゃ……」

「そうよ。国家機密に近いわね」


 あっけらかんと言い放つアン=クリスティンに呆然となるラウラ。

 あまりの驚きにいつの間にか腰掛けていたベットから立ち上がっていた。


「どうして私にそんな重大な秘密を話すんですか?」

「あら、聞いてきたのはラウラでしょ。それに貴女は人に話すことはないと確信してるし」

「それは……」

 

 ラウラの顔を見上げ、右手でポンポンとベットを叩く。落ち着いて座れという合図に、ラウラも黙って従った。

 横に座るラウラの手を取り、話を続ける。


「まあ、私の場合は貴女とは逆よね。人間の私の方が寿命が短い。だからこそ愛していると気がついた時、迷わず告白したわ。あの人の長い人生の中で、少しでもより長く一緒にいたいってね」

「それですぐに結婚を?」

「ううん。最初は呆気なく断られたわ。元々、魔法の師匠と弟子の関係だったしね」

「じゃぁ、どうして?」

「そりゃぁ何度も何度もアタックしまくったわよ。あの人は以前に悲しい別れがあって、人ともうそういう関係にはなる気はなかったみたいなんだけどね。でも、ほら。私って諦めない女だし」


『そんな貴女のことなんか知らないよ!』とは言えず黙って先を促す。


「どこに行くにも付いて行って。研究の手伝いや身の回りの世話を続けてたら、結局はあの人が根負けをしてね。とうとう結婚まで行ったわ! してやったりよ!」


 拳を掲げ、勝利のポーズをとるアン=クリスティンにラウラは自然と拍手をしていた。

 その拍手に少しだけ羞恥心を呼び起こされ、話をまとめる。


「ま、まあ。そんなこんなで今は娘も生まれて幸せな日々を過ごしているわ。とにかく、最後まで一緒には居られない。だから早く気持ちを伝えることが重要なのよ」


 アン=クリスティンの熱の篭った話に呆気にとられていたラウラであったが、その心は次第に前向きへと動いていた。だからこその疑念が生まれる。


「アンさんは怖くなかったのですか? その…… 何度も断られて。ううん。違うな…… 私が怖いのは私の気持ちを拒まれるのが怖いんじゃなくて、私が魔物だということで拒まれるのが怖い。そう、私は……アンさんとは違う」


 人間であるアン=クリスティンと魔物のラウラでは確かにスタートからして違う。

 人間の世界にいる魔物としての立場。それは絶対的な数の違いにも現れる。

 アンの夫となった魔物は、もともと自分を魔物と知っている人間からのアプローチであったから受け入れられたと考える。

 人間優位なこの世界で魔物と知り、それに好意を持つなどレアなケースではあるが、その好意をぶつけることに躊躇(ためら)いはないだろう。

 そして好意を受ける側が魔物であろうとも差して問題はない。

 しかし、自分が圧倒的に少ない立場のラウラにとって、人間のヴィートへ想いを伝えるのはやはりハードルが高いと言わざるを得ない。

 なぜなら、自分は極少数派の魔物であり、ヴィートはラウラのことを人間と思っているのだから。


「確かにね。私とラウラでは違う。人間の私が軽々しく言う話ではないかもしれない。でもね、私は貴女の話からご家族の人となりを聞いて、貴女が魔物だと告げてどうなるかなと想像したわ」


 ラウラはハッとなる。今まで自分のことしか考えてなかったのだと。


「ええ、私もラウラが考えていることと同じ結果になると思うわ。びっくりして驚くけど、すぐに笑って、それがそうかしたのか? なんてヴィート君は言いそうね。それにお父さんは元々知っているのでしょ?」


 ラウラは二人の顔を思い出す。そこにはラウラを優しく包んでくれる二人の笑顔があった。


「そう……ですね。私はヴィトがどうするかなんて考えてなかった。これだけ一緒にいて信じられてなかったのかな」

「いえ、それは違うわ。貴女はヴィート君を信じてる。でも怖かっただけなのよ」


 アン=クリスティンが優しくラウラの背中をさすると、ついにラウラの涙腺が決壊して、ボロボロと涙が頰を伝い流れ落ちる。

 それは最近ずっと抱いていた、胸の中で張り裂けそうな辛い想いが解放されたからであった。

 悲しい訳でも辛い訳でもないのに、溢れる美しく清らかな涙が頬を伝いつづける。


「ありがとう…… ありがとうございます……」

「今まで誰にも相談もできなかったのでしょ? 辛かったね。でも、もう我慢することはないのよ。魔物や人間なんて関係ない。ラウラ、貴女の生きたいように生きなさい」

「……はい」


 そう言って顔を上げたラウラの表情は、背負っていた重荷から解き放たれたように明るく輝いていた。

 いまだ涙が頰を流れてはいるが、思わず女性のアン=クリスティンでも見惚れるほどの美しい笑顔であった。

 嗚咽するラウラを無言で優しく抱きしめ、子供をあやすように落ち着かせると、耳元で囁く。


「じゃあ、あとは告白するだけね」


 ラウラはビクリと体を震わせ離れようと動くが、ガッチリと抱きしめられているので逃げようがなかった。

 耳元でアン=クリスティンの嬉しさが込み上げて漏れ出るクスクスとした笑いに、ラウラは氷を服の中に入れられたかのように背筋が寒くなるような嫌な予感がする。

 アン=クリスティンはラウラを抱きしめていた腕を緩めると、今度はガッチリと両肩を掴み、ラウラの顔を真正面に見据える。


「今日! 今日しましょう! 私が見届け人になるから!」


 満面の笑み、というより気色に上気したイヤらしい笑いを携えたアン=クリスティンから目を逸らすが、顔をグイッと掴まれ念を押される。


「いいわね!」

「……はい」


 強制的に返事をさせられ、先ほどまでの涙とは違う意味で涙が流れている気がする。

 先ほどまでの感動的な雰囲気は霧散し、ラウラはどっと疲れが出るのを感じた。


(結局、この人は自分が楽しみたいだけなんじゃ……)


 ラウラは心の中で文句を言いながら、恨めしい目でアン=クリスティンを見つめる。


「あー楽しみ! 若い二人の甘酸っぱい恋の行方を見届けられるなんて。長い道のりを馬に揺られてきた甲斐があったわ。じゃあ、計画を立てないとね。どこか雰囲気の―― なぁに? さっきから妙に煩いわね」


 アン=クリスティンが外から聞こえる騒音に気を取られ、話が中断される。

 一先ずはほっとするラウラであったが、このあと本当にヴィートに告白するのかと考えると顔から火が出そうな思いであった。

 

 ブツブツと文句を言いながら腰掛けていたベットから立ち上がり、この部屋で唯一ある窓まで行くと閉まっていた木製の戸を開け放つ。

 ぐるりと周囲を見渡すと、ある一点で動きが止まり、窓枠からその身を乗り出さんばかりに前のめりになった。


「――ちょ、ちょっと! どういうこと? なにが起こっているの?」


 先ほどまでの明るく軽いアン=クリスティンの口調ではなく、非常に慌てているその声にラウラもつられてベットから立ち上がると、遠くで悲鳴のような声が聞こえた。

 慌ててアンの横まで行き窓の外を覗く、そこに見えたのは剣を持った男に追われている村人たちであった。

 ラウラはなにが起こっているのか理解できずにいたが、ある一つの思いに到る。


「――野盗!?」


 そう、アンと一緒に村へ訪れた騎士団が討伐しにきた野盗たちがこの村を襲いに来たのではないかと。

 しかし、直ぐにアン=クリスティンによって、それは思い違いだと知らされる。


「いいえ、あれは野盗じゃないわ。あれは…… 私の仲間⁈ 王宮騎士の鎧を身につけている。でも……」


 アン=クリスティンがラウラの推測を否定したとき、二人は同時にあるものに目を奪われた。

 老夫婦とその前を娘か嫁らしき女性が、少女と幼い男の子の手を引き必死の形相で逃げている様を。

 叫び声を上げて走る家族へ、横の小道からぬっと顔を出す騎士。

 驚き脚を止めた子供たちを庇うように前へ出た老父を徐に切り付けた。

 斬りつけられた老夫へ泣きながら老婆が覆いかぶさる。

 背後から足を引きずるように近づき大剣を振り上げる騎士。

 子供を抱いた女性が目を背け、老婆の背中に凶刃が振り下ろされる。


「貫け!【アイシクルアロー】‼︎」


 今まさに振り下ろされた大剣が老婆を切り裂く直前、一筋の蒼白い閃光が走る。

 激しく歪な金属音が鳴り響くと、大剣は宙を舞い、振り下ろした騎士の右腕は肘の先から吹き飛んでいた。

 アン=クリスティンが魔法を放ったのだ。


「早く立ちなさい! 走ってー!」


 アン=クリスティンが(うずくま)っている老婆に大声で命令すると、子供を抱えた女性が一緒に老夫を起こし両脇から肩を担いで逃げていく。

 

「とにかく止めないと。ラウラ、魔法は? どれくらい戦える?」


 身を乗り出していた窓から室内へ戻ると、サイドテーブルに置いてあったワンドを手に取り帽子をかぶりながらラウラへ尋ねた。


「……今の私は以前と比べるとかなり弱いです。魔法は多少使えるけど、強力なものは魔力が足りないから使えない」

「そう。分かったわ。じゃぁ村の人たちの避難を手伝ってあげて。あいつら騎士の鎧を着ているけど動きがおかしい。鈍いのよ。何か裏があるんだろうけど…… まあいいわ。私はあいつらが現れた方へ行ってみるわ」


 そう告げると、勢いよく部屋を飛び出し階段をかけ下がっていった。

 ラウラは少し考えると、窓枠に足をかけ二階から飛び降りる。

 ちょうど外に飛び出してきたアン=クリスティンの横へ翼も出さずにフワリと着地すると、驚いたアンへ提案をした。


「私もアンさんと一緒に行きます」

「ラウラ…… ありがとう。なら、気休め程度だけど」


 アン=クリスティンはラウラへ手をかざし短い詠唱を唱える。

 

「【マジックブースト】……これで少しは魔力が高まったと思うわ」

「はい、魔力が大きくなったのを感じます!」

「じゃ行きましょう!」


 アン=クリスティンはラウラへ魔力増大の魔法をかけると、悲鳴が大きく聞こえてくる村の中心へと走り出した。

 ラウラもその背中を追うように皆の無事を祈りながら駆け出す。


(お父さん。アルベルト、ナータン。ヘレナおばさん、ミルカおばさん、ミリヤム…… みんな無事でいて! ヴィート…… どこにいるの? ヴィート、みんなを助けて――)

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